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囚われの商人

……………………


 ──囚われの商人



 しくじったと行商人のエミールは思っていた。


 東部がトリニティ教徒の侵攻でいささか荒れているとは聞いていたが、自分がまさか傭兵崩れに捕まるとは思っても見ていなかった。


 だが、事実彼は山賊に両手を縛られて、やつらの砦まで連行されている。


 エミールはひげも生えていないほど若く、中性的な顔立ちをした眼鏡姿の人物だ。背丈は男性にしては低く、体つきも細い。小さく後ろで結った髪はちょっと癖のある赤毛で瞳の色は綺麗な翡翠色。


「ほら、とっとと歩け!」


 縛られているエミールを後ろから山賊が蹴り飛ばす。エミールはそれによろめきながらも前に進む。顔には屈辱と恐怖の色だ。


「本当にこいつを人質にすれば商会が金を払うのかね?」


「嘘だったら殺すだけさ」


 なお悪いことにエミールは山賊たちに嘘をついていた。


『自分はルーネンヴァルトにある大商会であるアイゼンローゼ商会の組合員であり、自分を生かしておけば商会が多額の身代金を払ってくれる』


 そう、嘘をついたのだ。


 実際にはエミールは大店であるアイゼンローゼ商会の組合員ではない。それどころかそこまで大きな取引の相手ですらない。


 彼はアイゼンローゼ商会にも商品を卸しているが、彼自身が所属しているのはアッヘンバッハ商業ギルドという、誰も名前を聞いたことがなさそうなとても小さな商業ギルドなのだ。


 エミールは大陸各地を巡り、ルーネンヴァルトの魔法使いたちが好みそうな珍しい鉱物や魔導書、生き物の標本などを集め、それをルーネンヴァルトのアイゼンローゼ商会に収めていた。


 しかし、だからと言ってアイゼンローゼ商会がエミールのために身代金を払うことはないだろう。彼らにとっては数ある多くの取引先にひとつに過ぎず、大金を払って解放する道理はない。


 そして、アッヘンバッハ商業ギルドにとってもエミールは仲間であるが、身代金を出すほどの金銭的な余裕はなかった。


 山賊たちはいずれエミールに身代金が支払われないことを知るだろう。そうなればエミールはお終いだ。殺されてしまう。


 エミールはルーネンヴァルトのアイゼンローゼ商会に山賊が連絡を取るまで時間が稼げればと思っていた。その時間で誰かが助けてに来てくれることを祈っていたのだ。


「ついたぞぉ。我らが砦だ!」


 山賊たちがアジトにしているのは、今は放棄された古い要塞だ。


 それは小高い崖の上に立ち、攻めるに難しそうな地形をしている。しかし、要塞そのものは古いもので、一部の城壁や建物が崩壊していた。だが、あそこから逃げるのは難しそうだとエミールは落胆。


「そいつは地下牢にぶち込んでおけ。今はまだ殺すなよ?」


「分かってるよ」


 エミールは山賊たちに連行されて、砦の地下牢に向かわされた。


 砦の地下牢では山賊たちがお楽しみの真っ最中であった。


 村から攫われてきた女性たちが地下牢に拘束されて山賊たちに代わる代わる暴行されている。山賊の下種な笑い声と女性の上げる悲鳴と呻きが地下牢には響いていた。


「こいつ、よく見たら男のわりにいいケツしてるな?」


 そこで山賊がねちっこい口調でそういうのにエミールの背筋に寒いものが走った。山賊の視線はズボンで膨らみを見せるエミールの男性にしてはふくよかで大きな尻にねばりつくように向けられている。


「おいおい……。女ならまだいるんだから、男に走らなくてもいいだろ?」


「そうだな。俺たちもお楽しみと行こうぜ」


 山賊たちはエミールを地下牢に放り込み、カギをかけるとさっさと女性たちを乱暴しに向かった。エミールは手を縛られたままかび臭く、そして排泄物の悪臭がする地下牢に閉じ込められたのであった。


 山賊たちが身代金が支払われないと分かってエミールを殺すか、あるいは奇跡的に助けが来るまでエミールはここに閉じ込められることになる。



 * * * *



 そのころ、ジークたちは山賊の砦を探していた。


「どうだ?」


 ジークは山賊から聞き出した砦ある方向に向けて進み、その途中で足を止めてセラフィーネにそう尋ねる。


「見えたぞ。確かに立派な砦だな」


 セラフィーネはフギンとムニンをカラスにして飛ばし、彼らの目で見えた光景を自らに共有させて山賊たちの砦を上空から視認していた。


 フギンとムニンの2匹のカラスは砦を上空から俯瞰し、砦の守りの固さをセラフィーネも把握する。砦は崖に囲まれており、唯一の入口である城門の跳ね橋は上げられており、正面から押し入るのは難しそうだ。


「どうよ? 守りに隙はありそうか?」


「いいや。砦そのものは非常に堅牢だな。崖をよじ登らない限り、侵入はできないだろう。それか城門で敵を挑発して敵を引きずり出すかだな」


「ふうむ。前みたいにフギンとムニンをグリフォンに変化させて空を飛び、空から城に飛び移るってのは?」


「悪くないアイディアだが、目立ちすぎるな。人質が殺されるかもしれんぞ?」


「う~む」


 ただ山賊を壊滅させるだけならば押し入って皆殺しにすればいいのだが、今回は人質の救出という仕事がある。迂闊に山賊を刺激すると、人質を殺されてしまうかもしれない。そう考えると派手なことはできない。


「となると、取れる作戦はひとつだけだ。連中が出てくるのを待つぞ」


 ジークはしばし思案したのちにそうは提案。


「待ってどうする? 城門が開いた瞬間に攻め入るのか?」


「違うよ。俺に策があるから、まあ騙されたと思って従ってくれ」


「ふうん?」


 ジークはそう言うと砦まで伸びる道に向かい、その脇にある茂みの中に身を隠した。セラフィーネもそれに従って身を隠す。


「本当に策はあるんだろうな?」


「あるから静かにしてろって」


 それから数日後、砦から山賊たちが出てきた。騎乗した山賊1名と徒歩の5名からなる彼らはジークたちが待ち伏せる道を通ってまた略奪に向かおうとしている。


 今日も無抵抗の村から奪うものを奪い、女子供を攫い、楽しみにふける。その楽しみを想像して山賊たちは足取りも軽く、長年整備放置され荒れた道を進んでいた。


 しかし、今回はそう上手くはいかなかった。


「今だ」


 ジークが突然茂みから飛び出し、まずは騎乗している1名をまずは殺害。それから徒歩で進んでいた山賊たちにセラフィーネが襲い掛かり、一瞬で2名を斬り伏せる。


「ぎゃあっ!」


「て、敵襲!」


 彼らが動揺したままにジークとセラフィーネはさらに2名を斬り倒し、残り1名となった山賊は震えながら剣を抜いて手にするも、そこに戦える精神は存在していなかった。


 これまで楽な農民相手の戦闘に慣れすぎていたせいだ。彼らは自分たちと対等に戦える相手や、それ以上の相手との戦いをしばし経験していなかった。


「武器を置け。そうすれば殺さない」


 このまま斬り殺されるかと思った山賊であったが、予想外なことにジークたちは彼を殺さなかった。ただ武器を置くように要求し、山賊は素直にそれに従う。


「オーケー。お前には聞きたいことがある。お前らのアジトにはあと何人くらい仲間がいるんだ?」


「じゅ、十人だ。頭を含めて……」


「結構。では、俺たちをアジトまで連れて行ってくれるか。捕虜に見せかけてな」


「そ、それは……」


 ジークの策──それは捕虜に偽装して山賊のアジトに忍び込むことだった。


 捕虜となれば警戒されずにアジトの中に忍び込める。あとはアジトで山賊たちを奇襲し、連中を壊滅させて人質を奪還する。それだけだ。


「どうした? 断るならば殺すだけだぞ」


「わ、わ、分かった! 従う、従うよ!」


「よろしい。怪しい真似をしたら斬り殺すからな」


 セラフィーネが脅すのに山賊はついに同意し、捕虜に偽装したジークとセラフィーネをアジトに案内することになった。


「俺はあんたの仲間に偽装する。後ろから見張っているからな」


 山賊は男は捕虜にしない。セラフィーネは捕虜になる資格があるが、ジークを捕虜にして連れていくのは妙なことになる。なので、ジークは背格好が似た山賊の装備を剥いでそれを身に着けて山賊の仲間に偽装することにした。


「も、もしかして先に略奪に向かった連中が帰ってこないのは……」


「ああ。俺らが壊滅させた。まだお仲間のところに行きたくはないだろう?」


「も、もちろんだ」


 山賊は震え上がってジークたちをアジトまで連れていく。


 荒れはてた道を進み、山賊を先頭にセラフィーネが続き、背後からジークが山賊を見張った。彼らが砦に到着するのにはしばしかかるだろう。



 * * * *



 ジークたちが山賊の砦に向かっているとき、エミールが捕虜として囚われている砦では動きがあった。


「おい。あの商人の組合員証ってのはこれか?」


 山賊の頭である元傭兵隊長のルーペントは部下を呼び出してそう尋ねていた。


 彼は傭兵としてトリニティ教徒との戦いに参加したが、その戦いで軍は大敗を喫してルーペントたちも逃亡。そのまま部下とともに山賊になった。


 今ではすっかり山賊の頭として相応しい伸びっぱなしの髪とひげを有し、厳つい顔をさらに歪めている。


「へい。そいつがアイゼンローゼ商会の組合員証だそうです」


「馬鹿か! これはただの領収証だ! 組合員証じゃねえ!」


 部下が答えるのにルーペントが叫んだ。


 そう、どうせ山賊たちが文字が読めないだろうと思ってエミールが見せたのは、組合員証などではなくただのアイゼンローゼ商会のサインが入った領収証だった。


「そ、そんな!? あいつ、確かにアイゼンローゼ商会の組合員だって……」


「簡単に騙されやがって、馬鹿野郎が。こいつは身代金なんて期待できねえな」


 ルーペントはそう言って顎に手を置き、考え込む。


 自分たちが謀られたというのが実に気に入らない。行商人風情が山賊に堕ちたとはいえど自分たちを舐めた行動を取ったというのが気に入らない。考えれば考えるほど腹が立ってくる。


「そいつは俺が殺す。見せしめにしてやろう。大広間で生きたまま皮を剥いでやる」


 生きたまま捕虜の皮を剥ぐというのはルーペントが暮らしたいた地方のやり方だった。生皮を剥いで苦痛に叫ぶ捕虜を張り付けにして、敵に見せつけることで士気をそぐという戦い方であった。


「了解です、ボス」


 部下たちはルーペントのそのやり方を恐れていた。彼は敵だけではなく、ミスを犯した味方に対しても同じ処刑方法を取ったからだ。皮を剥がれて何日も泣き叫ぶ人間の声は、一度聞いたものならば二度と忘れられない。


 ルーペントの部下はそのような声を上げることになるエミールを連行しに地下牢に向かう。地下牢では今も女性たちが鎖でつながれ、暴行を受けていた。その苦痛にもだえる声に隣の牢にいたエミールも震えている。


「おい、クソ商人! よくも俺を騙しやがったな!」


 そこに激怒した山賊がやってきた。彼はエミールが組合員証だとして渡した領収証を手にエミールの牢の前に立った。


「な、なんのことだい? オレは別にあなたを騙してなんて……」


 エミールはうろたえた様子でそう尋ねる。


「ふざけやがって。てめえが組合員証だって俺に見せた代物はただの領収証だそうじゃねえか! 身代金なんてどうせ払われねえんだろう!」


 そういって山賊は領収証をエミールにの牢に放り投げる。


「そ、そんなことはないよ! ちゃんと払われる! 今は組合員証を落としたからその代わりにそれを見せただけで……」


「そんな言い訳が本当に通用するとでも思ってんのか? てめえは俺たちのボスを怒らせた。ボスは生きたままお前の皮を剥いで殺すと言っている」


「ま、待って! お願いだから待って! ちゃんと身代金は払われるから、まずはルーネンヴァルトのアイゼンローゼ商会に連絡を……」


「黙れ! 来い!」


 山賊はもうエミールの言い訳を聞くつもりもなく、縛られている彼の腕を掴むと地下牢から引きずり出し、上階にある大広間に連行していく。


「やだ! 死にたくない!」


 エミールは抵抗するが、その抵抗も虚しく彼は地下から引きずりあげられて、大広間に連れてこられた。大広間ではすでにルーペントが生きたまま皮を剥ぐために必要なナイフなどを準備している。


「おう。そいつが俺たちを騙したクソ野郎か。そこに吊るせ」


 ルーペントはそう指示し、天井から吊るされているフックに山賊がエミールを吊るす。高い位置にあるフックに下げられたエミールは足がつかず、ばたばたと宙を蹴って暴れるがフックからは外れない。


「今からてめえの皮を剥ぐ。死なねえようにゆっくりとな。じっくり苦痛を味わえ」


「や、やめろ!」


「まずはその服から脱がさねえとな。それっと」


 ルーペントがナイフでエミールのシャツを裂くとそこには男性にあるべきではないものがあった。


「……は?」


 乳房だ。サラシで強く押しつぶされた乳房がそこにはあり、それを見られたエミールが顔を紅潮させる。


 そうである。エミールは男装していた女性なのだ。


「ははっ! こいつは傑作だな! こんなことまで嘘をついてやがったとは!」


 山賊たちはそれを見てげらげらと大笑いする。


「女と分かればちとばかり楽しんでから皮を剥ぐとしよう。てめえは俺たちを2回も騙しやがったんだからなぁ?」


 ルーペントはそう言ってエミールのサラシを剥ぎ取ると、次に彼女のズボンに手をかけた。エミールは唇と噛みしめるように閉じ、屈辱に耐えている。ここで声を上げれば、三蔵たちは余計に楽しんで、よりエミールを辱めると分かっているからだ。


「へへっ。どこまでそう黙ってられるかな?」


 ルーペントは下種な笑みでそう言い、彼がお楽しみを味わおうと──。


「ボス、大変です!」


 しかし、そこでルーペントの部下が叫ぶ声が響いた。


……………………

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