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気まぐれな神々

……………………


 ──気まぐれな神々



 無事にグールの大群からヴァイデンハイムの神殿を救援したジークたち。


「主様~。外のグールたちは片付けたのですよ~……。おえっぷ……」


 それから本来ならば月すらかすむほどの美しさを有するはずの顔を、今にも吐きそうな表情に歪めて“月影”の化身が神殿の中にやってきた。


「おう。ご苦労様だったな」


「早く口直しをくださいよ~。グールのまっずい血のせいで吐きそうですよ~」


「分かった、分かった」


 ジークはそこで“月影”の化身に対して両手を上げる。


「では、いただきま~す」


 そして、“月影”の化身は手に握っていた刃を──。


「ぐうっ……」


 ジークの腹に深々と突き立てたのだ。


「あ~。主様の血は美味しいのですよ~……」


 ずるずると水っぽい音を立てて“月影”の刃がジークの血を吸い取っていき、“月影”の化身は美食を味わっているというより、性的興奮を感じているかのような恍惚とした表情をしている。


「あ、あれは……」


「主の血を吸うとは随分な魔剣だな」


 ヨナタンたちが驚きの目で“月影”の化身の蛮行を見るのに、セラフィーネは呆れたようにそう言ったのだった。


 ジークが約束した口直し──それは自らの血を与えるということに他ならなかった。


「美味しい、美味しい……! もっともっともっと……!」


 狂乱したかのように“月影”の化身はジークの腹に突き立てた刃をえぐり、ジークをさらに出血させる。ジークはその痛みに耐えているようであり、口を結んだまま唇の間から僅かに血を漏らしているだけだ。


「ああ。もったいない……」


 そのジークの唇から漏れる血すら舐めとろうと“月影”の化身はジークの唇に舌を這わせた。綺麗なピンク色の舌が真っ赤な血を舐めとり、“月影”の化身はジークと強引に接吻するかのように彼の頭を両手で握る。


「そこら辺にしておけ、化身よ」


 しかし、そんな“月影”の化身をどこから立腹した様子でセラフィーネがジークから強引に引きはがした。ずるりとジークの腹から“月影”の刃が抜け、ジークはふうと大きく息を吐いた。


「ああっ! もう、部外者が邪魔しないでくださいよ~?」


「誰が部外者だと。私にはあの男をルーネンヴァルトまで案内するように頼まれているんだ。部外者ではない」


「ふ~ん!」


 “月影”の化身はセラフィーネのその言葉に気分を害したようで、そのまま青白い粒子になって“月影”の刃の方に消えていった。


「悪いな。あいつ、興奮するといつもこうでさ」


「しつけておけ。お前の武具であろう? 人が武具を使っても武具は人を使わん」


「そういうわけにもいかんさ。一応は対等な立場なんでね」


 “月影”は単なる武具ではないとジークは語る。


 魂を有する彼女は自分の意志でジークに仕えており、もちろんそこにはジークにも責任が生じている。彼女の力を借りるには、ジークも彼女に提供できるものを提供しなければならないというわけだ。


「武器に振り回されているとは一流とはいえんな」


「ははっ。そうかもな」


 セラフィーネの苦言にジークが苦笑い。


「旅人さん」


 そこでヨナタンたちヴァイデンハイムの市民が話しかけてくる。


「しばらくの間、街に滞在してもらえないだろうか? あなた方は腕が立つようだし、グールの生き残りを相手にするのを手伝ってほしいんだ。もちろん報酬はしっかりと支払わせてもらう」


 グールは神殿の周りからはいなくなったが、まだ街の中から完全に排除されたわけではない。そして、今の疲弊した民兵では1体のグール相手でも死者が出る恐れがある。


 死者を出さないためにはジークたちの協力を仰ぐよりほかないだろう。


「オーケー。俺は構わないぜ。魔女、あんたはどうする?」


「私も構わんぞ」


「じゃあ、決まりだな」


 ジークたちは街の人を助けるためにしばらく街に滞在することにした。


「まずは神殿の片付けからだな。神々の館がこうも汚されているのは気に入らん」


 セラフィーネはそう言って神殿の中に散らばるグールの死体を忌々しげに眺める。


「それは素晴らしい心がけだな」


 そのセラフィーネの言葉に応じるものがいた。それは人間の声ではない。


「これは……!」


 セラフィーネが目を見開き跪く相手は、いつの間にか神々の石像が並ぶ礼拝堂の最奥に立っていた女性。


 その女性的な体形のはっきり出る黒いドレスを身にまとい、その豊かな銀髪を背に伸ばした2メートル近い長身の女性だ。


 その姿からは古くから存在する神殿のような近寄りがたい厳かな空気が感じられ、その真っ赤な瞳は見るものに畏敬の念を抱かせるものである。


 そして、何よりそれは神々の石像にある戦神モルガンと全く同じ姿だった。


 それもそうだろう。彼女こそモルガンなのだから。


「おいおい。神様が来ちゃったぜ?」


 ジークも驚いた表情でモルガンの方を見る。


 これまで呆然としていたヨナタンたち街の人間も神の降臨に慌てて膝をつく。


「セラフィーネ。神々を代表してお前に礼を述べよう。よくぞこの地の神殿を邪悪な存在から解放した。お前が今もこの我に仕えてくれることを喜ばしく思う」


「光栄です」


 モルガンがそう声をかけるのにセラフィーネは深く頭を下げた。


「そちらの人間はあのアーサーに気に入られたやつだな。確かジークといったか。それらもご苦労だった」


「へいへい。しかし、神々がこうして地上に姿を見せるなんて珍しいっすね」


 ジークは神であるモルガンに対して特に敬う様子もなくそう返した。


「ああ。今回は特別だ。我の愛する勇敢な戦士が神々の神殿を守るために戦ったとあらば、それを誉めずに放っておくことはできぬだろう?」


「へえ。今までも散々あんたに祈って戦った勇敢な戦士を見たけど、あんたが力を貸してくれるの見たことはなかったぜ?」


 そう、モルガンに祈りを捧げて散っていったこの街の憲兵隊や民兵。彼らはいくら祈ってもモルガンから何かを得ていたわけではない。


「当然だ。いくら勇敢な戦士だからと言って神々がそうも頻繁に地上に介入するわけにはいかん。それにまことに勇敢に戦って死んだ戦士は、死後きちんと我の館に招かれている。その勇気を讃えてな」


「そうですかい」


「気に入らない様子だな?」


 ジークが明らかに不満げなのに、少し笑みを浮かべてモルガンが問う。


「そりゃそうでしょう。せめてここで戦っていた連中にあんたが神の加護なり何なり与えてやればよかったのにって思うよ。そうすりゃ、そこで死んでる連中もまだ生きていたかもしれないし」


「そこの人間たちは勇敢に戦って死んだ。そこまで含めて戦士だ。自らの死を恐れていては勇敢とは言えない。分からないか?」


「生き残って戦いのあとで家族と過ごせる連中は戦士じゃないって?」


「そうだな。戦いに完全に身を捧げてこそ我の好む戦士となれる」


「はあ。分かりましたよ。もう何も言いません」


 モルガンとは価値観が全く合わないとジークは諦めた。


「だが、ジークよ。お前は他者の死を忌避する割には、自らの死を望んでいると聞いたぞ。それこそおかしな話ではないか? お前も死を恐れてはいないだろう?」


「あのですね。俺はもう天寿を100回くらい全うできるくらい生きてるんですよ。そこらの連中より何倍も生きてるんです。だから、もううんざりしているだけ。別に死に取りつかれているわけじゃありませんので」


 そこでジークは首を横に振り、改めてモルガンの方を見る。


「あのう、英雄神アーサーにあんたから文句を伝えてもらうわけにはいきませんかね? こっちは不老不死にされて苦労してるって」


「自分で直接言うことだな。神々を使い走りにしようなどおこがましいぞ?」


「はああ」


 モルガンのそっけなくそう返され、ジークが大きくため息。


「それではな、セラフィーネ、そしてジーク。これからも勇敢な戦士であれ」


 モルガンはそう告げるとすうっとその姿を消した。


「お前、ちょっとは神々に敬意を払ったらどうだ?」


 それからセラフィーネが立ち上がり、ジークをジト目で睨む。


「やだよ。あいつらに敬意を払っても俺の問題を解決してくれるわけじゃないって、さっきのでよく分かったし。本当に神々って気まぐれだよなぁ」


 ジークはそんなセラフィーネにそう応じ、それから改めて神殿にある神々の像を眺めた。そこには壮麗な神々の像が立ち並んでいるが、この神殿の危機において手を貸してくれた神々はいない。


 神はいないわけではない。先ほどのように姿を見せているのがその証拠。


 だが、神々が人間の願いに応えてくれることはまれだ。


 その理由はモルガンも言ったように神々がむやみやたらに地上に介入すれば、地上の理が乱れてしまうからということもある。


 それに地上の人間の欲望というものに、いちいち神々が付き合わなければならない理由がないということあった。


 地上の人間は欲深い。大金持ちになりたいや病気を治したい、あの娘と恋仲になりたい、戦場で大活躍したいなどとにかく欲望に満ちている。それらを全て神々が叶えなければならない理由がどこにあろうか?


 あくまで神々はこの世界をバランスを保って統治する上位者だ。統治に必要のない願いを叶える義理はない。


 そう、神々に祈りを捧げたから願いを、などといっても実質それはただで願いをかなえてもらおうという自分勝手な考えだ。祈りを捧げるだけならば、どんな人間にだってただでできるのだから。


 ただジークの言うように神々が気まぐれだからということも確かに理由のひとつではある。神々はジークやセラフィーネを不老不死にしたり、地上にいたずらに介入しないわけではないのだから。


「人間のことは人間でやらねばならん。いつの時代もな」


「俺の抱えてる問題の原因は神々だぜ?」


「それでもお前の悩みは人間の悩みだ」


 人間の悩める範囲の人間の価値観で悩んでいるとセラフィーネはジークに指摘した。


「それ言ったら神々は一体どういうときに動いてくれるんだか」


 ジークはそうぶつくさ言いながらヨナタンたちの方を向いた。


「では、俺たちは生き残った人間たちとできることをしますか」


「ああ。それがいい」


 それかれジークたちはまずは神殿の防御を整えなおして拠点として利用できるようにし、それからヴァイデンハイムの街で孤立していた人間を救出する役割を引き受けた。


 グールに侵略された街はあちこちにばらばらに引き裂かれ、貪られた死体が転がっていて生存者など絶望的に思えた。しかし、人々はたくましく、逆境の中でも生き残っているものがいた。


「あなた! 生きてたんだね!」


「おお、お前こそ!」


 銀行を含めて街の中で孤立していた人間たちが神殿で家族との再会を祝う。


「誰か、誰かアグネスを見てないか……!?」


 しかしながら、そうならなかったものも少なくない。特に家族が憲兵や民兵として戦ったものは、その戦友から不幸な知らせを聞くことになっていた。


「あなた方のおかげで助かりました。ありがとうございます!」


 だが、どのような人間も生きていればジークたちに礼を告げている。


 それから徐々に民兵も疲労から回復し、神殿を中心に市民の捜索と救助及びグールの駆逐が夜になるまで続けられた。


「あー。風呂入りてぇ~」


 それから日が沈み、夜が訪れるとジークは神殿の礼拝堂にある長椅子に横になてそうぼやく。一日中グールと戦って、生き残った市民を探してと大働きだった彼ももう流石に疲れていた。


「ジークさん」


 そこで民兵のヨナタンがやってきた。


「今日はありがとうございました。神殿の人間と話しまして、今日は宿舎の方にお部屋を準備させていただきました。どうぞそちらでごゆっくりお休みください」


「おお。ありがと!」


「食事もご用意してありますので」


「悪いね」


「いえいえ。これぐらいのことしかできず申し訳ない……」


 ヨナタンたちは本当に申し訳なさそうにしていた。


 一応ジークとセラフィーネは街を救い、ここに生き残った全員の命の恩人だ。それもグールがまだ出没するヴァイデンハイムのために残ってくれている。それなりの礼はすべきなのだ。


「いいってことよー」


 それでもジークは嫌な顔ひとつせず、にっと笑っていた。


「さあ、飯にしようぜ。何が食えるかな?」


「そこまで期待しない方がいいのではないか?」


 さっきまでグールに滅ぼされかかっていた街で上等な料理などでるわけがない。そうセラフィーネの方は思っていた。


 しかし、彼女の予想は裏切られた。


「おお! 美味そうな腸詰にパイまであるぜ!」


「豪勢だな……」


 焦げ目が付くくらいしっかりと焼いた腸詰肉、香ばしい香りがするミートパイ、それから野菜たっぷりのシチュー。それから食べきれないのではないかと思うほどのパンとチーズが食卓に積み上げられていた。


「よくこんなに食料があったな」


「ええ。街中からかき集めてきました。それからこちらも」


 ジークが驚くのに宿舎の厨房で料理を作っていた男性が姿を見せる。彼は街のレストランで料理人をしていた男性で、その人物がジークたちにワインを差し出す。見るからに上等そうな赤ワインだ。


「いいのかい? 高いワインだろう?」


「俺の店の秘蔵の品でしたが、いいんですよ。街の恩人に飲んでもらいたいんです。それでこそワインをこれまで秘蔵して来た価値があるってもんですから」


「それじゃあ遠慮なく!」


 ジークがコルクを開けると芳醇なワインの香りが辺りに漂う。それだけで幸せに酔えそうなぐらいだった。


 それからそれをワイングラスに注げば見事な赤ワインであると分かる色。ジークはそれを満足げに眺めたのちに飲み干した。


「美味い!」


 これまで旅で飲んできた安ワインとは何もかもが違う。これに慣れてしまうともう二度と安いワインは飲めないだろう。それほどの味だ。


「よーし! 食うぞ!」


「食えるときに食っておかないとな」


 ジークはパリッとした歯ごたえの腸詰肉を口に運び、セラフィーネは肉汁がたっぷり出てくるミートパイを切り分ける。


「今回の勝利に」


「ああ。勝利に」


 ふたりは食事を楽しみ、同時にこの街での勝利を祝ったのだった。


……………………

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