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鱗のある市長

……………………


 ──鱗のある市長



 ジークの前に現れたドラゴン──そして、ルーネンヴァルト市長のネルファ。


 彼が老いたドラゴンであることはジークにも分かった。その鱗はかつてのような艶やかさはなくくすんだ赤い色をしているし、その金色の瞳には僅かだが白い濁りが見える。恐らく年齢にして600歳程度のドラゴンだ。


 ドラゴンの寿命はおおよそ600歳。つまりネルファはかなりの高齢だ。


「会えてうれしい、勇者ジーク。このルーネンヴァルトでも君の物語はよく聞いたよ。邪神から世界を救った英雄の物語は」


 13柱の悪魔たちとの戦い。そしてその主である邪神と戦い。知恵と勇気を絞って悪魔たちを討伐していったジークの物語について、ネルファは懐かしそうに、また楽しそうに語ったのだった。


「それはどうも。しかし、よく俺が勇者ジークだって分かったな? 憲兵たちはさっぱり気づいてない様子だったのに」


 ジークはそれが疑問だった。


 ネルファの言葉からして彼は憲兵から報告を受けてジークたちを把握したとは思えなかった。彼は憲兵たちの情報ではなく、別の情報をもってしてジークたちが勇者と魔女であることに気づいたように思える。


 しかし、その情報とはなんだ?


「不思議に思うのも仕方がない。神託があったのだよ」


「神託だって?」


 神託。その言葉の意味はこの世界でも変わることはない。神々が言葉を授けることであり、神々からのメッセージを地上のものたちが受け取ることである。


 ジークもかつて神託を受けたことがある。そう、他でもなく神々より邪神を討伐せよとの神託を受けて、ジークは仲間とともに邪神を討伐に向かったのだ。


「このルーネンヴァルトでは知識神ヘカテを讃えた神殿があり、彼女の庇護を受けた大図書館が存在する。ここはヘカテとの繋がりがとても深い。今回、我々に神託を授けたのも彼女だ」


「ほう。ヘカテから我々について神託があったのか」


 ネルファの言葉にセラフィーネが興味深そうに話に耳を傾ける。


「しかし、ヘカテ様は俺たちについてなんだって?」


「『かつて神々の託した務めを果たした英雄がルーネンヴァルトを訪れる。そのものはこのルーネンヴァルトのために戦ったが、あらぬ疑いをかけられてしまった。そのものを助け、私の下まで導け』と」


「マジか。俺たちの釈放をヘカテ様自らが頼んでくれたのか」


「ああ。神託を受けて憲兵隊に確認したら、まさに君たちが拘束されていた。なので、私は神託に従ってすぐさま君たちを釈放するように命じたのだ」


「それはヘカテ様に感謝しないとな」


 今回の神託を授けたのは知の女神ヘカテ。このルーネンヴァルトで祭られている知識と魔法の女神だ。彼女はジークたちが目指している大図書館の守護者でもあり、ある意味ではジークたちが目指してきた神である。


「あとで彼女の神殿に行くといいだろう。彼女は君たちがここに到着するのを待っていたようであったよ」


「もちろんそうするよ。そもそも俺たちがここに来たのは彼女の大図書館に用事があってのことだしな」


「ほう。大図書館に?」


「あんたも俺の話を聞いてるなら知っているだろう。英雄神アーサーによって俺は不老不死にされた。それを解く方法を探し出すために、俺はまさにるーネンヴァルトまで来たんだ」


「不老不死を解くため、か……」


 ジークのその言葉にネルファは考え込むように長い首を俯かせる。


「勇者ジーク。聞かせてはくれないか。どうして不老不死を解こうと?」


 そののちにネルファはそう尋ねた。


「私は600年生きた。君より長く生きている。だが、私はまだまだ生きたいと願っている。君のように不老不死であればと思うことすらある。それなのに君は神々が与えた不老不死を手放そうと言うのかね?」


 ネルファはそう続け、ジークの方を黄金色の瞳でじっと見つめる。


「ああ。ドラゴンであるあんたは600年生きても平気だろう。ドラゴンというのはそういう風にできている。心も体も。だが、俺は人間だ。普通ならば人生を50年、60年で終わりにする生き物なんだ」


 ネルファのその問いかけにジークは理由を語り始めた。


「そう、人間の寿命は短い。だから、500年も生きる俺と同じ時間を過ごしてくれる人間はいない。それが俺には耐えられないんだ。もう別れを経験するのには疲れたし、これ以上自分だけが残って誰かを見送るのもつらすぎる」


 ジークは人間の時間で生きている。


 同じ人間の中で人間として生きている。だが、彼は他の人間とは違って不老不死である。それが原因となり彼は同じ人間のなかで孤立してしまっていた。それが彼には酷くつらいのだ。


 それはドラゴンとして生きているネルファや同じ人間だが人間の中で生きるのをやめたセラフィーネたちには理解できないものだろう。


「そうか……。確かに人間にとっては500年というのは長い年月なのかもしれない。だが、君が生きていればこそ我々はこうして出会えた。そのことに私は感謝するよ」


「ああ。出会いはあるな。それこそたくさん」


 しかし、とジークは思う。


 ネルファは衰弱が体に現れているほどのかなりの老齢だ。自分が不老不死を解く方法を見つけ出す前に、ネルファの方が寿命で逝ってしまいそうである。そうなるとこの出会いも悲しい別れに繋がってしまうのだ。


「セラフィーネ。戦神モルガンに仕える勇敢なる魔女よ。君に会うのは久しぶりだな。君はルーネンヴァルトにどのような要件で戻ってきたのだい?」


 ネルファはセラフィーネとは顔見知りらしく、旧友に話しかけるように親しげにそう問いかけた。


「私はこのジークをルーネンヴァルトまで案内しに来ただけだ、我が古き戦友よ。お前の方は随分と老いたな」


 セラフィーネの方はネルファを戦友と呼び、彼女も親しげな笑みを浮かべて見せる。


「ああ。私も老いたよ。君は記憶にある通りの美しいままでうらやましい限りだ」


「美しいだけではないぞ。より強くもなった」


「ああ。そちらこそ変わらない君が求めるものなのだろうな」


 ネルファとセラフィーネは古くからの友らしい会話でお互いに笑いあっていた。


「しかし、今のルーネンヴァルトはトラブルが起きているようだな。悪魔崇拝者の話を聞いたぞ。確かなのか?」


 セラフィーネはそこでネルファにそう尋ねる。


 悪魔崇拝者──ジークたちが憲兵に拘束される原因にもなったルーネンヴァルト内で生じているトラブルだ。本来ならば知識神ヘカテともなじみ深いこのルーネンヴァルトでそのようなことがあってはならないのだが……。


「事実だ。しかし、これはルーネンヴァルトだけのトラブルではない。この街の外でも神々に刃を向けるものたちが現れていると聞く」


「トリニティ教徒たちのことか? 確かにあの連中も神々を悪魔呼ばわりしていたな」


 ルーネンヴァルトで悪魔崇拝者の噂と聞く前にセラフィーネたちはトリニティ教徒という神々への信仰を否定するものたちと遭遇している。彼らも神々が正しく彼らの神が間違っているとすれば、悪魔崇拝者に当たるだろう。


「そうだ。トリニティ教徒の動きに連動するように魔法使いたちの一部が悪魔崇拝を始めたようなのだ。そのものらは悪魔の指示に従ったのだろう。殺人などの犯罪を犯している。すでに数名が逮捕されたのだが……」


「全容は分からずというところか」


「ああ。拘束している間に不審死したものもいたため、憲兵としてもあらゆる方向に疑いを向けることになってしまっている。今回君たちが拘束されてしまったのもの、そういうことが背景にある。どうか彼らを許してやってほしい」


 ネルファはそう憲兵による誤認逮捕を詫びた。


「いいよ、いいよ。数日ぶち込まれる前に釈放されたし。それより悪魔崇拝者のせいで大図書館が一部閉館してるって聞いたんだけど、そっちの方が俺的には問題だな」


 ジークそう言い、彼が懸念している大図書館の情報を探る。


「うむ。どうにも悪魔崇拝者たちの狙いのひとつが大図書館のようなのだよ。大図書館にある知識を奪うことが狙いなのか、または消し去ることが狙いなのか。それが分かるまではヘカテの名において閉館となってしまっている」


「うへえ。俺たちだけでも入ることはできない?」


「そこはヘカテと交渉してもらうよりないだろう。大図書館は私の権限が及ぶところではないのだ。申し訳ない、勇者ジークよ」


「とほほ……」


 ジークはこのルーネンヴァルトまでやってきたて、もう一歩で目的に達するというところでゴールが遠ざかりため息をつく。


「まあ、待て、ジーク。閉館を命じたヘカテが我々の釈放も命じた。それはつまり我々に彼女が用があるということだ」


「なるほど。彼女が求めることを果たせば、可能性はあると?」


「ああ。期待はできるだろう」


 セラフィーネの助言でジークは僅かだが希望が持てた。


 そうである。ヘカテがジークたちに何の用事もなければわざわざ釈放は命じない。ジークは勇者だし、セラフィーネはモルガンの寵愛を得ているが、ヘカテにとっては無関係な人間なのだから。


 つまり、ヘカテには何かしらの思惑があってジークたちに助けを出したのだ。その思惑をくみ、ヘカテに恩を売れば、大図書館にジークたちを入れてくれるかもしれない。


「そうと決まれば早速ヘカテ様に会いに行こうぜ」


 ジークはそう意気込み、セラフィーネとネルファを見る。


「パウロに案内させよう。彼がいれば君たちの潔白を他の憲兵も知るはずだ。彼は憲兵たちから信頼の厚い司令官なのでね」


 ネルファは頷いて部屋に控えていたパウロを呼ぶ。


「パウロ。彼らを神々の神殿まで」


「畏まりました、市長閣下」


 パウロが頷き、ジークたちは彼に従ってネルファの執務室を出ようとする。


「勇者ジーク」


 そこで最後にネルファが彼に呼びかけた。


「不老不死が解けようと解けまいと、君が居場所を見つけられることを祈るよ」


「……ありがとうな、ネルファ」


 ネルファの言葉にジークはにっと笑い、それからセラフィーネとともに執務室を出る。それからパウロに従って地上に戻り、エントランスに向かった。


「神々の神殿にはエミールも誘っていこうぜ。じゃないと、あいつ、ここで待ちぼうけになっちまう」


「そうだな。呼ぶとしよう」


 ジークたちは一言パウロに断ってから市長官邸前で待っていたエマの下へ。


「あ、ジークさん、セラフィーネさん。どうでした?」


「どうも俺たちはヘカテ様のおかげで釈放されたらしい。彼女の神託があったんだとさ。というわけで、これから神々の神殿に行くぞー!」


「え! ヘカテ自らがご神託を与えてジークさんたちを!?」


 エマはジークの言葉にびっくり。


 それもそうだろう。ヴァイデンハイムでのモルガンの態度から分かる通り、神々はたとえ寵愛を与えたものであろうと危機において救ってやるというような考えを持たない。神々にとって地上のものは愛玩動物に過ぎず、駒に過ぎずというのがこの世界における親交のあり方だ。


 それがわざわざ個人の事情に介入し、司法まで動かしたとなれば驚くのは当然。


「向こうにも何かの思惑があるはずだ。それを問いただしに行く」


「分かりました。では、ご一緒します。神々がジークさんたちに何を託そうとしているのか……気になりますし!」


 セラフィーネが言い、エマも事情が気になって同行することが決まった。


 それからジークたちはパウロと再合流し、馬車に乗ってルーネンヴァルトの街にある神々の神殿に向かう。


 ルーネンヴァルトの神々の神殿は繁華街から離れた静かな丘の上にあった。周囲には墓地や公園が広がり、人気は少ない。この魔法使いの街でも神々は特別な扱いを受けているようである。


「ここがルーネンヴァルトの神々の神殿か」


「ヘカテを主に祭っているが、他の神々も祭られている。英雄神アーサーもな」


「けっ!」


 アーサーのおかげでトラブルの真っ只中にいるジークにアーサーを敬う気などかけらもあるはずもなく。彼はアーサーという単語を聞いて嫌そうな顔をしただけだった。


「迷惑千万な英雄神様より慈悲深いヘカテ様を参ろうぜ。彼女が俺たちに何を求めているのかを聞かないとな」


「我々にできることならばいいのだがな。お前には知識はまるでなさそうだし」


「俺だって本ぐらい読むぜ? けど、昔教わったことが今になって『やっぱりあれは間違ってましたー!』ってなると本をいくら読んでもなぁってなるだけで」


「それも含めて人は日々本を読み、知識を更新していくものだぞ」


「そういうあんたは本を読んでいるのかよ?」


「ああ。金の使い道は女を買うのではなく、そっちだからな。こう見えても100年ほど前には魔法学園で教鞭を取っていた時期だってあるのだぞ?」


「マジかよ」


 セラフィーネの衝撃の過去にジークが大げさに驚く中、彼らを乗せた馬車は神殿の手前で止まった。ここからは神々に敬意を示すために徒歩での移動となる。


 ジークたちが神殿まで続く坂を上ると、丘の上から城壁を超えて海が見えてきた。夕日で赤く染まった美しい海だ。


「あれはカールハーフェンを出た漁船かね? クラーケンがまた出たりしないといいんだが……」


「漁師は強い。クラーケンが出たと聞いたぐらいでは船を出すのはやめまい」


「タフなんだか馬鹿なんだか」


 ジークからするとクラーケンが出た日ぐらいは漁を休んで海の様子を見るべきだと思うが、カールハーフェンの逞しい漁師たちはクラーケンごときを恐れることはなかったようである。


「連中にとって恐ろしいのはクラーケンより嵐だからな」


「嵐の中の船は確かに怖いな……」


 ジークも船旅で嵐に出くわしとんでもなくひどい目に遭ったので、セラフィーネの見解には同意した。


「クラーケンの死体の回収も始まっているみたいですね」


 エマはクラーケンの死体に群がる船の集まりを見てそう言う。クラーケンの死体はこれから回収されて、どこから現れたかが調査される予定だ。


「どこから来たのかね、あのクラーケン」


「さあな。だが、自然に居ついたと考えるには少し様子がおかしい」


 そんな話をしている間に、ジークたちは神々の神殿の荘厳な門の前に立った。


「では、いざヘカテ様からご注文賜りましょう」


 そして、ジークたちが神々の神殿に踏み込む。


……………………

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