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港町に向けて

……………………


 ──港町に向けて



 翌日、ジークたちはいよいよルーネンヴァルトの手前にある港町を目指すことに。


 荷物を背負い、フギンとムニンを軍馬に変身させて、ジークたちは城門に向かう。


「ここから港町までは1日もかからないんだよな?」


「ああ。カールハーフェンという小さな港町で、ほとんどこのヴェスタークヴェルとルーネンヴァルトを行き来する人間しか利用しない場所だ」


「ようやくルーネンヴァルトに到着するのか……」


 長い旅もまもなく目的地に着こうとしている。そのことにジークは感じ入るところがあった。もう少しでこの忌まわしい不老不死もどうにかなるのだ。


「カールハーフェンに着いたら海峡連絡船の予約を取らないとですね」


「そうだった。ルーネンヴァルトは海峡の向こうにあるんだったな」


 ルーネンヴァルトは港町カールハーフェンから船で渡った場所にある。海峡には海峡連絡船というものが定期的に運行しており、ルーネンヴァルトに向かう客を乗せて運んでいるのだ。


「船旅の経験は当然あるだろうな?」


「実をいうとそんなに多くはない。好きじゃないんだよ、船旅って」


 セラフィーネの問いにジークがそうこぼす。


 確かにこの時代の船旅は快適とはいいがたい。


 今にも沈むのではというぐらい揺れる船はそれだけでもう不快だ。酔いやすい人間もそうでない人間も吐き続けることになる。


 それから船内ではあまり火などが使えないため料理は不味く、そして単調なものになってしまう。おまけに真水も貴重品となり、ときとして傷んだ水で腹を下す。


 そんな船旅を何度も経験したいと思うほどジークは物好きではなかった。


「海峡はそこまで荒れないですから大丈夫ですよ。それに半日ほどで到着しますし」


「そうだといいんだけど。本当に船旅にいい思い出がないからさ……」


「分かります。船旅は命がけですものね。オレもいい思い出はあまりないです」


 エマも行商人として各地を旅するときに船を利用したことがあるが、船旅というのはこの時代においては命がけのものである。冗談でも、比喩でもなく。


「ふん。軟弱な。船旅ぐらいで文句を言うな」


「そうはいうけどさ。船旅ってマジで大変じゃん。俺、昔だけど船で旅したときに10回は沈みそうになったし、嘔吐が止まらないし、飯は不味いしで今まで体験した中で最悪の旅の経験になったもん」


 ジークも500年生きてきていろいろな旅を経験したが、その中でも船旅は最悪だった。彼は船が沈もうと死にはしないだろうが、それでも不快さがチャラになるようなことはないのだ。


「けど、今回は短い船旅みたいだし、大丈夫かね?」


 ジークはそう楽観的に考えてカールハーフェンに向かった。


 これまでの街道よりちゃんとした石畳の道を進み、ルーネンヴァルトからヴェスタークヴェルに向かう旅人たちとすれ違いながら、ジークたちはカールハーフェンを目指す。


 ここら辺の街道にはちゃんと巡回の憲兵がおり、彼らが治安を維持していた。なので、ジークたちはまた何かしらのトラブルに見舞われることなく、目的地に向けて勧めたのであった。


 そして、ようやく──。


「あれがカールハーフェン?」


 ジークたちの視線の先にヴェスタークヴェルほどではないが、城壁に囲まれている都市が見えてきた。


 その都市は海に面しており、緩やかにカーブを描く湾に面している。その湾の中に港湾施設も位置しており、木製の桟橋には小さな漁船からちょっとした大きさのガレオン船まで様々な船が停泊していた。


 港の沖にも船が行き来しているのが見える。小舟を使って港とやり取りしている大きな輸送船や漁に出ていく漁船たちだ。


 そして、それらの船の先にある島こそがジークたちの旅の目的地。


「見えるか、ジーク。あの島がルーネンヴァルトだ」


「おお……!」


 そう、セラフィーネが指さすそれがルーネンヴァルトだ。


「やっとここまで来たな……。短いようで長かったぜ……」


「まだ喜ぶの早いぞ。これからあの街で調査を行い、不老不死を解く方法を見つけなければならないのだからな」


「分かってるって。でも、これまでよりずっと希望が持てる!」


 ジークはそう言って希望に満ちた笑みを浮かべると急ぐように馬を進めた。セラフィーネたちもそのあとを追うように急ぐ。


 そしてカールハーフェンの城門にジークたちは列を作った。城門と言っても開きっぱなしのそれの前に番兵が立っているだけで、何かしらの警戒をしている様子はない。


 そもそうだろう。カールハーフェンにはルーネンヴァルトからこちら側に来た魔法使いたちが始終出入りしており、またヴェスタークヴェルからルーネンヴァルトを目指す人間も後を絶たないのだ。


 だから、いちいち城門を開け閉めしていては面倒でたまらないというところだろう。


 ジークたちはカールハーフェンに入ろうとする人間たちに続いて城門を潜った。怠け切った番兵は通行税すら取らず、ただジークたちを通過させてジークたちはカールハーフェンの中に。


「オレ、海峡連絡船の席を取ってきます」


「おう。頼む、エミール。俺たちはちょっとばかりここを見て回ってるよ。あとで港で落ち合おう」


「はい!」


 街に入ったエマは先に港に行って海峡連絡船の座席を購入しに向かい、ジークたちは軽くカールハーフェンを見て回ることに。


「とはいえ、ここは田舎って感じの港町だな」


 カールハーフェンは本当にルーネンヴァルトとヴェスタークヴェルの交易の中継地としてのみ機能しているのだろう。そこまで栄えている港町ではなかった。


 石造りの建物は小さなつくりの神殿といくつかの商業ギルドのものだけで、あとは安価な平屋の木造建築が並んでいる。経済的に栄えているとは言い難い光景だ。


 それでも人々は別に不幸ではなく、主婦らしい女性たちが井戸のそばで洗い物をしながら賑やかに談笑していたり、今日の漁を終えただろう漁師たちが酒瓶を手に豪快に笑いあっている。


 子供たちも元気に駆け回っており、彼らは彼らの決めたルールの遊びに興じていた。そんな光景にこの街全体から活気を感じる。


「悪くない景色だ。人の営みってやつを感じるね」


「そうか?」


 そんな幸せそうな光景にジークも笑うが、セラフィーネはこの景色のよさがあまり理解できない様子だった。


「さて、あまりエミールを待たせてられないし、そろそろ港に行くか」


「ああ。今から船に乗れば夜までにはルーネンヴァルトだ」


 早朝にヴェスタークヴェルを出発したジークたちは昼にカールハーフェンの到着していた。ここから海峡連絡船に乗れば、今日中にはルーネンヴァルトに到着できる。


「潮風の臭いだ。海の近くに来たのは数年ぶりだな」


「私もだ。海にも港にもあまり用事がなかったからな」


 ジークたちは海沿いの道を進みながら港を目指していた。ジークは広大な海を眺めて感嘆の域をつき、セラフィーネも久しぶりに嗅ぐ潮風の匂いを感じていた。


「ルーネンヴァルトで調べ物をしている間は、毎日この匂いを感じそうだぜ。俺は船旅は嫌いだけど海は嫌いじゃないから悪くはないけどな」


「そう言っていられるのも今のうちだけかもしれんぞ。ルーネンヴァルトの食い物は魚ばかりだからな。私もあそこで毎日毎日幾日も魚ばかり食わされてうんざりしたものだ」


「俺は魚も好きだぜ? 揚げても、焼いても、生でも美味いからな」


「生で? 冗談だろう?」


「いや、本当に。昔、生の魚を食ったんだがマジで美味かったぞ」


 ジークは昔、漁師町で新鮮な魚を生で食べた話をしたが、いつもは恐れなど抱かないセラフィーネが身を震わせるほどだった。不死身といえども食当たりはするし、苦痛はしばらく続くのだ。特に寄生虫のそれは最悪である。


「あ、ジークさん、セラフィーネさん! こっちです!」


 そして港に到着するとエマがジークたちに手を振ってくる。


「席は取れたかい?」


「ばっちりです。これから30分後の船に乗ることになります」


「オーケー。了解だ」


 エマから海峡連絡船のチケットを受け取り、ジークとセラフィーネは港に停泊している船を眺める。


「軍艦の類は流石にないのな」


 ジークは武装を施した船がいないことに気づいた。


 この時代でも大砲を積んだ船というのは存在し、戦列艦などとして知られている。軍艦は昔ながらの水兵が相手の船に乗り移る移乗戦闘や、衝角突撃(ラムアタック)の他に砲撃で敵の船を沈めるのだ。


「ここら辺に海賊は出没しませんから。それに、もし海賊が出ても大抵は船に魔法使いが乗っていますよ」


「そりゃあ心強い用心棒になるな」


 先ほどの述べた移乗戦闘、衝角突撃、砲撃の他に海戦では魔法も使われる。魔法使いたちが魔法を放ち、敵の船を撃沈するのである。


 だが、魔法使いたちはあまり戦争に興味がないため、彼らが軍に所属ししていることは稀だ。それに少数の魔法使いに頼った戦争より、多数の凡人が扱える武器を使った戦争の方が戦局は安定するというもの。


「さて、気楽な船旅になりそうだ」


「退屈な船旅にな」


 ジークとセラフィーネはこの海峡には海賊が出没しないというエマの言葉にそれぞれの感想を述べる。


 海賊は船旅を不快にする要因の大きなひとつだ。当然現れて船を乗っ取り、乗員を人質にして積み荷を奪う海のならず者たち。海軍の任務のひとつがこの海賊の盗伐だというのも頷けるほど面倒な連中だ。


 ジークも船旅の際に何度が襲われ、船酔いで気持ち悪い中、彼らを撃退する羽目になったことがある。そう何度も体験したいとは思えない経験だった。


「あ! 見えました! あの船ですよ!」


 それからエマが声を上げ、港に海峡連絡船が現れた。


 それは1隻の帆船であり、港の桟橋に索を結んで船を係留してからタラップを降ろすと席を購入していた客たちが乗り込んでいく。やはり乗客には魔法使いが多く、それも若い魔法使いが占めている。


 また乗り込むのは人間だけではなく、馬なども飼い主にひかれて乗り込む。これらの馬は専用の区画に入れられ、そこで過ごすことになる。


「いざ、ルーネンヴァルトへ!」


 そして、ジークたちも彼らに続いて船に乗り込んだ。


 船は再び索をを解いて帆を広げて出港。ルーネンヴァルトを目指す船旅が始まった。


「確かに海風が少し冷えるな」


「タイツ、買っておいてよかったでしょう?」


 セラフィーネは甲板で海を眺めてそう言い、エマがどやっとそう言っていた。


「ルーネンヴァルトがはっきりと見えてきた。結構、デカい島なんだな?」


 ジークの方は海ではなく、船の進路にあるルーネンヴァルトが位置する島を見ている。彼にとっては希望の地だ。あの島でようやくジークは不老不死から解放されるかもしれないのだから。


 その島はかなり大きく、近づくごとにそのサイズが増していく。


「ルーネンヴァルトってひょっとしてかなりデカい街なのか?」


「そうだ。世界中の魔法使いが目指す場所だからな。街は歴史が深く、その上に巨大だ。先のヴェスタークヴェルより巨大だぞ」


「へえ。それは楽しみになってきた」


 新しい場所、新しい人々にはいつだってわくわくするのが常だ。まして、ジークは一度もルーネンヴァルトを訪れたことがないのだから。


 そんな船旅は穏やかに終わるものと、そう思われていた。


 しかし、それを否定する何かが深海から海峡連絡船に迫っていた。


 海の底から不吉な黒い影が、何も知らずにルーネンヴァルトを目指している船に迫っている。そのことにジークたちは──。


「……気づいたか?」


 ジークがセラフィーネに向けてそう短く声をかける。


「ああ。お客のようだな。歓迎してやろう」


 セラフィーネはそう言い朽ちた剣を召喚して構える。いきなり剣を取り出して構えたセラフィーネにそばにいたエマがぎょっとした。


「ど、どうしたんですか?」


「海中だ。海中から何かが迫っている。何かに掴まっておけ。海に放り出されるぞ」


「は、はい!」


 セラフィーネが真剣な表情でそう言い、ジークも身構えていることから冗談の類ではないと察したエマは近くにあったマストに掴まる。


 それからぶくぶくと海が急に泡立ち始める。船の揺れが大きくなり、それに気づいた船員が海の方を見下ろして目を見開く。


「お、おい! 何かデカいものが浮上してくるぞ!?」


 その船員の声とともにそれが姿を見せた。


「クラーケンか……!」


 海から現れたのは巨大な──巨大すぎるタコの足。吸盤に覆われた赤黒いそれが海を割って突き出て、船縁から海を見下ろしていた船員を捕らえて海の中に引きずり込む。悲鳴を上げた船員は、その悲鳴ごと海の中に飲み込まれた。


「な、なんだぁ!?」


「た、大変だ! クラーケンが出たぞっ!」


 転覆するかのように大きく揺れた連絡船の中で悲鳴が上がり、船員たちが警告を叫ぶ。船員たち大急ぎでマスケット銃を握ると、甲板に集まった。


「ははっ! ここでクラーケンに襲われるとはな!」


「クソッタレ! たまったもんじゃねーぞ!」


 セラフィーネは愉快そうに笑い、ジークは不満をあらわに叫ぶ。


 クラーケン──伝説の海の魔獣。それは巨大なタコの姿をしていて、深海から現れては通りかかる船を襲って沈めていく。それから溺れる人間を食らっていき、その腹を満たすと言われていた。


 だが、確かな生態は未だ知られておらず存在はあたかも伝説のようなものであった。


 しかし、今この海峡連絡船を襲っているのは紛れもない現実だ。


「迎え撃つぞ、魔女! ここで沈められたらかなわん!」


「もちろんだ。叩きのめしてくれよう!」


 ジークとセラフィーネはその恐るべき現実との戦闘の構えに入った。


 “月影”の青白い刃と朽ちた剣の剣呑は輝きが、勇者と魔女によって構えられる。


……………………

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