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第五話 魔術と訓練と

「……まあ、では思ったより状況はよろしくないのですね」

「ああ。森にいるのはフェンリルと呼ばれるものだそうだ。狼の姿をした魔力を持つ獣で、普段は他の獣を率いて神獣の森を守護し、人間とも穏やかな関係を築いているらしい」

「それが今は……?」

「獣が積極的に森を出てきて、人を襲っている……こんなことはこれまでになかったようだ。フェンリルは姿を現していないから、きっと何かがあったのだろう、と」

「まずはそのフェンリルさんに会ってみないと分からないということでしょうか」

「そうだな。と言ってもどうしたら会えるのか分からないのだが」


 朝食を食べながら、コーラルは森の様子を調査しに行ったジェイドの話を聞いていた。


「しばらくはそのフェンリルを探して回ることになるだろう。空いた時間はコーラルと過ごしたい。いいか?」

「もちろんです。それでは私はファスマン家に行って、借りたお手紙を返して来ますね。他にも残っているお母様の所縁の品があるそうなので、見せていただこうと思います」

「せっかくの機会だ、ゆっくりしてきてくれ」



 馬車はファスマン家へ向かう。借りた物を返すのと同時に、コーラルにはもうひとつ試してみたいことがあった。ジェイドにはまだ話していない。自信も確証もなかったからだ。

 ──魔術の、訓練をしてみたい。

 ずっと気になっていたのだ。何故、コーラルには竜の声が聞こえるのだろうかと。契約した竜騎士でさえ、コーラルほど詳細なコミュニケーションを取ることは出来ないのだという。あちらへ進むとか、こうして欲しいとかいう、なんとなくの意思は伝わるらしいけれど。

 これまで知らなかった自分自身のルーツが、魔術師の国であるバライアにあった。自分にもその血が流れているのだ。であれば、訓練をすることによって何らかの力が使える様になる可能性もあるのではないだろうか。そしてそれがアルベルティの──ジェイドの力になるのであれば。コーラルにとって、それほど嬉しいことはないのだから。


「いらっしゃい」

「ローレンス様、こんにちは。本日はよろしくお願い致します」

「ああ、コーラルが魔術に興味を持ってくれたこと、嬉しく思う。それから君は私の姪で、私は君の伯父だろう? どうか伯父様と呼んでおくれ。まあ実際はお祖父様に近い年だろうが」


 はっは、と身体を揺らしてローレンスが笑う。コーラルも自然と笑みを浮かべた。


「はい、伯父様」


 応接間ではなく、家族用の談話室に通される。言葉通りにコーラルを身内として受け入れてくれているのだと、態度でも示してくれているのだ。


「まず、グローブ家はそれなりに力の強い魔術師の家系だった。魔術というのは、その家系によって大まかに得意な方向性が異なるものだ。戦争で使われたような、他者を攻撃する類のものもあれば、逆に傷を癒す様な種類のものもある。そしてグローブ家は、魔力を持つ生き物を従える力があったんだよ」

「まあ……そんな力が」

「私はイザベルほど魔力が多くなかったから、さほど出来ることは多くなかったがね。例えば……こんな風に」


 そう言うと、ローレンスは徐に右の手のひらを上に向けて差し出す様にしてみせた。

 左手で持った、コーラルが持っている物とよく似たペンでトントンと手のひらを叩く。するとその手のひらの上にはどこからか現れた小さな青い小鳥がちょこんと止まっていて、コーラルの方を見ながらそのつぶらな瞳をぱちくりと瞬かせている。


「わぁ、かわいい……!」

「ははは、そうだろう。動物というのは案外魔力を持つものが多くいるんだ。その中で相性が良ければ、こうして使役(テイム)することが出来る。この子は私の相棒だ、手紙を持たせれば届けてくれる。重いものは運べないが、案外便利なものだよ」

「それは確かに便利ですね……! 私にも出来るかしら。ジェイド様はお仕事でよくお出かけになるから……」


 ローレンスは目を細め、優しい顔で微笑んでいる。


「コーラルとアルベルティ卿は良い関係を築けているんだね」

「はい」


 少し気恥ずかしいけれど、本当の事だ。はにかみながらもしっかりと頷く。


「このペンは魔術を使う際の媒介となる物だ。絶対になければいけないというわけでもないが、これ自体に魔力を伝えやすくするような仕組みがあるから、あった方が使いやすい。本来は他者と共有する物ではないが、コーラルとイザベルの魔力が似ていたから、知らず知らずに共有出来てしまったのかもしれないな」

「これがあったから、私に竜の声が聞こえたのでしょうか?」

「それもあるだろう。そしてコーラルは私よりもずっと魔力が多い。きっと訓練しなくても、動物の声は多少聞こえたのではないかな?」

「私……幼い頃からずっと邸に篭りっぱなしで、勉強と執務を教わっていたんです。だからほとんど外に出かけることもなくて、動物と触れ合う機会も無かったから分からなかったのかもしれません」


 ローレンスは少しだけ痛ましそうな顔をして、そしてふわりと優しく笑った。


「それではこれから訓練をすれば、きっと沢山出来ることが増えるはずだよ。せっかくこうして縁が繋がったんだ、グローブの血と魔術をコーラルにも繋いでいって欲しい」

「──はい、伯父様」

「といっても、私に教えられることは少ないのだけれどね。ディーターの方が魔力も多いし器用なんだ。あいつに何でも聞いて、盗めるだけ盗んでいってくれ」

「まあ……商家から盗んでいくなんて、そんな怖い事は出来ませんわ。ただより高い物はないと言いますもの、正当な代金は払わせて下さいませ!」


 わざと大袈裟な仕草でそう言うと、目を丸くしたローレンスは破顔した。ノックの音が響き、扉が開く。


「父上、随分と楽しそうな笑い声が響いていましたが?」


 入って来たのは赤毛にすっきりとした短髪の、ディーターだ。


「ディーター様、お邪魔しております」

「こんにちは、コーラル。また会えて嬉しいよ」


 にっこりと笑った顔が無邪気で、きっと商人としても優秀な人なのだろうなと思う。彼は、気付いた時には既にするりと懐の中に入って来ているのだ。従兄だからか自分と雰囲気が似ているのも親近感が湧く要因かもしれないけれど。


「この度は魔術の訓練にお付き合い下さるとのこと、誠にありがとうございます」

「そんなに堅苦しいのはよしてくれよ、従兄同士じゃないか。呼び名だってディーターでいいよ」

「では……()()()、はどうでしょう?」

「……お兄様……いや、うーん……それは、やめておく。とりあえず……ディーター様で良しとしよう」


 従兄をお兄様と呼ぶのはそれほどおかしなことではなかったと思うのだけれど、ディーターは若干耳の先を赤く染めつつそれを断った。隣ではローレンスがなにやら面白そうににやにやと笑っているし、やはり男性の心の機微はいまいち分からないなと思う。


「はい、ディーター様。よろしくお願いいたします」


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