手厚い歓迎
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──手厚い歓迎
それからジークとセラフィーネは憲兵隊本部へと連行されてしまった。
抵抗するとルーネンヴァルトにいられなくなると考えたジークたちはとりあえず大人しくしておくことに。それにちゃんと調べれば自分たちが無実であるということは、すぐに憲兵たちにもわかると考えたのだ。
「──つまり、全て偶然であると?」
憲兵はトントンと万年筆でジークの供述を筆記しているノートを叩く。
取り調べ室は無機質な石造りの空間で、現代の地球の方にマジックミラーなどがあるわけではない。ただ窓には鉄格子が嵌められており、ドアも金属製の頑丈なものとなって脱走を防止している。
それはまるで牢獄のようであった。
「だーかーらー、そう言ってるじゃん。というか、あんたは俺たちが褒美か何かが欲しくて自作自演でクラーケンとかファイアドレイクを放ったって思ってんの?」
「その可能性は皆無ではあるまい」
「なわけねーだろ! クラーケンに危うくあの船を沈められて季節外れの海水浴する羽目になってんだぞ、こっちは! そんな危ないことするかよっ!」
取り調べをしている憲兵は今回の連続した魔獣による襲撃事件に関与しているとジークとセラフィーネを取り調べていた。
彼らの言っている根拠は連続した襲撃の両方を撃退したのがジークたちであることが、偶然にしては出来すぎているというものだけ。実際のところ、他の証拠や証言があるわけでもないのだ。
だが、どうにも憲兵は取り調べをやめようとしない。
「では、街に来た目的は?」
「さっき言ったろ。大図書館だよ。大図書館で調べ物をしに来た」
「大図書館が現在テロを警戒して部分的に閉館していることを知っての上か?」
「いや。知らなかったよ。悪魔崇拝者が暴れてるんだっけ?」
ジークはパトリツィアから聞いたことを思い出してそういう。
「ふむ。事情を知っているようだな?」
「詳しくは知らんぞ。というか、今度は俺のことを悪魔崇拝者扱いかよ? マジで勘弁してくれーっ!」
疑わしげに憲兵が見てくるのにジークが盛大にため息。
「我々は現在きわめて高度な警戒態勢にあるのだ。このルーネンヴァルトは現在深刻な脅威に脅かされているのだからな。よって、お前には疑いが完全に晴れるまでは数日間ここにいてもらう」
「おい! 証拠もないのにぶち込む気かよ!?」
「証拠はお前が不自然にも2回魔獣と交戦したことだ」
「だから、それは──」
ジークが猛烈な抗議を憲兵に対して行おうとしたとき、取調室の扉が荒々しく、そして素早くノックされた。憲兵とジークが揃って怪訝そうに扉の方を見る。
「失礼します!」
入ってきたのは急いでここに来たという感じの若い憲兵で、息を切らしている。
「どうした、伍長?」
「はっ! 大尉殿、市長閣下より現在拘束している2名をすぐに釈放するようにとのご命令です!」
「市長閣下のご命令だと……!?」
若い憲兵が叫ぶように報告し、取り調べを行っていた憲兵が驚きに顔をゆがめる。
「それって俺たちは無罪放免ってことでいいのか?」
ジークはいまいち状況が理解できず、憲兵たちにそう尋ねた。
「まだそう決まったわけではないが、市長閣下の命令に従いお前たちを釈放する。監視しているからな。おかしな真似はするなよ」
「言われなくてもしねーよ」
憲兵が釘をさすのにジークはじろりと彼を睨んだのちに開かれた扉の方に向かった。憲兵たちは突然の命令に混乱しているものの、これ以上ジークたちを拘束しておこうとはせずスムーズに釈放した。
「ああ。ジーク、やっと解放されたようだな」
取調室の外ではセラフィーネが待っていた。
「みたいだ。しかし、あんたが静かにしていたとは驚きだよ」
「失敬な。私とて忍耐は一応持ち合わせている」
あの失礼な憲兵の取り調べをセラフィーネが素直に受けていたというのは、ジークにとって大きな驚きであった。セラフィーネならば憲兵たちを皆殺しにしてもおかしくないとそう思っていたからだ。
「で、これからどうする?」
「さてね。未だに憲兵どもは俺たちのことを疑っているみたいだし、出だしからとほほなスタートだぜ」
ルーネンヴァルトでの初めての出来事が憲兵による拘束というがっかりな出だしになってしまったことにジークがそう愚痴る。
「とりあえず、エミールと合流すべきだろう。いきなり分かれることになってしまったから、今の状況を説明しておかなければ」
「オーケー。エミールはどこで待ってるかね?」
「我々が憲兵隊本部に連行されてたのは知っているだろうから、この近くで待ってくれていると思いたいが……」
ジークとセラフィーネはそう言葉を交わして、憲兵隊本部の建物を出た。
「ジークさん、セラフィーネさん! 釈放されたんですね!」
エミールはジークたちを心配してくれていたのか、憲兵隊本部のすぐ前でずっと待っていてくれたようだ。彼女はすぐにジークたちを見つけて笑顔を浮かべると、急いで駆け寄ってくる。
「おう。市長が解放してくれたらしい」
「市長がですか? どういうことなんでしょう?」
「さあ? 俺たちにも何が何やらさっぱりだよ」
ジークたちがそう困惑していたときだ。
「失礼。ジークさんとセラフィーネさんかな?」
そこの軍馬に跨った憲兵の軍服を着た中年男性が姿を見せる。憲兵隊の黒地に赤いラインが入った軍服と乗馬ブーツを着こなしている大柄な男性だ。
その背丈は2メートル近くあり、癖のある黒髪を短く整え、瞳の色は赤銅色。軍人らしいと言える厳つい顔立ちだが、今はそこに親しみを感じる温かい笑みを浮かべている。さっきの憲兵たちとは大違いだ。
「おう。そうだけど? あんたは?」
「失礼。自分はパウロ。この街の憲兵隊長です。今回は部下が失礼をしました」
パウロと名乗った憲兵は軍馬を降りて、ジークたちに深く頭を下げる。
「いいよ、いいよ。もう釈放されたし。けど、市長が釈放を命じたってどういうことなんだ? それだけ教えてほしい」
「ああ。自分はあなた方を市長閣下の下にお連れするように命じられています。理由は市長閣下から直接聞くといいでしょう。自分が把握している範囲でも、どうやらただごとではないようでしたから」
「ただごとではない、か……」
早速またトラブルかとジークが身構える。深刻なトラブルというものは、身構えているときには起きないというものであるし。
「何にせよ話は市長から聞けというのであれば、市長に会いに行くとしよう」
「そうだな。釈放してくれた恩もあるし」
セラフィーネが言い、ジークが同意して頷く。
トラブルは避けて通りたところだが、すでにジークたちはトラブルの真っただ中だ。ならばトラブルを解決する方向で動いた方がマシである。
「ありがとう。では、市長閣下のところまで案内します。馬車を待たせてあるからまずはそこまで向かいましょう」
パウロはそう言い、ジークたちを連れて通りに止めてある馬車まで向かった。馬車は憲兵隊の質素なそれではなく、要人向けの立派な馬車である。下げている旗はルーネンヴァルトの紋章なところを見るに、ルーネンヴァルト市が所有している馬車なのであろう。
「どうぞこれに」
「おう」
パウロに促されてジークたちは馬車に乗る。馬車は内装も素晴らしいものであり、ベルベッドの座席に美しい敷物がジークたちを出迎える。
「へえ。打って変わってえらい好待遇だな」
「ここまでされると逆に裏がないかと思ってしまうな」
「だな……」
憲兵による謂われなき拘束から打って変わっての貴賓扱いだ。ジークたちが現在トラブルに巻き込まれていることを考えると、この好待遇を素直に喜べないというところは確かにあった。
「あの、ジークさん。オレは市長官邸の外で待ってますから」
「一緒にいかないのか?」
「いや。市長もオレはお呼びじゃないと思いますので」
そういってエマは残ることを主張。
確かに拘束されていたのはジークとセラフィーネであり、エマは別に市長に礼を述べる必要もない。ジークとしても下手に一緒に連れていくと、エマまでトラブルに巻き込まれるかもと思い、無理強いはしないことにした。
「じゃあ、あとで市長官邸の外で落ち合おう」
「はい!」
ジークはエマとの合流地点を決めると、エマと別れて馬車で市長官邸に向かう。馬車が走り出し、ジークたちは窓からルーネンヴァルトの光景を眺めながら市長官邸に到着するのを待った。
「おお。これがルーネンヴァルトの景色かぁ」
窓の外に広がるルーネンヴァルトの街並みはまさに魔法使いの街であった。
街を歩くのは誰もが魔法使い。三角帽子とローブ姿の男女が通りを行きかっている。ヴェスタークヴェルにも魔法使いは多くいたが、それでも多数派ではなかった。ここでは普通の人間の方が少数派である。
街の建物は石造りのそれがずらりと並んでおり、屋根の色は揃って赤いが大きさや形には建物ごとに独創性がある。4、5階建ての立派で大きな建物もあれば2階建ての小ぢんまりとし建物も。
そんな建物は住居であったり、店舗であったりして、ジークがこれまで見たことがない看板が下がっていたりする。
「なあ、あの看板って何やの印なんだ?」
「ああ。あれは錬金術ギルドの印だな」
セラフィーネがそう言ってフラスコの形をした看板を説明する。
「向こうにあるのは魔導書の店の印だ。魔道具ギルドはあの看板になる」
魔導書店は本屋を示す開かれた本に五芒星が描かれており、魔道具ギルドは杖のマークに五芒星だ。五芒星がついていれば基本的に魔法関係の店であるらしい。
「ほうほう。初めて見る看板ばかりだ。流石はルーネンヴァルト!」
魔法使いの街ならではの店が立ち並ぶのにジークが嬉しそうに頷く。
この街ならば、この街にある大図書館ならば、自分の不老不死を解くための手段が見つかるかもしれない。そう思えてきたのである。
それからさらに街並みは広がり活気に満ちた魔法使いの街が広がった。
空を飛び交うフクロウは使い魔なのだろう。足首に何かの手紙を結び付けられ、他のフクロウと喧嘩するようなこともなく空を飛んでいる。
空気も奇妙な薬品の臭いが漂ってきたと思うと、何か珍しいハーブの香りがそれに混じり、これまで嗅いだことのない臭いがジークの鼻腔を刺激した。決して悪臭ではないが、珍しくて嗅ぎなれていない臭いにジークは少し渋い顔。
「結構人口が多そうだな?」
「世界中から魔法使いが集まっているからな。それは多いだろう」
また東西南北あらゆる場所から魔法使いが集まるルーネンヴァルトは人種も雑多であり、そして人口も多い。まさに魔法使いたちの国際都市だと言えた。
「さて、そろそろ市長官邸だな」
大通りをしばらく進み、憲兵たちが警備する区画に馬車は入る。そこでセラフィーネがそう言い、窓から周囲を見渡す。
「あれが市長官邸?」
ジークも窓の外を見ると、ひとつ立派な建物を見つけた。
宮殿とまでは言わないものの、貴族の屋敷のようにしっかりとした造りの建物で、ルーネンヴァルトの城壁と同じように壁は白亜のそれ。そんな建物のエントランス前には憲兵が立っている。明らかに重要な建物だ。
「そうだ。あれが市長官邸になる」
セラフィーネはジークの推測を肯定する。それから馬車は速度を落とし、ゆっくりと市長官邸のエントランス前で止まった。
「ジークさん、セラフィーネさん。どうぞこちらへ」
軍馬から降りたパウロが馬車の扉を開けて、ジークたちを市長官邸内に案内する。
「俺、こういうところに来たの久しぶりだよ」
ジークはそう言って市長官邸の中を見渡す。
エントランスから入った市長官邸の中で本当に貴族の屋敷のようであった。
天井には輝くシャンデリアが下げられ、床には美しい赤い絨毯が敷かれている。さらに調度品も上品なものばかりが並ぶ。珍しい白磁の花瓶や神々を描いた絵画など、それらの調度品がここを訪れるものを歓迎していた。
「これは……ドラゴンの絵か」
ジークはその中にある絵画の中で1匹のドラゴンを描いたものに視線を奪われた。
ドラゴンは今でこそ人間と和解しているが、かつては敵同士であった。それゆえに竜殺しの英雄というものはもてはやされた。
なので、大抵ドラゴンの絵はそれを倒す英雄とセットなのだが、この絵画はドラゴンだけを描いている。そのドラゴンが蓄えている金銀財宝などもなく、ただドラゴンだけを真剣に描いていた。
「どうした? お前に絵画を理解する心があるとは思えないが」
「うるせー。ただ珍しい絵だなと思って見てただけだ。ドラゴンの絵ってのはいつもそれをぶち殺す英雄とセットだからさ」
セラフィーネがにやにやとからかうように言うのにジークが唇を尖らせてそういう。
「ああ。確かにな。ドラゴン殺しは英雄であり、ドラゴンは英雄のための獲物だった。だが、この市長官邸の主はそういう考えが好きではないからだ。確かその絵も市長が描かせたものだったはず」
「へえ。結構面白い考えの人が市長やってるのな」
セラフィーネも絵を見て説明するのにジークが関心を示した。
「おふたりとも。こちらです」
「悪い、悪い。すぐにいくよ」
パウロが促すのにジークたちは絵から離れて彼に続く。
しかし、てっきりジークはこのまま市長の執務室や応接間に向かうのだと思っていたが、パウロが目指したのは地下であった。市長官邸の地下に続く階段をパウロは降りていき、セラフィーネもそれを疑問に思わず続いている。
「え? 地下に行くの?」
ジークだけはぎょっとしながら恐る恐る階段を降りていく。
「パウロといったか。市長は今もあやつなのだろう?」
「ええ。変わることなくあのお方です」
「ふふ。そうであろうな。あれほどこの街に相応しい存在もいない」
セラフィーネは今の市長を知っているらしく、パウロの言葉を聞いて愉快そうに笑っている。しかし、セラフィーネが最後にこの街を訪れてからそれなりに時間が過ぎてるはずなのだが……。
「こちらです。市長閣下がお待ちになっております」
そして、松明に照らされる地下にある大きな両開きの扉をパウロが開き、ジークたちがその部屋の中に入ると──。
「ようこそ、ルーネンヴァルトへ。勇者ジーク、そして魔女セラフィーネ」
「あ、あ、あんたは……」
ジークが驚きの目で見るのは市長その人。
「私はネルファ。ルーネンヴァルトの市長であり──ドラゴンだ」
そう、ルーネンヴァルトの市長ネルファを名乗る人物は、巨大な赤い鱗をした老ドラゴンであったのだ。
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