首なし騎士
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──首なし騎士
ジークが巨大な狼と、セラフィーネがローパーと交戦中にエマとアレクサンドラは黒書結社との関わりが疑われる人物──魔法学園理事のロタールに迫っていた。
「ロタール氏が悪魔崇拝を……?」
憲兵隊とエマたちは大学の事務局にやってきて捜査を開始し、説明を受けた学園職員が困惑の表情を浮かべていた。
「アルトフィヨルド交易の取引先の名前にロタールさんの名前があったのです。それもクラーケンの取引でした。ここ10年でアルトフィヨルド交易がクラーケンを他者に売買したのは、その1件だけで他にはありませんでした」
「学園としてはクラーケンは現在飼育しておりませんが……」
「ええ。ロタールさんの個人的な取引であったと思われます。資金も魔法学園ではなくロタールさんの個人口座から引き落とされていましたから」
「つまり彼が先のクラーケン事件を引き起こした、と……!?」
「我々はそう考えています。だから、すぐに見つけて話を聞く必要があるのです」
エマは学園職員にそう説明した。
しかし、彼女たちが恐れているのはそれだけではない。あの地下下水道のスライムの出所も魔法学園ではないかという疑いがあったのだ。
アルトフィヨルド交易からはスライムの取引情報は見つからなかったが、魔法学園ではずっと教育用と研究用にスライムを購入して飼育している。その記録を調査して、そこにロタールの痕跡があればビンゴだ。
「み、見つけました! スライムの管理記録です……!」
アレクサンドラが声を上げる。
「あのスライムの大きさからして飼育され始めたのは、5、6年前からで間違いありません。そ付近のの記録を調べましょう……!」
「オレも手伝います」
アレクサンドラとエマは憲兵の手助けの下、資料を調べていく。スライムの管理記録には購入日、購入の際のスライムの年齢、購入担当者、廃棄された日時とその理由、廃棄担当者の名前が記されている。
スライムは危険な魔獣であり、その管理は厳重に行われているのだ。
「ありました! 購入日は今から6年前で、廃棄されたのは3年前。理由は病死。そして、廃棄時の担当者はロタールさんです!」
エマがついにロタールがスライムにもかかわっていることを突き止めた。
「これで決まりだな。あとはロタールを探し出すだけだ」
憲兵隊の指揮官がそういう。
憲兵たちは学園内をロタールを探して広がっている。ロタールが普段いる理事会室にはおらず、近くにいた学生や職員に尋ねて憲兵たちはロタールを探し出そうとする。
「ロタールさんなら悪魔学部の方に行ったと思いますけれど……」
「悪魔学部だな。すぐに向かうぞ」
憲兵の一団は学生からの言葉で悪魔学部を目指した。
悪魔学部はドーラ棟にあり、それは歴史ある講堂だ。この魔法学園の中でも古い建物であり、窓は小さく、増改築を重ねたために複雑な造りになっている。
エントランスは吹き抜けの2回構造でエントランスの扉から左右に階段があった。
憲兵たちはロタールが抵抗することはないと思っていた。彼は学園の理事に過ぎず、魔法使いではないとそう思っていたからだ。
だが、その予想は裏切られることになる──。
「ロタール! 憲兵隊だ!」
憲兵が悪魔学部に踏み込んで声を上げるのに彼らはぞっとするような寒気を感じた。なぜか室内にもかかわらず凍り付くように寒いのだ。
「ロタールを探し出せ! 急げ!」
しかし、憲兵たちは職務を果たすためにその違和感を無視してしまった。だが、彼らがこの違和感に気づいてもできることはなかっただろう。
彼らを待ち受けていたのは、彼らが対処できる脅威ではなかったからだ。
ドーラ棟で突然悲鳴が響いたのは憲兵の突入から15分後のこと。いきなり聞こえてきた悲鳴に憲兵とエマ、アレクサンドラたちが動揺する。
「今のは……?」
「わ、分かりません。ですが、このドーラ棟の気温の低さは一体……?」
ドーラ棟のエントランスにいたエマが怪訝そうに尋ね、アレクサンドラは身を震わせるように自分の体を抱いてそう疑問を呈する。
寒気がひどいがその要因が分からない。単純にドーラ棟の気温が低いのか、それとも何か別の要因が関係しているのか。
それに先ほどの悲鳴だ。あれは何だったのだ?
「嫌な予感がします。一度引いてジークさんたちを待ちませんか?」
「しかし、それではロタールを取り逃がすかもしれない」
「このルーネンヴァルトで逃げ場などありませんよ。港さえ見張っておけばルーネンヴァルトの外に逃げる心配はない。そうでしょう?」
「ううむ」
エマの言葉に憲兵が唸る。
「分かった。一度撤退だ。軍曹、先に進んだものたちを引き返させてこい」
「了解です」
下士官が指揮官に命じられて、ロタールを捜索しに向かった憲兵たちを引き返させに向かい、彼らがエントランスから通じる廊下に入ろうとしたときである。
「た、助けてくれ!」
血まみれになった憲兵が廊下から飛び出してきて助けを求めるのに、この場にいた全員がぎょっとして驚く。
「どうした? 何があった?」
指揮官はすぐに血まみれの憲兵に駆け寄り、事情を尋ねる。
「ば、化け物です! 化け物に襲われました!」
「化け物だと……? 魔獣か?」
「違います! あれは──」
そこで金属がこすれるがりがりという音が廊下の奥から響いてきた。何か重い金属が床に引きずられている。そんな音だ。
「あ、ああ! 来た! やつが来た! 逃げないと!」
その音を聞いた憲兵は指揮官を無視してエントランスから逃げていく。
「指揮官殿、どうしますか……?」
「脅威であるならば確認しなければならない。構えろ」
「了解」
指揮官と下士官たちがマスケットを音のする方向に向けて構えた。緊張感のにじむ空気に憲兵たちは額に汗を浮かべる。
「一体、何が……」
エマも響く異音に不安と恐怖を感じ始めていた。
「まさかこの低温……」
そこでアレクサンドラがあることを思い出した。
このような低温現象が生じる理由にある重大なことがある。彼女はそれを体験したことはないが、本の知識として知っていた。
「き、気を付けてください! この低温はアンデッドのそれかもしれません!」
そう、アンデッドが生み出された場合、このような気温の低下が引き起こされる。
アンデッド──広義にはグールやレヴァナントもこれに含まれるが、厳密には人や動物の死体や魂を死霊術で操ることで生まれるものだ。死霊術は魔法の中では原則として禁忌とされるものであり、その取扱いには慎重な規則が設けられている。
そして、その死霊術によって生み出される強力なアンデッドのひとつこそ──。
「な、なんだあれは……!」
廊下の奥から現れたのは大柄な人間であった。しかし、その首はない。頭部は存在せず、巨大な戦斧を石造りの床に引きずりながら憲兵たちの方に向かってきていた。
その異形は憲兵たちを捉えると、その戦斧を両手で握って構えてずんずんと進んでくる。それを目にして憲兵たちは恐怖で混乱しそうになるのを辛うじてこらえた。
「う、撃てっ!」
指揮官の指示で憲兵隊は一斉に発砲。マスケットの銃声がけたたましく響く。
だが、異形はマスケットの銃弾を受けても止まることなく進んできた。銃弾などまるで意に介さないという具合であり、憲兵たちの恐怖が高まる。
「装填急げ! 引きながら装填しろ!」
指揮官の号令で憲兵たちは後方に下がりながら次弾を装填する。ルーネンヴァルトの憲兵が使用するマスケットは黒色火薬と鉛玉が紙で梱包されており、装填にかかる時間は短くなっている。
「ち、近づいてくるぞ!」
しかし、首のない異形はその装填速度より早く憲兵に迫った。戦斧を振り上げて信じられない速度で迫る異形を前に辛うじて指揮官のピストルが発砲されるが、やはり効果は見受けられない。
そして、戦斧が大きく振るわれた。
「ああ……っ!」
エマが悲鳴に似た声を上げる中で指揮官の首が飛び、鮮血が吹き上げる。首のない異形は指揮官の体から心臓の鼓動に合わせて吹き上げる血を浴びながら、次の獲物に向けて戦斧を構えた。
「エ、エミールさん! すぐに逃げてください……! あれは我々にはどうしようもありません……!」
「アレクサンドラ館長は!? そもそもあれは何なんですか!?」
「あ、あれはデュラハンです……! 禁じられた死霊術によって生み出された怪物……!」
そして、アレクサンドラの口からあの恐るべき怪物の名が明らかにされた。
デュラハン──死霊術によって生み出された首なし騎士。死霊術によって生み出されたものとしては高度かつ危険な部類に入り、腕力と再生力ともにアンデッドの中で最強の部類だ。
「どうしてそんなものがここに……!?」
「に、逃げてください、エミールさん……! あれは私が食い止めます……!」
「そんな! 一緒に逃げましょう、アレクサンドラ館長!」
アレクサンドラは虐殺を繰り広げるデュラハンを歯を食い占めた表情で見て言い、エマはそんなアレクサンドラを置いてはいけず連れて行こうとする。
「ダメです……! 憲兵さんたちが立ち向かえない以上、誰かが食い止めていないと今の学園にあれが解き放たれたら……」
デュラハンはすでに憲兵を次々に斬殺しており、彼らの赤い血肉がドーラ棟のエントランスをグロテスクに彩っている。憲兵は戦意を喪失して逃げようとするものから殺されたが、今も抵抗している憲兵も満身創痍だ。
この状況で未だにこの異常を知らない教師や学生が溢れる学園にデュラハンが解き放たれれば──地獄が生み出されるだろう。
「エ、エミールさん。あなたはどうにかしてジークさんたちにこのことを伝えてください。頼みますよ……!」
「……分かりました。何としてもジークさんたちを連れてきますから死なないでください、アレクサンドラ館長」
「ええ」
エミールは最後に決意を秘めた表情を浮かべると、ドーラ棟がら駆けだした。
そのとき最後の憲兵がその首を刎ね飛ばされて死んだ。べちゃりとペンキをぶちまけたように赤い血がエントランスにまき散らされ、憲兵の体がぐらりとよろめいて地面に倒れていく。
その死を見届けたデュラハンは次の獲物を探すように身をひねり、そしてアレクサンドラを捉えた。
「ここから先には進ませません……!」
アレクサンドラは無数の死を振りまいたデュラハンと対峙しても引かず、いつものおどおどとした雰囲気を払い、戦いを前にした戦士の風格をにじませる。
デュラハンはそれに対して戦斧を構えて前進してきた。
アレクサンドラとデュラハンの距離は急速に縮まっていき、戦斧の間合いに向けてデュラハンが駆けた。いきなり走り出したデュラハンを前にしてもアレクサンドラは引かず、小さく詠唱を始める。
しかし、次の瞬間デュラハンの構える戦斧が振り下ろされ、その刃は確実にアレクサンドラを捉えた──。
「無駄です……!」
アレクサンドラを捉えたはずの巨大な戦斧は空を切る。アレクサンドラの姿はそこになく、あるのは黒い霧だけ。それが蠢き、無数の蝙蝠となるとそれがばさばさと羽音を立ててデュラハンの背後に回り込む。
「こっちですよ……!」
そして、蝙蝠の中から姿を見せたのはアレクサンドラであった。
そう、これは吸血鬼としての彼女の力だ。体を霧に変え、蝙蝠に変え、自由自在に動き回る。それが吸血鬼に秘められた力だ。
「槍よ、貫け──!」
さらにアレクサンドラはデュラハンの背後から金属の槍を形成して、相手の背に叩き込む。デュラハンはその槍によって串刺しにされ、苦痛に呻くように身を振りながらも槍を引き抜こうとし始める。
「させません!」
アレクサンドラはさらなる槍を生み出して次々にデュラハンに向けて投射。デュラハンは腕を足を腹を串刺しにされて満足に身動きできなくなった。
「はあはあはあ……!」
しかしながら、それだけの金属の槍を生成して叩きつけてたアレクサンドラの魔力は底を突きかけていた。息切れが襲い、深刻な疲労が彼女を襲う。
セラフィーネが無数の朽ちた剣を召喚できるので勘違いしがちだが、本来この手の武具を召喚するのは一度が限度なのだ。そうそう誰もがあれだけの武器を好き勝手に生み出せていれば、戦場は本当に魔法によって征服されるだろう。そうなっていないのが魔法の限界を示す答えだ。
吸血鬼であり、多少は人間よりタフで魔力量も多いアレクサンドラでもこれが限度。だが、彼女は目的を果たせた。デュラハンは当分は動けない。時間稼ぎはできたのだ。
「これで、何とか……」
アレクサンドラがそう考えていたとき、ぱちぱちとゆっくり拍手をする音が聞こえてきた。アレクサンドラはすぐにその音の方を振り返る。
「流石は吸血鬼。いや、大図書館館長殿というべきかな。私のデュラハンをそこまで痛めつけるとは驚きであるよ」
「ロタール理事……!」
現れたのはロタールだった。薄ら笑いを浮かべたお尋ね者が、ゆっくりと皮肉るような拍手をアレクサンドラに送りながら現れたのだ。
「あなたが死霊術でデュラハンを……? やはりあなたは黒書結社と関わりが……」
「関わり? その程度の調査しかできていないとは残念ですな。大図書館館長も大図書館が忌々しいヘカテの手で閉館させられている今はただの人ですかな」
「じゃあ、一体あなたは……?」
アレクサンドラは警戒の視線でロタールを見る。
「私こそは黒書結社の幹部たる腐敗卿パイモン。死を覆さんとするものなり」
そういってロタールは死人の仮面を取り出し、それを身に着けた。不気味な死人の仮面の向こうからロタールが小さく笑う声が聞こえる。
「アレクサンドラ殿。あなたは良き知識人だ。我々の側に立たないかね? 神々が大図書館の奥底に隠蔽する事実を暴き、ともにその事実からもたらされる恩恵を受けよう。知識とは素晴らしいものだとあなたも知っているはずだ」
ロタールはそうアレクサンドラを誘う。甘い言葉で巧みに。
「神々が隠蔽していることに理由があるとは考えないのですか……?」
そんなロタールにアレクサンドラが問い返す。
「もし、その知識が外部に漏れれば大惨事を引き起こすから。だから、神々が情報を隠しているとは思わないのですか……? 世の中には人が触れるべきではない知識というのも確かに存在するのです……」
「ほう。その口ぶりは神々が知識を隠していることは認められるわけか」
「そ、それは……」
ロタールの指摘にアレクサンドラが僅かに狼狽える。
「大図書館の館長ならば何か知っているかもしれないとこれまで考えてきましたが、接触する機会がなかった。だが、あなたを多少尋問すれば得られることもありそうだ。──覚悟してもらおう」
そうロタールが告げると吹き抜けになっている2階から2体のデュラハンが新たに現れ、さらに1階の廊下からも2体のデュラハンが出現。
「殺すな。生け捕りにしろ。話を聞く必要がある」
ロタールの指示にデュラハンたちが戦斧を構えた。
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