197 甘えん坊
有咲は勢いに乗ってドアをノックし、優の部屋に入り込む。
「どした?」
「そ、その…」
怪訝そうな表情をしている優に、有咲は半ば投げやりな感じで優にわがままを言ってみる。
「お、お兄さんっ!私と、ぎゅーしてください!」
「…??」
あまりにも突然すぎたのか、優は首をかしげた。
「え、えとその…今日から旅行で会えなくなってしまうので…今のうちにお兄さんエネルギーを補充しておきたいのです…」
「あ、ああ…」
「ダメ、でしょうか…?やっぱりこんなわがまま…」
有咲は不安そうに優を見上げる。
すると優は嬉しそうに笑って。
「ううん、いいよ。ほら、おいで」
優は両手を大きく広げる。
それに思い切り飛び込み、ぎゅっと抱きしめる。
「うふふ…お兄さん、あったかいですぅ…」
「ははは、いつもそんなこと言ってる気がするな」
「だっていつもあったかいんですもん…」
「そうか。ならよかった」
優は腕の力を強め、いつもより強めに抱きしめてくる。
「っ…!お兄さん…?」
「ん…なんか、こんなに甘えん坊な有咲久々に見たなぁって思ってさ」
「え…?」
「まぁ有咲はいつも普通に甘えん坊だけどさ。でも、やっぱりあの日から他人の迷惑とかを全く考えずに甘えてきたりしなくなったなと思って」
やっぱり、全て見抜かれていた。
そう、あの日。
あの日、優の恋を応援すると決めた日。
そして、自分の恋を諦めると決断した日。
有咲はあの日から変わった。
自分の事など二の次で、全ては兄の幸せ、そして親友の七海の幸せのために魂を注いできた。
だから、こんな自分勝手な甘え方など忘れていた。
これが1番幸せになれるのだと、知っていながら。
「…はい。そうですね…。お兄さんが成長して大人になっているように、私も大人になって2人の幸せのために頑張ろうと思いまして…」
有咲は少し苦しそうに言葉を漏らす。
だが当然そんな行為は優が許すはずがなく。
「なんだよそれ。2人の幸せのために頑張る?我慢してるだけじゃないのか?」
優の核心をついた言葉に、有咲の心臓は大きく跳ねる。
「なあ有咲。気づいてるか?有咲は自然体のままで十分俺たちに幸せを与えてくれていること」
「…え…?」
「俺はな、有咲に笑顔で「抱きしめてください」って言われるだけで、心が温まるんだ。自分の幸せしか考えずに突発的に何かをしてくる有咲に振り回されて、俺の心は満たされてたんだ」
優は有咲の耳元で囁く。
「七海だってそうだ。あいつ、有咲と2人で俺の取り合いしてる時、スゲー嬉しそうな顔しててさ。なんだかんだ言って、ああいうことしてるのが楽しいらしいんだよ」
有咲は優の優しい目を見つめる。
「だからさ、有咲は我慢しなくていいんだ。無理して大人を演じなくていい。有咲がわがままな方が、俺たちは幸せになれるんだ」
「お兄さん…」
「どうだ…?甘える気になったか?」
有咲はまだ躊躇う。
口に出したい言葉も、喉でつっかえる。
それを察した優は、頬に顔を近づけてきた。
「俺は、甘えてくる時の有咲の顔が1番好きだ」
「っ…⁉︎」
「だから、これからも存分に甘えると、今ここで誓ってくれ。もしそうしてくれたら…」
「…??」
「このままほっぺにキスしてあげる」
「!!!!!!!」
魔法の言葉をかけられ、有咲は反射的に口を開いた。
「誓いますっ!私、もう我慢なんてしません!お兄さんが「もう無理〜!!」って言うまで甘えますっ!」
「ははっ、良い子だ」
優は有咲の頬に口付けをし、もう1度有咲を抱きしめた。
「このまましばらく充電します」
「し、しばらくは…ちょっっと困るなぁ…」
「甘えろと言ったのはお兄さんですよ?私はお兄さんの言葉に従っただけです」
「ぐぅぅぅっ!!何やってんだ俺っ!!」
「ふふふっ、冗談です♡でも、もう少しだけ、こうさせてください」
「…わかったよ」
有咲は最愛の兄を思い切り抱きしめ、その体温を自分の身体に刻んだ。




