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革職人の末路

……………………


 ──革職人の末路



 捕虜と山賊の仲間に偽装したジークたちは、山賊たちの砦に迫っていた。


「そろそろだな」


 ジークたちの視界に山賊の砦が見えてきたのだ。


 事前の情報通り、周囲は崖であり侵入できそうなのは正面の跳ね橋だけ。ジークたちは上げられている跳ね橋に向けて山賊を歩かせて進む。


「どうした? もう戻ってきたのか?」


 山賊の仲間が城門の上から仲間に声をかける。


「あ、ああ。途中でいい女を見つけてさ。先に帰って牢に入れておけって」


「ほう。そいつはいいな。今、橋を降ろすから待っていろ」


「た、頼む」


 山賊の仲間はぎいぎいと音を立てさせながら、跳ね橋を降ろしていく。ジークとセラフィーネはいつでも動けるようにしながら、跳ね橋が降りきるのを待った。


 そして、跳ね橋はついに向かい側に渡され、山賊を先頭にジークたちが跳ね橋をゆっくりと渡っていった。


 ジークたちを連れた山賊の心臓が早鐘を打つ。仲間を裏切ったこととすぐ後ろにいつ自分を殺してもおかしくない人間がいることが、彼の心臓を発作で起こしそうなほど脈打たせていた。


「おい」


 城門を潜ったとき、山賊の仲間がジークたちを呼び止める。


「そこのやつ、名前は何だったかな? ちょいと記憶が飛んじまっててな」


 そう呼び止められたのはジークだ。山賊の装備を身に着けて、兜で顔を隠したジークに山賊の仲間はにやけながらも、ジークの背後の城門の上から鋭い疑いの眼差しを彼に向けている。


「俺か? 俺の名前か?」


 ジークは小さく笑って背後を振り返る。


「俺はジーク。勇者ジークだ!」


 そう宣言したのと同時にジークは手に装備していたクロスボウで城門の山賊を仕留める。彼が放ったクロスボウの矢は山賊の胸を貫き、山賊は口から血を漏らしながら城門より落下する。


「敵襲!」


 それを見た他の山賊たちが叫び、角笛を吹き鳴らす。


 しかし、多くの山賊は奇襲されることに備えておらず、それに大勢がルーペントがエミールを処刑するところを見ようと大広間に集まっていたため即応できない。


「そら、お前は見逃してやるから逃げろ!」


「は、はひっ!」


 ジークはここまでジークたちを案内した山賊を逃がし、すぐさま“月影”を出現させて構えると山賊たちに対峙する。3名とわずかながら武装した山賊たちがジークの前に立ちふさがった。


「ここからは可能な限り迅速に動くぞ。人質を殺されたり、盾にされりしたら困る」


「ああ。任せておけ」


 ジークは“月影”をセラフィーネは朽ちた剣を構えて、山賊たちに向けて突撃。


「ぶ、ぶち殺せ!」


 慌てて武装したせいで胸甲を付けていなかったり、半裸に兜だけ被っていたりとまちまちな装備の山賊たちがジークたちを殺すべく武器を鳴らす。


「殺してみろよ。できるもんならな!」


 ジークはそう言い、“月影”を振りかざして山賊たちに襲い掛かる。青白く光る刃は宙に線を描きながら鋭く振るわれ、山賊を袈裟懸けに斬り倒した。肩から斬り降ろされた“月影”の刃は鎖骨を粉砕し、肋骨を切断し、ばっさりと山賊を斬り伏せる。


「景気よくやっているな?」


 セラフィーネも朽ちた剣を手に山賊に挑みかかり、その刃は山賊の構えていた円形の盾を切断して破壊し、二振り目で山賊の胸を貫いた。肺を貫かれた山賊はげぼげぼと気泡の混じった血を漏らして地面に倒れる。


「ひいっ! た、大変だ!」


 生き残ったひとりの山賊は仲間ふたりが一瞬で斬り殺されたことで腰を抜かしそうになりながらも仲間を呼ぶために逃げ出した。


「追うぞ」


「合点」


 セラフィーネが短く告げ、ジークがすぐに従う。


 彼らは逃げる山賊を追い、砦の廊下を駆け抜けて大広間に飛び込んだ。


 そこには表情を青ざめさせている先ほどの山賊と他の6名の山賊たち、そしてエミールを辱めようとする山賊の頭であるルーペントがいた。


「なんだぁ、てめえら?」


 ルーペントはそう言うと相手を見定める振りをして握っていたナイフを素早くジークに投擲。しかし、ジークはその不意打ちを素早く弾く。


「へっ。ナイフで歓迎とは随分な挨拶じゃないか。そっちの人が攫われたって行商人か? 男だって聞いてたんだけどな」


「そうとも。俺たちも男だって思ってたけどな。けけっ!」


 農民には見えない身なりで豊かな乳房を晒しているエミールを見てジークが言い、ルーペントがいやらしく笑う。


「しかし、てめえら、ここに乗り込んできたってことは、それなりに腕に覚えがあるようだな?」


「そ、そうですよ、ボス! こいつら、瞬く間にふたり斬り伏せたんでさ!」


「黙ってろ!」


 先ほど逃げてきた山賊が叫び、その山賊をルーペントが蹴り飛ばす。


「おい! あいつらを殺ったやつのは一番にこの女とやらせてやるぞ!」


「おおっ!」


 ルーペントはそう言い、男たちが前に出て武器を構えた。この戦いのあとのお楽しみににやにやとした笑みを浮かべた男たちが、剣や槍を手にジークたちに迫る。


「あいつを殺るの俺だ!」


「いいや、俺だ!」


 それから男たちが一斉にジークたちに向けて襲い掛かった。


「おうおう。来やがれ。まとめて相手してやるよ」


 ジークは突きの構えで“月影”を握り、迫った山賊に突きを繰り出そうとする。だが、相手は槍を構えている。


「馬鹿め! リーチはこっちが上だ!」


 山賊は嘲るように笑ってジークを突く。腹部を深く貫かれたジークはこれで果てたと山賊たちは思った。


「武器、もーらい!」


「なあっ!?」


 しかし、ジークは不死身だ。彼は自分の腹に深く刺さった槍を奪い取る。深く刺さった槍を山賊は取り返せず、それを奪われてしまった。ジークはそれから槍を引き抜き、血を帯びたそれを構える。


「そらよっと!」


 そして、ジークは片手でそれを投擲。槍は武器を失った山賊の胸を貫き、そのまま山賊は仰向けに地面に倒れた。


「ば、化け物だ!」


「ひいっ!」


 腹に槍が刺さっても死ななかったジークを見て山賊たちが悲鳴を上げる。ジークはそれを見て意地悪げに笑い、“月影”の刃を剣呑に光らせる。


 セラフィーネもそれを見て同じように笑い、朽ちた剣を怯える山賊たちに向けた。


「さあ、次に死にたいのは誰だ?」


「死にたいやつから前に出るがいい」


 ふたりがそう言うと、勢いがよかった山賊たちはじりじりと後退を始めてしまう。


「何をビビってやがる! 戦わねえか!」


 ルーペントがその様子を見て激怒し、不甲斐ない部下たちを押しのけ前に出た。


「おい、そこの兄ちゃん。俺とサシで勝負しろ」


 そして、ジークを指名すると部下の死体から引き抜いた槍を構える。


「いいぜ。あんた、名前は?」


「ルーペント」


「俺はジークだ」


 短く名乗ったルーペントにジークも名乗る。


「ほう。英雄伝説の勇者と同じ名前か」


「ああ。奇遇だろう」


「俺も小さい頃は憧れたぜ、勇者ジークに」


 ルーペントはしみじみとそう言いながら、槍を無駄なく構える。先ほど槍を扱っていた山賊より遥かに隙が無い。槍そのものの構え方にも、足の運び方も、熟練の兵士であることが分かるものであった。


「それが今では山賊の頭か?」


「……ふん。大人になれば分かるのさ。英雄になるには実力だけじゃなくて運も必要だってな。俺には運がなかったんだよ──!」


 そこでルーペントが素早く動き、ジークに向けて素早く槍を刺突する。ジークは無駄なく放たれたそれを回避し、反撃を試みるがルーペントは反撃を許さず猛撃。何度もジークに向けて槍が刺突され、その度にジークの体に傷が刻まれる。


 痛みとともに鮮血が舞い、ジークはその痛みを感じながらも顔にしわの一つも寄せず涼しい顔をしていた。それがさらにルーペントを焦らせる。


「運がなかったなんて言うのは負け犬の言い訳だぜ?」


「それこそ運に恵まれたやつの言い分だ。自分の出自や生まれ持った才能。そういうものは自分の力だけではどうにもならないだろうがよ!」


 そう語るルーペントの表情には後悔と羨望のそれがあった。山賊に堕ちた自分たちを悔やみ、そしてそれを討伐する名誉を得たジークたちを羨んでいる。そんな表情だ。


「俺に言わせればあんたは諦めるのが早すぎただけだ。これだけの実力ならば、もっとまっとうに生きていればチャンスはあっただろうよ!」


 それから次に繰り出された槍の刺突をジークが弾き、素早く追撃を入れる。その斬撃はルーペントの纏っていた鎧を引き裂いたものの、ルーペントは慌てて後方に下がったために命だけは取り留めた。


「……クソ。いくら武具が扱えたってな。出自が卑しければどうにもならん!」


 ルーペントは決着をつけると決意して今度は薙ぐように槍を振るってジークを側面から攻撃し、それによってジークの体幹を揺るがしながらすぐさま大きく刺突。首を狙った一撃であり、その槍の矛先はジークと確実にとらえていた。


「そいつには同情はするが、同意はしないね!」


 しかし、ジークは槍を今度は完全に弾き飛ばした。そして、その手から槍を失ったルーペントをばっさりと斬り伏せる。ルーペントは深く胸を裂かれたことでぼとぼとと大量に血を流し、数歩よろめくと地面に膝をついた。


「人間がみんな公平に生きられているとは俺だって思わないが、高潔であろうとすることはできるはずだ。あんたはそれを自分の卑しい身分を口実に怠った。それだけだ」


「……そうかもしれないな……」


 いつからだろう。英雄になるのを諦めて、自分の出自以上のことを目指さなくなったのは。そうして自分の出自が卑しいからということを口実にして、堕落していったのはいつからだっただろうか。


「俺も……もう少しだけ……上を目指していれば……」


 そこでルーペントは地面に完全に倒れ、逝ったのだった。


「ああ! ボスがやられた!」


「もうだめだ!」


 ルーペントの部下たちは動揺し、恐怖し、逃げ出そうとする。


「ふん。自らの頭目が勇気を示したというのにそれに続かぬとは惰弱なやつらめ」


 その背中をセラフィーネが軽蔑の眼差しで一瞥すると同時に放った朽ちた剣が貫き、こうして山賊は全滅。


「オーケー。敵はこれで全滅だ」


「ふん。次に骨があるやつに出くわしたら、次は私にやらせろ」


「もちろん喜んで譲るさ、お嬢様」


 ジークはセラフィーネにそう言い、死体を乗り越えてエミールの下にやってきた。


「今下すからな。じっとしてろよ」


 ジークはそう言いながらナイフでエミールを拘束していた縄を切るとエミールが地面にどさっと崩れ落ちる。恐怖で足が震えていて、立てなかったようだ。


 それも仕方ないことである。先ほどまで暴行された挙句、皮を剥がれて殺されるところだったのだから。


「おいおい。大丈夫か?」


 ジークはそう言いながら羽織っていた軍用外套を脱ぎ、上半身のシャツを破られているエミールに着せる。紳士的な行動だ。


「何もされてはいないか?」


「は、はい。あなたたちのおかげで無事です……」


 セラフィーネの問いにエミールは頷いて、まだ震える声でそう礼を述べる。彼女は安堵してたが、まだ先ほどまでの恐怖が抜けきってはいなかった。


「しかし、男装していたのか。まあ、行商人って割と危ない仕事だから、男装しておくのは防衛策としてありだろうけど」


 長くひとりで旅をする行商人という仕事は女性ひとりでは物騒だ。エミールの男装も趣味というわけではなく、自己防衛のための重要な手段だった。


 事実、エミールは今回山賊たちにばれるまでは他の女性たちのように乱暴されることを避けることができた。効果はあったのである。


「ただ、よくその牛みたいな乳を隠しておけたな?」


 セラフィーネが同性のために遠慮なくセクハラ発言。


「い、いつもはサラシを巻いていますから!」


「ふうん」


 エミールがそういうのにセラフィーネはじっとエミールの乳房を見つめながら鼻を鳴らした。不老不死となり少女の姿のまま成長しないセラフィーネからすると何やら思うところがあるのかもしれない。


「ともあれ、無事でよかったよ。他の女性たちは?」


「地下牢にいます。オレが案内しますよ」


「ああ。だが、無理はしなくていいぞ」


「大丈夫です」


 エミールはそう言い、何とか震えを止めて立ち上がるとジークたちを砦の地下牢へと案内する。じめじめとしてかび臭い地下牢には男たちの精の匂いも漂っていた。


「クソ。また無茶苦茶やりやがったな。全員死んだのがせめてもの報いか」


 ジークは地下牢の中で乱暴され、そのままこと切れた女性の死体を見てジークが嫌悪を隠さずそういう。


「助けられる人間は全て助けた。それでいいだろう」


「ああ。ここから連れ出してやらないとな」


 ジークたちは地下牢の檻を破壊し、ひとりずつ女性たちを救助していく。女性たちが救助が来たことにむせび泣きながら喜び、ジークたちに助けられた。


「さあ、村に戻ろう。心配している人たちがいる」


 ジークはそう言い、女性たちにとりあえず山賊から剥いだり、アジトで見つけた衣服を与えて着せ、セラフィーネとともに村へと戻り始めた。


 女性たちは長く監禁されていたせいで衰弱していたが、セラフィーネに魔法で応急手当を受けて動けるようになっている。


「ところで、あんたの名前は?」


 ジークはエミールにそう尋ねる。まだ名前を聞いていなかったことに気づいたのだ。


「オレはエミールといいます」


「エミールって男の名前だろ? 本名か?」


「いえ。本名はエマです。けど、これだけ女だってすぐにばれますから……」


「それもそうだよな。男装している意味がなくなっちまう」


 エミール改めエマが語るのにジークがそう納得する。


「しかし、ジークさんは勇者ジークと同じ名前なんですね」


「ははは。まあ、いろいろとあってね……」


 自分こそその勇者ジークだと名乗りたかったが、ここで名乗っても信じてもらえるわけがないと思って諦めたジークである。


「オレにもジークさんが勇者ジークのように見えましたよ!」


「そう? そいつは嬉しいね」


 エマはそう言いながらジークの腕を抱き、自身の豊かな胸をぐいぐいと押し付ける。これにはジークも鼻の下を伸ばさざる得なかった。


「ふん」


 セラフィーネだけはそれを見て不満そうであった。


……………………

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