ふたりは不老不死
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──ふたりは不老不死
ジークは今まで自分以外の不老不死の人間がいることを知らなかった。
この世界に存在する不老不死は神々だけ。
長命種というのは存在するがその代表格であるドラゴンとて600歳も生きれば寿命が来るし、吸血鬼も死ぬための手段はいろいろとある。そして、今のところ人の手では水銀を飲もうが、処女の生き血を浴びようが不老不死は実現できていない。
だから、死にたくても絶対に死ねない強制的な不老不死の存在は自分くらいだと、そうジークはこれまで思っていた。
しかし、ここで彼はセラフィーネに出会ったのだ。
「なんてこった! あんたも数百年生きてるのか?」
ジークの貫かれた心臓は既に再生しており、口から僅かに漏らした血を拭うと彼はすぐにセラフィーネにそう尋ねる。
「ふむ。そうだな。この肉体になってもう700年近いか? 一応はお前よりも年上のようだ」
セラフィーネの体が自分の首を拾い、ぐちゃりと音を立てて首が体に繋がった。
「……あんたは不老不死にうんざりしていないのか?」
そんなセラフィーネにジークが続けてそう尋ねた。
「何故うんざりする必要がある? これは神の与えた寵愛の証。戦神モルガンが私にこう言った。『永遠に戦い続けることのできる肉体を与えよう』と。そして、私は神に与えられたこの肉体で戦い続けることを楽しんでいる」
セラフィーネは理解できないという顔をしてそう言い返す。
「神の寵愛、ねぇ……」
「お前の方は不満がありそうだな?」
「あるに決まってるだろ。俺はこんな体にしてくれって頼んだことは一度もないし、不老不死を望んだこともない。俺は普通に生きて、普通に死にたかった……」
セラフィーネが近くにあった城壁の残骸に腰かけるのにジークも近くにあった岩の上に座って語り始めた。
「この忌々しい不老不死の肉体のおかげで俺が何度、妻と子供と言った家族や友人、恋人と別れることになったか。俺がいくら相手を愛しても俺は置いて行かれるんだ。俺は不老不死で相手は定命だから!」
やり切れないというようにジークはそう吐露する。
「それにさ。いくら邪神殺しの勇者と謳われた過去があっても、500年も経てば過去の人だ。みんな俺のことなんて忘れちまった。そのおかげで食うにも困る有様。本当にもううんざりだ……」
「だから死ぬ方法を探している、と」
「そうだ。賢者の噂を聞けば南へ、魔女の噂を聞けば北へと旅してまわった。もっとも成果は今のところないがね」
相槌を打つようにセラフィーネが言い、そこでジークは疲れ果てたというように手で顔を覆った。
「なるほどな。私にとってはくだらんとしか言いようがないが、まあ、一応は同情しておいてやろう」
「そりゃどーも」
自分の500年に及ぶ苦悩を『くだらない』で済まされて、むっとしたジークはセラフィーネの方を睨むように見た。
「しかし、お前は無力というわけではなかろう。私と互角にやり合えたのだ。ならば、戦えばいい。不死身の兵士はどんな雇い主だろうとほしがる。事実、私もときどきは傭兵の真似事をしているぞ」
「そりゃあ俺も食うに困ったときは傭兵として稼いだりもするが、首ちょんぱされても死なないところを見られるとドン引きされてな……。化け物扱いで金が支払われないどころか追われる身になったりするんだよ……」
「化け物扱いしてくるなら化け物として振る舞えばいい。手向かうものは皆殺しだ」
「やだよ、そんなの。今のあんたみたいに居場所がなくなるぜ」
あんた、自分が領主に賞金かけられるって知ってるのかとジーク。
「どうせ何をしようと連中は私には勝てん。これまで暴れてみたが、てんで手ごたえのある人間はいなかった。だが──」
セラフィーネが立ち上がり、ずいとジークの方に身を乗り出す。
「お前と殺り合ったは最高だった。あれぞ戦い。私はお前ともっと殺り合いたい!」
爬虫類の瞳を輝かせてセラフィーネがそうジークに訴え駆ける。
「ええー……。俺、あんたに串刺しにされるのもう勘弁してほしいんだけど。というか、それは俺に何のメリットもないじゃん」
「何を言う。お前も戦いの中で成長できるだろう? 得ではないか」
「もういいよ。俺、これ以上強くなってもやることないし」
セラフィーネがわくわくを隠しきれない様子で言うのとは対照的に、はああああっとジークは深く長くため息を吐く。
「全く、本当に勇者だったのかと疑いたくなるような覇気のなさだな……」
そこでセラフィーネも考え込む。
「ジーク。お前、ルーネンヴァルトには行ったことがあるか?」
「ルーネンヴァルト? 確か東の果てにある魔法使いたちの街、だったか?」
「ああ。そこには知の女神ヘカテが守護する大図書館が存在する。有史以来人間が記録してきたことが全て集まっているといっても過言ではない場所だ」
「……へえ。望みがありそうだな……」
「しかし、これまでルーネンヴァルトに行ったことがなかったとは意外だな。情報を集めるならば真っ先に大図書館に行くものだが……」
「そうなのか? いや、普通に初耳なんだが、図書館のこととか……」
「さてはお前、あまり知恵の回る方ではないな?」
「うるせー」
くくっとセラフィーネが笑うのに、ジークはジト目で彼女を見る。
「情報、ありがとうな。俺はこれからルーネンヴァルトを目指すよ」
「待て。そう言ったところで、どうせルーネンヴァルトのことも、そこに至るまでの道のりも知らんのだろう?」
「そりゃそうだが、ひたすら東に進めばいずれ着くだろ?」
ここでジークが不老不死に任せた力業を示す。正直に言って賢い方法ではない。
「はあ。不老不死であろうと時間が賢く使うべきだぞ。そこで、だ。私がルーネンヴァルトまで案内してやろう」
「……何を企んでるんだ?」
ここで妙に親切な申し出をするセラフィーネをジークは当然ながら警戒。さっきまで殺し合っていた相手にしては都合がよすぎる。
「なあに。久しぶりに私の闘争心が滾る相手と出会えたのだ。ならば、お前が不老不死をやめてしまうまでに好きなだけ殺し合いたい。だから、案内してやる代わりに私と戦うことを約束しろ」
「戦うって……。あんた、俺のことを助けたいのか、それとも邪魔したいのか、どっちだよ……」
「お前が不老不死を解くために旅をすることそのものは妨害しない。だが、私と、そうだな、1年に1回は戦ってもらおうか。案内のための駄賃だとでも思え」
「ふうむ」
ジークはルーネンヴァルトまでの道のりをさっぱり知らない。案内してもらえて、1日でも早くルーネンヴァルトに到着できれば、1日でも早く不老不死を終わらせられるかもしれない。
そのために1年に1回、斬られたり、突かれたりするのを許容するか……。
「分かった、分かった。取引成立だ。俺があんたと殺し合う代わりにあんたは俺をルーネンヴァルトまで案内する。妙な取引だが、飲むとしよう」
「ははっ。よい決断だ。後悔はさせんぞ」
「マジで頼むぜ」
ルーネンヴァルトに行けば何かが変わるかもしれない。そう信じてジークはセラフィーネに契約成立とばかりに手を差し出す。セラフィーネの細い指の手がそれを握り返し、ふたりは笑った。
「さて。取引も成立したところで聞きたいのだが。その魔剣について教えてくれないか? 私も見たことのない種類の魔剣のようだが……」
「ああ。これは魔剣“月影”だ。とある吸血鬼の刀匠が鍛えた品で、邪神を討伐する際に譲り受けた。そして、この“月影”には秘密がある。教えてやろうか?」
「知りたいな。是非とも」
セラフィーネはもったいぶるジークの話に興味を隠しきれていない。
「“月影”は俺の魂を結びついている。俺がどこにいようと、どんな状況だろうと召喚することは可能だ。それに加えてこいつには血を吸うごとに切れ味が増していくという特徴がある。これは成長する魔剣だ」
「ほお! それは素晴らしいな。生きている武器というわけか」
「ああ。本当にこいつは生きている。俺と話ができるくらいさ」
そこでジークがセラフィーネの握っている朽ちた剣を見る。
「あんたのそれも魔剣の類なのか?」
セラフィーネの剣は明らかに朽ちかけているのにジークの“月影”による攻撃を折れもせずに受け止め続けた。それどころか反撃に繋がるチャンスまで生み出したし、魔法によって複数に分裂までした。
ジークはこれを魔剣だと考えている。
「いいや。これはただの無名の剣だ」
セラフィーネは朽ちた剣を優しくさすってそう言う。
「とある戦場で拾ったもので、これで初めて敵を殺した。だから、ゲン担ぎもかねて使い続けている。今ではこんな姿だが、魔法で補うことでどんな名剣にも勝るとも劣らぬものだと思っているぞ」
「へえ。それは……何だかいいな」
「だろう?」
どんな名剣も使いこなせなければ無価値だが、朽ちた剣でも使いこなせば名剣に匹敵するというわけだ。結局は武器というものは使い人間次第というわけなのだろう。
「さて、お互いのことを話して親睦を深めたところでそろそろ出発しよう。ここからルーネンヴァルトまではそれなり以上の距離だぞ」
「待て。ひとつ問題が残っている。あんたはここでお尋ね者だって件だ」
そうなのである。森の出口には傭兵たちが展開しており、セラフィーネが外に出てきたらすぐに領主に知らせる体制を整えていた。
「蹴散らせばよかろう? ここに暫くいたが面白いと思えたのはお前だけだ。あとは雑魚ばかりで、私に一太刀すら浴びせられなかった。何の問題にもならんぞ」
「だーかーらー、そういうはダメだって言ったろ?」
「では、どうしろと?」
ジークがため息交じりに首を横に振るのにセラフィーネが苛立ってそういい返す。
「少しばかりの痛みで金と安全が手に入る。試してみないか?」
ジークはにやりと笑ってそう提案した。
彼の考えとは──。
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