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次の街に向けて

更新再開です。よろしくお願いします。

……………………


 ──次の街に向けて



 宴は夜遅くまで続き、市民たちは酔いつぶれて宿の食堂で倒れるようにして眠っていた。ジークとセラフィーネは最後までワインを味わい、酔いつぶれた市民に囲まれて、ふたりの時間を過ごしていた。


「美味い酒に美味い料理。そして歌と踊りがあって、いい宴だった」


 残っているワインを飲みながらしみじみとジークが語る。


「そうだな。たまにはこういう時間もいいものだ」


 セラフィーネもワインを片手にそう言う。


「戦いのあとにともに戦ったものと盃を交わして勝利を祝う。そこにはいつの時代も変わらない素晴らしさがあるというものだ」


「全くだぜ。このときだけは俺たちも不老不死という人の理から外れた部外者ではなく、本当にみんなの仲間になれる……」


 セラフィーネが言い、ジークもしみじみとそう語った。


「さあ、そろそろ寝ようぜ。明日は出発だ」


「今日は随分と酔ってしまった。運んでくれ」


 ジークが立ちあがるのにセラフィーネはジークの方に両手を伸ばしてそう要望する。


「ったく。あんた、結構酒に弱いんだな?」


 ジークはそんなセラフィーネを背負うと、宿泊している神殿の宿舎に向かった。


 背中に背負ったセラフィーネからは酒で酔っているためか、ぽかぽかとした温かさを感じる。彼女の女性らしい柔らかさも背中を通じて伝わっているのだが、ジークの方も結構に酔っぱらっているので気づいていない。


「次の街では何のトラブルもないといいんだが」


「それは誰にも分らないさ」


 次の街ではそろそろ風呂に入りたいジーク。公衆浴場でもいいので、しっかりと湯につかってのんびりしたかった。トラブルはもう勘弁である。


「英雄たるものトラブルがあればねじ伏せる気概でいかねば。立ちふさがるものは皆、打ち倒すのみだ」


「はいはい。あんたも酒に勝てるようにしろよ」


 そういいながらジークは神殿の宿舎に入り、セラフィーネを彼女の部屋に連れていく。そして聖職者が使っていたと言われれば納得の贅沢品が一切ない質素な部屋の中に入り、ベッドの上にセラフィーネを横たわらせた。


「ん。このままでは眠れん。靴を脱がせてくれ」


「それぐらい自分でやれよぉ」


「頼む。いいだろう?」


「はいはい」


 セラフィーネのわがままにジークはため息交じりに頷くと、まずはブーツの靴ひもを緩めていった。それからまずはずぼっとブーツから強引に右足を引き抜く。ブーツから白いセラフィーネの素足が姿を見せる。


「もうちょっと優しく脱がせてくれないか?」


「文句が多いな……」


 ジークはそう言われて左足の方はしっかりと靴ひもを緩め、それからゆっくりと靴を脱がせていった。固いロングブーツから足が慎重に引き抜かれてゆき、少し蒸れたセラフィーネの足が完全にブーツから抜かれた。


「ほら、これで寝れるな?」


「うむ。ご苦労だった」


「偉そうに言っちゃって」


 セラフィーネが満足そうに微笑むのにジークはそう苦笑。


「それじゃ、明日の朝にまた会おう」


「ああ。お休み、ジーク」


 ふたりはそう言って別れ、ジークも部屋に戻るとさっさと眠った。



 * * * *



 その翌日、いよいよジークとセラフィーネが出発する日が訪れた。


 朝食を終えてジークたちが軍馬の姿をしたフギンとムニンに跨るのに、大勢のヴァイデンハイムの市民が彼らを見送りに訪れた。


「またいつでも来てください。歓迎しますよ」


 市民を代表してヨナタンがジークにそういう。


「ああ。またいつか来させてもらうよ」


 ジークとセラフィーネはそれに笑顔で答え、手を振る市民に手を振り返すと城門を潜って街の外に出ていった。


「いい街だったな。グール関係のトラブルを除けば」


「グールのトラブルがあったからこそのあの歓待だろう?」


「それはそうなんだけどさ」


 ジークたちがグールを相手にして街を救っていなければ、あれほどのもてなしはなかっただろう。ある意味ではグールのおかげというべきか。しかし、それは不謹慎な物言いのような気もする。


「でさ。ルーネンヴァルトまではあとどのくらいなんだ?」


「まだまだ先だ」


「はあ。道草食いすぎたかね」


「別に急ぐ用事でもあるまい?」


「そりゃあ時間は無限にあるけどね。そのせいで問題を先送りにしがちなのに気づいたんだよ。やることはやると決めたらさっさとやらないといけない」


 ジークたちの人生の時間は永遠だ。無限に時間はある。


 だが、それに任せてのんびりしていては物事は何も進まない。そのことをジークは500年という人生で学んだのである。まあ、それに気づいたときはすでに300年くらい経っていたのだが。


「やると決めたら迅速に。もちろん焦りすぎる気はないけどな」


「ふむ。悪くない人生の考え方ではある。時間は無限なれど賢く使わなければな」


「そうそう」


 ジークたちはそう言いながらフギンとムニンの蹄の音を響かせて街道を進む。森に挟まれた街道は静かで、風で枝葉が揺れる音とときおり鳥の鳴き声が響くのみ。


 ヴァイデンハイムからしばし進むと村が見えてきた。しかし、そこからは明らかに炊事のそれではない煙が見えている。


「また揉め事か?」


「そのようだな。血の臭いがする。それも新しい。流れたばかりの血の臭いだ」


「クソ。やばいな。急ごうぜ」


 ジークは毒づきながらも馬を走らせて、煙の上がっている方に急ぐ。


 立ち上る煙の臭いがジークたちの元まで漂ってくる。髪の焦げる嫌な臭いが混じった人の焼ける臭いがする。そのことにジークは眉を歪めた。


 またトリニティ教徒どもが人を焼いているのか? と。


「──た、助けて!」


 そこでもうはっきりと村で襲われている人間の声が聞こえてきた。それから複数人が走る足音も。誰かが追ってから逃げているものと思われた。


「見えた……!」


 燃え上がる村を背景に数名の農民だろう男女が武装した男たちから逃げている。武装している男たちは鎧は胸甲だけを共通の装備として身に着けており、あとはばらばらの装備だ。槍であったり、剣であったり。


「ありゃ? トリニティ教徒じゃねーな? あれは山賊か?」


「どうする?」


「見捨ててはいけんだろ」


「それでこそだ」


 ジークとセラフィーネは軍馬となっているフギンとムニンを走らせ、追っ手から逃げている農民の下に向かう。


「ぎゃっ!」


 農民のうちひとりが背後からクロスボウで射られて、地面に倒れる。


「はははっ! 見ろ、当たったぞ!」


 それを見た襲撃者たちは大きな笑い声をあげて楽しんでいた。


「下種どもめ」


 セラフィーネが嫌悪の表情を浮かべ、馬上から魔法で生み出した朽ちた剣を農民を射て笑っている襲撃者に向けて放った。


 その朽ちた剣は襲撃者の胸を貫き、口からげぼげぼと気泡の混じった血を流しながら襲撃者のひとりが倒れる。


「なんだぁ!?」


「あそこだ! あそこに何かいるぞ!」


 仲間が倒れたのを認識した直後、襲撃者たちはジークたちが軍馬で迫っているのに気づいた。本来ならばもっと早く気付くべきだったのだが、彼らは容易な狩りに夢中になりすぎていたようだ。


「よう、弱い者いじめは楽しいか?」


 ジークはそう言うと“月影”を手にムニンを加速させ、思いっきり速度を付けたのち騎乗したまま襲撃者たちに突っ込んだ。


 “月影”の刃が襲撃者たちのひとりの首を刎ね飛ばし、頸動脈から心臓の鼓動のリズムに合わせて噴水のように血液が噴き出す。


「てめえ、よくも! あいつを殺せ!」


 襲撃者の指揮官らしき男が指示を出し、襲撃者たちのクロスボウがジークを狙う。


 そこでジークは素早く馬から飛び降り、それと同時にムニンはカラスに変化して飛び去った。そこでクロスボウの矢が次々にジークに飛来する。


「甘いね」


 カンカンッと乾いた音が何度が響き、ジークは“月影”で矢を弾く。ジークが矢を受けても死なない不老不死とはいえど舐め腐った攻撃を受け手やる義理などない。


「お前ら、山賊か? そのやけに上等な装備からして傭兵崩れだろう?」


「だったらなんだってんだ、この野郎!」


「山賊なら別に容赦せずに斬れるってだけさ!」


 クロスボウから短剣に装備を切り替えた襲撃者改め山賊たちがジークに突進してくるのに、ジークは“月影”を構えてそれを迎え撃った。


「シッ!」


 鋭く突き出される短剣だが、ジークは容易にそれを弾くと同時にカウンターを入れる。弾かれた短剣が宙を舞い、次に山賊が流す鮮血と切断された腕が宙を舞った。


「ぎゃあああっ!」


「へっ。弱い者いじめに慣れすぎたな?」


 腕の傷を押さえて悲鳴を上げる山賊をジークが追撃。“月影”によって肩からばっさりと斜めに斬られた山賊が自らの血に沈んだ。


「やっちまえ!」


 それでも数の上では山賊たちの方が以前優勢。彼らはジークを取り囲み、一斉に攻撃を放つべくタイミングを合わせている。


 しかし、数の上で山賊が優勢であったとしても、今戦っているのはジークひとりではない。もうひとり獰猛な戦士がいるのだ。


「行くぞ! 一気に──」


 山賊たちが一斉に動こうとしたときその体を上から襲い掛かった刃が貫いた。肉の裂ける音、骨の砕ける音が響き、朽ちた剣が山賊たちを串刺しにて彼らは自分たちがどうやって死んだのか分からないままに死んだ。


「おお。相変わらず派手な魔法だぜ」


「このような雑魚相手にはもったいないぐらいだろう」


 ジークが串刺しにされて死んでいる男たちを見て感心したように言い、男たちを串刺しにした朽ちた剣を生み出した張本人であるセラフィーネがサディスティックに笑う。


「あ、あなた方は……?」


 そこで逃げていた農民たちが恐る恐る戻ってきてジークたちにそう尋ねる。


「通りすがりの旅人だ。あんたらの村、山賊に襲われているみたいだな?」


「は、はい。傭兵崩れですよ。トリニティ教徒相手に大敗を喫したとかで、雇われていた傭兵たちが山賊になっちまってるんです」


「分かった。なら、まずは村を取り返そう」


 それからジークとセラフィーネは煙を上げている村の方に向かうことに。


 こっそりと村に接近したジークたちはまずは村の状況を確認する。


「あの騎兵、略奪を指揮しているやつが指揮官だな。他は絶賛略奪お楽しみの連中が10名ってところか。さっき殺した連中も含めれば合計で18名。結構な大所帯だな?」


「ああ。山賊にしては規模がデカい」


 傭兵崩れの山賊というのは要は補給が立たれた軍隊だ。日々の食事も略奪で賄わなければならない以上、あまり規模が大きすぎると破綻してしまう。


 18名の山賊というのはその点ではなかなかに規模が大きい。


「ともあれ、俺たちの敵じゃない。さくっとぶっ潰して村人を救うぞ」


「了解だ」


 ジークたちはそれから堂々と村の中に姿を見せた。


「んん?」


 騎乗した男がまずジークたちを視線で捉えて怪訝そうな顔をし、それから略奪を楽しんでいた山賊たちがジークたちの方にやってくる。


「道を間違えたんじゃなぇか、兄ちゃんたち?」


「いいや。間違えてるのはそっちの方だろ? ここはあんたらの土地ってわけじゃねえだろうがよ? 人様の村で何やってんだ?」


「ははっ! 面白いことを言う野郎だ」


 軍馬に跨った指揮官と山賊たちがげらげらと笑う。


「殺せ。女の方は生かしておけ。あとでお楽しみだ」


「おおおっ!」


 指揮官が短く指示を出し、山賊たちは一斉にジークに向けて襲い掛かる。


「その程度で俺たちの相手ができるって考えてるなら考えが甘いぜ」


 ジークはにっと笑い、同時に“月影”の刃が八振りに分裂する。


「なっ! 魔剣だと!」


「そーら!」


 ジークは横一線に魔剣を振るい、前に出すぎていた男たちの首が刈り取られる。振るわれた八本の刃は男たちの首を次々に刎ねていき、辛うじて刃を避けた2名以外の6名が一気にやられた。


「畜生! やりやがったな!」


 それでも士気が崩壊しなかったのは、流石は元傭兵と呼ぶべきか。怪しげに八振りの刃を振るうジークに山賊たちは果敢に挑み──。


「甘すぎるぜ」


 残り4名も先に逝った仲間たちのあとを追うことになった。


 肩から振り下ろされた“月影”の刃は肉も骨も粉砕し、まるで飴細工のように山賊を斬り倒した。あっという間に山賊たちは壊滅し、残るは指揮官ひとりのみ。


「ク、クソ!」


 もはや勝ち目はないと思ったのか、指揮官は馬を走らせて村から逃げ出そうとした。しかし、そう簡単にジークたちが彼を逃がすはずもない。


「逃がさん」


 セラフィーネは指揮官の足を狙って朽ちた剣を投射し、足を貫かれた指揮官がその痛みと衝撃で落馬した。


「さて、どうしたものかね?」


「ここにいるのが全員というわけでもあるまい。アジトがあるだろう」


「聞き出さねえとな」


 ジークたちは落馬した痛みで悶絶している指揮官の下に行き、彼を見下ろす。


「た、助けてくれ! 金ならやる!」


「じゃあ、お前らのアジトを教えてくれ。どうせまだ仲間がいるんだろう?」


「そ、それは……」


 指揮官が言葉を濁らせるのに村人たちが集まってきた。


「アジトに行商人さんを連れて行っただろう!」


「こいつら、女子供を攫ってやがるんだ!」


 村人たちは声を上げて山賊の指揮官を糾弾。


「ほう。では、アジトの場所を吐くまでまずは手足の指を、それから足を、そして腕を1本ずつ斬り落としてやるか」


「それがよさそうだ」


 セラフィーネが朽ちた剣を構え嗜虐的な笑みを浮かべるのに、ジークは肩をすくめて同意する。拷問は趣味ではないが、この場合は仕方ないという具合だ。


「ま、待ってくれ! アジトの場所を教える! 教えるから殺さないでくれ!」


「じゃあ、さっさと言いな。俺の連れはあんたをばらばらにしたいみたいだぞ?」


「ア、アジトの場所は──」


 山賊の指揮官はそれからべらべらとアジトについてジークたちに喋った。


 山賊のアジトはここから北に向かった場所にある古い砦の中にあるらしい。森に覆われ、崖に守れらた堅牢な場所だとか。


「オーケー。じゃあ、あのことは村人に決めてもらうか」


 ジークはアジトの場所を聞き出し終えると、殺気立った目で指揮官を睨んでいる村人たちの方をちらりと見て言った。彼らは家を焼かれ、女子供を乱暴した山賊たちを許すはずもない。


「そんな! 殺される!」


「それはあんたが悪い」


 指揮官の命乞いを聞き流して、ジークはあとのことは村人に任せた。


 山賊の指揮官は──セラフィーネに拷問されるより悲惨な目に遭ったのだった。それはそれ筆舌しがたいほどの苦痛を伴う目に。


「アジトにさらわれた人間について分かるか?」


 ジークは後ろで響く悲鳴を無視しながら、村人にそう尋ねる。


「ここを通る行商人の男性が攫われました……。あとは他の村で女子供が……」


「行商人か。また間の悪いときにここを通ったんだな」


「ええ。けど、いい人でしたから助けていただければ……」


「もちろんだ。任せてくれ」


 村人の願いにジークは安心させるような笑顔で応じる。その様子を見ていたセラフィーネもどこか満足げだ。


「さて、道草ばっかりだけど山賊のアジトに乗り込もうぜ」


「ああ。やってやろう。戦神モルガンの名において」


 ジークとセラフィーネのふたりは北を目指す。


……………………

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