5-4. 統率
「なんだあれ……」
草原と森の境界を埋め尽くすかのような量の茶色い群勢。
だいぶ距離はあるが、大量の何かの群れがこちらに向かって凄い勢いでやって来るのは分かった。
「アレは一体……何の群れなんでしょうか」
「ウッドディアーの群れだ」
シンがそう呟くと、僕らの近くにいた初老の男が教えてくれた。
どうやら門番さんのようだ。
「ウッドディアーって、どんな奴なのー?」
「あぁ、南の森で生活していて、森に入れば割とよく見られる。基本的に近づかなければ襲われることも無い、穏やかな性格の魔物だ。推奨レベルは『単体でLv.9』だな」
ん? 推奨レベルは『単体で』なのか?
あの群勢なのに?
「すみません。ウッドディアー、って普段は単体で行動しているんですか?」
「あぁ、そうだ。私は南門の門番を結構長いことやっているが、5匹以上の群れでも見たことがないんだ。ましてや、あんな数の群れは想像したことも無い」
「成程。だからこそ、アレが王都にとってどれだけの脅威になるか分からない、って事だな」
「そうだ。それ故、私達門番兵は敵襲の鐘を鳴らすことにした」
普段は単体で動くはずのウッドディアーが群勢でこちらへと来ている。
普段はあちらから襲うことも無い穏やかな性格のウッドディアーが攻めて来ている。
完全に魔物の本能を無視した行動。
これはやっぱり、『魔物を操る』という魔王の仕業なのだろう。
「はっきり言って、あの群勢がどれ程強いかは計れない。しかし、この外壁が壊されるなんて正直考えられないし、それほど脅威になってくれなければ良いんだが……」
そう言って群勢を眺める初老の門番。
つられて僕らもそちらの方へと目を向ける。
……ウッドディアーね。確か、魔物図鑑では『見た目は普通の鹿だが、角が木のような素材で出来ており、また大木のごとく沢山枝分かれしている』って書いてあった。
まだ群勢は遠くて見えないが、頭の中でイメージは出来たな。
まぁ、確かに頭に大木を乗せた鹿が外壁や南門に大量に打ち付けられればタダじゃ済まないかもな。
「南門に集ってくれた戦士、魔術師の皆、聞いてくれ!」
すると、外壁の上に立つ若い男が広場の人々に向かって叫んだ。
服装や装備は僕の横に立っている初老の門番と同じだ。ということは、あの男も同じく門番だろうか。
「あの人も門番ですか?」
「あぁ、そうだ。しかもあいつは――――
「私は、南門の門番兵長、モードだ! 高い所から失礼する!」
外壁から門番の男、モードさんがそう言うと広場の人々が一斉に黙り込み、立ち止まって彼を見上げる。
「モードはリーダーシップが優れていてな。こういう危機に直面した時に、彼は人を一瞬で纏めることが出来る。私からすれば歳はまだまだ若いが、南門の門番兵の中でも厚い信頼を寄せられている」
「確かに、広場の混乱が一瞬で収まりましたね」
初老の門番がそう教えてくれる。
「王都での非常事態は王都騎士団や魔術師連合が対処するはずだが、その団長やお偉いさん方は誰一人として来ていないようだ! ……なので、僭越ながら私が指揮を執らせて頂く!」
そう言ってモードさんは深呼吸する。
普通なら団長やトップの方達が指揮に当たるはずなのに、ただの門番兵長が指揮を執るというのだ。モードさんも緊張しているのだろう。
そして幾度かの深呼吸の後、言葉を続けた。
「今、王都の南、深い森から大量のウッドディアーがこちらへと向かって来ている! 探知魔術師による【広域探知】の結果、ウッドディアーの総数はおよそ1万! ウッドディアーがこれだけの群勢を為したことは過去に無く、その強さは計り知れない……! しかし、いずれにせよ、私達がこの南門でその群勢を止める他に手は無いだろう!」
「「「「「オォーーー!!!」」」」」
広場に集う戦士、魔術師たちが一斉に雄たけびを上げる。
人々が一つになり始めているのが明らかに分かる。
「……凄いリーダーシップだな」
「そうですね……」
「では、その作戦を伝える! 弾魔法や線魔法、範囲魔法といった攻撃魔法が使える魔術師たちは外壁の上、戦士たちは門の近くで待機して欲しい! 群勢が近づいてきたら、まず魔術師が外壁の上から攻撃魔法を放つ! 数が減ってきた所で門を開き、戦士が外に出て各個撃破! 防御や回復に秀でた魔術師は広場にて怪我人の手当て! 以上を皆にはお願いしたい!」
「「「「「オォーーー!!!」」」」」
モードさんがそう言うと、広場の人々が動き始める。
さっきとは異なり、秩序を持った動きだ。
「凄い……一瞬で人が動いていく」
先程上った階段にはローブや杖を身に着けた魔術師が集う。
広場には門付近に戦士が、街側には回復系の魔術師であろう全体的に白っぽい服装を身に着けた魔術師が集う。
そして数分後。
冒険者の応戦準備は整った。
外壁の上には200人程の魔術師が一列に並んで外側を向き、広場には300人程の戦士が門の前に10程の列を為して整列している。
後方支援部隊も準備は完璧だ。どこから現れたか学校の運動会でよく見るテントっぽい物まで用意されている。
怪我人の受け入れ状態はバッチリのようだ。
まぁ、怪我しないのが一番だが。
尚、僕とコースは外壁の上で列に並んでいる。初老の門番の近くだ。
僕は本来のステータスも低く、あまり戦力にならないので安全な外壁上の魔法部隊に混ざることにした。
コースのINTをステータス加算させたりでもすれば、力になれるだろう。
ちなみに、シンとダンは外壁を下りて門の近くに居る。
「しかし、王都の冒険者達は凄いな。お互いに赤の他人のはずなのに、こんなにも直ぐに行動できるとは」
「あぁ、王都に長く居りゃあ、こういう切羽詰まった状況なら誰とでも協力しなきゃならないってのが分かるようになるさ」
日本じゃあ、見知らぬ人と接するのは結構気が引けてしまうからな。
生死が身近にあるこの世界だ。相手が誰であろうと分け隔てなく協力できるのだろうかね。
「魔術師も結構集まったしな。この人数で魔法を斉射すれば、そうだな……魔物の半分は行かなくとも、少なくとも2000は倒せるだろうな」
「おぉ……」
門番が続けてそう言う。
しかし、門番さん……予想の幅が結構広いんですけど……。
2000から5000って、あまり予想になってなさそうだな。
そんな事を考えつつ、王都の外側を眺める。
ウッドディアーの群勢はだいぶ近づき、既に森と王都との半分を超えている。
冒険者側の準備は整ったが、魔物側も動き続けているのだ。
残り5分もせずに辿り着くだろう。
「……先生、なんかすごく緊張してきたよー……」
横に立つコースが小さくそう話してくる。
普段の明るいコースが欠片も見えないな。
「あんな魔物見た事ないし……やれるかな?」
「……まぁ、落ち着いて、いつも通りのコースの力を発揮できれば良い。コースが失敗しても、周りの魔術師さんたちがきっとカバーしてくれるだろ」
いや僕も緊張してるんだけどね……。
まぁ、とりあえずコースの緊張が解けてくれれば――――
「そうよルーキーさん方! お姉さん達を頼りなさい!」
「俺たちベテランの実力舐めんなよ!」
僕らの隣に立つ赤いローブを着たお姉さんと、緑のローブを着たツルッパゲのオッサンがそう話しかけてくれた。
おぉ、突然のことにビックリした。
だけどこれは頼もしいな。
「「はい!」」
やっぱり、この世界では見知らぬ人とでも『協力』って大事なんだな。
「皆、聞いてくれ! もうすぐ敵が王都に到着する! 支援部隊と戦士達は心の準備を! 外壁の魔術師たちは私の合図で一斉に魔法を発動してくれ!」
「「「「「オゥ!!!」」」」」
群勢はすぐそこまで接近している。
モードさんの合図も秒読み段階だ。
隣の魔術師さん方のお陰で緊張は多少解けていたが、改めて緊張感が戻ってくる。
王都の外壁は頑丈だ。門もそう簡単には破られないだろう。
それでも相手は単体でそれなりの強さを持つ魔物、しかも1万の群勢だ。
ここで群勢の攻撃を止めなければ、王都に攻め入られかねない。
「魔法部隊、発動用意っ!」
モードさんの掛け声と共に、一斉に杖を上げ、魔道書を開き、また掌を突き出す魔術師。
群勢が近づくのにつれて増す緊張感。
1秒1秒がまるで長く感じられる。
――――そして、時が来た。




