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ヴェスタークヴェルにて

……………………


 ──ヴェスタークヴェルにて



 ジークたちはヴェスタークヴェルの城門の前にできている列に並ぶ。


「並んでいるのは商人が多いみたいだな」


「ここにはルーネンヴァルトから買い付けに来る証人もいるからな」


「ルーネンヴァルトから来てるの?」


 ジークがセラフィーネの説明にそう首をかしげる。


「ああ。ルーネンヴァルトは良くも悪くも学問の街だ。島であるが貿易港でもない。だから、食料から生活必需品まで、外部の街に頼っている。そのひとつがこのヴェスタークヴェルというわけだ」


「へえ。ルーネンヴァルトってのは意外と難儀な場所なんだな……」


 ジークはこれから向かう先であるルーネンヴァルトにそんな感想を抱く。


「オレも駆け出しのときはルーネンヴァルトで注文を取って、このヴェスタークヴェルまで買い付けに来てました。危険は少ないし、いい稼ぎになるんですよ」


「おお。俺たちも食うのに困ったらそうやって過ごすかぁ」


「はは。そのときはお手伝いしますよ」


 実際、ジークは金に困ったらどうしようというのを悩んでいた。


 ヴァイデンハイムを助けたことである程度の金は手に入ったが、この先ずっと食うに困らないという額ではない。


 もしルーネンヴァルトでなかなか不老不死を解く方法が見つからず、長居する羽目になるとすぐに金はなくなってしまうだろう。そうなると不老不死で元勇者のジークでも困る事態だ。


 だから、割と真剣にヴェスタークヴェルで稼ぐことは考えていた。


「次の人間! 来い!」


 それからジークたちが呼ばれ、番兵の前に立つ。


「おや? エミールじゃないか。そっちはあんたの連れかい?」


「ええ。旅の途中で山賊から助けてもらいました」


「そうか。それは大変だったな。無事に戻れてよかった」


 どうやら番兵はエマの知り合いだったらしく、定められた通りの通行税でジークたちを通過させてくれた。


 そして、城門を抜けてヴェスタークヴェルに入ったジークたち。


「お? 魔法使いが多いな?」


 ジークの視界には5、6名の魔法使いが見えた。彼らは揃ってローブと三角帽子を被っているので、その判別が得やすい。


 しかし、魔法使いというものは街に5、6人もいたら多すぎるとなる人種である。その点でヴェスタークヴェルのこの光景は珍しいものであった。


「ルーネンヴァルトから買い付けに来ている人たちですね。多分、どこかの魔法使いのお弟子さんか、学校の生徒さんだと思います」


「なるほど。確かに若い魔法使いばかりだな」


 魔法使いと分かる格好をしている人間は全員が若い。10代ほどの人間ばかりだ。


 彼らはまだ師匠や講師たちから魔法を学んでいる立場であり、そのような年長者に指示されて買い出しなども行っていた。


「若い人たちにとっては買い出しも魔法使いになるための大変な勉強の中での娯楽ですから。大抵の場合はそこそこのお駄賃が貰えますから、こうしてルーネンヴァルト以外の街での買い物を楽しむんですよ」


「ただの面倒な使い走りじゃないってわけか」


 そういわれてみれば若い魔法使いたちはヴェスタークヴェルの街を楽しんでいるのか、誰もが笑顔を浮かべている。友達と一緒にあれこれ出店の商品などを見て回っていて楽しそうだ。


「この街はいい街みたいだ。早速だが宿を取ろうぜ。ちょっとゆっくりしていきたい」


「おすすめの宿がありますよ。こっちです!」


 ジークが言うのにエマが案内して宿まで向かう。


 ジークたちは商店や商業ギルドの連なる賑やかな場所を抜け、酒場や食堂のある場所を通り過ぎると、街の喧騒から少し離れてやや静かな地区に出た。どうやらこの辺りは宿屋が多い場所らしい。


「この宿はおすすめですよ。部屋もベッドも清潔で食事は美味しいですし。それでいて値段はそこまで高くないんです」


「へえ。そりゃあいいや。なら、ここにしよう」


 エマがおすすめする宿屋に宿泊しようとジークは決めて、宿屋の扉を潜る。


 宿の中は確かに清潔であり、多くの宿屋がそうであるように1階は酒場と食堂を兼ねた空間になっていた。ちょうど食事をしている人間がいて、香ばしいシチューの香りがジークたちの元まで届く。


「いらっしゃいませ! あ、エミールさん!」


 それから元気よく出迎えてくれるのはまだ10代前半だろう幼い少年で、ジークたちの方に駆け寄ってきた。


「こんにちは、フィン君。宿泊いいかな?」


「もちろんですよ。何日滞在されますか?」


 どうやらエマとフィンと呼ばれた少年は知り合いらしい。


「3名。そうだな。とりあえず2泊で」


 フィンの言葉に応えるのはジークで彼が人数と日数を告げた。


「畏まりました。お部屋はいかがしましょうか?」


「別々がいいけど部屋は空いてる?」


「現在2人部屋と1部屋の2部屋が空いております。いかがしましょうか?」


 申し訳なさそうに少年が言うのにジークは考え込んだ。


「私はお前と同じ部屋でいいぞ。これが初めてではないしな」


 そこでセラフィーネがさらりとそういう。


「そりゃそうだけど」


「もう夜をともにした身であろう? 何を遠慮する必要がある?」


 セラフィーネが意地悪そうにそう言い、ジークは言葉に詰まった。誤解を招きそうな言い方をしているが、言っていることそのものは間違っていないのだ。


 しかし、ジークとエマが相部屋というのは不味いし、見た目は男装しているエマとセラフィーネが同室というのもエマのことを男だと思っているだろうフィンに勘違いされてしまう。選択肢はなさそうだ。


「分かった、分かった。俺とこいつで相部屋。エミールは別室な。よろしく頼む」


「畏まりました。ご準備いたします!」


 ジークの求めにフィンは頷き、部屋を準備しに向かった。


「夜は飲みに行こうぜ。そのあとで俺はちょいと遊びに出かけるから」


「……また女を買いに行くのか?」


「なんだよぉ。別にいいだろぉ……」


 セラフィーネがとげとげしい視線でじーっとジークを見るのにジークは情けない表情でそう言い返す。


「ジークさんも男性ですし、そういうのは仕方ないんじゃないですか?」


「おお。分かってくれるじゃん、エミール!」


 ここで援護してくれるエマにジークが笑みを浮かべる。


「……まあ、ちょっとだけがっかりしましたけど……」


「ええぇ……」


 しかし、エマもジークが女性を買いに行くことには落胆した模様。


「いいもんね。俺は絶対に花街に遊びに行くからな。誰がなんて言おうと!」


 ジークはそう主張し、セラフィーネとエマからそっぽを向いたのだった。


「お部屋の準備ができました」


「おう。ありがとうな」


 それからジークたちは部屋に荷物を置き、一度3人で食堂に集まる。


「さて、まだ日も高いからルーネンヴァルトに向かう準備をするか、少しこの街を観光して回るか? ルーネンヴァルトまではもう少しなんだよな?」


「ああ。ここから1日もかからず少し北に行けば港街がある。そこにで海峡を渡る船に乗れば、あっという間にルーネンヴァルトだ」


「オーケー。なら、準備は最小限でよさそうだ」


 1日もかからないなら大量の携行食糧やらは必要ない。


「では、だ。ルーネンヴァルトでは手に入らなくて、ここで準備しておくべきものって何かあるか? 俺はルーネンヴァルトに行ったことはないから分からないんだけど、ふたりなら分かるだろ?」


 ルーネンヴァルトは聞いた限り物流が盛んというわけではなさそうであり、魔法使いたちが買い出しに来ているこの街で仕入れるべきものがありそうだった。


「そうですね。衣類はこっちで仕入れた方が安いですよ。というより、物価はこの街が全体的に安いです。これから必要になり日持ちがするものは、この街で買っていた方がいいですよ」


「なるほどね。じゃあ、服は買っておいた方がいいかもな」


 ジークはすぐに服を血まみれにしたり、ぼろぼろにしたりするので替えの服はあった方がいい。体が不死身でも服まで再生しないのだから。


「では、お前の服を買いに服屋に行くか。他に買っておくべきものは?」


「ないと思うぞ。食い物を買って言っても日持ちしないし。服以外に必要なものはルーネンヴァルトで買って済ませよう」


「分かった。私も何着か買っておこう」


 セラフィーネもまた服が必要になるので購入を決定。


「じゃあ、オレはいい店に案内しますよ」


「おう。よろしくな」


 というわけで、ジークたちは服を買いにヴェスタークヴェルの街に繰り出す。


 やはり街では魔法使いを多く見かける。まだ若い魔法使いたちが出店の食べ物を食べていたり、高そうな品が並ぶ店を物欲しげに眺めていたりといろいろだ。


「魔法使いってここで何を買って帰っているんだろうな?」


「基本は文房具とか本とかですね。ルーネンヴァルトよりこっちの方が種類が豊富ですし、値段も安いですから。あとは錬金術の素材であったり」


「へえ」


 ジークがエマにそう言われて魔法使いたちを見れば、確かに彼らは本などの商品を多く抱えていた。


「しかし、ルーネンヴァルトには大図書館っていう立派な図書館があるんだろう? 本はそこで読めるんじゃないのか?」


「大図書館の本はあくまで借りて読むだけだ。購入して自分のものとしておいた方が、便利なときもある」


「ふうん。俺はあんまり本は読まねーから分からんな」


「全く。お前はもうちょっと本を読んで知恵を付けた方がいいぞ。女を買う以外にも金を使え」


「うるせー」


 セラフィーネが呆れは表情で苦言を呈するのにジークは渋い顔。


「そういやエミールも本を仕入れてきたんだろう? 売るのは魔法使い相手か?」


「ですね。まずはアイゼンローゼ商会に見せて、そこで販売先を決めます。基本的に魔法使い相手で、たまに大図書館が購入してくれますよ」


「儲かる?」


「価値のある魔導書だとかなり。けど、魔導書はできのいい贋作があったりして、そういうのをつかまされるとさっぱりですね……」


「そうか。商人ってのも大変だな……」


 ジークも魔導書の真贋など区別がつかないので、エマの苦労を察した。


「念のために魔導書だけじゃなくて、日用品やお酒なんかも仕入れてますから赤字にはならないはずです」


 エマはそう言いながら商店の並ぶ通りを進み、ある店の前で止まった。


「ここですよ。ここは男性向けの衣類を扱っています」


「よーし。ルーネンヴァルトに乗り込む前におめかしだ」


 ジークは張り切ってエマに紹介された服屋に入る。


「いらっしゃいませ」


 店内は落ち着いた感じで、アウトドア向けの衣類から、カジュアル、フォーマルそれぞれの衣類がおいてある。そして、仕立てのいい服装をした店員がカウンターから出てきて、ジークたちを歓迎する。


「何をお求めでしょうか?」


「旅人向けのカジュアルなのを頼みたい。仕事からすぐにダメにするから、作りがしっかりとしているやつか、安いやつを複数ね」


「畏まりました。でしたら、こちらの紳士向けの衣類はどうでしょう?」


 店員が示すのは頑丈そうな厚手の布地を使ったもので、しっかりとした作りをしているのが分かった。シャツもズボンも肉体労働者向けという感じで、汗染みの目立たない濃ゆい色合いだ。


「いいね。こいつを……そうだな、2着買おう」


「ありがとうございます」


 ジークにとって服はかなりの頻度で入れ替わる消耗品に部類されている。ここ最近ではその傾向に拍車がかかっていた。


 セラフィーネと戦い、トリニティ教徒と戦い、グールと戦い、山賊と戦い……とここ最近はまさに連戦だったので仕方ないといえば仕方にない。別にジークが衣類に雑な扱いをしているわけではないのだ。


「さーて。野郎の服選びなんてさっさと終わらせて、次はお嬢様の服を選ぼうぜ」


「誰がお嬢様だ」


 ジークがにやにやとセラフィーネの方を見ていうのにセラフィーネはジト目でジークの方に視線を向けた。


「一度あんたがフリフリのザ・お嬢様って格好しているの見てみたいけどな。そういう服を選んでみないか?」


「ふん。ご免被る」


 ジークがにやにや笑って言うのにセラフィーネはそう吐き捨てた。


 それからジークたちはエマの案内を受けて今度は女性向けの服屋へ。


「ここはちょっとお高そうだな?」


「そうでもないですよ。店構えは確かに立派で敷居を感じますが、上品で手ごろな価格の衣類を扱っていますから」


 女性向けの服屋は大通りに面し、ショーウィンドウもついているような立派な店だったが、エマの言葉を信じるならばジークたちでも買い物できる場所らしい。


「それならここで選んでもらおうぜ」


「服など着ていさえするならばどれでもいいと思うが」


 セラフィーネはそう愚痴りながら店内へ。


「いらっしゃいませ! 何をお求めですか?」


「ああ。これと似たようなワンピースをくれ」


 セラフィーネは前に購入した刺繍の入った黒いワンピースを示して、彼女たちを出迎えた店員にオーダー。


「それと似たようなものこちらになりますが……」


 店員の視線はせっかくだから他の服も見てみないかと訴えている。


 それもそうだろう。セラフィーネは見た目だけは妖美な美女だ。何を着ても正直似合うだろう。それならば服屋としてはいろいろな服を選んでほしいと思うもの。また服を専門とする人間としてもいろいろと着せ替えてみたいという欲望が生まれるのだ。


「なあ、黒ばっかりじゃなくてたまには白とかどうだ? 清楚な感じでいいぞ」


 そんな店員の気持ちを察したのか、ジークがそう提案する。


「白は血が目立つ。好きではない」


「じゃあ、黒は黒でもこういうのは?」


 ジークがそう言って見せるのは刺繍とフリルで飾られたドレスだ。貴族のお嬢様が着ていそうな感じのもので、長いスカートが可愛らしくはあるのだが……。


「趣味じゃない。そんなのを着ていてはまともに動けん」


 セラフィーネはそうばっさり。


「そっかー……」


 ジークはしぶしぶとセラフィーネを着せ替えるのを諦めた。


「けど、勿体ないですね。セラフィーネさん、美人だからオレもいろいろと試せばいいと思うのですが」


 エマもそう言いながら服屋に並ぶいろいろな服を眺める。同じ女性としてみてもセラフィーネは着せ替えたくなる整った体型と美しい顔の持ち主だ。


「しかし、そうだな。今日、花街に遊びに行くのを諦めるのであれば白いワンピースを着てやってもいいぞ?」


 そこでセラフィーネがにんまりと笑ってジークにそう提案。


「やだ! それは断る!」


「ふん。なら、私も黒いワンピースにしておく」


 ジークが取り付く島もないのにセラフィーネもちょっとばかり憤慨していた。


「けど、タイツとかあった方がいいですよ。ルーネンヴァルトは海風が冷たいときがありますから」


「それぐらいなら買っておくか」


 エマにアドバイスされてセラフィーネは厚手のタイツを購入しておいた。不死身であろうと寒さを感じなくなるわけではない。寒さが戦場での素早い決断や行動を妨げることはセラフィーネも知っている。


「買い物はこれで終了。まだちょっと日が高いけど、酒場に行くか?」


「ほかにすることはないからな」


 ジークの提案にセラフィーネたちが頷き、彼らは酒場に向かった。


……………………

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