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使徒との闘い

……………………


 ──使徒との闘い



 上空から村に降下してきたジークとセラフィーネ。


 グリフォンとワイバーンは彼らを爆弾を投下するように地面に放り投げ、ジークは地面に着地すると同時に転がって衝撃を逃し、セラフィーネは魔法で衝撃を殺した。


 いきなりのことにギュンター少佐たちも思わず後ろに下がり、トリニティ教徒たちも後ずさりする。


「な、なんだ、お前たちは!?」


 それからギュンター少佐が狼狽えた様子でそう問う。


「援軍さ。あんたらを死なせないために来た。あとは任せておけ」


 ギュンター少佐たちとトリニティ教徒たちの間に降りてきたジークはにやりと笑ってそう言い、青白い粒子とともに現れた“月影”を構える。ジークが一振りの刃を構えると同時に七振りの刃が浮かぶ。


「あの女、ひとりだけ雰囲気が違うな」


「あの顔と腕の火傷。村を焼いたっていう人間か……」


 セラフィーネがクリスティーナを鋭く見てそう言い、ジークがその特徴がアリーナの言っていた村と村人を焼いた人間と一致することを確かめた。


「つまりあれが使徒とやらか」


「みたいだな。じゃあ、雑魚から片付けますか!」


 ジークはそういうとトリニティ教徒たちとの戦闘を開始。


「ぎゅあ──」


 ジークの“月影”の重量を感じさせない斬撃。しかし、実際にはかなりの重さのあるそれを受けたトリニティ教徒の胴体を横一線に裂かれ、周囲に臓物をまき散らす。


 飛び散った鮮血。それが開戦の合図となった。


「恐れるな、諸君! 我々は神とともにある!」


「おおおおっ!」


 ここまで押し込んだのだ。今さら敵にふたりの増援が現れたぐらいで何となる。そう思いトリニティ教徒たちは狂信に身を任せてジークたちに襲い掛かった。無数の槍がジークに向けて突き出されて彼を狙う。


「そう簡単にはやられませんよっと!」


 ジークは“月影”の刃を操り、突き出された槍を迎撃。敵の突き出した槍の先端を思いっきり弾き飛ばし、槍の穂先が砕ける。“月影”という魔剣の重量だからこそ発揮される高威力の受け流しだ。


「な、なんだと……!?」


「そんな馬鹿な!」


 トリニティ教徒たちは戸惑い、狼狽え、動きが止まる。しかし、砕け散った穂先を呆然として眺めている彼らをジークが見逃すはずもない。


「ぼーっとしてんなよ」


 ジークは槍の間合いから剣の間合いへと踏み込み、振り上げた“月影”を次は振り下ろす。トリニティ教徒は首から脇腹までざくりと裂かれ、げぼげぼと気泡の混じったを口から漏らしながら地面に崩れ落ちた。


 同様にジークの意思に従い、“月影”自身が思考して動く七振りの刃も前方に突き出し、一斉に7人のトリニティ教徒たちを串刺しにする。


 鮮血が地面に滴り、死体が増える。


 戦場で勝敗を決めるのは兵器の質の差や物量の差だけではない。もちろんそれらも重要だが、扱う人間の精神的な覚悟が決まっていなければそれらの優位は敵に対して役に立たない。


 そういう意味ではトリニティ教徒たちは出鼻をくじかれた。ジークが瞬く間に9人を斬り捨て惨殺したことは、もはや勝利まではあと一歩だと思っていたトリニティ教徒たちに大きな精神的影響を与えた。


 どれだけ死を恐れまいと決意しても本能は苦痛や死から逃れようとする。それが人間の自己保存という本能だ。トリニティ教徒たちとてそれは同じ。


 死体が地面に倒れるのを目にしたトリニティ教徒たちたじろいでしまった。


「所詮は素人か」


 ジークは薄々感じていたがトリニティ教徒たちの士気はともあれ、練度は民兵と大差ないことを明確に知った。味方が倒れたことに驚き、唖然としているのはとてもではないがプロの兵士とは言えない。


「それなら景気よく行くとしましょうかね。お前らだって大勢殺したんだ。殺されることだって覚悟はしてたろ?」


 だが、ジークが彼らに同情することはない。


 いくつもの村を焼き払って無辜の民を虐殺し、アリーナから家族を奪ったのもトリニティ教徒なのである。彼らは同情されるにはあまりにも殺しすぎている。


 ジークは斬撃を繰り出し、重々しい“月影”の刃がトリニティ教徒たちを斬殺していく。圧倒的数の不利を感じさせないジークの無双ぶりに、トリニティ教徒たちに広がった動揺はまだ収まっていない。


「何を怯えている、お前たち! 我々は神の軍隊! 死は恐れない!」


「お、おお!」


 指揮官が叫び、すでに2桁の被害を出したトリニティ教徒たちがジークに再び襲い掛かる。無数の槍をジークに向けて浴びせようとし、それが弾かれ、カウンターで斬り殺されてもすぐに次が前に出る。


 その様子はまるで砂糖に集まるアリのようであった。次々にトリニティ教徒はジークに向けて押し寄せ、槍で彼を貫こうをする。


「やべやべやべ。流石に捌ききれなくなってきたぞ……!」


 ジークも流石にこの波状攻撃には耐えられなくなってきた。彼は徐々に物量に押され始め、槍が彼に迫る。そして──。


「死ね、異端者!」


 突き出された槍がジークの腕を引きちぎるように貫く。


「死ね、死ね!」


「神は我々の味方だ!」


 それから次々に槍がジークを貫ていく。胸を心臓ごと、腹を(はらわた)ごと、喉を頸動脈ごと。無数の槍がジークをハリネズミのようにしてしまった。


 そんなジークは大量の血を流し、“月影”の分身も消え、ついには動かなくなる。


「やったぞ……!」


「異端者に勝利した!」


 トリニティ教徒たちは槍を引き抜き、地面に倒れたジークを見て歓声を上げる。


 対するギュンター少佐たちは一瞬ジークが戦況をひっくり返してくれるのではないかと思っていただけに、大きく落胆し、自分たちを助けようとしてくれたジークの死に悲痛な表情を浮かべる。


「あとは連中だけだ」


「神のために勝利を!」


 そして、トリニティ教徒たちの殺気だった視線がセラフィーネとギュンター少佐たちに向けられ、じりじりと距離を詰め始める。セラフィーネは不敵に笑っていたが、ギュンター少佐たちは再び死を覚悟して武器を握った。


 だが──。


「おいおい。誰に勝利したって?」


 突然そう声が響いたと思うとセラフィーネたちに迫っていたトリニティ教徒の首が飛ぶ。頭を失った首から鮮血が噴水のように吹き上げ、周囲に降りかかる。


「なっ……!?」


 驚いたトリニティ教徒たちが背後を振り返ると、死んだはずのジークがごきごきと首を鳴らしながら起き上がり、片手で“月影”を握っていた。その“月影”の刃は啜るように持j面に流れていた血を吸い取っている。


「ば、馬鹿な! 死んだはずだ! どうして……!?」


 強烈な動揺がトリニティ教徒たちを襲う。


 確かにジークは死んだはずだった。喉を貫かれ、心臓すら貫かれたのだ。生きているはずがない。普通ならば確実に死んでいる。


「悪魔だ……」


 ひとりのトリニティ教徒がそう呟く。恐れを込めて。


「悪魔なのか……」


「そうに違いない……」


 悪魔、悪魔という恐れから生じる囁きがトリニティ教徒たちに広がっていく。


「……悪魔め!」


「悪魔を殺せ!」


「神の兵士たちよ! 悪魔を討て!」


 そして、恐れはやがて怒りへと変わっていった。トリニティ教徒たちは憤怒の表情を浮かべ、ジークと距離を取りながらも彼を包囲する。


「今度は俺を悪魔呼ばわりかよ。節操ないな」


 その様子にジークは呆れたようにそう呟いて、“月影”を再び構える。


「待て。そろそろ私にもやらせろ」


 そこで制止の声をかけたのは敵ではなくセラフィーネ。


「神々を悪魔呼ばわりするカルトども。我が剣の前に跪くがいい」


 セラフィーネはそう言うと手に握る朽ちた剣を高らかと振り上げる。


 それと同時に無数の朽ちた剣がトリニティ教徒たちの遥か頭上に現れた。それらの刃が高空からトリニティ教徒たちに狙いを定める。


「落ちろ」


 そして、セラフィーネが掲げた剣を振り下ろすと高空に浮かんでいた無数の刃がトリニティ教徒たちに降り注ぐ。


「ぎゃあああ──」


「た、助け──」


 貫通。貫通。貫通。貫通。貫通。貫通。


 刃は次々にトリニティ教徒たちを串刺しにしていき、地上が鮮血に染まる。そうして生じた血の海とともに地上に出現したのは刃によって串刺しにされた物言わぬトリニティ教徒たちの躯。


「おい! 俺も巻き込んでんぞ!」


 ……と、攻撃に巻き込まれたジークである。ジークは自分の肩を貫通した刃を引き抜き、投げ捨ててセラフィーネに向けて文句を叫ぶ。


「そんなところにぼーっと突っ立っているのが悪い。それより残敵を始末するぞ」


「はいはい。さあて、残りは……」


 ジークとセラフィーネがともに残った敵を見る。


 残っているのは使徒であるクリスティーナと元軍人からなる精鋭たちだ。彼らは徴兵した元民間人を先にけしかけ、その人海戦術によって敵を損耗させるという戦術を毎回取っていた。


 だが、その人海戦術で打ち破れない敵がここに現れた。


「よう、使徒ってやつだろう、あんた? これだけ死なせたんだ。今さら自分たちだけは死が怖いから死にたくないなんて言わないよな?」


 ジークは睨むようにしてクリスティーナを見てそう言う。


「ええ。死は恐ろしくありません。死より恐ろしいのは神を信じることをやめて、昔の醜い自分に戻ることだけです。私が恐れるのはそれだけですよ──!」


 次の瞬間、ジークの上半身が炎に包まれる。


「炎によってその罪を清めるといいでしょう」


 ジークはしばし炎に包まれていたが、やがてその炎が収まる。上半身が完全に炭化したジークは明らかに死んでいたが、彼の仲間であるセラフィーネはまるでそれを気にした様子はなかった。


「次はあなたですよ、魔女」


「ほう。面白い。相手になるかな?」


 クリスティーナはセラフィーネに殺意も、憎悪もなく、ただ憐れみを込めた視線を向けてセラフィーネはそれにサディスティックな笑みを浮かべて見せる。


「燃えろ、魔女」


 今度はセラフィーネに向けて炎が放たれるが、セラフィーネはそれを軽く回避した。突然生じた炎はセラフィーネの長い黒髪を僅かに焼いたのみで、セラフィーネ自身は全くの無傷。


「見えているぞ、似非聖職者。そのちんけな攻撃は当たらん」


「神から授かった力、侮辱することは許しません……!」


 炎が連続して次々に生じるがセラフィーネは巧みにそれを躱していく。長くて美しい黒髪が揺れ、赤く燃える炎が揺れ、まるで踊るようにセラフィーネはクリスティーナの攻撃を回避していた。


「はん。神が授けたとは笑えるな。こんなちゃちな力しか授けられない神とはたかが知れている。それを大層に崇めているお前たちの実力もな」


「……私たちの神を侮辱するな! 私を救ってくださった神なんだ!」


 クリスティーナはセラフィーネの挑発に咆哮する。


 炎が一瞬で地上を包むのにセラフィーネは魔法で高く飛翔してそれを回避して、地上の炎を魔法で掻き消すと嘲るようにクリスティーナを見る。


「神が救ってくださった、か。私もこうして神に救われた身だ。その気持ちはよく分かるぞ。だが、お前の神より私の仕える神の方が強い。だから、私の神の方が正しい。それだけだ」


 セラフィーネはそう言い、朽ちた剣を構えるとその切っ先クリスティーナに向けた。


 セラフィーネの周囲に同様に刃をクリスティーナに向けた無数の刃が現れ、剣呑に輝くそれがクリスティーナを狙う。


「……悪魔を崇拝する魔女め。炎に焼かれてもその罪は許されず、地獄に落ちるでしょう。地獄で裁きを受けるがいい……!」


「先にお前が地獄に落ちろ」


 セラフィーネはそう言って無数の刃をクリスティーナに向けて放った。


「使徒様!」


「危ない!」


 周りにいたトリニティ教徒が叫ぶが、クリスティーナは刃を躱そうとしない。これで彼女は死ぬとそう思われた。


「神の御力をここに!」


 クリスティーナはそう叫ぶと超高熱の炎が彼女の周囲を覆った。


「あがあ──」


「ぐああ──」


 その熱により周囲にいたトリニティ教徒たちは焼けただれたり、炭化したりするのを超えて蒸発することで消滅し、セラフィーネの放った刃も溶けおちて消滅した。


「熱い……。だけど、この熱さが私を目覚めさせてくれた……」


 炎によって生じた防御の中で、クリスティーナはそう呟く。


 彼女の村を傭兵崩れが襲ったときにクリスティーナは神に祈った。


『どうか助けてください。私たちをお助けください。慈悲深い神様たち、どうかお願いします』


 そう必死に祈った。


 だが、クリスティーナの家は焼かれ、母は乱暴されて殺され、それに抵抗した父も惨殺された。神々は助けてなどくれなかった。これまで祭ってきた神々は何ひとつ助けてなどくれなかった。


 自分は火傷を負って醜くなり、結婚を約束していた村に暮らす幼馴染の男性は彼女を捨てるようにして街に出ていき二度と帰ってくることはなかった。それ以外の男性たちも彼女の顔を見ようとせず、去っていく。


 鏡に映る火傷によって醜くなった自分の顔は何度見ても絶望を呼び起こさせた。


 それを救ってくれたのは偽りの神々ではない。彼女が信じる神だ。神は教えてくださった。上辺だけの美しさにこだわる必要なく、信仰心によって心を清らかに持つことが本当に美しいことなのだと。


 そして、あれだけ恐れ、忌み嫌った炎を愛すべきものへと変えてくれた。


「私は美しい。本当の美しさを手に入れたんだ。それは否定させない。私の神を否定させたりなどしない!」


 クリスティーナはそう言い、周囲に高ぶらせた高熱を一気にセラフィーネにぶつけようとする。鉄すら溶かし、人間を蒸発させる熱を受ければセラフィーネもただでは済まないだろう。


「ほう。面白そうではあるが……」


 セラフィーネはにやりと笑う。まるで炎を恐れてなどいない。


「異端者よ。その罪を──」


 そこでクリスティーナが口から血を吹き出す。


「え……?」


「チェックメイト」


 クリスティーナの背後にはいつの間にかジークが立っており、クリスティーナの背中から胸を“月影”の青白い刃が貫いていた──。


……………………

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