魔女の首を取った英雄
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──魔女の首を取った英雄
ジークは森から出ていく。そこにセラフィーネの姿はない。
彼らは結局、決別してしまったのだろうか?
「おお。あんた、生きてたのか?」
森の出口にいた傭兵が驚いてジークを見る。これまで森の中に入った人間は全員が死体になって出てきているのだ。驚くの当然だろう。
「ああ。何とかな。それと……これを見ろ」
ジークは下げていた袋から何かを取り出した。それは──。
「うわあっ! そ、それは……!」
「魔女の首だ。首を取ってきたぞ」
ジークがそう言って掲げるのはセラフィーネの首だ。眠るように目を閉じたセラフィーネの首をジークはその場にいた傭兵たちに見せる。
「お、おい。それは本当に魔女のそれなのか?」
「ああ。嘘だと思うならば森の中に入っていって確かめてきな。もう魔女はいないぞ」
「そ、そうか……」
傭兵たちはおっかなびっくりしながらも、運のない若い傭兵を森の中に偵察に向かわせた。ジークが嘘をついていれば自分が死ぬことになるという自分の不運を呪いながら、若い傭兵はすぐに状況を確かめた。
「森の中に魔女はいません!」
そして、戻ってきた若い傭兵がそう報告する。
「おお……。本当なのか……」
「言ったろ? でさ、魔女の首には賞金がかけられてたろ。それ受け取れるよな?」
傭兵たちが一様に驚くのにジークはそう尋ねる。
「それは領主殿と話してくれ。その話は俺たちに決定権はないんだ。よければ領主殿のところまで案内するぞ」
「頼もうか。さあ、行こうぜ」
ジークは傭兵たちが用意した馬に跨り、この地方の領主の城を目指した。
「なあ、魔女はどうやって倒したんだ? あんたも魔法が使えるのか?」
「いいや。気合と知恵でどうにかしたのさ」
ジークはそう言ってどうやって魔女を倒したかは語ろうとしない。
そうやって馬で街道を進むと領主の城が見えてきた。煌びやかな美しい城──というものではなく、武骨な軍事要塞としての城だ。
「領主殿にお目通り願いたい! この旅人が魔女を討ち取ったぞ!」
城門でジークに同行した傭兵が声を上げるとジークがセラフィーネの首を掲げる。
城門の上にいた城の兵士はそれを見ると慌てた様子で中に引っ込んでいった。
それから城門がゆっくりと開かれ、何人もの兵士たちに守られた男が恐る恐る城から出てくる。恐らくはこの人物が領主なのだろう。
「魔女を討ち取ったと言うのは本当か……?」
「ああ。これを見てほしい」
ジークが馬を降りてセラフィーネの首を領主の前に差し出す。いきなり少女の生首を突き出されたことに領主は一瞬たじろぐが、すぐによくよく首を観察し始めた。
「本当にこれが魔女の首だと?」
「本当だ。疑っているのか?」
「見た限り魔女のようには……」
それもそうだ。セラフィーネの見た目だけならば魔女と思える要素はない。
しかし、領主がそう言った途端、死んでいるはずのセラフィーネの首の目が見開き、にやりと笑った。それに領主も兵士たちも驚き、慌てふためいて生首を握ったジークから距離を取る。
「魔女じゃないと思うなら、この生首はここに置いていくぞ。いいな?」
「ま、ま、待て! それは確かに魔女の首だ! 認めよう!」
ここにそんな気味の悪いものを置いていかれては困ると領主が叫ぶ。
「なら、報酬を頼む」
「わ、分かった。報酬を渡そう……」
それから革の袋いっぱいに入った金貨がジークに渡され、彼は満足そうに笑った。
「では、この首は俺が持って行こう」
「そうしてくれ。なるべく遠くに埋めるなり、沈めるなりしてほしい」
「ああ」
そして、ジークは領主と城の人間たちに見送られて領地を出た。
「もういいぞ」
人目がなくなったところでジークがそう言うとセラフィーネの首び目が再び開いて周囲を視線で探ると、それからセラフィーネの体が空間操作で生じた空間の亀裂を裂いて現れた。以前のように手が亀裂を押し広げて、亀裂から身を乗り出すセラフィーネ。
彼女はそれからジークに差し出された首を受け取ると、それを肉体にくっつけた。
「ふう。やはり首は体の上にある方が落ち着くな」
「分かる。いくら首ちょんぱが平気でも何か落ち着かないよな。首だけどっかに転げていってそのままなくしちまいそうで」
「そのときは首から体を生やさないとな」
セラフィーネの首を取った、というのは嘘ではなかったがちょっとした芝居であったことも事実だ。ジークはセラフィーネが死んだことにして彼女をあの領地から脱出させ、同時に領主から懸賞金をいただいたというわけである。
「へへっ。しかし、儲かった。あんたの首のおかげで当分は生活費に困らないぞ。あとで街の方に寄って一杯飲もうぜ」
「元勇者が詐欺まがいのことをして喜ぶとはな。やれやれ」
「詐欺じゃないさ。実際に首は持って行ったし、あんたという脅威は森から消えた。それができたのは俺だけだろ?」
「それは認める」
不死身のジークでなければ、不死身のセラフィーネをどうこうすることは不可能だった。それは紛れもなく事実である。
「ルーネンヴァルトまではやっぱりかなりの距離があるんだよな? けど、あんたの空間転移があればすぐに到着できたりする?」
「無理だ。私の空間転移も制限がないわけではない。下手に長距離を飛ぼうとすれば、事故が起きていろいろと吹っ飛ぶ。どかーんと派手に。そうなると面倒だぞ」
「うへえ。時間はあるし、ぼちぼち歩いていきますか」
ジークはルーネンヴァルトまで一瞬の旅路を期待していたようだが、世の中はそう甘くはなかった。彼はまずは最寄りの街に寄ろうと地図を見る。
「馬には乗らないのか?」
「馬持ってねーからな。そんな金もねーし」
「それならいいものがあるぞ」
そこでセラフィーネが口笛を吹くと、どこからともなく2羽の鳥が飛んできた。見た限りはカラスのようだが……。
「これは私が授かった使い魔のフギンとムニンだ。こいつらはこのように──」
セラフィーネが2羽のカラスを放つと2羽のカラスは2頭の立派な黒毛の軍馬へと変化した。親切なことに馬具までちゃんと備わっている。
「へえ。こいつはすげえな。幻術とかじゃないよな?」
「乗ってみろ。どうせ騙されても死にはしないだろう?」
「へいへい」
ジークはセラフィーネに言われてムニンが化けた軍馬に跨る。最初、ムニンは抵抗するように前足を上げてジークを振り下ろそうとしたが、ジークがそれに耐えてしっかりと手綱を握ると大人しくなった。
「いい馬だな。気性はちょっと荒いみたいだが……」
「フギンもムニンもプライドが高いからな。主と認められるまでには時間がかかるぞ」
「そいつはやりがいがありそうだ」
そう言ってジークはムニンの首筋を撫でてやるとムニンは大きく嘶いた。
「さあ、満足したならいくぞ。まずは街に寄るんだろう?」
「ああ。ある程度旅の準備をしていかないとな。俺たちは何があろうとも死にはしないが、不便だったり、不快だったりすることは普通にあるだろ?」
「そこが戦場になれば文句は言えない」
ジークの言葉にセラフィーネ嘲るように鼻を鳴らすとフギンの方に跨り、ジークに続いて街のある方角に向けて進みだした。
「あんたは魔法使いだからある程度のことは自由にできるんだろうけどさ。俺はただの剣士だから文明の利器ってやつに頼らなければ不便なわけよ。でさ、最近の旅人用の携行糧食ってなかなか美味いんだぜ?」
「ほう。それは知らなかったな。私の場合、大抵はそこらにいる獣を捕まえて焼いて食っていたからな」
「ははっ。あんた、俺のこと散々知恵の回らない人間呼ばわりしてたけど、俺以上に野生的な生活してたんだな」
「ふん。いつだって便利なアイテムがあるとは限らんのが戦場だ」
今度はジークがからかうのにセラフィーネはジト目で彼を見て言い返した。
「その様子だと街は久しぶりみたいだな。一応フードは被っておいてくれ。その瞳はヘビみたいでカッコいいが目立つから」
「分かった。私ももうここで騒ぎを起こすつもりはない。ここの人間相手には散々遊ばせてもらったからな。それにもっと面白い玩具をもう見つけている」
そういうと爬虫類の瞳でセラフィーネはジークの方にまとわりつくような熱のこもった視線を向ける。
「で、次に遊ぶの俺、と……。はいはい。分かっているよ。ちゃんと1年に1回な。街を出たら遊びましょう」
「ふふ。期待しているぞ」
やれやれと思いながらジークはセラフィーネと最寄りにある都市を目指した。
ここ暫くこの付近は魔女が出たという騒動以外では揉めていなかったので、それが解決した今ならば問題なく街に入ることはできるだろうとジークは思っている。
街には間違いなく酒場がある。そこで一杯やるのをジークは楽しみにしていた。そこに美味い酒と肴があれば言うことなし、と。
彼の方は別に殺し合いをしていれば満足というセラフィーネとは違うのだ。彼は未だに人並みのことに喜びを感じていた。500年経ってもなお。
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