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第二十三話 見事

挿絵(By みてみん)

反逆のソウルイーター第3巻、本日発売です!


「――イブキは寝付いたか、セシル?」


「はい、兄上」



 兄であるゴズ・シーマの問いにうなずいた後、セシルは困ったように微笑んだ。



「寝つく寸前まで、目を輝かせて先日の戦いのことを語っていました」


「いまだ興奮さめやらず、といったところか」



 ゴズは苦笑し、片手であご先を撫でる。


 先の戦いでイブキは鬼人の待ち伏せを受け、痛めつけられた。四歳という年齢を考えれば、恐怖ですくみあがり、口がきけなくなっても不思議ではない。


 ところが、当のイブキは周囲の心配をよそに元気一杯。家の内外を駆け回り、夜になってもなかなか寝付こうとせずに母をてこずらせている。


 さすが剣聖の血を引く者だ――若干の身びいきを混ぜながら、ゴズは甥の豪胆さを称賛した。


 朗報は他にもある。イブキがそらに対する見方を一変させたことだ。


 これまでは「ゴズおじちゃんをいじめた悪い人」という認識であり、帰郷した空に決闘を挑むほどに憤っていたものが、先の襲撃以降、どうやら「いずれ越えなければならない人」という認識に変化したらしい。


 待ち伏せていた鬼人の集団を一蹴し、強襲してきた幻想種をも打ち破った戦いぶりが幼児の心をとらえて離さなかったようだ。セシルによれば、空が姿をあらわしたのはイブキを助けるためだったように見えたとのことで、その点も感じるところがあったのかもしれない。


 ゴズとしても一言なりと礼を言いたかったのだが、そらは長居は無用といわんばかりにさっさと島を離れてしまった。付け加えれば、それを知ったときのイブキはずいぶんと残念そうにしていた。


 これまで語れなかったそらの存在について語るときが来たのかもしれない。ゴズとセシルはそう考えている。


 ただ、それを語ればそらに付随する様々なことも語らねばならぬ。どうしてそらは島を出たのか。どうしてそらはゴズを「いじめた」のか。


 それらを語ったところで四歳児には理解できないだろう。そもそも、語る側のゴズたちとて全てを理解しているわけではない。再会してからの空の姿、空の言葉がシーマ兄妹の脳裏をよぎる。


 セシルはうつむきながら口をひらいた。



「……兄上。私たちは、間違っていたのでしょうか?」


「間違いがあったとすれば、わしがそら殿を心装まで導けなかったこと、それに尽きる。セシルが気に病むことではない」



 ささやくような妹の問いかけに、ゴズが優しい声音で応じる。


 それは妹を慰めるための言葉だったが、同時に、ゴズの本心でもあった。


 セシルは空が追放されたとき、もっと別の行動をとるべきではなかったか、と悔やんでいる。


 だが、あのときはああするしかなかった、とゴズは思う。


 大前提として、ゴズは空の追放処分をしきものとは考えていない。


 御剣家の来歴を考えれば、試しの儀を超えられなかった空が嫡子であり続けることは不可能だった。そして、嫡子の座を奪われた空が、家中でどのような立場に置かれるかは火を見るより明らかだった――空がその境遇に耐えられないであろうことも、また。


 家の中に居場所がないとなれば、家の外に居場所を求めなければならぬ。柊都しゅうとは狭く、どこにいっても人々の目は空につきまとう。であれば、島の外に出るしかない。


 追放といえば聞こえは悪いが、裏を返せば、強力な魔獣が闊歩かっぽする鬼ヶ島ではなく、平和な大陸で生きるがいいという式部しきぶの情けである。少なくとも、ゴズはあの追放をそのようにとらえている。


 むろん、楽な道ではない。空が深く傷つき、独りを恐れていることも察していた。


 だが、成人した以上、自分の面倒は自分でみなければならぬ。ゴズやセシルがそばにいれば、空はどうしても二人を頼ってしまうだろう。それに、あのとき、ゴズたちが当主の指示にそむいて空についていけば島抜け――青林旗士の脱走と見なされて追っ手を差し向けられていた。


 空についていくという選択肢は、一に空を危険にさらし、二に式部の深慮を踏みにじる愚行である。とうてい選べるはずがない。


 セシルの内心もほぼこれに重なる。一つゴズとの違いを挙げれば、自分を見初めてくれた式部の願いを足蹴にするわけにはいかなかった、という理由もある。かつてゴズは御剣式部に刃を向けたことがあった。式部はそのゴズを寛大に許し、のみならずシーマ兄妹の生活の面倒もみてくれた。セシルは式部に対してずっと感謝の念を抱いており、だからこそ余計に式部の命令に背くわけにはいかなかったのである。


 ゴズにしても、セシルにしても、そういった事情をそらに告げることはしなかった。島に未練を残すような別れをしてはいけない、と考えたからだ。いずれそらが年を重ね、経験を重ねて一人前になったとき、父の思いを理解してくれれば――そんな望みを抱きながら、シーマ兄妹は島を出るそらを見送ったのである。


 それから五年が経ち、空は帰ってきた。恐るべき力と、凍えるような眼差しをもって。


 セシルは己を見る空の目つきを思い出し、かすかに肩を震わせた。


 いっそ怨嗟えんさの眼差しであれば、ここまでショックを受けることはなかっただろう。空が兄を斬ったと知ったときから、自分もまた空に恨まれているに違いないと覚悟していた。


 ――だが、あれは違う。あれは恨みや憎しみの目ではない。


 空はセシルに対して関心がない、興味がない。だから恨みも憎しみもない。感情を向けるだけの価値を認めていないからだ。


 それがわかったから――わかってしまったから、セシルは空が島にいた間、ほとんど話しかけることができなかった。自分を姉のように慕ってくれていた空から、路傍の石ころを見るような目を向けられるのは耐えがたかった。


 青ざめた顔で考えにふける妹を見て、ゴズが静かに声をかける。



「セシル、あまり思いつめるな」


「……ですが、兄上」


「憂いは陰となって顔を覆う。イブキが心配するぞ。おぬしもそろそろ休むがよい」



 悔いても及ばぬことを悔いても消耗するだけだ。兄の気遣いを察したセシルは小さくうなずいた。


 その視線がつとゴズの横に向けられる。そこには作成途中の木刀が置かれていた。先の戦いで木刀を失ったイブキのものであることは聞くまでもなかった。



「兄上もご多忙でしょうに、よろしいのですか?」


「なに、これはこれで気晴らしになるのだよ」



 ゴズはそういって笑った。うがたれた城壁の修復にはまだまだ時がかかる。鬼人たちの動きも始まったばかりであろう。嫡子であるラグナが鬼神に敗れ、その鬼神が元の嫡子である空に討たれたことにより、青林八旗の一部もざわついている。


 本格的な嵐が来るのはこれからだ。それはゴズにとって予想を超えた確信だった。なればこそ、嵐が到来する前に、がんばった甥に贈り物をつくっておいてあげたかったのである。



◆◆◆



 同時刻、御剣本邸ではギルモア・ベルヒが主君の部屋に伺候しこうして熱弁をふるっていた。


 その説くところは御剣空の処罰である。


 御剣家の意向に従わないと公言している者を放置しておくのはよろしくない。


 他国に取り込まれるかもしれず、あるいは御剣家に隔意のあるアドアステラの貴族が接触してくるかもしれない。そうなる前に空を御剣家の監視下に置く必要がある。そう主張した。


 一度は「空を放っておく」という式部の意に従ったギルモアであるが、先の襲撃を受けて、再び空への態度を硬化させていた。


 特にギルモアが恐れたのは、空が鬼神を討った場にスカイシープ家の当主モーガンがいた事実である。


 モーガン・スカイシープはかつてギルモアが蹴落とした相手であり、つまりは政敵だ。式部が妻妾さいしょうの護衛を任せたことからもわかるとおり、権勢を失った今も影響力は残っている。


 そのモーガンが空の功績を広めれば、必然的に鬼神に敗れたラグナの評価は下がる。万が一、空が嫡子の座に返り咲こうものなら、ラグナに接近していたギルモアも凋落をまぬがれない。


 ギルモアがモーガンの立場であれば、間違いなく空をようして動く。それゆえ、ギルモアは先手をとって空の功績を封じようとしていた。具体的には、今回の戦いの経緯を次のように発表しようとした。


 御剣邸においてラグナは鬼神に深手を負わされたが、同時に鬼神にも致命傷を与えていた。鬼神が御剣邸を離れたのは、ラグナから逃げたためである。空と戦った鬼神は半ば死に体であり、だからこそ空程度の腕でも討ち取ることができた。事実上、鬼神を討ったのは御剣ラグナである――ギルモアはこの発表に式部の許可を求めた。


 だが。



「ならぬ」


「……ですが、御館様。このままでは嫡子の座をめぐって要らぬいさかいが生じるかもしれませぬ。鬼人に動きが出てきた今、家中に波風を立てる要素は未然に摘むべきと愚考いたします」


「ならぬ。旗士きしにとって敗北は忌むべきことであるが、恥ではない。旗士きしにとって恥ずべきは、敗北することではなく敗北をかくすこと。敗れて落ちた評価は勝利によって上げればよい。竜牙兵に敗れた評価を、鬼神に勝利して引き上げた者のようにな」



 主君にここまではっきりといなを突きつけられてしまえば、ギルモアとしても引き下がらざるをえない。それに今の返答を聞けば、式部にはラグナを廃嫡する意思はないと判断できる。少なくとも、当面の間は。


 同時に、空に対して無関心ではないこともわかった。今後の動きによっては家中の序列が動く可能性がある。


 それらを確認できただけでもこの場に来た甲斐はあった。そう考えたベルヒ家の当主は深々と頭を下げ、その場を辞する。


 ひとりになった式部の口から、今しがた自分が発した言葉が漏れた。



「竜牙兵に敗れた評価を、鬼神に勝利して引き上げた者、か」



 つぶやく式部の脳裏には先の戦いの光景が克明に映し出されている。最後に映し出されたのは、此方こなたに背を向けて去る黒髪の青年の後ろ姿だった。


 式部が唇の端を吊りあげる。笑うように、称えるように、あるいはあざけるように。



「――見事だ、そら



【コミカライズ情報】

コミカライズ版は3/26に開始予定です。

こちらもお楽しみに!

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反逆のソウルイーター第8巻7月14日発売
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