表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/50

通りすがりの街にて

……………………


 ──通りすがりの街にて



 その街はレーゲンフルトという運河沿いの街であった。


「着いた、着いた。さあて、楽しむとするぞー!」


 列のできている街の城門に向かいながら、ジークは腰に下げた金貨の重さににんまり。いつもは金欠であまり街に来ても楽しめないのだが、今日は違うのだ。


「結構な街だな。だが、他所のもの我々がそう簡単に入れるのか?」


「番兵に金払えば余裕だよ。デカい街ほど大して調べないからな」


「ふうん」


 ジークは余裕でそう言い、セラフィーネは少し疑わしげであった。


「ははん。さては、あんた、この手の街に入ろうとして拒否られた口だろ?」


「よく分かったな。前に入ろうとしたらちょっとした戦争になったぞ」


「はあ。だろうね」


 森で懸賞金をかけられていたセラフィーネだ。街に入る前もどこかで暴れて懸賞金がかかったままだったに違いない。それは拒否られて当然である。


「……一応聞いておくけど、ここ最近で他に暴れたりしてないよな?」


「50年単位で言えばない」


「オーケー。50年大丈夫なら番兵の目にも引っかからんだろう」


 50年と言うのは不老不死のジークたちには長い時間ではないが、普通の人間ならば子供が老人になってしまうまでの時間だ。


 そんなこんなを話しているうちにジークたちが街の城門を潜る番になった。


「止まれ」


 番兵が声を上げてジークたちを止める。


 ジークとセラフィーネはそれぞれ馬の姿になっている使い魔から降りて、番兵たちの前に立った。


「どうもお疲れ様です。通行税でしょう?」


「ああ。そっちの女は? 連れか?」


「ええ」


「じゃあ、ふたり分だ」


「こいつで」


 ジークは財布から結構な金額を番兵に渡した。当然ながら文句を言われず通してもらうための『潤滑剤』として正規の金額に上乗せしてある。


「おお。行っていいぞ」


 番兵はにやりと笑うと上機嫌でジークたちを通過させた。


「う~ん。久しぶりの街だなぁ。まずは宿からだ」


「ん。この街に泊まっていくのか?」


「そりゃあそうだろう。酒飲んで、準備してといろいろあるからな」


「ふうん……」


 街にうきうきのジークと違ってセラフィーネはどこから落ち着かない感じだ。


「人混みは苦手か?」


「人混みが好きな人間などいないだろう」


「俺は平気だけどな。何というか、ここだけは変わらない景色な気がして……」


 特定の個人を見てしまえば、街の景色は常に変化している。通りで遊んでいた子供が働くようになり、そして老人になって隠居し、葬儀で見送られてゆき、と。


 しかし、人間というカテゴリーで大きく括ってしまい、人混みを無数の人の集まりとしてしか見なければ街はずっと同じ景色をしているように感じられる。ジークのような別れを何度も経験している人間にとっても。


「随分と感傷的だな」


「いいだろ。感性が死んじまうよりはさ」


 小さく笑ってからかうセラフィーネにジークは拗ねたようにそう言い返した。


「さて、それより宿だ、宿。いいところに泊まろうぜ」


 ジークはセラフィーネにそう促すとムニンを引いて宿を探す。


「ここなどどうだ?」


「あー。そこは貴族向けだな。俺たちじゃ金持ってても門前払いだわ」


「そうなのか?」


「俺の名前がまだ知れ渡っていた400年前ならいけたんだけどな」


 とてもいい店構えの宿があったが、それにはジークは首を横に振る。こういう高級な店は店の方が客を選ぶのだ。


「ここら辺だな。俺たちでもよさそうなのは」


 それから暫く進んでジークは別の宿を見つけた。さっきの宿ほど高級感はないが、店構えはしっかりしており、店舗の前も綺麗に掃除されていて清潔そうだ。


「よし。ここに決めた。入るぞ」


「決まりだな」


 ジークがそう決めるとセラフィーネはフギンとムニンを再び軍馬からカラスに変化させて従えた。それからジークとセラフィーネは宿の門を潜る。


「いらっしゃいませ!」


 宿に入ると若い女性がジークたちを歓迎する。


 1階には多くの宿がそうであるように食堂と酒場を兼ねた飲食のスペースがあり、若い女性は給仕をしているのかお盆を手にジークたちに駆け寄ってくる。


「ご宿泊ですか? お食事ですか?」


「宿泊。とりあえず2泊で。部屋は空いている?」


「はい。あ、そちらの方はお連れ様ですか?」


 そう言って女性はフードを目深にかぶったセラフィーネの方に視線を向ける。


「ああ。連れだ。だけど、部屋は別がいいかな?」


「申し訳ありません。今、空き部屋が2人部屋が1部屋しか空いておらず……」


「え? そうなの?」


 確かに宿は賑わっている。この街でもなかなか人気の宿なのだろう。そのせいで泊まれなさそうだが。


「私は一緒に部屋でも構わないぞ」


 ここでセラフィーネがそう言う。


「う~ん。なら、2人部屋をお願いするよ」


 セラフィーネが気にしないというならばいいのだろうが、ジークとしてはまだ彼の方が身の危険を感じているところがある。何せ一度は殺し合った関係なのだから。


「畏まりました。2階の真ん中の部屋になります」


 それからジークたちはカギを受け取り、部屋に向かう。


「おお。いい感じの部屋だな」


 部屋は清潔に保たれており、ベッドはふたつ。窓からは通りを見下ろせるし、木製ながら風呂桶も設置されていた。


「さて、荷物を置いたら早速飲みに行こうぜ。宿の酒場はあとにしてまずは他の店を試さないとな」


「酒か。久しぶりだな……」


「飲めないってことはないよな?」


「ああ。それなりには嗜む」


 ジークはそうセラフィーネに確認すると、荷物を置いて街に繰り出した。


 ここ数十年機能している街に寄らなかったセラフィーネにはさっぱり分からないが、ジークの方は街の歩き方を知っているらしく、美味い具合に宿からそう離れていない良さそうな酒場を見つけ出した。


「ここに入ろうか」


「うむ」


 ジークたちが扉を潜ると、酒場はなかなかに賑わっていた。肉の焼ける香ばしい香りがし、吟遊詩人が歌いながら楽器を奏でる音がする。


「らっしゃい! 席、空いてますよ!」


「おう!」


 元気のいい女性の声に出迎えられて、ジークたちは席に座る。


「まずはエールで乾杯と行こう!」


 ジークはさっさと注文を行い、ふたり分のエールが運ばれてくる。流石に日本の居酒屋のようにガラスのジョッキに冷えた生ビールとはいかないが。


「では、乾杯!」


「乾杯」


 ジークは盛大にセラフィーネは控えめにエールで満たされた木製のマグで乾杯。


 ジークはそのままぐぐぐっとエールを一気飲みする。


「ぷはあっ! やっぱり旅のあとの酒は格別だな!」


「そういうものか? 酒は酒だろう」


 セラフィーネからすればここのエールに以前飲んだ他の店と違いがあるようには感じられなかった。


「強敵との戦いや愛する人との別れ、それから長く辛い旅路。それらの苦労を洗い流してすっきりすると思えば、このエールだって神の酒(ネクタル)に値する酒さ。最初に一杯は格別なんだよ」


 ジークはそう言い張り、次に酒精の高い蒸留酒を注文した。


「あんたは?」


「ワインだな。つまみは適当に」


 セラフィーネはそう注文し、それから肉料理と酒が運ばれてきた。ジークが頼んだ酒は飛び切り酒精が強いらしく給仕の女性から火を噴くほどとか説明されていた。


「いやあ。やっぱり街はいいなぁ。酒は美味いし、飯も美味いし、可愛い女の子はいるしさ。最高だぜ」


 ジークはそう言いながら給仕をする30代ほどの女性の尻を見つめていた。給仕は肉付きのよく出るところはばっちり出て、引っ込むべきところは引っ込んだ女性であり、その尻を見ているのはジークだけではない。


「年増が好みか?」


「俺たちと比較したら年増になるなんて無理だろ」


「ははっ。それはそうだ」


 まだ若々しく見えるジークとセラフィーネだが、中身は500歳と700歳だ。彼らより年上の存在などドラゴンか神々くらいものだろう。


「もちろん若い子も好きだぜ。宿の看板娘も可愛かったしな。ああいう細い子には細い子の美しさがあっていいんだ。胸の大小で価値は決まらないってな」


「ふうん」


 ジークが熱く語るのにセラフィーネはちょっと咎めるような目でジークを見ながらワインで満ちたマグを傾ける。


「けど、俺たちがちょっとぼーっとしているとの若い子もあっというまによぼよぼの老人になっちまうんだよな……」


 しかし、ジークはたちまちしおしおと肩を落としてしまう。


「仕方あるまい。我々は神に選ばれたようなもの。ただの市井の人間とは違う」


「そうはいうがね……」


 俺だって元は市井の人間だったんだぜと愚痴りながらぐいっと蒸留酒を呷るジーク。高い酒精のそれは喉を焼くような味わいのものだが、これがまたたまらないのだ。


「お前、妻子と別れたと聞いたが何度結婚したんだ?」


「3度。1度目は邪神討伐の際の仲間だ。彼女とは最後まで深く愛し合ったけど、結局は寿命で俺が置いて行かれた」


 セラフィーネの問いに、はあとため息を吐いて語るジーク。


「子供は?」


「いたぞ。子供も俺より先に死んだが、今では子孫が軍の高官だ。とは言え、俺のことはもう覚えてないだろうが」


「500年というのはなかなかに長い時間だからな」


「そうだな。あとの2回も似たような感じだった。3人とも俺のことを心から愛してくれたけど、俺はそれに応えられたんだろうかって思うよ」


 そう言って新しく酒を注文するジーク。セラフィーネはまだ赤ワインをちびりちびりとやっていてマグを空けていない。


「だから、もう女性とは刹那的な付き合いをすることに割り切ってる。このあと俺は花街に行くから。そこんとこよろしく!」


「はあ? 花街だと?」


 花街──それはお姉さんたちとえっちなことをするための場所だ。大抵の街には大なり小なりそういうものがある。


「何だよ、悪いかよ?」


「悪いに決まっている。英雄たるものが女を買いに花街など下品極まる。そんな下衆なことを考えられぬように酔い潰してくれよう。勝負だ」


 ドンとマグを置いたセラフィーネはジークと同じ蒸留酒を注文する。


「おお? やるか! いいぜ、あんたが先に酔いつぶれたら俺は花街に行くからな!」


「ほざけ。私は飲み比べで負けたことはない」


 そうしてジークとセラフィーネの飲み比べが始まった!


……………………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ