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第五十五話 星の息吹



 ――嗚呼ああ、悲しきや、命のが消えていく。



 無数ともいえる我が子の死を感じ取った『それ』は砲声のような溜息を発した。


 吐き出された溜息は突風となって鼻先にぶらさがっていた魔物(我が子)たちを吹き飛ばし、天高く舞い上げる。


 空に突き上げられた魔物の身体は風圧でねじれ、ひしゃげており、この時点で絶命していた。死骸はそのまま乾いた砂に叩きつけられる。



 ――嗚呼ああ、哀しきや、命とはどうしてかくももろいのか。



 城を思わせる巨大な足が、砂の上に散らばる我が子の亡骸を踏み砕く。


 故意にそうしたわけではない。あまりに身体が巨大すぎて小回りがきかないのだ。『それ』から見れば針の穴ほどに小さな我が子の亡骸を避けて歩く、などという芸当はとうてい不可能だった。



 ――悲しむまい、命はめぐるものなれば。哀しむまい、命ははかなきものなれば。



 それは世界が定めた理、非違ひいを唱えてよいものではない。


 だからこそ『それ』は精一杯に命を守り、育むのだ。世界にそむく敵を喰って育ち、育った己を糧として世界に従う子供たちの腹を満たす、そんな己の役割に従って。


 今日まで『それ』は己の役割を忠実に果たしてきた。やりたい事と、やらなければいけない事が合致する快さに『それ』は満足の息を吐く。


 だが、いつまでも満足感にひたっているわけにはいかなかった。


 臭いがするのだ。世界にそむいた愚かモノたちが発する、鼻が曲がるような悪臭が。



 ――このは摂理の牙。世界をきよめる箒星ほうきぼし。大いなる秩序に歯向かう不逞ふていやからを滅ぼさん。   



 次の瞬間、『それ』は大きく口をあけた。




◆◆◆




 ――ここまで威力が出るとは思わなかった。


 吹き荒れる氷の嵐から距離をとりながら、俺は内心でそんなことを考えていた。


 いや、凍気の圧力で魔物の大群をおしつぶすまでは想定どおりだったのだ。だが、その後の氷の嵐がまったくもって想定外。たしかに俺は凍気を動かすために風を使ったが、眼前の嵐は明らかにそれとは無関係の現象である。


 その証拠に、どれだけ魔物が倒れても一向に魂が入ってこない。


 心装ソウルイーターで魂を喰う場合、もっとも効率が良いのは刀身で直接敵を斬ることである。そして、直接斬ったときほどではないが、遠距離から勁技けいぎで攻撃した場合も魂を喰うことはできた。


 実際、先に放った河炎かえんでしとめた魔物の魂は入ってきている。


 だが、今はそれがない。もっといえば、氷の嵐の前、凍気で敵の大群を押しつぶしたときにも魂の流入はほとんど感じなかった。


 どうやら魂を喰えるのは勁技けいぎで敵をしとめるところまで、であるらしい。今回のように勁技けいぎで自然現象を引き起こした場合、その現象で倒れた敵の魂を喰うことはできないようだ。


 ……問題は、眼前の氷の嵐がどんな自然現象なのかがまるでわからないことである。あとでルナマリアに聞いてみよう。


 しかし、氷槌ひづちを使うと必ずこんな嵐が起きるのだとすれば、この技は滅多なことでは使えないな。まあ、魂が喰えないとわかった時点で技としての価値はいちじるしく低まったので、問題ないといえば問題ないのだけど。


 先ほどから頬のあたりに物言いたげなウィステリアの視線を感じるが、それには気づかないふりをする。ここまでの破壊を引き起こしておきながら、想定外で冷や汗をかいているとか気づかれてはいけない。せいぜい自信ありげに笑っておこう。


 ともあれ、これでアルウェトオアシスを襲った魔物はほぼ一掃できたはずだ。


 もしかしたら、まだ後続がいるかもしれないが、凍嵐とうらんはしばらくおさまりそうもない。結果として良い時間かせぎになってくれそうである。


 よし、いったんリーロオアシスに戻って状況を伝えておこう。その後、嵐がおさまるのを見計らってもう一度上空から偵察を――そんな風に考えたときだった。




 ぞくり、と身体が震えた。




 見られている。そう感じた。


 感じた次の瞬間、叫んでいた。



「クラウ・ソラス!!」



 冷気を避けて空を飛んでいた藍色インディゴ翼獣ワイバーンに呼びかける。具体的な指示を発する余裕はなかったが、クラウ・ソラスは正しく俺の意図を汲んでくれたようだ。慌てたように地上に降りてくる。


 もしかしたら俺の意図を汲んだのではなく「さっさと降りてこい」と怒られたと勘違いしたのかもしれないが、それならそれでよし。怪我の功名というものである。


 ウィステリアはもともと近くにいたので問題ない。


 大急ぎでけいを練りあげていると、地平の彼方、今なお吹き荒れる氷の嵐の向こう側で小さな光がきらめいた気がした。



 ――――来る。



 喉が干上がるほどの重圧。背筋を駆けのぼっていく悪寒。心装を会得してからは久しく感じていなかった死の気配。


 それらに蹴飛ばされるように、俺は練りあげたけいを前面に展開させた。攻撃のためではなく防御のために。


 技の名前を考えている暇はなく、それ以前に技を称するに足る精妙さは欠片もない、そんな不格好な防壁ができあがる。こんなことなら防御の技も磨いておくべきだったと今さらながらに思ったときだった。


 きゅぼ、と。


 コルクせんを引き抜くような、どこか軽い音が耳朶を震わせる。


 直後、視界に映るすべての景色が消滅した。





 それは光の奔流だった。


 それは銀の濁流だった。


 もしこのとき、天頂からカタラン砂漠を俯瞰ふかんしている者がいたとしたら、地表を走る流れ星を目にすることができただろう。


 先に魔物の大群を殲滅せしめた氷の嵐さえ、星の息吹ブレスによって消し飛ばされる。おぞましいほどの熱量と破壊力。あらゆる命を一瞬で無に帰せしめるこの一撃は、人や都市はもちろん、大地にさえ死を与えるに違いない。


 そう。どれだけ緑豊かな森であっても、地味豊かな土地であっても、この息吹ブレスを浴びてしまえば草も生えない不毛の荒野になり果てる。


 いまだ人間に最果てを見せないカタラン砂漠は、そうやってつくられたのではないか。


 湧き出るけいのすべてを防御に注ぎ込みながら、そんなことを考える。


 と、口に出すこともしなかったその疑問にいらえがあった。



 ――しかり。



 聞きなれない、それでいて聞き違いようのない声は、同源存在アニマたるソウルイーターのものだった。


 ここまではっきりソウルイーターの声を聞いたのは、蠅の王の巣で心装を会得して以来である。


 突然のことに驚いていると、次の瞬間、脳裏に奇妙な光景が浮かび上がった。


 地平を埋め尽くす砲台ベヒモスの群れ。そして、彼らが吐き出す星火によって消し飛んでいく無数の命。


 堅固な城壁も、強固な結界も何の役にも立たない。積みあげた千年の歴史、築きあげた黄金の文化が、突如あらわれた神獣たちによって踏みにじられていく。


 見たことのない光景、あるはずのない記憶。


 それなのに、確かに知っている。これは過去の光景だ。カタラン砂漠が出現する契機となった神代の戦。



「……お前の記憶か、ソウルイーター?」



 今度は答えはなかった。だが、肯定の気配は伝わってきた。


 どうしてこれを見せたのか。そんな問いを発しようとして、やめた。


 聞くまでもない。ソウルイーターは戦えと言っているのだ。あの獣の王を喰らい尽くせと。


 むろん、否やはない。 


 もとより俺の狙いは最初からベヒモスだった。その上でこれだけ盛大に歓迎されたのだ、戦う以外の選択肢などあるはずがない。


 おそらくは現界して間もなかったヒュドラと違い、ベヒモスは現界してからかなりの年月が経っている。人間でいえば赤子と大人のようなもので、同じ幻想種といっても手強さは段違いだろう。


 だが、それだって何の問題もない。むしろ大歓迎だ。つのと一緒に魂も根こそぎいただいて、俺はもっと上に行く。



「あ、そうだ。いっそ、この機会にくうの領域とやらに至らせてくれないか?」



 調子に乗ってそんなことを言ってみると、今度は否定の気配が伝わってきた。


 くうとは幻想一刀流の神髄、同源存在アニマの力のすべてを引き出した状態だとゴズは言っていた。つまり、ソウルイーターがその気になれば今の俺でも至れるのではと思ったわけだが、それに対する返答は額への軽い衝撃だった。見えない何かに小突かれた感じ。


 どうやら「それはそれ、これはこれ」ということらしい。ちぇ。



「まあいいか。相手の正体が鈍重な砲台だとわかれば、戦いようはいくらでもある」



 そう言って、今なお彼方から息吹ブレスを吐き続けているベヒモスに視線を向ける。


 その熱量は先刻とかわらず、それどころか少しずつ威力を増している気もしたが――もう重圧も悪寒も感じなかった。



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