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暗雲

……………………


 ──暗雲



 スライム討伐の次の日の朝はよく晴れていた。青々とした青空にさんさんとした太陽がまばゆく輝いている。


 ジークとセラフィーネたちは朝食を終えると、神殿の礼拝堂に集合する。


 ジーク、セラフィーネ、ロジー、パウロの4名がこの場に集まった。


「エミールとアレクサンドラはまだ調べものか?」


 この場にエミールたちの姿がないのを見てジークがそう尋ねる。


「ええ。エミールさんたちはまだアルトフィヨルド交易で押収した書類を調べています。手がかりが見えてきたと言っていましたが、まだ明確な答えはないとも。まだ時間が必要なようです」


「あんまり根を詰めすぎて、倒れないように言っておいてくれ。あいつら昨日は寝てないんだろう?」


「そうですね。働きすぎは心配です。ですが、ふたりともこのルーネンヴァルトのためだと言って頑張っていますよ」


「そうか。ふたりともこの街が好きなんだな……」


 過労死を心配するジークにパウロがそう言い、ジークはしんみりとした。


 この街に暮らすものにとってはこれは神々からの神託というだけではなく、自分の暮らす街を守るための戦いである。


 クラーケンによって、さらにはスライムに脅かされたルーネンヴァルトの街。街に暮らすものは不安になっていることだろう。それをどうにか助けたいと思うのは同じ街に暮らすものとして当然なのだ。


「さて、それならば我々はどう動く?」


「ここでむやみに動いてもしたかありません。そして、手がかりとなるのはエミールさんとアレクサンドラ館長が調べているアルトフィヨルド交易で押収された情報だけ。今は万全を期して、いつでも動けるようにだけしておきましょう」


「了解だ」


 落ち着いたロジーの指示にセラフィーネたちが頷く。


「憲兵隊は引き続き黒書結社のテロに警戒をしておきます。クラーケンに続いて、ファイアドレイク、スライムを殺害されたことは黒書結社にとって不快な知らせのはず。報復が考えられます」


「ええ。憲兵隊は細心の注意を払って警戒をお願いします」


 パウロはロジーに敬礼を送り礼拝堂から退室。


「万全の準備っていうと何しておけばいいのかね? 俺はいつでも戦えるぜ?」


「私もだ。だが、戦いの備えて心を静めておくべきだろうな。私は神々に祈りを捧げておく。そうすると心が安らぐ」


「あいよ。俺は公園をぶらぶらしておくよ。俺なりのリラックス方法ね」


「好きにしろ」


 ということでセラフィーネは礼拝堂に、ジークは神々の神殿の周りにある公園へと向かった。セラフィーネは神々に祈りを捧げることで安らぎを得て、ジークはぶらぶらと散歩でリラックスする。


「さてと。ここら辺の公園っていい感じの雰囲気なんだよな」


 ジークは礼拝堂を出ると丘の上にある神殿から下に向けて階段を降り、公園のひとりに入った。


 公園にはヘカテを象った銅像が設置され、豊富な緑と花々で彩られている。


「うん。いい感じの場所だな……」


 公園には神殿の関係者もおり、散歩や談笑をしてのどかに過ごしていた。


「しかし、クラーケン、ファイアドレイク、スライムと来たら次は何かね……?」


 黒書結社はこれまで魔獣を何度もジークたちにけしかけてきていた。次の攻撃もまた魔獣によるものだとジークは思っていた。


 魔獣は本来一生に一度出くわせば珍しいほどの生き物であり、そうであるがゆえにさほど人類の脅威になってはいない。


 彼らは神代の名残のようなものであり、神々がこの地上で暮らしていたときの残滓だ。前にセラフィーネが神代と現代では違いがあると言ってたが、これがその最たる点なのかもしれない。


 もし、そんな魔獣が普通の動物のように多かったら、人類は文明を気づけなかったかもしれないだろう。


「それなのに俺は数日で3匹も遭遇しちまって……」


 ジークがそのようなことをぼやきながら公園を散歩していたときだ。


 不意に公園の茂みが大きく揺れ、その音に公園にいた人間たちが不思議そうにそちらの方を見る。ジークも怪訝に思ってその方向を向いた。


 すると──。


「なっ……!?」


 そこから現れたのは狼だ。ただし、大きさが半端ではない。


 その牙の並ぶ口は顎を開けば2、3人の人間はまとめて飲み込めそうであり、そのアルビノのように白い体毛に覆われた巨躯はそこらの馬車の倍はある。


 いつの間にこんな巨大な狼が公園に忍び込んだのか分からないが、その狼は赤い瞳をジークの方に向けて低く唸った。


「おいおい。勘弁してくれ……」


 今にも飛び掛からんとする狼。ジークの周りにいた人々は悲鳴を上げて逃げ出している。ジークもそうしたかったが、そうすると逃げている人間が背中から襲われてしまう。逃げることはできない。


「────ッ!」


 そしてついに狼は咆哮を上げてジークへと襲い掛かった。


「クソッ、マジかよ!」


 ジークは悪態をついて飛び下がるのに狼は彼を追撃。ジークを噛み殺そうと大きく口を開いて襲い掛かってくる。


「“月影”!」


 ジークはそこで“月影”を召喚し、狼に立ち向かう。狼は突然召喚された剣を一瞬警戒して下がるがすぐにジークの動きを赤い瞳で睨むように見つめながら、再びその距離を詰め始める。


 じわりじわり。直線ではなく斜線を描くようにして狼はジークに迫る。すぐには襲い掛からないことでジークの動きを読んでいるようであった。


「ビビってんのか? かかってこいや!」


 ジークとしてはこうして相手に動きを見極められるより、激昂して力尽くで襲ってこられた方がやりやすい。人間より体力で優れる獣に備わって厄介なのは知性なのであるからにして。


 しかし、狼は低く唸りながらジークの様子をうかがっており、すぐには襲い掛かってこない。どうやらやはり“月影”を警戒している様子だった。


「クソ。クソッタレ。警戒してないでかかってきやがれってんだ……」


 ジークの方はいきなり飛び掛かられても対応できる距離を維持しながら、狼と対峙し続ける。すでに公園にいた民間人は逃げているが、今になってはジークも逃げるということはできない。逃げたところで背後から襲われるのがオチだ。


 狼はそれでも低く唸り続けて距離をゆっくりとゆっくりと詰めており、ジークから行動を起こすのを待っている様子ですらあった。


「お前、なかなか賢いな?」


 未知の脅威は見極めてから攻撃する。初期の想定が外れたため、相手が隠し持っているものを全て暴いてから狼は仕掛けるつもりなのだろう。ジークが言っているように獣とは思えないほどの賢さだ。


「だが、俺の全てをこの場で見きろうってのは甘い考えだぜ!」


 そう叫びジークが動いた。


 ジークは“月影”の刃を手に狼に向けて突撃。狼はすぐさまその動きに反応した。


 狼はジークの直線での突撃をよけて側面に回り込み、彼の腕を狙って顎を開く。だが、それこそジークが狙っていたものだ。


「そらよ!」


 ジークは“月影”の分身を生み出し、側面から彼を狙った狼を返り討ちにしてやろうとその刃を振るう。


 狼は一瞬驚きのためか動きが鈍ったが、刃が迫るのに瞬時に動きを取り戻した。狼は“月影”の刃をその体に僅かに受けつつも直撃は避けることに成功したばかりか、ジークの想定しなかったそのまま攻撃を決行するという動きに出た。


「畜生!」


 狼はジークの右手に食らいつきそのままその腕を噛み千切った。ジークの手から鮮血が舞い、狼は返り血を浴びて白い体毛を赤く染めながらさらなる追撃を試みる。


「させるかっ!」


 ジークは“月影”を防御の形に横に構え、巨大な口を開けた狼の攻撃を受け止める。狼は“月影”の刃に食らいつき、そのままかみ砕かんとするが吸血鬼の刀匠が鍛えた刃はそう簡単に破壊できるものではない。


 ぎりぎりと鈍い音を立てて狼は“月影”に食らいついていたが、刃には歯型の一つすら残らない。そのことに気づいた狼は素早く口を再び開いて後方に飛びのく。


「なかなかやるじゃねえか、お前」


 ジークは噛み千切られた右腕を再生させながらにやりと笑う。狼の方も獲物を見る目ではなく、対等の好敵手(ライバル)を見る目でジークを見ていた。恐れとそれへの挑戦の色が見える目の色だ。


 ジークと狼は互いを強者として認めながらも、屈することなく挑もうとしている。


「さあ、お前がどこまでやれるか見届けてやるよ!」


「────ッ!」


 晴れていた空はいつの間にか、暗い暗雲を立ち込めさせていた。



 * * * *



 ジークが巨大な狼に襲われたという知らせは、神々の宮殿に伝えられた。


「何だと……。ジークが巨大な狼に……?」


 礼拝堂で祈っていたセラフィーネは報告を聞いて目を見開く。


 まさかスライムを討伐した昨日今日ですぐさま次の襲撃はあるとは彼女も予想していなかったようだ。流石に敵の行動があまりにも早すぎる。


「すぐに向かう。ロジー、お前はここに残れ」


「はい。どうか気を付けて、魔女セラフィーネ」


 セラフィーネはジークの危機を救うべく、礼拝堂を駆け足で出て彼のいる公園に向かおうとした。しかし、敵が放ったのは狼だけではなかった。


「この揺れは……!」


 地震のように小さく地面が振動し、そのことにセラフィーネがすぐさま警戒。


 次の瞬間、神殿の前庭のその地面を突き破って現れたのは毒々しい赤い触手。鼻を突く異様な臭いを放ちながら現れたそれが、セラフィーネに向けて襲い掛かる。


「これはローパーか」


 セラフィーネは自身に迫る触手を朽ちた剣を召喚して、引き裂き退ける。しかし、地面からはすぐに次の触手が現れてセラフィーネの動きをうかがうようにゆらゆらと揺れながら蠢いていた。


「ふんっ! 神々の神殿に土足で踏み込むとはいい度胸だ!」


 ローパーと呼ばれた触手を睨み、セラフィーネは朽ちた剣を複数召喚して自身の周囲に展開させる。


「行くぞ──!」


 ローパーの触手がセラフィーネに再び迫るのを斬り捨て、セラフィーネはローパーの弱点を狙う。それはまさに地下に存在するローパーの根だ。ローパーはそこから触腕を生やして攻撃を行っている。


 しかし、ローパーも自身の弱点を晒したりはしないし、攻撃をやめたりもしない。迫るセラフィーネに触手を伸ばし、彼女を捕らえようとする。触手に捕らえられれば、そのまま握りつぶされてローパーの養分だ。


 不死身である彼女は養分になるまではいかないだろうが、その体を八つ裂きにされるぐらいのことはあるだろう。ジークも言っていたが、不死身であっても痛みは感じるのでこれは苦痛である。


「そののろまな動きに捕まるほど私は間抜けではないぞ」


 だが、ローパーの動きではセラフィーネを完全に捕らえることはできない。戦神モルガンの寵愛を受けるだけあって、セラフィーネは魔法以外にも力を入れている。体は鍛えているし、戦術的な思考も鍛えている。それゆえにその素早いを動きはなかなかローパーには捕らえられなかった。


 ただ相手は複数の触手でセラフィーネを狙ってくる。当然ながら触手の密度は根元に近づくほど増えていくので、根元を攻撃するのは困難になっていく。


「邪魔だ。大人しく死ぬがいい」


 セラフィーネはそのような触手を朽ちた剣で薙ぎ払いながら押し進んでいく。


 そのまま彼女はローパーの根元に到達するかに思えたが──。


「何……!」


 ローパーは身を地面の中に深く沈め、同時にセラフィーネの足場を崩した。セラフィーネがバランスを崩すのにすぐさま触手が襲い掛かる。


「しまっ……──」


 そしてローパーの触手は一瞬でセラフィーネの四肢を掴み、そのまま力任せに引きちぎった。セラフィーネは走る激痛に顔をゆがめるが、これ以上の攻撃を許すまいと四肢を失った状態で朽ちた剣を召喚して触手を切断。ローパーは触手の断面から刺激臭を放つ液体を漏らしながら触手を引かせる。


「やってくれるな」


 セラフィーネの四肢はすでに再生を始めており、血で赤く染まった祭服を払い、彼女は地面から起き上がりながらローパーの方を睨む。


 ローパーは未だ健在で触手をうねらせながらセラフィーネへの次の攻撃のチャンスを窺っていた。


「しかし、このタイミングでローパーをけしかけてきたというのは……」


 ジークは狼に襲われ、セラフィーネはローパーに襲われた。明らかに敵は分断を狙って攻撃を仕掛けている。


 だが、それを狙えるほどの情報がある人間ならば勇者ジークと魔女セラフィーネが不死身であることも知っているはずだ。いくら狼やローパーを差し向けようとふたりは殺せないことも把握しているはず。


 では、敵の狙いはなんだ?



 * * * *



 そのころエマとアレクサンドラはアルトフィヨルド交易に残された資料からある結論にたどり着き、憲兵とともに行動していた。


「しかし、予想外のことでしたね。ジークさんたちにも知らせないと」


 エマはそう言い、憲兵隊の馬車である場所に向かっていた。


「え、ええ。最初の調査だけではわからなかったことです……」


 アレクサンドラもエマの言葉にいつもの猫背な姿勢で頷いて見せる。


 彼女たちは憲兵1個小隊とともにルーネンヴァルトの街を移動している。騎乗した憲兵が先導し、それに馬車が続いていく。憲兵隊はフル装備であり、騎兵は胸甲を身に着け、全員がマスケットとサーベルで武装していた。


 彼らが向かう先で抵抗があることを予想しているのは間違いない。それはただの捜査ではなく明確に戦闘に備えた装備であった。


「ジークさんたちも一度会っているということでしたので、見逃していましたね。けど、これでやっと一歩前進できそうです」


「そ、そうですね。黒書結社の主要メンバーであるかどうかは分かりませんが、一連の襲撃には何かしらの関与をしているはずです……。これでようやく大図書館の再開館に向けて進める……!」


 馬車は魔法学園の学生たちが驚く目で見る中を駆け抜けていく。学生たちが食事する屋台やウィンドウショッピングを楽しむ店舗の横を走り抜けていく。


 そう、馬車が向かっている先は魔法学園だ。


 騎乗した憲兵が魔法学園の正門に向かい、馬車に乗っていた憲兵たちが降車して進む。パウロはジークたちに状況を知らせに向かったため、ここにはいない。


「な、何事ですか!?」


 魔法学園の衛兵が慌ててやってきて憲兵たちにそう尋ねる。


「我々はある人物を重要な参考人として捜索している。市長閣下の許可はすでに得ている。協力してもらおう」


「重要な参考人……? 一体何の話なのか分かりませんが……?」


 衛兵は憲兵隊指揮官の言葉に首をかしげる。


 そこのアレクサンドラを連れたエマがやってきた。


「理事のロタール・フォン・ザルツホーフさんです。彼には黒書結社との関係している疑いがあります」


 そして、エマは彼女たちが突き止めた人物の名を告げた。


……………………

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