65 注目を浴びてしまったんだが
結局優と七海の追い比べはギリギリで優が制し、クラスメイトが続々とこちらに寄ってくる。
「桜庭さんスゴイよ!女子であんな走りしてる人初めて見たよ!」
「やっぱりアンカーは桜庭さんで決まりだね!」
「いやぁ…ど、どうもありがとう…」
ほとんどが七海に寄って行き、沢山の賛辞を受けるが、七海は心底喜べていなかった。
(まぁ、結局勝てなかったんだけどね…。あーあ、良い走りだったのになぁ…)
過去最高の走りをする事ができたが、それでも叶わなかった。
その事実が七海の心を曇らせる。
そんな事も知らずクラスメイト達は七海を囲い込んでいる。
それを見て優は少し複雑な気持ちになるが、今はこの場から去る。
(やっぱり俺には影が似合うな。あんなに眩しい太陽にはなれそうに無い)
あれだけの大勢に囲まれて笑顔を振り向く事は、多分出来ない。
なので七海の影になり、身を隠しながら生活していく。
それが今は1番心地いい。
きっとこれからも、注目を浴びる事はない。
「如月…最後の走り…あれが全力か…?」
いや、たった1人のクラスメイトから注目を浴びていた。
(これは…「あの程度で全力なのか?」という意味なのか?「組対抗リレーに選ばれておきながらかの程度なのか?」とか言われちゃうのか⁉︎)
優の豊かな想像力によって陸上部の1年生エースの甲斐田翔也は悪者にされてしまう。
まあそう考えるのも無理はないが。
陸上部の1年生エースが組対抗リレーに出られず、出るのは運動をできるイメージが全く無い優なのだから。
そういう不満はあってもおかしく無い。
優はそう考えて答えに迷うが、翔也の興味津々の目を見て反射的に答えてしまう。
「まぁあれが全力…なんかごめん」
すると翔也は驚いた表情になり、優に迫る。
「マジか。最後の加速、あれはインターハイレベルだと思う。少なくともそこら辺の3年陸上部よりはセンスあると思う。桜庭さんとの着差こそ少なかったけど、格は段違いだった。君になら負けを認めれるよ」
早口過ぎて最後の方やよく聞き取れなかったが、とりあえず感謝はしておく。
「えーっと…ありがとう…?」
「いやいや、俺はただ君の素晴らしい走りを褒めただけだよ」
そうやって翔也に褒めまくられていると、タイムを集計していた柊太と璃々がやってくる。
「はーいみんな集まってー。タイムの集計が終わったから確認してねー。」
優は様々なタイムが書かれているプリントを覗き見る。
そこには50m通過地点のラップタイムなども記載されていて、それを見るとやはり翔也と七海は異質のスピードである事が分かった。
その場にいた全員がその2人のタイムに注目している。
少し本気を出してしまった優は気にもされておらず、安堵している。
だがやはり翔也だけは優のタイムの違和感に気づき、またしても驚いた表情をしている。
(ラスト50mが6秒68⁉︎如月が本気を出したのはラスト20mぐらいだぞ⁉︎陸上の大会みたく整備されている直線で走るのとは訳が違うんだぞ⁉︎)
今、翔也は身体の奥底から寒気を感じている。
(もしコイツと全力でやり合ったら…勝てる未来が見えない…)
翔也は目の前の強大すぎる壁に恐怖を抱く。
少し…いや、かなり衝撃を受けた。
今にも倒れそうなほど過呼吸になるぐらいには。




