閑話 クライア・ベルヒ③
「言えないなら言えないでかまわないが、お前が黙っていたということはおぼえておくからな」
「うぅ……」
空の宣告を聞いたクライアは思わずうめくような声をもらしていた。言質を取られたことを正確に理解したからである。
先ほど会ったヘイジン――第四旗の旗士は間違いなく空を襲う。その企みを知りつつ黙っていたということは、向こうの企みに協力したと同じこと。
事が終わった後、空はそういう論法でクライアをねじふせにかかるだろう。そして、クライアはこれに抗うことができない。
それを避けようと思えば今からでもヘイジンのことを明かすしかないが、御剣家を裏切るに等しいその行為もまた、クライアにとっては選ぶことのできない選択肢だった。
袋小路に追いつめられたクライア。
そんなクライアが選んだのは、第三の選択肢だった。
「空殿、稽古をしましょう!」
「………………ぬ?」
クライアが覚悟を決めて申し出ると、空は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。パチパチと目を瞬かせるその姿は、どこか昔の空に似ていた。
ややあって、我に返った空が怪訝そうに眉をひそめる。
「稽古といったか? これから?」
「はい!」
「……」
クライアの意図を測るかのように、空がすっと目を細める。
クライアは真っ向からその視線を受けとめると、ゆっくり言葉を紡いだ。
「本気で――互いに心装を用いての稽古です」
それを聞いた空は驚いたように目をみはる。しかる後、クライアの意図を悟って愉快そうにくつくつと笑った。
「なるほど、そういうことか」
楽しげに笑う空の姿をクライアは真剣そのものといった様子で見つめる。
クライアは今日まで空との間に稽古を重ねてきたが、心装を抜いたことは一度としてない。いや、正確にいえば、空に言われてクライアが抜いたことはあったが、空自身が心装を抜いたことは一度もない。
空の心装は他者の力を喰らう。以前に戦ったとき、クライアはそのことを知った。
クライアとて木石ではない。それを知っていれば、空が心装を抜かなかった理由も推測がつく。クライアが人質として従っているかぎり、必要以上の危害を加えないというのが空なりの決め事だったに違いない。
今、クライアは自分からその決め事を取りのぞいた。
実力で及ばぬと知っている身がそれを口にするということは、自分の力を喰ってくれといったも同然である。
それでも、約定を破った上で襲われて喰われるよりはマシだろう。
なにより、稽古という形で空と本気でぶつかれば、その勁圧は間違いなく第四旗の知るところとなる。
繰り返すが、第四旗、それも島外の任務を主とする旗士たちは、青林八旗の中では落ちこぼれだ。黄金世代たるクライアとの力の差は雲泥といってよい。
そして、そのクライアさえ圧倒する空との差は、もはや形容しようもない。
クライアと空の激突を知れば、ヘイジンたちはあまりの勁圧に震えあがるだろう。自分たちが何を相手にしようとしているかを悟り、空を討つことは不可能であると諦める。いいや、諦めさせる。
そのためにこそ、こうして空に稽古を求めているのである。
ただ、懸念もあった。空が稽古を拒否すれば、クライアとしては如何ともしがたい。まさか、こちらから心装を抜いて襲いかかるわけにもいかないのである。
「いかがでしょうか? 私は虜囚の身です。無理強いはできませんが……」
「確かに、お前を好きにしようと思えば、ここで拒否するのも一つの手だな」
それを聞いてクライアは唇を噛む。が、空はすぐに楽しそうに言い足した。
「でもまあ、さすがにここで断るのはカッコ悪い。正直一本取られたぞ、クライア。うまいこと考えたじゃないか」
「では!」
「いいさ、心装で稽古をしよう。どのみち、俺の能力はゴズ経由で知られている。別段、隠しておく必要もない――心装励起」
その言葉と共に現れ出でる、夜よりも昏い黒の刀。
まだ抜刀してもいないのに、全身が押し潰されてしまいそうだった。
「――心装励起」
クライアは腹の底から声を絞り出し、翡翠の長刀を呼び起こす。
これから始める稽古は、クライアの同源存在にとってはえらく迷惑なことだろう。気のせいか、手の中の長刀が抗議するようにふるふると震えている。
クライアは内心で彼女に謝りながら、それでもためらうことなく抜刀した。
「出ませい、倶娑那伎!」
「喰らい尽くせ、ソウルイーター」
二つの心装が同時に抜き放たれる。
黒と翠、二色の閃光がイシュカの空にきらめいた。




