スライム討伐
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──スライム討伐
ジークの足元から不意打ちを放ってきたスライム。
完全な奇襲でジークの足を触腕で掴んだスライムは、彼をそのままヘドロの中に引きずり込もうとする。
「させるかよ!」
ジークは素早く“月影”を召喚し、その刃で触腕を断ち切る。
スライムはそれでも別の触腕を伸ばし、次は憲兵たちを襲った。
「うわあっ!」
「撃て、撃て!」
人間の犯罪者を相手にすることは訓練を受けていても、このような魔獣と戦うことは訓練されていない憲兵はパニックに陥った。憲兵たちは命令が発される前に射撃し、スライムに向けて鉛玉が叩き込まれる。
しかし、核を撃ち抜かなくては意味がない。スライムは一瞬すらひるまず、そのまま触腕で憲兵の足を掴み、ヘドロの中に引きずり込む。引きずり込まれた憲兵は悲鳴すら飲み込まれて、ヘドロの中に沈んだ。
ヘドロの中からは確かな酸の化学薬品がする。
「クソ! なんてことだ!」
パウロも思わず叫び短銃を手にして、スライムから部下を救おうとした。しかし、短銃でもスライムは狙えず、部下はヘドロの中に引きずり込まれたままだ。
「落ち着くのです!」
そこで声を上げたのはロジーである。
「相手はまだ1体なのです! 勇者ジークと魔女セラフィーネに前衛を任せ、あたちは一度後ろに引きそこから彼らを支援するのです! 当初の作戦を徹底するのです!」
「りょ、了解!」
ロジーが冷静にそう促し、パウロを含めた憲兵たちが冷静さを取り戻す。彼らはろジーを守りながら一度撤退し、当初の予定通り前衛をジークたちにゆだねる。
「オーケー。やるぞ、魔女」
「ああ。やってやろう。まずは引きずり込まれた憲兵を助けるぞ」
ジークは“月影”をセラフィーネは朽ちた剣を構えて、そのままふたりはスライムとの戦闘を再開。憲兵たちが下がったことで剣を振り回せるようになり、ジークたちはまずは飲み込まれた憲兵を助け出そうとする。
「──そこだ!」
ジークは音でスライムの居場所を把握する。水音に混じってゲルの蠢く音がするのを聞き逃さなかったのだ。彼はその場所を“月影”で裂き、まさにそこからスライムが姿を見せた。触腕で捕らえていた憲兵とともに。
「憲兵を助けろ! 俺はこいつを牽制する!」
「了解だ」
ジークがスライムを抑える中で、セラフィーネがヘドロとスライムから憲兵を引きずりあげて救出。憲兵はスライムに掴まれた足の部位が焼けただれ、ひどい傷になっていたがまだ生きてはいる。
しかし、スライムはそう簡単に獲物を逃がそうとはせず、セラフィーネたちに向けて触腕をぐいと伸ばす。悪臭を放つヘドロにまみれたスライムが、セラフィーネと憲兵に向けて迫った。
「させねーよ!」
しかし、素早くジークが割って入り、スライムを迎え撃つ。
“月影”の刃が伸びる触腕を引き裂き、スライムはセラフィーネを掴むことはできなかった。スライムは再びヘドロの中に身を隠し、ジークたちは再びそれを見失う。
「クソ。ここはやつにとって有利すぎる戦場だな……」
光源は僅かで暗く、辺りにはスライムが身を隠せるヘドロだらけ。おまけに下水そのものが狭い空間であるため攻撃や回避を行える場所が少ない。
しかし、ジークが稼いだ時間を使ってセラフィーネは救出した憲兵をパウロの元まで連れて行った。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です、パウロ司令官……」
酷い傷ですぐに手当てが必要だが、スライムが自分たちを狙っている状況では回復魔法を使うこともままならない。手当てが遅れるほど回復魔法では治癒できない傷になってしまうのだが……。
「悠長にはしてられなくなったな……」
ジークは憲兵の様子を見ながらそう呟き、ヘドロの中に潜ったスライムを探る。
ヘドロの中をスライムは移動している。わずかだがヘドロが蠢いているのが分かる。だが、スライムはこの手のかくれんぼを得意としているらしく、どこにいるのかをなかなか掴ませない。
「ロジー! どういう状況に運べば魔法で仕留められる!?」
ここでジークがロジーにそう問いかけた。
「核を視認できないといけないのです! スライムの全身を把握してからなのです!」
「了解! 何とかしてヘドロから引きずり出す!」
ジークはヘドロの中を移動しては攻撃の機会をうかがっているスライムを引きずり出すべく行動に出た。
彼はあえてヘドロの中に踏み出し、スライムを誘う。
すぐにスライムはそれに反応し、ヘドロの中から触腕を伸ばしてジークの足を掴もうとする。だが、ジークはその触腕をぐいと掴むと酸で皮膚が焼かれる痛みをこらえて、そのままスライムを引きずり出すように引っ張った。
それによってヘドロの中でもスライムが存在する場所だけが大きく動き、ヘドロの下にいるスライムの姿がはっきりとする。
「そらよっと!」
ジークはそうやって場所が明らかになったスライムに向けて“月影”の刃を突き立てた。しかし、そのまま引き裂くことはせず、昆虫の標本を止めるようにピン止めにする。
スライムはばたばたと身をひねって逃れようとするが、ジークの握る“月影”は酸で溶かすこともできず、スライムは逃れることができない。
「今のうちに全身を──」
ジークが完全にヘドロからスライムを引きずり出そうとしたが、スライムは自らの体を切り離し、そうやってジークの“月影”から逃げ出した。
ただスライムは先ほどのジークの動きを脅威と感じたのか、ジークから距離を取るように逃走を始めた。ヘドロの下に潜ったスライムの動きに合わせてヘドロが大きく揺らぎ、それが遠ざかっていく。
「逃げられた!」
そのスライムの動きにジークが悔しげに叫ぶ。
「追うぞ。ここで逃がすわけにはいかん」
「ああ。もちろんだ!」
セラフィーネが逃げるスライムを素早く追い、ジークもそれに続く。
狭い下水道内を彼らは駆け、スライムが残した痕跡を追う。スライムの裂かれた体から漏れた強酸がヘドロを溶かし、その悪臭が道しるべになっていた。
「酷い匂いだが、追いやすくなったな」
「ああ。全くだ。本当にひでえ臭いだけどな……」
セラフィーネが鼻を鳴らしてそう言い、ジークはしかめっ面でそう応じる。
下水の光景は変わらない。暗闇の中にヘドロが溜まり、鼻が潰れそうなほどの悪臭が漂う。ただそれだけの光景の中にスライムという名の殺意が混じっている。
セラフィーネとジークはスライムを追跡して、そんな下水道を奥へ奥へと進む。彼らの長靴を履いた足が水音をさせるのが、静かな下水道内に響いた。
「臭いが途絶えた。近いぞ」
「どこだ……?」
相変わらずヘドロが溜まった下水でセラフィーネとジークは周囲を見渡し、どこかに隠れたスライムを探す。
そこでぽたりとジークの肩に水滴が落ちる音がし、同時にじゅっとジークの服の肩の部位が溶けた。
「上だ!」
ジークが素早く上を向くと、スライムがそこに存在していた。スライムは天井から強酸を飛ばしてジークとセラフィーネを襲う。
「ぐっ……!」
最悪なことにジークもセラフィーネも顔面に酸を浴び、目をやられた。不死身である彼らが失明することはないが、このままではスライムに再びの逃亡を許すことになり、戦闘が長期化してしまう。
「ジーク! スライムはまだ天井にいるか!?」
「いる! 音がする!」
「じゃあ、少しばかり手荒に行くぞ!」
セラフィーネは視界がないままに朽ちた剣を大量に召喚し、その刃を天井に向けた。
「喰らえ!」
そして、その刃を一斉に天井に向けて放つ。
天井からジークたちを襲おうとしていたスライムは次々に刃を浴びて再び串刺しにされる。しかし、スライムの核は撃ち抜けていない。スライムの核は体同様に柔らかいものであり、自由にその位置を動かせる。それによって攻撃を回避したのだ。
「勇者ジーク、魔女セラフィーネ!」
しかし、流石のスライムも運が尽きた。
その全身を核まで晒し、動けないところにロジーたちがやってきたのだ。
「ロジー! やれるか!?」
「任せるのです!」
ジークがじわじわと自身の視野が回復する中で焦るように叫び、ロジーが不敵な笑みを浮かべて応じる。
「氷よ、このものをその凍てつく牢獄に閉じ込めよ──!」
ロジーが放ったのはスライムを凍り付かせる魔法。だが、魔法学園の学生が小遣い稼ぎにやっている酒場に氷を売るそれとはレベルが違う。
ロジーの放った魔法は巨大なスライムを完全に凍り付かせ、ぴくりとも動けなくした。その余波で下水に霜が降り、ヘドロすらも僅かに固まるほどの威力の魔法を受けて、スライムの命運は決した。
「今です、勇者ジーク! 核を貫いてください!」
ロジーは最後のとどめを刺すようにジークに促した。今ならばスライムは核を守ることができない。凍ってしまっては核を自由に移動させることも、核をゲル状の体で守ることもできない。
「くたばりな!」
ようやく左目が完全に回復したジークは片目でスライムの核を捉え、そこに向けて“月影”を叩き込んだ。
バキリッと氷の割れる音が響き、凍り付いたスライムの体を貫通した“月影”の刃はスライムの核を完全に破壊。
核が破壊されたことによりスライムは体を維持できなくなる。ぼろぼろと氷が崩れていき、下水の中に崩れた体が落ちていく。
「やったぞ……!」
これによってついにジークはスライムを殺害した。
「仕留めたのだな」
セラフィーネもまだ酸による火傷の跡が残る顔で崩れたスライムを見上げ、満足そうにそう呟いた。
「ああ。ロジーのおかげだ。助かったぜ、ロジー」
今回のMVPであるロジーにジークがにっと笑って礼を述べる。
「ふふん。ヘカテ様より授かった魔法のおかげなのです。さあ、本当にこれでスライムがいなくなったのかを確認してから地上に帰還しましょう」
ロジーはちょっと自慢げにそう言い、それから彼女たちは本当にスライムが1体だけかを確認するために地下下水道を虱潰しにする。
それからジークたちは最終的に排水口まで残らず調べたが、スライムの姿はなかった。どうやらスライムはあの1体限りだったようだ。
「オーケー。ようやく終わった。地上に戻ろうぜ。臭いのが染みつきそう」
「戦士に戦場は選べないが、今度はもう少しましな場所であることを祈る」
ジークたちはようやく解放されたとばかりに地上に向けて戻った。
「ご、ご無事ですか、ジーク様……?」
下水の出口ではアレクサンドラが憲兵たちとジークたちを待っていた。
「おう。スライムも倒せたぞ。スライムが1匹だけというのも確認できた」
「そ、それは何よりです……!」
ジークの言葉にアレクサンドラたちは安堵の表情。
「しかし、負傷した憲兵はどうなったんだ? 無事か?」
「あ、あの方は回復魔法で応急手当を受けて病院に運ばれましたよ。命に別状はないということです……」
「それはよかった。これで死人が出さずに無事にスライムを倒せたな」
アレクサンドラが報告し、ジークはあの憲兵が死なずに済んだことに笑みを浮かべた。回復魔法で応急手当を受けていたならば、傷が原因で足を失うようなことにもなっていないだろう。
「これでスライムは倒せたが、まだ問題は威解決していないぞ」
「分かってる。誰がスライムを飼育していて、アルトフィヨルド交易にけしかけたのかを把握しないとな。クラーケンの取引を追えば、それが掴めるかもしれない。だが、今はそれより先にやるべきことがある」
ジークはそう言って、真剣な表情を浮かべる。
「何をすべきだと?」
「シンプルだ。それは──」
セラフィーネが首を傾げ、ジークが告げる。
「風呂に入ることだよ!」
* * * *
醜悪卿ベレト。その醜い鬼の仮面をかぶった女性は、彼女の愛するペットたちに囲まれていた。
烏──のように見えるが、その目がいくつもの眼球の集まりに、複眼になっている異形の鳥が8羽が止まり木に止まっている
ドブネズミ──しかし、その大きさは子犬ほどはあるものが9匹。部屋の中をうろうろとさまよっている。
狼──アルビノのように白い毛並みで人よりも一回り以上巨大なそれが4匹、ベレトを囲むようにして座っている。
ファイアドレイク──まだ子供でありニワトリほどの大きなのものが2匹、ケージの中で炎を吐きながら巣立ちに向けて育っている。
猫──至って普通の黒い毛並みのそれが1匹、ベレトの膝の上で大きく欠伸して、実に退屈そうにしている。
そのようなペットたちに囲まれてベレトがいる部屋の扉を何者かがノックした。
「はぁい?」
間延びした声でベレトが応じると中に入ってきたのは、死人の仮面をかぶった男──腐敗卿パイモンだ。
「ベレト殿。貴公のスライムが死んだぞ」
パイモンは部屋に入るなり、そう告げた。
「あらまぁ。まさか勇者ジークの手によって?」
「まだ確定していないが恐らくはそうだ。勇者ジークの他に魔女セラフィーネとヘカテの眷属ロジーが地下下水道のスライムを討伐する作戦に参加し、無事に成し遂げたと報告があったのでな」
「ふうん。勇者ジークには3匹も私の醜いペットを殺されてしまったわね」
クラーケン、ファイアドレイク、そしてスライム。
全てはこのベレトのペットであった。
彼女がクラーケンを育て、ファイアドレイクを育て、スライムを育てていた。また当然ながらアルトフィヨルド交易をあのスライムによって襲わせたのも、またこのベレトの仕業であった。
「これからどう動く、ベレト殿? 新しい獣の準備はできているのか?」
「当然ながら準備はできていますわぁ。しかし、隷属卿は今は勇者ジークたちとは争わないと言っていますよ」
そういってベレトはパイモンの方をうかがう。
「ふうむ。しかし、だ。私は勇者ジークと戦うことは避けられないように思えてきた。当然、避けられるのであれば避けるが本当にこれからやつらを避けて、大図書館の秘密を暴けると思うかね?」
パイモンはそうベレトに尋ねる。
「勇者ジークはヘカテから神託を受けているとの情報もある。そうであればヘカテの使い走りとなって我々黒書結社を脅かす可能性もあり得るのだ」
「そうですねぇ。その点は困りました。我々が次に行動を予定しているのは魔法学園です。そして、魔法学園で行動を起こすのはあなたです。腐敗卿パイモン」
「そうだ。私が次の攻撃を引き起こす。もし、そこで勇者ジークと魔女セラフィーネが現れるようなことがあるのは、実に望ましくないと思うのだ」
「私に足止めをするようにご希望ですか、パイモン?」
「然り。頼めるかね、ベレト?」
パイモンがそう言って仮面の向こうからベレトを見る。
「ええ。引き受けましょう。私としてもこれ以上醜いペットを殺されるのは望ましくないですからねぇ」
ベレトはそう言って膝の上にいる黒猫の頭をなで、猫はごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らした。
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