魔法学園死霊事件
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──魔法学園死霊事件
ジークたちは軍馬に変化したフギンとムニンによって魔法学園に急行している。
パウロたち憲兵隊が先導し、ジークたちはルーネンヴァルトの街を駆け抜けて魔法学園へと急いだ。通りにいる人々は駆けてくる軍馬と馬車を見て道を開けたが、誰もが驚きの表情を浮かべている。
「間に合うといいんだが……」
ジークはアレクサンドラを心配していた。彼女は時間を稼ぐためにデュラハンを前にして学園に残っている。
しかし、セラフィーネから説明を受けたがデュラハンを相手に吸血鬼とは言えど非戦闘員のアレクサンドラが耐えられるとは考えにくい。
「間に合わせるんだ。安心しろ。吸血鬼はそう簡単には死なない」
「だとしてもさ。心配になるだろ」
セラフィーネがジークのすぐ横を走って言うが、ジークはそう言い返す。
吸血鬼は確かに頑丈ではある。だが、痛みを感じないわけではないし、絶対に死なないわけでもない。ジークがアレクサンドラの心配をするのは当然と言えた。
「こちらは憲兵隊! 道を開けろ! 道を開けるんだ!」
パウロが叫び、騎乗した憲兵たちがルーネンヴァルトの大通りを駆け抜ける。ジークとセラフィーネもそれに続き、一気に魔法学園を目指して進んだ。
そして、魔法学園の正門が見えてきた。
「様子がおかしいぞ」
ジークはすぐに魔法学園の異常に気付いた。
正門から大勢の学生たちが逃げている。負傷している学生もいるようで血の臭いがする。これは明らかに学園内で事件があったことをうかがわせていた。
「パウロ隊長! アレクサンドラたちは学園のどこに向かったんだ!?」
「エミールさんが言うにはドーラ棟だそうです!」
「了解だ!」
ジークたちは混乱している学生や負傷者でいっぱいの正門の前で馬を降り、魔法学園内に入った。
「憲兵が来てくれたぞ!」
「た、助けてください! 友達が負傷しているんです!」
ジークたちと憲兵たちが姿を見せると正門にいた学生たちが助けを求めてくる。
「お前たち、学園で何を教わっていた。回復魔法ぐらい使えるだろうが」
そんな学生たちにセラフィーネがそう言い放つ。
「そ、そんなこと言っても実際に人に試すは初めてで……」
「人生はどんなことでも初めてがあるんだ。これがその初めてだと思え。我々はこの混乱の元凶を叩きに向かわなけれなばならん」
セラフィーネはそう言って学生たちに手を貸さずに進む。負傷しているといっても命にかかわるものではなく、素人の回復魔法でもどうにかなりそうだったことも、彼女が無視した一因だ。
「すまんな。元凶を止めないと被害が広がっちまうから」
ジークは助けを得られず落胆した学生たちにそう言うが、彼らに助けがないわけではなかった。
「ここを避難所としましょう。アンデッドたちが近づかないようにしておくのです」
ロジーはそう言うと装甲化された馬車から降りる。
「ヘカテの名において。清き光と生命の温かさに満よ──」
ロジーがそう唱えると周囲が光に満ち溢れ、同時に正門を中心に結界が展開された。アンデッドや魔獣などを近づけないヘカテの眷属の力による結界だ。
これでジークたちはこの正門付近を避難所とすることができる。逃げてきた学生や教師が襲われることも、アンデッドが学園の正門から溢れることもない。
「ほう。大したものだな」
セラフィーネは眷属の力を前に感心したように頷く。
「助かるぜ、ロジー。学園内の人間にはここに逃げるよう言っておこう」
「あとで憲兵隊の救護班も派遣しておきます」
ジークとパウロもそう言い、安全地帯を確保した彼らは学園内に踏み込む。
「ドーラ棟ってどこか分かるか?」
「もちろんだ。古い建物で悪魔学部が入っている」
「悪魔学部か……」
「悪魔崇拝は禁じられているが、悪魔を研究することは禁じられていない。だが、悪魔学部で事件が起きたということは考えるべきかもしれないな」
ジークが言わんとするところをセラフィーネが察してそう言い、ふたりは憲兵たちとともにドーラ棟に急ぐ。
「……止まれ!」
しかし、不意にセラフィーネが制止の声を上げる。
「どうした?」
「アンデッドが近くにいるぞ。それも数が多い」
セラフィーネの警告にジークたちは身構える。ジークは“月影”を、セラフィーネは朽ちた剣を、憲兵隊はマスケットとサーベルをそれぞれ構えた。
「──来たぞ!」
セラフィーネが声を上げると建物内から無数のゾンビが出現し、セラフィーネたちに向けて突撃してきた。
ゾンビたちは半分は腐乱した腐臭を漂わせる動く死体だ。そのゾンビの口の周りはすでに血で赤く染まっており、犠牲者がいることをうかがわせていた。
「撃て!」
憲兵はパウロの号令で一斉に発砲。マスケットの銃弾がゾンビをなぎ倒す。だが、ゾンビは次々に現れる。その中には学生がゾンビに変えられただろうものもあり、憲兵たちにも動揺が走った。
「おいおい。ゾンビって増えるのかよ!?」
「いいや。ゾンビに殺された人間を死霊術師がゾンビに変えただけだ。死体は全て死霊術師の駒になると思え」
「クソ。胸糞悪いぜ」
ジークもゾンビに変えられ、尊厳を踏みにじられた学生たちの死体を見て呻く。
だが、脅威となるならば排除するのみ。ジークは迫るゾンビたちの首を刎ねて仕留めていく。ゾンビの弱点は頭部であり、首を刎ねられたり、頭部を破壊されたりすればその動きは停止する。それは死霊術師が頭部に死者の電気信号を送って操っているからに他ならない。
そんなゾンビたちをジークたちが駆逐していく中で、人間の声が聞こえた。まだ若く、学生だろう人間の声だ。
「──けて! 誰か助けて!」
その声はドーラ棟に向かう途中の建物の2階の窓から聞こえた。ジークたちがその方向を見上げると、そこには──。
「アンネリーゼ! 無事か!?」
窓から助けを求めていたのは、以前ジークのスケッチを願い出たアンネリーゼであった。彼女が2階にある美術室の窓から1階にいるジークたちに向けて助けを求める声を上げていたのである。
「ジーク様! び、美術室の外はゾンビやレイスだらけです! 今、生き残った人と入り口をふさいでいるのですが、そう長くはもちそうには……!」
「今行くから待ってろ!」
アンネリーゼの言葉を受けてジークは校舎の中に突入し、中にいるアンデッドたちと交戦を開始した。以前にも来たことのある校舎の中はアンデッドだらけであり、講義室もその多くが襲われたあとであった。
「クソ。ひどい状況だな……」
ジークは血だまりのできた廊下を通りながらそう言い、ゾンビに変えられた学生や教師を無言でその首を刎ね飛ばしていった。
しかし、敵はゾンビだけではない。敵が放ったアンデッドは他にもいた。
「あれは……!?」
「気を付けろ、ジーク。レイスだ」
レイス──剣を持った亡霊はゆらりと動いてジークの方に向かってくる。一切の音も臭いもなく、ただそのまがまがしい紋様が刻まれた剣だけを手にしている。
「弱点は?」
「普通に叩き切れ。物理攻撃は有効だ」
「合点」
ジークはセラフィーネに尋ね、セラフィーネはそう答えた。ジークは“月影”の刃を構えて、レイスと対峙する。
レイスは雄たけびを発することもなく、ゆらゆらと動き、ジークたちを目指して進んでくる。人間の動きとは違うため、どうにも動きが予想しにくい。ジークは距離が開けている間に相手の動きを把握しようとじっとレイスを見つめた。
「────ァ!」
そして、レイスは声のない叫びをあげて、ジークに斬りかかった。
「ふん!」
ジークは振り下ろされた剣を弾き飛ばし、すぐさまカウンターとして上下に一閃の斬撃を加える。真っ二つに引き裂かれたレイスはそれであっさりと霧散して倒された。
「……存外あっけないな?」
ジークは見た目ほどの強さではなかったレイスにそう呟く。
「お前ならば苦戦する相手ではないだろう。それに今は昼間だ。アンデッドが本当に脅威なのは夜だからな」
「じゃあ、連中が本当の脅威になる前に殲滅しましょう」
セラフィーネの言葉にジークがそう言って美術室に急ぐ。
レイスはゾンビとは違い肉体を持たないアンデッドだ。死霊術師が魂を操ることによって生み出し、使役するものである。それは霊体であるが物理的な干渉が行え、そうであるがゆえに物理攻撃が有効だ。触ってくるものには触れられるというわけである。
ジークたちは群がるゾンビとレイスを次々に斬り倒しながら前進。憲兵たちもそのあとに続いて進んでいく。
「そろそろ美術室だが……おっと!」
美術室のある2階の廊下にはゾンビが溢れかえっており、ジークたちに気づくとすぐさまゾンビたちは襲い掛かってきた。
ゾンビは古典的なゾンビ映画に出てくるようなのろのろとした動きのものと、普通に素早い動きのものが混じっている。それらは操られている死体の腐敗や損傷の程度によって分かれているようであり、損傷が酷いと遅く、軽いと早い。
「ぶった斬れ!」
ジークは群がるゾンビたちを迎え撃ち、次々に斬り倒していく。しかし、ゾンビの恐ろしいところはその物量だ。
一般人でも1体、2体ほどのゾンビならば倒せるだろう。しかし、同時に3体、4体と襲ってくるゾンビは現代的な小火器があったとしても難しい。ゾンビは確実にその頭を潰さなければ攻撃の効果はないのだから。
「なんて数だよ、畜生め。どれだけ殺しやがった……!」
ジークは群がるゾンビを引き裂き、確実に屠っていくがそれでも次々にゾンビは襲い掛かってくる。すでに首を失ったゾンビの死体を乗り越えて、次のゾンビが襲い掛かってくるのはかなりの地獄絵図だ。
「ジーク。退いていろ。私が一掃する」
セラフィーネがここでそう言い、ジークの後方で無数の朽ちた剣を生み出すと一斉にそれを発射。ゾンビたちがフレシェット弾を受けたかのようになぎ倒されてゆき、無事に美術室までの道が作られた。
「サンキュー、魔女。助かったぜ」
ジークは生き残っていたゾンビを掃討しながら美術室に向けて進む。
「おーい! 大丈夫かー!?」
ジークは美術室の扉の前に立ってそう呼びかけた。扉は突破されかかっており、すでに築かれたバリケードともどもぼろぼろであった。
「ジーク様! 来てくださったのですね!」
そこでアンネリーゼが顔を出し、安堵の表情を浮かべる。
「オーケー。来たぞ。生き残りは何人ぐらいいる?」
「この教室にはあたしを含めて12名です。けど、他の教室に逃げた子たちもいて……」
「そうか。今は憲兵に守ってもらえ。安全な正門まで送ってくれるからな」
「はい! ありがとうございました!」
それからアンネリーゼたちはバリケードを退け、ひとりひとり美術室から出てきて憲兵の保護下に入った。憲兵たちはこれから万全の守りで彼女たちを正門の避難所に向けて送り届けることになる。
「ジーク様!」
去り際にアンネリーゼがジークを振り返る。
「あなたの絵、完成したら見に来てください! 絶対完成させますから!」
「……ああ!」
学友などがアンデッドの餌食になっただろうに気丈にふるまうアンネリーゼに、ジークは安心させるような笑みを浮かべてたがアンネリーゼたちが去ると考え込む。
「他の教室にも生存者がいるみたいだが……」
「元栓を閉じないとキリがないぞ。死霊術師を倒さなければ、ゾンビもレイスも死体の分だけ発生する」
「だけど、生き残りがいるなら助けたい」
セラフィーネが指摘するのにジークはそう言った。
「……分かった。ドーラ棟には私とロジーで先に向かっておく。お前とパウロたちは生存者を助けろ。ただし、30分以内だぞ。それ以上はかけるな」
「ありがと。じゃあ、行ってくる!」
ジークはそこでセラフィーネと別れてパウロと一部の憲兵部隊とともに付近にいる生存者の救出に向かった。
「我々はドーラ棟に向かうぞ、ロジー」
「ええ。そうしましょう。アレクサンドラ館長が心配なのです」
セラフィーネたちは引き続きドーラ棟に向けて進む。
「……しかし、どこか満足そうですね、魔女セラフィーネ?」
ロジーはジークと別れてからセラフィーネが笑みを浮かべていることに気づいた。
「私は戦士であろうとする。戦いのために生きる戦士に。だが、あいつには、ジークには英雄でいてもらいたいのだ。今も昔もジークは高潔な精神の持ち主であってもらいたい。そうは思わないか?」
「分かるのです。彼は英雄神の恩寵を受けた唯一の勇者ですからね」
「だろう?」
セラフィーネはそう言ってどこまでも満足そうにしていた。彼女にはジークが勇者ジークとして他者を見捨てないことが嬉しくてたまらないようだ。
そう、彼女の顔には初めて英雄譚を聞かされた少女ように無垢な笑みがあり、勇者ジークの伝説が目の前で再現されたとでもいうように喜びを示していた。
ジークがあそこで他の生存者を見捨て、問題となっている死霊術師を倒しに向かうことを決めたならば戦士としてのセラフィーネはそれに同意して文句を言わなかっただろう。だが、英雄に憧れる少女としてのセラフィーネは落胆したに違いない。
「あいつは自分は忘れられた勇者だと言っていたが、今からでもその名を思い出させてやればいいのだ。我こそは勇者ジークであると。邪悪を打倒し、弱きものを助ける英雄であるとな」
彼女はそう言いながらドーラ棟に急ぐ。
ゾンビやレイスは数を増していき、セラフィーネたちの行く手を遮る。だが、セラフィーネひとりでもドーラ棟までの突破は可能であった。
「おかしい」
セラフィーネがそんな状況で呟く。
「そうですね。エミールさんはデュラハンが出たと言っていましたが、未だに我々はデュラハンに遭遇していないのです」
「アレクサンドラが倒したとか考えがたい。切り札として取っているのか?」
「可能性としてはあり得るのです。ゾンビやレイスと違ってデュラハンは数が準備できるものではないですから」
ゾンビやレイスは物量で勝負するものだが、デュラハンは質で勝負するものだ。そのために通常ひとりに死霊術師が準備できるデュラハンは1体限りだと言われている。
そう、通常は1体限りのはずなのだ。
「……どうに嫌な予感がする。警戒しておけ」
セラフィーネはこの状況にそう言い、ドーラ棟に向かう。
ドーラ棟の入り口にはバリケードの類はなかったが、逃げようとした憲兵の死体があった。事件がここから始まったのは間違いない。
「ロタール! または死霊術師! 観念しろ!」
セラフィーネはそう大声で通告してドーラ棟のエントランスに踏み込む。
「魔女セラフィーネ! あれは……デュラハンですが……!」
「3体だと!?」
セラフィーネたちの前に立ちふさがるのは3体の首なし騎士。
黒い甲冑を纏ったそれが戦斧を持ち上げてセラフィーネたちに迫った。
「不味いな……!」
セラフィーネがそう呟きながらも、この逆境を前に犬歯をのぞかせた獰猛な笑みを浮かべる。
ジークがどこまでも勇者であるならば、彼女はどこまでも戦士なのだ。
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