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グールアポカリプス

……………………


 ──グールアポカリプス



 ジークたちは東に向けて進んでいた。


「見えてきたな。あれが問題のヴァイデンハイムってやつか?」


「ああ。間違いない。しかし、様子がおかしい」


 ジークが丘の上からヴァイデンハイムを見て言うのに、セラフィーネが警戒したようにそう指摘する。


「……確かに城門が閉じたままだし、あの城壁のところにあるのは……クソ、人間とグールの死体か?」


「間違いない。街ごとグールに襲われたようだな」


 ジークは城壁から落下して死亡した人間とグールの死体を見つけて忌々しげに呟き、セラフィーネは戦いの予感に滾るものを感じたのか口角を僅かに釣り上げて笑う。


「笑っとる場合かよ。やべえぞ。グールが街を襲うなんて聞いたことねえし」


「だが、事実襲われているではないか。よほど数が増えたのだろう。まるで蝗害だな」


 増え続けたグールが死体を求めて大移動し、この街を襲った。まさにそれは増えすぎたバッタが農作物を襲う蝗害のようであった。


「はあ。このまま見捨てて通るってのも気分悪いよな。生き残りがいるか知らんけど、一応覗いていこうぜ」


「もちろんだ。それでこそ英雄だな」


「はいはい。おだてても何も出ませんよっと」


 ジークたちはヴァイデンハイムに向けて進み始め、その城門に近づくにつれて被害の大きさが分かり始めてきた。


「こいつはまたひでえな……」


 城壁から落ちて死んだ民兵がグールに食い荒らされた屍を晒している。(はらわた)は残らず抜き取られ、眼球はえぐられ、割れた頭からは脳漿が啜り取られている。


 そんな死体が無数に転がり、同時に死んだグールの死体も点在していた。グールの死体の方も共食いにあったのかばらばらだ。


「城門は閉じたままだな。それに誰もいないようだ。どうする?」


「この状況で中が無事とは思えんし、ちょっと強引だが押し開けちまおう」


 ジークは“月影”を取り出すとその刃であっさりと城門を破壊した。そして、ヴァイデンハイムの中が見えたのだが……。


「げえっ! あちこちグールだらけだぜ……?」


 街の中はグールで満ちていた。


 ぎょろぎょろと血走った眼をして、口から血を滴らせたグールたちが街の通りにも、建物の中にもいる。うじゃうじゃと群れている。そして、その犠牲になった市民の死体もあちこちに……。


「この調子では生存者は望み薄だな」


「そうだな。だが、こいつらは気に入らねえ。叩きのめしてから次に進む」


「ははっ。いいぞ。付き合おう!」


 ジークはグールたちを相手に“月影”を構え、セラフィーネも朽ちた剣を構えた。


 それから彼らはヴァイデンハイム内のグールの掃討戦を開始。


「おらおら! かかってきやがれ! 片っ端からなますにしてやるぜ!」


 ジークは“月影”で襲い掛かるグールたちを撃破していく。餌の気配を感じたグールたちは建物の中から次々に現れてくる。グールには相手との力量の差など理解する能力はなく、仲間が斬られても砂糖に群がるアリのように襲い掛かる。


「所詮はグールか。むやみやたらに突っ込んでくるだけだな」


「こっちから探しに行かなくていいだけ楽だろ?」


「それもそうだ!」


 ジークはわざとグールたちに悲鳴を上げさせていた。グールは仲間の悲鳴が上がればその死体を食おうと群がってくる。建物内を捜索して、1体1体グールを掃討していく手間は省けるのだ。


 ただ数が多い。先のトリニティ教徒たち以上の数だ。


 それもそうなのだ。このヴァイデンハイムで大量の死体が生じたことで、それによってさらにグールが街の中で増えたのである。


 憲兵と民兵は必死にその数を減らしたのだが、元の木阿弥になってしまった。


「来るぞ、来るぞ。片っ端から叩き切ってやる!」


 グールは通りの向こうからも洪水のようにあふれてくる。路地からも、建物からも、あるいは地下下水道からもグールの大群が押し寄せる。


 その数はすでに千を超え、それでもまだあふれている。


「持久戦だな」


「ああ。こういうのは好きかい?」


「嫌いではない。自分が運命に試されているような気がしてな!」


 セラフィーネはそう言って一度グールの軍勢から距離を取り、朽ちた剣を振るとそれによって何百もの朽ちた剣を束ねたものが出現する。


「なぎ倒せ!」


 そして放たれた朽ちた剣はまるでフレシェット弾のように作用し、グールたちを一瞬で血の霧に変えた。肉片すら残らず、真っ赤な血だけがその場に滴る。通りにいたグールたちは大打撃を受けた。


「へえ。魔法ってやつは便利なものだな」


 ジークはその様子を見ながら、ほぼグールが一掃された通りを見る。無数のグールのばらばら死体が散らばっており、グロテスクとしか言いようがない光景となっていた。


 それでもまだグールはどこかにいるらしくグールの忌まわしい呻き声が街のあちこちから聞こえてくる。


 しかし、それだけではなかった。ジークは他の音も聞き取っていた。


「聞こえたか? 今のは人間の声だったぜ」


「ああ。生き残りがいたとはな。驚きだ」


「助けに行かねえと」


 ジークはそう言って声のした方へと向けて駆ける。


 すでにかなりの数のグールが掃討されたことで道中でグールに出会うのは数体だけだったが、それでもまだグールはこの街に存在している。


 ジークたちは出会ったグールを片っ端から撃破して、声のした建物に向かった。彼らが向かった先に合ったのは、立派な石造りの建物だ。表にかかっている看板からして、銀行らしい。


 頑丈そうな建物ではあったが、もう正面の木製の扉は砕かれ、中にグールが押し入った形跡がある。


「おーい! 誰か生きてるかー! 返事してくれー!」


 ジークはグールと間違われて攻撃されないように声を上げて銀行の中に入った。


 しかし、銀行の中にいたのはやはりグールで、ジークたちが入ってくると血走った眼球を向けて唸り始めた。


「どうやら行列ができるほど繁盛している銀行らしい」


「そのようだ。では、お行儀悪く横入りといこうか?」


「オーケー」


 ジークとセラフィーネはそう言ってそれぞれの武器を構えると、中にいたグールと交戦。狭い室内での戦闘となる。


 室内での戦いにジークの持っているような巨大な剣は不向きだ。壁や天井に刃をぶつければ勢いが殺され、最悪隙を生んでしまう。そして、戦場での隙というのは一瞬であっても死を意味する。


「行くぞ」


 だが、ジークはそれを気にする様子もなく“月影”を振るう。


 不死身ゆえに隙を気にせず攻撃しているのかといえばそうではない。彼は巧みに壁や天井、または別の障害物を避けて“月影”を振るい、的確にグールを刃に捕らえていた。それは不老不死ゆえに積んだ経験のおかげというべきだろう。


「流石の剣の腕前だな。英雄神に気に入られるだけはある」


「はいはい」


 セラフィーネも朽ちた剣を振るってグールたちを斬り捨て、銀行内の敵を一掃していく。ふたりは共闘するのはまだ数回だというのに完璧にお互いをカバーしあい、適切に共闘していた。


 ジークが大きく前に出れば、そのわきをセラフィーネが固めて守る。セラフィーネが魔法を使うのならばジークがその間セラフィーネを守る。


「ふふっ。お前と一緒に戦うのは本当に心地よいほどだな。精巧な時計の歯車がきっちりと噛み合うような心地よさがある」


「俺もだ。あんたとはやりやすい」


 短い期間でお互いのことをほぼ完璧に理解した動きで、ジークとセラフィーネは銀行内のグールを掃討し終えた。


「さて、生存者がいるはずなんだが……」


 ジークはそう言って銀行内を捜索する。


「誰か生きてないかー!」


 ジークがそう呼びかけると──。


「こっちだー!」


 ジークの声に応じるものがいた。


「今行くぞ!」


 ジークたちが銀行の奥に向けて進むと、鉄格子に守られた金庫室の方から何人かの人間がジークたちに手を振っていた。銀行員と思しき人間もいれば、明らかにそうではない人間もいる。


「た、助かった……」


 彼らはジークたちの姿を見ると安堵したように、床に座り込んだ。


「生き残りはあんたらだけか? 他には?」


 金庫室にいたのは7名の男女。この街の規模からして人口は数千名あっただろう。その中で7名の生き残りというのはあまりに少なすぎる。


「いるはずだ。多くは神殿に隠れた。我々は逃げ遅れて、仕方なくここに隠れたんだ」


 銀行員らしき上等な仕立ての服を着た男性が額の汗をぬぐってそう説明する。


「なるほど。確かに神殿ならば籠城にはもってこいだな」


 神殿はどの都市でも頑丈に作られている。それは神々への敬意の証であったし、災害や戦争などの非常事態の際に避難所にするためでもあった。


「ここら辺のグールは俺と相棒であらかた掃討したが、まだ残っているかもしれん。しばらくはここにいてくれ。俺たちは神殿に逃げた市民を確認してくる」


「ああ。よろしく頼むよ。本当に君たちには助けられた……」


 銀行内の人間には引き続き銀行内に隠れておいてもらうことにし、ジークとセラフィーネは市民の多くが立てこもっているという神殿を目指した。



 * * * *



 一方の神殿に隠れているヴァイデンハイムの市民たちは、絶望的な状況下にあった。


 神殿内にある食料備蓄を確認したところ、あと持って2日しか立てこもれないということが明らかになり、この包囲を脱さなければグールに食い殺されなくても飢えで死ぬとわかったのだ。


 しかし、神殿の周りには今も大量のグールたちが蠢いており、脱出することなどできそうにない。


「援軍はまだ来ないのか?」


「最寄りの街からでも1週間はかかる。すぐには来れないはずだ」


「1週間分の食料はないぞ……」


 援軍はまだか、援軍はまだか、人々はそう繰り返すがそんなものは来る予定はないのだ。この街の窮状は他の都市まで届いていないのだから。


「お母さん。お腹減ったよ……」


 そんな中でまだ子供のデニスはこの状況を完璧には理解できず、母エーディトに対してそういう。息子にそう言われても着の身着のままで逃げてきたエーディトには与えられるものはなかった。


「そうね。みんながお腹いっぱいになれるように神様たちにお祈りしましょう」


 エーディトは息子デニスに優しく微笑んで礼拝堂に祭られている神々の像の方に向かう。神殿には冥界神ゲヘナから英雄神アーサーまで様々な神々が等しく祭られていた。神々の石像は物言うことなく礼拝堂で困窮する市民を見下ろしている。


「大いなる神々よ。どうか私たちをお救いください……」


 自分は犠牲になってもいい。だけど、息子のデニスだけはとエーディトが祈る。


 しかし、神々の石像は美しくそこにあるだけで、願いに応じるような様子はない。


 それどころか事態はますます悪化しつつあった。


「なんだ、この音は……」


 不意に神殿内からグールの立てるような爪の音が聞こえ始めたのだ。


「……地下だ。地下から音がしている……」


「不味い。地下への階段を封鎖しろ! 下水道から侵入しやがったんだ!」


 そうである。グールたちは一度下水に入って、そこから臭いを辿って神殿の地下に侵入してきたのだ。


 民兵たちは大急ぎで地下に続く階段を封鎖しようとしたが、すでに遅かった。グールたちは階段から這い上がってきて、民兵たちに襲い掛かる。


「うわああっ!」


「た、助けて!」


 グールに飛び掛かられた民兵が首に牙を突き立てられ、そのまま喉笛を噛み千切られる。鮮血がびしゃりと周囲にまき散らされ、グールたちが粘着質な音を立てながら民兵の体を貪っていく。


「怯むな! 武器を握れるものは武器を構えろ! 家族を守るんだ!」


「お、おうっ!」


 エーディトの夫ヨナタンがそう叫び、彼自身も槍を構えて階段から次々に這い上がってくるグールたちと対峙した。震える手で槍を握る民兵たちとそれをどう貪ろうかとぎょろ目で民兵たちを見るグールたち。


 疲労困憊した民兵と無数のグールでは、勝負は見えすぎていた。


 グールたちが民兵たちに襲い掛かり、一度、二度は民兵もそれを退けるも、波状攻撃のように次々にグールが襲い掛かるのに民兵は後退を始める。


 疲労に飢え、乾き、絶望的な状況での士気の低下。


 あらゆる不利な状況が民兵には重なっており、彼らが今も武器を持てていられるだけで奇跡のようなものであった。


 自分たちの家族を守りたい。その一心で民兵たちは武器を持ち、ヨナタンも自分の命を捨ててで妻子を守ろうと決意していた。


 しかし、外にはグールたちが待ち受け、神殿の中にも侵入された状況では民兵が命を賭しても家族を守ることは不可能であろう。


「戦神モルガンの名において! 戦え!」


 ヨナタンはそう叫び槍を突き出す。1体のグールが貫かれたが、そのグールの死体をよじ登るようにして次のグールがヨナタンに襲い掛かってきた。


 そこで矢がそのグールの頭を貫いた。


「ヨナタン、引け! 下がるんだ!」


 矢を放った民兵が叫ぶが、新手のグールがすぐにその民兵に襲い掛かり、長い爪で民兵を生きたまま八つ裂きにしていく。悲鳴が神殿の聖職者の声がよく響くつくりになっている礼拝堂内に響き、民兵も民間人も震え上がる。


 気づけば民兵の数は両手で数えられるほどに減っており、ヨナタンたちはじりじりと礼拝堂の隅まで追い込まれた。


「神々よ……!」


 ヨナタンが死を前にそう祈ったとき──。


 ガンッと神殿の正面の扉がバリケードごと吹き飛んだ。


 新手のグールかとヨナタンたちが絶望するが、そうではなかった。


「──無事か!?」


 神々の思し召しか、はたまた偶然か。


 現れたのはジークとセラフィーネだ。


……………………

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