第四十話 星と鷹
俺は『砂漠の鷹』を名乗る冒険者たちに近づいていく。武器に手をかけたりはしない。ゆっくりと、悠然と、相手との距離を詰めていく。
向こうから斬りかかってくればしめたもの、正当防衛として反撃できる。気圧されて逃げてくれるならそれでもいい。
向こうのリーダーは一度は後ずさったものの、他者の目を気にしてか、なんとかこの場に踏みとどまっている。憎々しげにこちらを睨みつけてくる相手を見返しながら、さっさと腰の剣を抜いてくれないものか、などと考えていたときだった。
「お前たち、そこで何をしている!」
そんな声と共に新たな一団が乱入してくる。身に着けているのは見慣れたカナリア正規兵のもので、おそらく城門の衛兵だろう。
騒ぎに気づいて駆けつけてきたのだろうが、タイミング的に見て『砂漠の鷹』とグルかもしれない。そう考えたのは、俺の中でベルカという街の評価が急落している証だった。
と、衛兵の長とおぼしき人物がつかつかと歩み寄ってきて、険しい顔で怒声を放った。俺に――ではなく『砂漠の鷹』に向かって。
「また貴様らか! ここで騒ぎを起こすなと何度いえばわかる!?」
衛兵の苦々しい声音に演技の色はなく、冒険者たちを睨みつける迫力は本物だった。その衛兵は顔の下半分を豊かなヒゲで覆っており、それが余計に迫力を増している。
俺と対峙していた『砂漠の鷹』のリーダーは、強面の衛兵に凄まれて明らかに怯んだ様子だったが、それでも顔をあげて反論をはじめた。
「我らは『砂漠の鷹』に牙を剥いたエルフの犯罪者を捜している! 政庁から手配書も回ってきているはずだ。手出し、口出し、いずれも無用!」
「何が『いずれも無用』か!」
雷鳴のごとき一喝に、スズメが小さく「ひゃっ」と声をあげる。その反応も当然で、俺の鼓膜もごわんごわん震えていた。
エルフの耳の良さが仇になったのか、ルナマリアもめずらしく顔をしかめている。
そんな俺たちの反応をよそに、衛兵は『砂漠の鷹』に鋭く詰め寄っていた。
「たしかに手配書はまわってきているが、だからといって貴様らが好き勝手してよい理由にはならん! 冒険者なら官憲の真似事などせず魔物を狩っていろ!」
「『砂漠の鷹』にさからうつもりか!? そんなことをしてただで済むと――」
「鷹、鷹うるさいわ、幹部の威を借りる三下が! これ以上ベルカの評判を落とすつもりなら、お前たちこそ犯罪者としてしょっぴいてやるぞっ!」
衛兵はそういって六人組を追い散らしてしまう。一部始終を見ていた俺は『砂漠の鷹』があっさり退いたことを意外に思ったが――まあ余所者を相手にするのと衛兵を相手にするのとでは対応が違って当然か。正規兵相手に剣を向けるわけにもいかないだろうしな。
と、冒険者たちを追い払った衛兵が申し訳なさそうにこちらに歩み寄ってきた。
「君たち、着いた早々災難だったね」
そういって衛兵はにこりと、主にスズメに向かって笑いかける。子供を怖がらせないように気をつかったのだろう。
顔は強面だが、けっこう良い人のようである――浮かべた笑顔は蜂の巣を見つけた灰色熊もかくや、という感じだったけど。
そんなことを考えながら、俺は衛兵に礼を述べる。
「助けていただいてありがとうございました」
すると、向こうは意外そうな面持ちで右の眉をあげた。あちらはあちらで、俺の雰囲気から険悪な対応を予測していたのかもしれない。
衛兵はすぐに表情をあらためると、慌てたように両手を左右に振った。
「いやいや、礼を言う必要はありませんぞ。旅人の安全を守るのはわしらの務めですからな」
そういった後、衛兵は『砂漠の鷹』が去っていった方向を見て、苦々しげに付け加える。
「本来なら、ああいう輩を取り締まるのもわしらの務めなのですがな。まったく、『銀星』がなくなってからというもの、『砂漠の鷹』もずいぶんと変わっちまって」
「『銀星』、ですか?」
「おや、『銀星』を知らない? 腰の勇ましいものを見るに冒険者か傭兵だろう? もう解散したとはいっても噂を聞いたことくらい――ははあ、お前さん、ベルカは初めてか」
「はい。さっきまで『銀星』どころか『砂漠の鷹』も知りませんでした」
「なるほど、なるほど」
衛兵は納得したように大きくうなずくと、身振り手振りを交えながら言葉を続けた。
「『銀星』も『砂漠の鷹』も、この街の冒険者ギルドに所属するAランクパーティさね。今もいったように『銀星』はもう解散しちまったが、どっちも構成員二十人超えの大所帯で、おまけにみんな腕が立つ。ギルドの職員もこの二つには口を出せないってもっぱらの評判だった」
相手の口から語られる情報に、ふむふむとあいづちを打つ。
強面衛兵の話をまとめると以下のようになる。
ベルカは都市防衛に冒険者の力を用いている関係上、冒険者ギルドの影響力が大きい。これはイシュカと同様である。
で、そのギルドで大きな力を持っていたのが『銀星』と『砂漠の鷹』の二パーティだった。両者は構成員の数、実力、功績、いずれもほぼ同等で、何かと角を突き合わせる関係だったそうな。『銀星』のリーダーは正義感が強く、『砂漠の鷹』のリーダーは目的のためには手段を選ばないタイプで、リーダー同士もそりが合わなかったらしい。
ただ、この両者の競い合いがベルカギルドの活力になっていたことも事実で、砂漠の魔物が襲来したときなど、両者は競って先頭に立ち、都市を守るために激戦を繰り広げた。そのため、住民の支持も高く、二つのパーティは長い間ベルカという都市の象徴であり続けたという。
その均衡が崩れたのが数か月前のこと。砂漠の未踏破区域の調査に出かけた『銀星』の主力メンバーが全滅したのである。正確にいえば、死亡はいまだ確認されていないそうだが、砂漠の冒険に慣れた者たちが数か月戻ってこないとなれば、死以外の結末は考えにくい。
未帰還メンバーにはリーダーを含む実力上位者たちがことごとく名を連ねており、ベルカに残った者たちだけではとうていAランクを保持し得ない。くわえて、残ったメンバーも一枚岩というわけではなく、結局、Aランクパーティ『銀星』は解散という結末を迎えた。
その結果、唯一残ったAランクパーティ『砂漠の鷹』の力は倍増する。構成員も大きく増え、その中には『砂漠の鷹』の名前を利用して横暴な振る舞いをする者も少なくない――以上が衛兵から聞いた話の内容だった。
「『砂漠の鷹』も、古参の中にはそれなりに物のわかった奴らもいるんだが、若い連中はさっきの奴らと大差ない。そっちのエルフの娘さんは気をつけた方がいいだろう。困ったことがあれば、いつでもわしらを頼ってほしい。ま、見たところ、お前さんたちはあの連中に後れをとるような鍛え方はしてなさそうだけどな」
そういった後、衛兵はつるりと顔をなでると、表情をあらためて大仰に一礼した。
「おくればせながら、本来の仕事を果たすとしよう――若者たちよ、ようこそ、ベルカへ。虫の良い話だが、さっきの連中がベルカのすべてだとは思わんでほしい。ここは来る者こばまず、去る者追わず、夢と金と欲がこれでもかとばかりに詰まった街だ。お前さんたちの目的が何であれ、この街でそれがかなうことを願っているよ」
その後、ルナマリアはいちおう取り調べらしきものを受けたが、その内容はといえば、名前を訊かれ、賢者のローブは本物なのかと問われ、最後にベルカで宿泊する場所をたずねられただけだった。
まがりなりにも手配書が回ってきているのにそれでいいのか、と他人事ながら心配になったが、衛兵いわく、手配書といっても凶悪犯のものではなく、一向にかまわないらしい。だいたい、どこの世界に賢者のローブを着て歩き回る手配犯がいるのだ、と笑っていた。
取り調べを終えた俺たちは衛兵に見送られて大通りに足を踏み入れる。途端、大勢の人間であふれかえったベルカの街路が視界に飛び込んできた。
武装している冒険者がいる、楽器を奏でている吟遊詩人がいる、露店をひらいている商人がいる、煽情的な衣装で道行く男性に声をかけているのは酒場の客引きか、それとも娼館のそれだろうか。
ともすれば、やかましいと感じるくらい活気にあふれた街並みを見て、スズメがおっかなびっくりの態できょろきょろあたりを見回している。魔獣暴走以前のイシュカや王都の賑わいを知っているスズメから見ても、ベルカの繁栄は印象的なのだろう。
以前に少し述べたが、ベルカの西に広がるカタラン砂漠は魔物の一大生息地であると同時に、金や銀、塩、香油、香辛料といった無数の富を生み出す源泉でもある。
汲めども汲めども尽きぬ砂漠の富。眼前の賑やかな光景は、そんなカタラン砂漠の価値を示す端的な証左といえた。
「マスター、この後はどうなさるのですか?」
「ひとまず宿屋に向かうぞ。そこでイリアと合流する――と、スズメ!」
興味をひかれるままに先を歩いていたスズメが人波にのまれそうになったので、慌てて手を伸ばして少女の身体を引き寄せる。
ぽすん、と俺の腕の中におさまったスズメは、角隠しの帽子を両手でおさえながら頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、ありがとうございます!」
「どういたしまして。念のためだ、はぐれないように手をつないでおこう」
そういって左手を差し出すと、スズメは戸惑ったように目をぱちくりさせていたが、やがておずおずと俺の手を握ってきた。
「それでしたら私も」
会話を聞いていたルナマリアが、俺の日差し避けの外套の端をちょこんとつまむ。空いている右手を握ろうとしなかったのは、剣士の利き手に対する配慮であろう。
今度はスズメではなく俺が目を瞬かせる番だった。
視線の先ではルナマリアが澄まし顔で「何か問題でも」というように首を傾げている。俺は何かを言おうと口をひらきかけ――結局なにも思い浮かばなかったので、そのまま口を閉じた。
その後、三人でぞろぞろ固まって移動すること数分、以前にイリアと泊まった宿に到着する。
中に入ると、そこかしこから奇異の視線が向けられてきた。まあ、冒険者が泊まるような宿ではないから仕方ない。
ただ、受付にいた主人は俺の顔を覚えていたようで、従業員のひとりに何やら耳打ちしている。その従業員が急ぎ足で階段をのぼっていったところをみると、イリアを呼びに行ってくれたのだろう。
その予想は当たっており、間もなくイリアが慌てたように階段をおりてきた。見るかぎり、怪我をしている様子はなく、元気そのものである。
と、そのイリアの後ろから一人の少女が緊張した面持ちで姿を見せた。年のころはスズメより上で、おそらくはシールと同じくらいだろう。着ているのは法神の神官服。
イリアが俺を指して何やら話しかけているので、知り合いなのは間違いないだろうが……はて、誰だろう? 情報収集の最中に神殿で出来た友人かと思ったが、イリアが普通の友人を俺に紹介するとも思えない。
そこはかとなく厄介事のにおいを感じつつ、俺はイリアに近づいていった。
結論からいえば、その少女はイリアの幼馴染だった。つまりはメルテ村の住民である。ラーズの幼馴染でもあり、子供の頃に生活苦のために奴隷として売られ、ベルカに流れ着いたそうだ。
前述したように、少女が着ているのは法神の神官服である。そして、その胸元には銀色の星をかたどった印章が輝いていた。




