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第三十一話 教皇VS不死の王


 不死の王は吸血鬼ヴァンパイアと並び称されるアンデッドモンスターの頂点である。


 ただし、吸血鬼のようにしゅとしての共通性を持っているわけではない。不死の怪物として一定の領域に踏み込んだモノを、総じてそのように呼びならわしているのである。


 したがって、個としての成り立ちは様々だった。


 戦場跡で自然発生した亡霊ファントムが、長い年月をかけて膨大な瘴気しょうきを取り込み、自我を得て不死の王となった例もあれば、邪教の司祭が悪魔の加護を得て不死の王に至った例もある。


 そして、高位の魔術師が禁忌とされるしょく魔法に手を伸ばし、人ならざるモノとなり果てて不死の王と呼ばれるに至った例もあった。


 成り立ちが様々であるように、彼らの行動や目的も様々である。すべての不死の王が人間に害を与えるわけではなく、中には己の領域に引きこもり、研究に明け暮れて人の世をかえりみないモノもいる。


 ただ、それがごくごくまれな例であるのも確かで、大半の不死の王は人間に敵対的であった。


 そういった不死の王と戦い続けてきたのが世の教会勢力である。ことに法神教は悪魔を奉じる邪教徒および不死の怪物の根絶に力を注いでおり、過去、彼らに滅ぼされた不死の王は少なくない。


 そうなると、狙われる側も自衛の策を講じるようになる。具体的にいえば、不死の王同士で共闘関係を結んで法神教と敵対した。


 夜会。


 何の変哲もないこの名称こそ、恐るべき不死者たちの集会の名であり――



『エリ・エリ・ウルス・エリ・ウルス、群れるもの、むさぼはね、いざいざ来たれ虫のおう



 過去、三体の不死の王を葬った教皇ノアの死を望む組織だった。


 シャラモンの詠唱は常人には聞き取ることができない。魔術師としての図抜けた技量が可能とする超高速詠唱と、探究者としての抜きん出た知識が可能とする圧縮詠唱の重ね技。その術式構成能力は人間の追随を許すものではなかった。



『止まぬ翅音はおとは飢餓の咆哮――始蝗帝(しこうてい)



 詠唱の終了と共に湧き出る無数の飛蝗バッタ。むろん本物の飛蝗を召喚したわけではなく、すべて高密度の魔力体である。


 先ほどのミロスラフの魔法など、この飛蝗の数匹、いや、一匹でも相殺そうさいできるかもしれない。


 それだけの魔力の塊が怒涛どとうのように押し寄せてくるのだ。


 防ぐことなどできようはずもなく、ミロスラフとルナマリアは死神の鎌が首筋に触れる感触をはっきりと感じていた。


 ――そんな二人の耳に、魔物の濁声とは対照的な澄んだ声が響く。



「『神よ、我らを護りたまえ』」



 ミロスラフたちの前に光の壁が現出する。その壁はミロスラフたちと先遣隊すべてを瞬く間に囲い込んだ。よく見れば、壁面に細かな紋様が無数に描かれていることがわかっただろう。


 法神が信者に授ける神聖魔法の一つ、聖霊璧。


 シャラモンが教皇と呼んだ少女は一瞬で聖霊璧を展開させた。それも、本来ならば長い祈祷きとうを必要とする最高レベルのものを、短い祈りだけで展開せしめたのである。


 直後、不死者の魔法と教皇の奇跡が激突した。




 飛蝗バッタの一匹一匹が壁に接触する都度、耳をつんざく炸裂音がティティスの森にこだまする。一つだけで数十の命を奪うに足りる爆発が、何十、何百、ことによったら何千と立て続けに巻き起こる。


 王都の城壁すら灰塵かいじんに帰すであろう絶大な火力は、その余波だけで周囲の草木を焼き尽くした。緑から黒へ、みるみるうちに森の景色が変わっていく。


 土はえぐれ、炎は逆巻き、炎によって生じた風が突風となって吹き荒れる。あれだけいた黒屍鬼アルグールはすでに肉の一片も残っていない。


 シャラモンが唱えた魔法は十万の軍勢さえ焼き払う神域の業。魔術師の到達点とされる第九(けん)の魔法であってもここまでの威力は出せないだろう――少なくとも、ミロスラフはそう思った。


 これほどの魔法を、あれだけ短い詠唱で発動できるなら、一国を征服することさえたやすいだろう。不死の王の恐ろしさを耳にしたことは幾度もあったが、これほどの化け物だったのかという驚愕を禁じ得ない。


 そして――



「お二方とも、ご無事ですか?」



 その化け物の魔法を完璧に防ぎとめた眼前の少女に対しても等量の驚愕を禁じ得なかった。


 ――ただこのとき、ミロスラフの中に驚愕はあっても恐怖はなかった。これはルナマリアも同様である。


 おそらく、半年前の二人ならば、不死の王には恐怖を、教皇には畏怖を、それぞれおぼえたに違いない。だが、今の二人は諸々の経験からそれらの感情が麻痺している。


 それゆえ教皇に対して驚きはあってもおそれはなく、そんな二人の反応を見た教皇はかすかに目を見開いた。


 このとき、聖霊璧の向こうからシャラモンの声が響く。



『秘蔵の賢者の石まで持ち出して威力を高めた我の術を、こうもたやすく防ぐとはな。教皇ノア。なるほど、侮れん』



 たちのぼる土煙の向こうから再び姿をあらわす不死の王。それを見て、先遣隊の面々が教皇を守ろうと動きかけるが、教皇は軽く片手をあげて彼らを制した。


 そして静かに口をひらく。



「私が神より授かりし最強の盾です。いかにあなたの魔力が強大であろうとも貫くことはかないません」


研鑽けんさんをもって魔道を極めし我に、神の威を借りて物を語るか。不遜ふそんよな』


「魔に魅せられて堕ちた者に礼節をもって接する必要はないでしょう。シャラモン、夜会の第三位にその名があったと記憶していますが、同一人物ですか?」


『いかにも』



 そう応じた途端、シャラモンの魔力が一気に膨れ上がった。ただでさえ強大だった魔力が倍以上に膨れ上がる。先遣隊の口からうめき声が漏れた。


 教皇でさえかすかに眉根を寄せている。それを見て、シャラモンは言葉を続けた。



『貴様がこれまで滅ぼしてきた未熟者どもと同列に並べてくれるなよ。ましてここは聖都の外、我らの力をそぎ落とす忌々しい結界はないのだからな』


「私たちは結界にって戦うにあらず、神の加護をもって戦うのです。そして、神の加護は聖都の中と外とを問わず、等しく信徒に与えられます」


『ならば、その加護とやらで見事(われ)めっしてみせよ』



 言うや、シャラモンは懐から巨大な宝珠を取り出した。一つ、二つ、三つ、まだ続く。


 虹色に輝くそれらは一つ一つが膨大な魔力を秘めた魔法石であるが、たとえば以前にミロスラフがスキム山で使用していた物とは純度が異なっている。たとえるならば、泥水と雪解け水くらいに。


 賢者の石。そう称される最高純度の魔法石が六つ、シャラモンの魔力によって空中に浮かび上がる。単純に考えて、次に放たれる魔法の威力は先ほどの六倍。


 さらに、それらの魔法石が宙に六芒星を形作るのを見て、はじめて教皇の顔に緊張が走った。



『古来、最強の盾は最強の矛をもって砕くもの。逆もまた真なり。神より与えられた貴様の盾が、まこと最強と称するにふさわしいか否か、このシャラモンが試してくれよう――魔力解放ディスチャージ



 シャラモンはその一言で自らと賢者の石の膨大な魔力を解き放った。



「くッ!?」



 奔騰ほんとうする魔力はたちまち巨大な光の槍と化し、聖霊璧に激突する。教皇の苦しげな声がミロスラフたちの耳朶をうった。そしてもうひとつ聞こえてきたものがある。


 それは壁面がきしむ音だった。先刻の魔法では小揺るぎもしなかった壁が揺れている。揺れ続けている。


 ミロスラフたちの目の前で、水晶が砕けるような音をたてながら壁面に亀裂が走っていく。教皇が両手を前にかざすと壁面の一部が修復されたが、それも少しの間だけのことで、やがて勢いを増した光撃の前に壁面は今まで以上の速さで砕け始めた。


 教皇の顔が苦悶にゆがみ、額から頬にかけて、幾筋も汗が流れ落ちていく。


 この間、ミロスラフたちにしても、先遣隊の面々にしても、呆然と立ち尽くしていたわけではない。何かできることはないか、と懸命に考えてはいた。


 だが、このレベルの攻防になると、へたに手を出せばかえって足手まといになってしまう。ことにミロスラフとルナマリアにとって神聖魔法は専門外だ。先遣隊が動けずにいる状況で、それ以上の知恵など湧きようがない。


 シャラモンを牽制しようにも、聖霊璧から一歩でも外に出れば骨さえ残らず蒸発してしまうだろう。手の打ちようがないのである。壁が保たれているうちにシャラモンの魔力が尽きるのを祈るしかなかった。


 だが、その希望も、ますます勢いを増す光の激流によって押し流されていく。いまだシャラモンが十分な余力を残していることは火を見るより明らかであった。


 一方の教皇は血の気を失った顔で唇を噛みしめている。いまや聖霊璧にひびが入っていない箇所はない。


 結末は目前まで迫っていた。



『嘆くことはない。貴様らはこのシャラモンの手にかかって死ねるのだ。名誉なことぞ、誇りをもって散るがよい』



 シャラモンの言葉が終わるのを待っていたように、悲鳴のような音をたてて聖霊璧が崩れていく。


 もってあと数秒。


 そう確信したシャラモンは、とどめとばかりにさらに魔力を強めようとして――




「間抜けはお前か」




 打ち続く魔法の破壊音をたよりにこの場を探り当てたソラによって、脳天から真っ二つに斬り下げられた。




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