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悪魔崇拝者たちについて

……………………


 ──悪魔崇拝者たちについて



 パウロの口から明らかにされた敵の名前。


 すなわち、黒書結社。


「ふん。その黒書結社の目的は大図書館にあるって聞いたけど、具体的にはどういうことをやらかしているわけ?」


 ジークは敵の目的をきかされていたが、そのために彼らが何を起こしたのかを知らない。彼らはルーネンヴァルトについたばかりなのだ。


「そ、それについてはまず私から……」


 ここでアレクサンドラが手を上げる。


「彼らは大図書館の最深部にある神々の記録を開示するようにと要求してきました……。その記録はヘカテ様が開示することを禁ずるとして深部に封印された記録でして、大図書館側からは開示できないとしたものです……」


「その要求が断られたら連中は何を?」


 アレクサンドラが語り、セラフィーネが鋭く問う。


 黒書結社がテロリストだとすれば要求を押し通すために暴力を行使したのは想像に難しくない。だが、彼らが何を標的に、どのような攻撃を行ったのか。セラフィーネはそれを知っておく必要があるとか考えていた。


「……最初は大図書館そのものへの攻撃です。大図書館の職員や施設を対象にした魔法による攻撃でした……。彼らは大図書館を焼き払うことすらいとわず要求を押し通そうとしたのです……」


「脈々と知識が引き継がれてきた場所に対して愚かなことを……!」


 アレクサンドラの言葉にセラフィーネが怒りをにじませてそう言った。


「アレクサンドラ館長がおっしゃるように最初の黒書結社の攻撃目標は大図書館そのものでした。ですが、我々が警備を強化し、ヘカテ様が無期限の大図書館封鎖を命じられて以降は攻撃目標が変化したのです」


 アレクサンドラの説明をパウロが引き継ぐ。


「彼らはルーネンヴァルト市政府、その下にある憲兵隊を攻撃目標に。要求は変わらず大図書館に封印されている文書の開示です」


「その目的のためにルーネンヴァルト市を攻撃してもしょうがない気がするけど」


「相手はそうは思っていないようです。このルーネンヴァルトを恐怖に陥れれば、神々や大図書館の人間が屈すると思っているのでしょうね」


「なんとまあ」


 パウロが忌々しげに語るのにジークは呆れたようにそう呟いた。無差別テロとはまさにこういうことを言うのだろうと。


「その後も攻撃目標は拡大していき、魔法学園や大手商会なども攻撃を受けました」


「そして、もちろんこの神々の神殿も攻撃を受けているのです」


 パウロの言葉をロジーが続ける。ヘカテが禁じたものを解禁させるためのテロならば、当然神々の神殿も攻撃目標となってしまうだろう。


「敵は魔法使いで間違いないのか?」


 ここでさらにセラフィーネが質問を発する。


「全員がそうとは限りませんが、我々憲兵隊が拘束した多くは魔法使いです。それに魔法の知識や能力がなければできない攻撃が続きましたので」


「そうか。魔法使いにもかからわらず魔法を司るヘカテに仇なすとはな」


 大図書館を破壊しようとしたことといい愚かな連中だとセラフィーネは述べる。


「……まさかとは思うけどさ。この前のクラーケン騒ぎやファイアドレイク騒ぎも連中の仕業だったりするのか?」


 ジークが考えたのは魔法使いによる犯行であり、それも攻撃対象が無差別になっているならばこの前のクラーケンやファイアドレイクが暴れた事件もその陰には黒書結社がいるのではないかというものだ。


 魔法使いの中にはクラーケンのような魔獣を操るような能力があるものいると聞く。意図的に魔獣を放流して、それを操り、さきの襲撃事件を起こすこともできるだろう。


「それについてはまだ結論は出ていません。これからロジー様の力も借りてクラーケンの死体を検分し、あれが自然的にここに現れたかどうかを確認する予定です」


「ほう。興味深いな。我々も同席していいか?」


「ええ。構いません。あなた方が討伐したクラーケンですから、昔の法律ならばその死体はあなた方のものです」


「ははっ。とても古く、いい時代の法律ではそうだったな」


 魔獣の死体の権利はそれを倒したものにある。魔獣にまだ素材としての価値があった時代の話だ。今では魔獣は家畜化されてただの動物になるか、あるいは姿を減らして姿を消し、また代替する素材が生まれていることから意味のなくなった法律である。


「では、行きましょう。馬車を待機させてあります」


「了解だ。クラーケンの死体を拝むとしよう」


 パウロが促し、ジークはセラフィーネとアレクサンドラを連れて神殿を出る。


 神殿のそばには憲兵隊の馬車が到着しており、昨日の馬車よりは質素だがしっかりとした造りのそれにジークたちは乗り込んだ。


 馬車は揺れながらも神殿を出発し、昨日の入り江にある港を目指して進む。


「流石にクラーケンの死体の全てルーネンヴァルト内に運び込むはのは難しかったので、港の船に積み込んであります」


 パウロはそう説明し、馬車は港にて止まった。


 港には昨日なかった大きな船が停泊しており、そこから強烈なアンモニア臭がする。腐敗したクラーケンから発される臭いに違いない。


「この臭いはひでえな」


「ええ。苦情が殺到していますが、やはりクラーケンは一度調べなければ」


 ジークが鼻が曲がりそうな臭いに愚痴り、パウロは布で鼻を覆うように手振りでそれぞれに指示した。ジークたちはそれに倣って鼻を覆いながら船に向かう。


「ああ。パウロ司令官。クラーケンの死体は段々腐っています。急いで調べた方がいいですよ」


「そのようだ。神殿からロジー様に来ていただいた。アレクサンドラ館長にも」


「おお。それは心強い」


 船を警備していた憲兵がパウロたちを敬礼で出迎える。


「それでは調べましょう。クラーケンの死体は中です」


 パウロが言い、ジークたちは桟橋からタラップを伝って船内へ。暗い船内を進むとやがて船倉に到達。強烈なアンモニア臭が布越しでもジークたちの鼻を突いた。


「これです。クラーケンがどこから来たか分かるでしょうか?」


 パウロは臭いに耐えながらクラーケンの死体を指し示す。


「ふむ。よくここまで巨大なクラーケンを倒せましたね? 流石は勇者ジークと魔女セラフィーネというべきですか」


 ロジーはそう感心しながらクラーケンの死体を調べていく。


「これは……吸盤の形状が西方のクラーケンのものと一致しますね。北方のものとも南方のものとも異なるものです」


「え、ええ。これは西方から来たものでしょう。ですが、西方からクラーケンが渡ってきた例はこれまで一度もありませんね……」


「そうなのです。それにこの東方の海に流れ込んできたならば、北方や南方の海を経由するはずです。このクラーケンにはそれが見られない。つまりは、西方から人為的に移動させたとしかあたちには思えないです」


 ロジーとアレクサンドラがそれぞれのクラーケンに対する知識を生かして、クラーケンの由来について確認する。


「あ。お、思い出しました。クラーケンの筋肉が十二分に発達していない場合は、それは飼育環境下で育ったものだという話です。む、昔、クラーケンを兵器として利用しようとした国がそのような研究報告を残しています……」


「ほうほう? このクラーケンはそれを鑑みるとどうですか、アレクサンドラ館長?」


「比較対象が昔の文献の記録なのではっきりとは申せませんが、やや発達が遅れているように思えますね……」


 クラーケンの触手の弾力やサイズを確認しながらその発達を確認し、ロジーにそう報告するアレクサンドラ。


「クラーケンを兵器にしようとしたの? マジで?」


「あたちも聞いたことはあるのです。西方の海軍司令官が発案したとか。けど、育ったクラーケンを制御することはできず、失敗に終わったとも聞くのです」


「へえ。人間、いろんなものに挑戦してるんだな」


「それがたとえろくでもないことでもですね」


「確かにクラーケンを武器に使おうなんてのはろくでもない」


 やれやれというようにロジーが言い、ジークもその意見には賛同して見せる。


「それよりこれが誰かが育てていたクラーケンならば、その誰かをすぐに見つけ出すべきではないか? あの襲撃は故意であったにせよ、事故であったにせよ、責任はあるだろう。それにそいつが他のクラーケンを飼育していないとも限らない」


 セラフィーネがロジーたちの話を聞いてそう指摘。


「ええ。危険な魔獣がルーネンヴァルトに持ち込まれていたということですからな。黒書結社と関係があろうが、なかろうが問いただす必要があるでしょう」


 パウロもセラフィーネの意見に同意し、部下を呼ぶ。


「すぐに魔獣を取り扱っている商会を調査しろ。魔獣の取り扱い資格を持っている業者は全てだ」


「了解です」


 パウロの命令に憲兵隊が動き出した。


「魔獣を取り扱う商会ってのがあるの?」


「ええ。昔のように素材目的で魔獣を扱うことはなくなりましたが、生態の研究などを目的としている研究者向けに標本を各地から仕入れている商会があります」


「へええ。そういう用途で入ってきた可能性もあるのか」


 魔獣はかつてほどの価値のない害獣だが、それでもその生態を研究する学者は存在する。そして彼らのような学者のために各地から標本を仕入れてくる商会が、このルーネンヴァルトには存在するのだ。


「ただ魔獣はやはり危険ですから、取り扱いには資格が必要です。なので、まずは資格を保有しているものが犯罪に加担していないかの調査を始めます。それでは失礼を」


 パウロはそう言ってジークたちに一度別れを告げると船を降りた。


「さて、俺たちはどうするかね?」


「クラーケンから糸口が見えた。次はファイアドレイクを調べてみてはどうだ?」


「あれは木っ端みじんになったから無理だろ」


 セラフィーネの言葉にジークがそう突っ込む。


 ジークたちが倒したファイアドレイクは体内の燃料に引火して木っ端みじんになってしまった。あの残骸から何かを発見するのは不可能であろう。


「エミールに会ってみようぜ。何か情報を入手しているかも。そうでないにしても、商人なら魔獣を扱っている商会について知っているかもしれない」


「そうだな。エミールに会いに行くか。しかし、あいつの場所は分かるのか?」


「ああ。宿の住所を預かってる。逝こうぜ」


 ジークはそう言ってからロジーたちの方を見る。


「俺たちは友人に会いに行くけど、あんたらはどうする?」


 ロジーとアレクサンドラは今もクラーケンの死体を念入りに観察していた。まだ発見できることがあるのではないかという具合に。


「あたちはもう少しクラーケンを調べるのです」


「わ、私ももう少し何か見つからないか調べてみます……」


 そんなロジーとアレクサンドラがジークにそう言い、クラーケンの調査を続けた。


「オーケー。何か分かったら教えてくれ」


 そんなふたりにジークはそう言い残し、エマに会いに街に戻る。ルーネンヴァルトの城門を潜り、多くの宿屋の並ぶ通りに向かえばエマが宿泊している宿に到着した。


 エマが宿泊しているのはそこまで立派な宿屋ではないが、最低限の清潔さと治安はあるようで、見た限りその客層に怪しい人間はいなかった。


「すまん。ここにエミールって客が泊っているはずなんだが、部屋にいるか?」


 ジークはその宿屋のカウンターで店番をしている老婦人にそう尋ねる。カウンターでやる気なさそうにしていた老婦人は、ジークたちが話しかけてくるのにちょっとばかり疑るように彼らの顔を見る。


「エミールさんかい? あんたはジークさんとセラフィーネさん?」


「ああ。メッセージでも残してるのか?」


「そうそう。自分がいない間にあんたらが来たら、アイゼンローゼ商会まで行っていると伝えてくれって言われていたよ。あたしゃ、ちゃんと伝えたからね」


「オーケー。ありがとな」


 老婦人はそう言い、ジークは礼を述べると宿を出た。


「アイゼンローゼ商会ってどこら辺にあるんだ?」


「商会通りだろう。大きな商会らしいから行けば分かる」


「了解だ」


 ジークたちは肝心のアイゼンローゼ商会の場所を知らなかったが、セラフィーネがまずはその名の通り商会が軒を連ねる商会通りに向かうことを決めた。そこにいけば大手商会の建物が並ぶ場所でアイゼンローゼ商会を見つけ出せるだろう。


 ジークたちは宿屋の並ぶ通りから、商会通りに向けて進む。


 商会通りはルーネンヴァルトの中でも高級地だ。歴史と伝統、そして実力のある大手商会の建物が集中して並ぶその通りは美しい。


 商会の建物はルーネンヴァルトの建築の伝統に従って揃いの赤い屋根を備え、されど商会ごとにちゃんと個性を出している。凝った意匠の美しい建物が並ぶ通りを進むのは魔法使いだけではなく、商会に勤める上品な衣服の商人たちもいる。


「俺たちが完全な場違いになる場所だな……」


 対するジークは安い衣類に身を包み、上品さはかけらもない。セラフィーネの方も色褪せた軍用外套が目立ち、あまり上品とは言えないだろう。


「別にこれから商会の面接を受けようというわけではないのだ。場にあってるかどうかなど、どうでもいいだろう。それよりエミールを探すぞ」


「あいよ。そういえばエミールは本を仕入れたから売りに行くと言っていたっけな」


「ああ。魔導書の話をしていた」


 ジークたちはアイゼンローゼ商会を探して商会通りを進んでいく。


「あれはエミールの馬じゃないか?」


 そこで通りにエミールの馬が止まっているのをジークは見つけた。エミールが旅の間、大事にしていた馬だ。


「そのようだ。ここがアイゼンローゼ商会のようだな」


「うひゃあ。随分と立派な建物だぜ?」


 セラフィーネとジークが見上げるのは4階建ての豪奢な建物だ。建てられたばかりのように綺麗な石造りの建物であり、窓が大きく、扉は艶やかな木製のそれ。まさに大商会の建物だと言えた。


「俺たち、入って大丈夫かな……?」


「別に文句を言われたら出ていけばいいだけだ。それともここでエミールを待つか?」


「う~ん。……一応入ってみよう」


 ジークは気後れしながらもそう言って決意し、アイゼンローゼ商会の扉を潜った。


「失礼しま~す……」


「ようこそ、アイゼンローゼ商会へ」


 ジークがそう言って中に入るとすぐに商会の人間がやってきた。仕立てのいい服をまとった男性でジークたちに嫌な顔ひとつせずにこりと微笑む。


「人を探している。エミールという行商人だ。いるか?」


「はい。エミール様でしたら2階の部屋で商談中です」


「セラフィーネとジークが待っていると伝えてくれるか?」


「畏まりました」


 商会の人間はそう言ってエントランスから商会の建物の2階の方に引っ込み、ジークとセラフィーネは顔を見合わせる。


「別に怒られなかったな? 『お前たちみたいな貧乏人が来るところじゃないぞ』とか言われるかと思った」


「どういう想像をしているんだ」


 ジークがそんなことを言い、セラフィーネが呆れる。


 そこで2階から商会の人間が戻ってきた。


「ジーク様、セラフィーネ様。エミール様からぜひとも商談に同席してほしいと言伝を携わりました。いかがしますか?」


「え? 商談に俺たちが?」


 商会の人間の言葉にジークがちょっと驚く。


「何か事情があるのだろう。行くぞ」


「あいあい」


 そして、セラフィーネが促し、ジークたちが商会の人間のあとに続いて商会の2階の部屋へと向かった。


……………………

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