162 何とか渡せたんだが
昼休みになると、優は速攻七海の席に向かった。
「飯食うか」
「う、うん…珍しいね…」
いつもは七海が優の机で食事をしているため、七海からすれば不審でしかない。
何か企みがあることは多分バレているが、それに気づかないふりをしながら食事をする。
そしてそれから10分の時間が過ぎた頃、七海が突然ある質問を投げかけてきた。
「今日、何の日か知ってる?」
「もちろん」
当然今日がホワイトデーであることは七海も知っているらしく、目を輝かせながらどこか期待している表情を見せてくる。
そんな七海を見て優はチャンスだと思い、自分の鞄から例の物を取り出した。
「ホワイトデーだろ?ほら、お返し」
「っ!!ありがとう!」
七海は嬉しそうに受け取り、箱をじっと眺めた。
「これって、高いやつじゃない?」
「そうかもな」
「いいの?こんないい物貰っちゃって」
「もちろん。俺は前にそれより価値のある物を貰ったから」
突然優から発された言葉に、七海は言葉が出なくなる。
嬉しさと恥ずかしさが混ざり合い、数秒間じっと下を向いたままモジモジとし始めた。
「な、七海…?」
「…んっ⁉︎ど、どうかした…?」
突然優に声をかけられ、七海は驚きで身体をビクンと跳ねさせた。
「いや別に…」
「そ、そっか…それより、これ食べていい?」
「どうぞ」
露骨に話を逸らし、七海は箱を開けてマカロンをひとつ取り出した。
「い、いただきますっ」
七海は小さな口で少しずつマカロンを頬張る。
そして七海は目を輝かせ、ハイテンションで感想を述べた。
「これすごいよ!何と言うか、何だろう!よく分からないけど、すっごく美味しい!」
「お、おぉ…そうか。それならよかった」
立ち上がってジェスチャーを使って感想を述べ始めた七海に少し引いてしまう。
まさかそこまでだったとは。
美味しさ以外にも何か補正がかかっている気もするが、それはいいとして。
とにかく、喜んでもらえてよかった。
優はそっと胸を撫で下ろし、肩の荷が降りたのを感じた。
そんなこんなしていると七海は一瞬でマカロンを平らげ、満足そうにお腹をさすっていた。
「美味しかった〜」
「ならよかったよ」
「ありがとね。本当に」
「ああ。俺も最高のものを貰ったから、当然さ」
優はどこか得意そうにそう語った。
でも、死んでも言えない。
七海から貰ったチョコの味、ほとんど覚えていないなんて。
覚えていないというか、感じなかったと言った方が近い。
あの時は色々ありすぎて、味覚が麻痺していたのだ。
だから七海のチョコの味はほとんど感じなかった。
でも、どこか安心するような、懐かしいような味を、心の中で感じることはできた。
それだけでも、十分な物を貰ったと言える。
だからこそ、しっかりと感謝を伝えておく。
「本当に、ありがとな」
「優くん…」
七海は視線を逸らし、落ち着かない様子で席を立った。
「え、えと…私、ちょっとお手洗いにっ」
「そっか。行ってらっしゃい」
「い、行ってきます…」
七海は逃げるように教室から出て行き、すぐにトイレに駆け込んだ。
そして個室の中に入り、自分の顔をスマホのカメラで見てみた。
(嘘…私…)
赤い。
赤すぎる。
今まで自分の赤くなっている顔など見たことがなかったが、まさかこんなに分かりやすく赤くなっているとは。
七海は想定外の自分の顔色を見て、さらに顔を赤くさせた。
(こんな顔…優くんに見られて…っ!)
七海はトイレの中で1人身体を小さくし、羞恥心を何とか誤魔化そうとしていた。




