23-3. 縄Ⅱ
「狗畜生共め! 貴様らのお陰で……私に最後のチャンスが巡ってきたんだね!」
「しまったッ!!!」
目を離した僅かな隙に、椅子の上から姿を消したバリー。
その代わり奴は、開け放たれたガラス窓のサッシに脚を掛けていた。
「いつの間に!?」
「縄で縛られていたはずじゃ……どうして!?」
しかし、一目見れば明らかだった。
彼の体を拘束していた縄も、全身傷だらけのバリーと同様にズタボロになっていたのだ。
少し強く引っ張れば、すぐにでも千切れてしまうほどに。
「我等の報復が仇と……!?」
「ああそうだよ狗畜生共! 先の苦痛など、この窮地を脱するためならば安いもの。君達には感謝を述べたいくらいだね! ハッハッハ!」
窓枠によじ登り、形勢逆転と高笑いを上げるバリー。
逃がすまいと僕・アーク・神谷が駆け寄る……が間に合わない!
「止まれバリー!!」
「絶対逃がさないわ!」
「嫌だねェ!! 投獄などまっぴら御免、魔王城に逃げ帰らせてもらうね!」
窓枠の上で悠々と振り返り、彼にとっては数日ぶりの青空を眺める。
「止めたまえ! 4階から飛び降りるなど無謀だ!!」
「ご心配ありがたいが、こう見えても魔王軍で伊達に鍛えていないのだよね」
そのままバリーの視界は足下、芝生が広がる王城の庭園へ。
その眼には恐怖の色など微塵もない。
……ヤバい、本気で飛び降りるつもりだコイツ!
このまま逃げられちゃ、この6日間が水の泡に……ッ!
「待てエエ!!!」
窓枠に乗る奴の足首に右手を伸ばす――――
――――が、その直前に奴の足は宙へと蹴り出され。
「それでは君達、See you never」
重力に倣って自由落下を始めるバリーを見送りながら、僕の右手は空を切った。
「……クッソ!! 間に合わなかった!!」
――――しかし、まだ終わった訳じゃない。
大臣室からは逃がしたけれども、まだコッチにもチャンスはある!
「バリーはどこに?!」
すぐさま窓に駆け寄り、目下の庭園からバリーを探す。
「……居た、彼処だ! 城門の方へ向かっている!!」
窓から腕を伸ばす神谷。
指差す先には全身の怪我をものともせず庭園を走り抜けるバリーの背中が。
「マズい……! 手負いのクセに結構逃げ足速いじゃんか……!」
「急ごうケースケ! 一刻も早くバリーを追わなきゃ!」
「その通りだ! 路地の入り組んだ市街地、見失ったら終わる!」
すぐさま振り返り、大臣室の扉の方へと向かう――――
「勇者殿!」
「くっ……ククさん! どうした急に?!」
突然ククさんが僕に跳び掛かってきた。
「此処は我等に御任せ願いたい!」
「「「「同意ッ!!」」」」
鋭い釣り目の金眼が僕をジッと見つめる。
「……何か策でもあるのか?」
「我等の武器は牙と鉤爪のみならず。……この鼻こそ、我等が第三の武器!」
「ほぅ。……バリーの匂いは憶えてるんだろうな?」
「無論。元々は互いに第三軍団の構成員、如何にして忘れろと!」
面白い。
まさに渡りに船、思わずニヤけてしまった。
「よし! 頼りにしてるぞククさん!」
「承知! ……奴を逃がした根本は我等の失態、我等がその責を以って持って再び捕獲する!」
「……じゃあ僕も連帯責任だな!」
そもそもバリーをフルボッコにしていいよと言ったのは僕だし。
ってか僕も参加しちゃったし。
……まぁ、とりあえず責任問題はバリーを捕まえた後だ。
今は急いで奴を追跡しよう。逃げられる前に。
「アーク、神谷、仕事を増やしちゃって済まない。……もうちょっとだけ付き合ってくれるか?」
「ええ。……燃えるじゃない、やってやるわ!」
「構わないさ。早急に捕らえて投獄だ!」
こうして僕、アーク、神谷はククさん達を追いかけるように王城4階の大臣室を出ると。
廊下を駆け抜けて階段をグルグルと駆け下り、王城の玄関を通って城門へ。
「勇者殿! バリーの匂いを感知!」
「「「「同意!!!」」」」
「オッケー、分かった!」
城門に差し掛かったところで前を走る5頭が鼻をピクつかせる。
バリーの匂いをキャッチしたようだ。
「門番さん! バリーさん通りました?」
「あ、はい。今さっき」
「走って出ていかれましたよ」
城門に立っていた2人の門番さんからもバリーさん通過の証言をゲット。
「全身ひどく傷だらけで……」
「何やら『ハサミを落として怪我したので病院に行く』と仰っていましたが」
どんな言い訳だよとツッコミたくなる心を抑えつつ、門番さんに頭を下げて城門を通過。
すると早速、僕達に第一の関門が訪れた。
「……さて、どの道だ?」
「東門通り、西門通り、もしくは南門通りか」
「三択問題ね……」
3本の大通りが丁字に交わる、城門前の広場だ。
多くの人や馬車、品物を満載にした荷車が行き来する交通の要衝。色々な匂いが入り混じっているだろうけど……ククさん達に掛かればしっかり嗅ぎ分けてくれるハズだ。
「ククさん、皆、頼んだ」
「「「「「御任せを!!」」」」」
ククさん達が東西南の三方向に鼻をクンクンさせ、バリーの匂いを探す。
「「「「「…………むっ」」」」」
が、どうもククさん達の様子が怪しい。
「どうしたククさん?」
「匂いが……此処にて途切れた」
「「「「「同意」」」」
そしてついに、5頭とも足を止めてしまった。
……え、いきなり!? 嘘じゃん!?
===【真偽判定Ⅳ】結果========
クク :真
クナン:真
ナナン:真
サンク:真
サザン:真
===========
違う違う、そういう訳じゃなくて!
ソレは分かってるの!
「今の奴の匂いには血も混ざり、そう易々とは見失えない筈……何が起きているかは我等にも不明」
「マジか……っ」
ククさん達が揃って首を傾げる以上、僕達が何と言おうとダメだろう。皮肉にも【真偽判定Ⅳ】が無情な結果を出してしまった以上、もう疑う余地も無い。
早々にして嗅覚という頼みの綱がプチっと切れてしまった。
「早く……早くしなきゃ……」
どうすればいい、僕?
速く追いかけないと、今この瞬間にもバリーは僕達との距離を離しにかかっているハズだ。
走って追いかければまだ捕まえられるハズ……だが、どっちに走れば良いかが分からない。
かといって立ち止まっている訳にはいかない。
どうすればいい、僕?
「ケースケ、何か策は?」
「…………思いつかない」
必死に頭をフル回転させるも、思いつく手立てが無い。
「神谷……」
「手段は幾つか思いつくが……どれも非現実的、かつ低確率だ」
鉄人クラス委員に縋りつくも、得られる答えは芳しくない。
無情に時間が過ぎていくだけ。
――――手詰まりだった。
「……コレはマズい」
そう感じてしまった瞬間、脳の回転に急ブレーキが掛かる。
思考停止。
頭真っ白。
「ケースケ……!」
「数原君……!」
アークと神谷の声すらも耳に入らない。
あ、詰んだぞコレ。
ヤバい。
マジでヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバい――――
その時。
僕は、思い出した。
アレを。
「あ。そっか」
そうだ。アレが有ったじゃんか。忘れてたよ。
今こそ使い時……というか今使わずしていつ使うんだ。
「コレなら……行ける」
「「っ!?」」
目を丸くするアークと神谷を横目に1度深呼吸で心を落ち着け、独り小さく頷くと――――僕はアレを唱えた。
「【軌跡Ⅰ】――――
と同時に、腰に差していた血塗れのナイフを天に掲げ……宣言した。
「点P≔バリー・ブッサン、その血液を捧げる!!」
その瞬間……掲げたナイフに付いていた血が、蒸発したかのようにシュウウと消え。
僕達の視界には、城門から西門通り、更にその先へと伸びる1本の白い縄を映し出した。




