12-10. 嵐Ⅲ
ァオオオオオオオオォォォォォォォン!!!
エメラルドウルフが天に向かって大きく吼えた。
それと同時。
大量の薄緑色をした風の刃が、突風と共に僕達へと飛んで来た。
「うぉッ!?」
「ぅわッ!」
「キャッ!?」
「マズいッ!」
突如襲い掛かって来た風の刃に、無意識に腕を組んで頭を守る。
ギュッと目も瞑る。
その直後。
ザシュッ!
スッ!
そんな音が、身体の各所から聞こえた。
……こっ、これは……。
その音に遅れて、ジワジワと痛みが襲って来る。
瞑っていた目をうっすらと開き、左太腿を見る。
そこには、薄緑色の風の刃が突き刺さっていた。
「……くッ!」
その直後、刃は風になって霧散。
傷口が露わになる。
左太腿を覆っていたハズの白衣には切れ目が入っていた。
その下に履いていた麻のズボンにも切れ目が入っていた。
そして、その下にある僕の皮膚にも鋭い切れ目が入っている。
そこから血が滲み出し、今まさに麻のズボンと白衣を赤く濡らしていく。
右肘にも、切れ目が入った白衣には血が滲んでいた。
シュッ!
「痛って……!」
そしてまさに今、僕の右頬にも風の刃がかすっていった。
血がタラリと流れていく感覚が右頬に伝わる。
……痛い痛い痛い!
ヤバいぞコレ。
このままじゃ風の刃に全身切り刻まれちゃうぞ!
……だが、防ぐ方法が無い。
遮るモンも無いし、躱せるモンでもない。
一体、どうすれば良いんだよ!
……まさか、詰んだのかコレ?!
シュッ!
サッ!
「痛ッ……!」
そんな事を考えている間にも、次々とランダムに飛んでくる風の刃が僕の身体に刺さっていく。
全身にドンドンと切り傷が増えていく。
……ヤバいヤバいヤバいヤバい!
どうしよどうしよどうしよ————
「おい先生!」
そんな時、左からふと僕を呼ぶ声が聞こえた。
左に振り向くと、そこには大盾を立ててしゃがむダン。
その後ろにしゃがむアーク。
その後ろにしゃがむシン。
3人は、ダンの大盾で風の刃を防いでいた。
「ケースケ、ボーッとしてないで!」
「早くコッチに来てください!」
……そんな手が有ったか!
すぐさま左へ走り、全身に風の刃を受けつつもシンの後ろスライディング。
そのままシンの後ろでしゃがみ込んだ。
「ケースケ!」
「先生、大丈夫ですか!?」
「ハァ、ハァ……おぅ、なんとか」
息が上がりつつも、シンとアークになんとか返事を返す。
「先生、あんなトコでボーッとしてちゃダメだ! 危ねぇって思ったらサッサと逃げねえと!」
「……分かった」
ダンが大盾で風の刃を受けながら、僕にそう教えてくれる。
……成程な。
『ココゾって場面で足を止めちゃダメ』、以降気を付けます。
ありがとう、ダン。
……それにしても。
「フゥ……マジで危なかった……」
ダンの大盾が風の刃を防いでくれているので、全身に刃が刺さる感覚は無くなった。
カンッ、カンッと風の刃がダンの盾にぶつかる音が聞こえる。
安全地帯に駆け込んだ事で少し緊張が解け、上がっていた息も少しずつ落ち着いていく。
「っ痛たたたッ!!」
っと。
緊張が解けたからか、思い出したかのように帰ってくる全身の痛み。
「どうしたのケースケ!?」
「ィテテテッ……、ちょっと傷がね……」
全身を見てみると、そこかしこに切り傷が出来ていた。
左太腿、右肘、左腕、右脛、右腹、左脇腹、そして右頬。
全身の切り傷から血が滲み出し、白衣は赤い水玉のマーブル模様になっている。
っていうか、身体を動かす度に傷口が開いて痛い!
……もう動きたくないです。
「全身ボロボロじゃないですか!」
「血塗れじゃないのケースケ! 大丈夫なの!?」
「……ちょっとやられ過ぎちゃったかなー」
……ちょっと強がってみたけど、割とキツいかも。
「チッ……皆ヤベエぞ! そんな事言ってる場合じゃねえぞ!」
そんな話をしていると、先頭で大盾を構えるダンがそう叫ぶ。
「ん、どうしたダン!」
「盾がミシミシ言ってんだ! この盾、魔法攻撃には余り強く無えんだよ!」
「「「エェッ!!?」」」
……ヤバいじゃんか!!
ダンの大盾が無いと皆揃って風の刃の餌食だぞ!
「あとどのくらい持ちますか、ダン?!」
「分からねえ……けど、いずれ粉砕しちまいそうだ!」
「なんとか出来ないの?!」
「そんな事言われても俺にはどうしようも無え!」
「走って風の刃から脱出できませんかね?!」
「でもそれじゃ、さっきの僕と同じ運命だぞ!」
「それでは私達はどうすればッ……!!」
……このままじゃダンの大盾がブッ壊され、4人揃って全身ミジンギリだ。
避けるのなんて無理。
逃げるのも多分無理。
だが、こんなモン喰らったらタダじゃ済まない。
このランダムに飛んでくる風の刃、どうにか出来ないのか!
……あ、あぁ。
『ランダム』に飛んでくる風の刃、ね……。
……アレならいけるかもしれない。
というか、アレしか手は無いだろう。
「……よし、行くか」
そう小さく呟き、目を瞑って深く深呼吸。
「…………」
シュシュシュシュッ!
シュシュシュシュッ!
無数の刃が空気を切る音が耳に伝わる。
「せ、先生……」
「何をするの……?」
シンとアークの声が耳に伝わるが、頭には入って来ない。
カンカンカンカンッ!!
「くっ……盾がヤベえ!」
ダンの盾が、必死に風の刃を防ぐ音が耳に伝わる。
――――そんな音を耳にしつつ、目を瞑ったまま手を組んで祈る。
……コレしか手は無い。
コレが失敗すれば、多分終わりだ。
どうか……どうか、成功してくれ!
風の刃が、直撃する『確率』を……0にッ!!
そう願い、魔法を唱えた。
「風の刃が僕達に当たりませんように…………【確率演算Ⅰ】ッ!!」
「…………」
……何か、変わったか……?
シュシュシュシュッ!
無数の刃が空気を切る音が耳に伝わる。
「今の呪文は一体……?」
「何をされたんでしょうか……?」
シンとアークの声が耳に伝わるが、頭には入って来ない。
カンカンカンカンッ!
ダンの盾が、必死に風の刃を防ぐ音が耳に伝わる。
変わりは無い。
ように思えたのだが。
カンカンカンッ……カンッ…………
カンッ………………
………………
盾から出る音が徐々に減っていき。
「……ん?」
「どうかしました、ダン?」
「たっ、盾にぶつかる刃が……無くなった?」
不思議そうにダンが呟く。
……これって、もしかして……魔法が効いてるのか?
「……ぃよっと」
恐る恐る、立ち上がって確かめてみる。
「ちょっ、先生!」
「ケースケ、何やってるの!?」
盾に守られているのは、腰から下だけ。
上半身は盾から出ており無防備状態。
……だが。
「……当たんない」
僕のすぐ左右、頭上はスレスレで風の刃が通って行くのに。
少し調子に乗って、今度は2歩右にずれる。
完全に盾の防御範囲から外れた。
……のだが。
「当たんない」
それはまるで、風の刃が僕を避けているかのように。
「先生の所だけ、風の刃が避けているって事でしょうか……?」
「ウソでしょ!? そんな事なんて……」
「有り得ねえ……」
シン達が呆然とした顔で驚く。
……いや、でもそれが有り得るんだよ。
「まっ、まさか、さっき先生が唱えていた魔法って……」
おっ。
シン、気付いたか。
察しが良い。
「おぅ。風の刃が僕達に当たる確率を0にした」
「……マジかよ」
「……そんな事出来るの? ケースケ?」
「おぅ。一昨日の夜の覚えたての魔法だけどね」
僕も成功する見込みがなかったからドキドキだったけどね。
「ハァ……、そんな訳の分からない反則級の魔法まで覚えていたとは」
そんな呆れないでくれよ、シン。
シンの『訳の分からない魔法』っていう一言に、少し傷ついた。
「っていうか、多分シン達にも風の刃は当たらないハズだけど」
ちゃんと魔法が効いていればね。
そう言うと、シンとアークが恐る恐る立ち上がる。
ダンも、ゆっくりと盾を下ろしてみる。
「うわうわうわうわ…………全然当たらないわ!」
「オッハハハ! まるで当たんねえな!」
「なんかコレ……面白いですね!」
「そうだな!」
なんかシンとダンは楽しんでくれてるようだ。
……でも、お願いだから手をブンブン振り回すの止めてくれない?
自分から風の刃に当たりに行かないでくれ。
折角当たらないようにしたんだからさ。
「……あっ、有り得ない……どうしてなの!」
そんな隣では、アークが頭を抱えて現実逃避を始める。
だからさ……、有り得るんだって。
現実を受け止めてくださいアーク。
まぁ、とりあえず。
本当に危なかったシーンは回避できたかな。
「ダン、大盾はどうだ?」
「まだ大丈夫だ、先生。デケえ魔法攻撃さえ受けなけりゃ問題無いぞ!」
オッケーオッケー!
「シン、アーク、怪我は無いか?」
「私は大丈夫ですが……」
「わたしも問題無いけど……満身創痍のケースケがそれを言うの?」
「…………うっ」
……改めて僕自身を見回す。
昨日買ったばかりの白衣は、既に全身ズタボロの赤い水玉模様。
勿論、それぞれの水玉模様の下には切り傷が隠れている。
「まっ、まぁ……僕は大丈夫だから」
「先生がそう言うのならば良いですけど……」
「無理しないでよ、ケースケ」
「おぅ、勿論」
という事で、僕の傷の件もなんとかなったし。
「よし…………シン、ダン、アーク」
「はいッ」
「おう」
「ええ」
そう言うと、4人でエメラルドウルフをジッと睨む。
無数の風の刃の奥には、こちらをジッと睨み返すエメラルドウルフ。
その鋭い眼からは、『なんで刃が当たんねぇんだよ! この非戦闘民フゼイが!』と言わんばかりの怒気が溢れ出しているのが分かる。
……被害妄想? 気のせい気のせい。
「さて、そんじゃ…………」
相手は草原の首領とか言われてるみたいだけど……そんなの知らんし。
そんな事より……。
「…………数学者舐めんな! 反撃行くぞ!!!」
「「「オウ!」」」
そう叫び、吹き荒れる風の刃の中へと突っ込んだ。




