113 居心地が悪いんだが
昼休みが終わり、球技大会1日目は午後の部が始まっていた。
優と七海はしっかりと体力を回復させた後にクラスメイトの近くに戻った。
「あ、七海ちゃん。それに…如月くん…?」
真っ先に璃々に声をかけられるが、引っかかるような口調で話しかけられる。
「なんで疑問形?」
素直にそう聞き返すと、少し焦ったように璃々は答える。
「あ、いや…。さっきの試合見てたら…本物の如月くんなのかなって」
「本物ってなんだよ…。そもそも偽物なんていないだろ」
「あはは…そうだよね!ごめんなさい!」
璃々は勢いよく頭を下げ、謝罪してくる。
それに慌てて頭を上げるように言うが、一向に戻る気配がない。
流石にどうすれば良いか分からなくなり、七海の方を見てアイコンタクトをとってみる。
(どうにかしてくれ…)
心の中で助けを求めると、七海は親指を立ててサムズアップをしてきた。
直後七海は璃々の肩に手を置き、しゃがんで話しかける。
「璃々ちゃん、ちょっと驚いちゃったんだよね?優くんのプレーが凄すぎて」
「…うん」
璃々が軽く頷くと、七海が急に顔を上げて何かを言って欲しそうにこちらを見てきた。
大方今のタイミングでフォローしてほしいのだと察し、腰を低くして語りかける。
「まぁ驚くのも無理ないよな。そんなリアクションをしてしまうのも納得だよ。だから、そんなに気にしなくていいよ」
そう言うと璃々は少し顔を上げて遠慮がちに小声で話してくる。
「本当に…?」
「ああ、本当だ」
「ありがとう…!」
そこでようやく璃々は頭を上げ、いつもの調子に戻る。
そのいつもの明るい感じで先ほどの試合について説明を求めてくる。
「さっきの試合…如月くん、まさか七海ちゃんに勝っちゃうなんて思わなかったよ…。前にしてたって聞いてるんだけど、いつまでしてたの?中2とか?」
「んー、まぁ小学5年の頃にな…」
「え⁉︎そんなにブランクがあるのに七海ちゃんに勝っちゃったってこと⁉︎」
「まぁ…そうなるな…」
璃々は両手で口元を押さえて滅茶苦茶驚いている。
一度も勝てたことのないライバルを圧倒したのだから、驚くのも無理ないだろう。
昔していたのは七海から聞いていたが、まさかそんなに前だったとは。
そういった感情を璃々は抱いている。
璃々は依然目を見開いたままだが、七海が自信ありげに解説し始める。
「優くんは本当に昔凄く強かったんだよ?勝てる人なんて誰もいなかったよ」
「そんなに凄かったんだ…」
「ま、今も凄いけどね!」
七海は自信満々にサムズアップしていて、それにジト目を向けた後にしれっと逃げてみる。
七海は璃々に優の凄さについて語り始めたので、逃げられたことに気づかなぬまま熱弁していた。
「それでね、優くんはあの頃__」
(いやそんな話されるとめっちゃ恥ずいんですけど⁉︎
)
逃げている途中に聞こえてきた言葉から察するに、これから七海は昔の優の実績などを散々語り潰すのだろう。
流石の優も自分の昔話をされると恥ずかしさを隠し切れる自信がなく、逃げるという判断は間違っていなかったと確信した。
そのままひっそりと隣のコートまで逃げて人混みに隠れる。
そのコートではテニス部同士の熱戦が繰り広げられており、周りの生徒たちも色々話しながら盛り上がっているようだ。
そんな話し声の中から、1つの話題が耳に入ってくる。
「うーん…やっぱりさっきの試合の方が見応えがあったな」
「さっきの試合って?」
「ほら、昼休みに1年生がやってたやつ。見てなかったのか?」
「ああ、ソシャゲしてたから」
「もったいねぇ〜。あんなハイレベルな試合はなかなか見れるもんじゃないぞ。普通に金払って見る価値があるな」
「そんなになのか…」
うーん、ここも居心地が悪そうだ。
この感じだと明日にはかなり広まってそうだ。
優はそんな思考に至り、またしてもこの場から逃走した。
最早テニスコート付近ではどう足掻いてもこの話題が耳に入るだろうと考え、他の競技でも観に行こうとしていた時に、目の端に見覚えのある長い黒髪が映った。
(有咲…頑張ってるな)
妹が試合をしているのなら流石に見ないわけには行かないので結局戻ってしばらく観戦したのだった。




