1-10. 憂鬱
謁見の間を出て、使用人を先頭に食堂へと移る。
時計を見るとお昼もだいぶ過ぎていたので、遅めの昼食って事なんだろう。
食堂の長机の上には、いつも通りの麦茶っぽいお茶と皿に盛られたカレーライスのような料理が並んでいた。米は白米ではないな、少し茶色いから玄米とかだろうか。
僕はボーッとしたまま、その辺の席に着く。
「……計介。大丈夫か?」
アキがすかさず隣の席に着く。
心遣いは有難いんだけど、今回は暫く立ち直れそうにない。
「……おぅ」
そう適当にアキに返しておく。
アキはそれで大体分かってくれたのか、それ以降何も言わなかった。
皆が席に着いた所で、「いただきます」の声と共に全員がカレーもどきに手をつけ始める。
「…………」
……ダメだ。カレーもどきはともかくお茶すらも喉を通らない。
「…とりあえず食べとけよ。いつ何が起こるか分からねぇし」
アキの言う事はもっともだ。この世界にコンビニがあるとは思えないし、いつでも何でも食べられる保証は無い。
とりあえずアキの言うとおり、食べられるだけ食べよう。
……スプーンが重い。
米を掬い、ルーを掬い、口に近づけるにつれてどんどん重くなってくる。
……あー、もうダメだ。一気に行けっ!
そう頭の中で自分を鼓舞しつつ、目をつぶってスプーンを強引に口内へとブチ込む。
「……」
口内で感じた食感は僕の良く知るカレーと相違ない。具に関しても、チキンカレーのようだ。
……しかし、妙に味が薄い。
スパイスゼロのただしょっぱいだけのカレーを、更に薄めたような。
頭の中のイメージには、磨りガラス越しのカレーが映る。
「……なぁ、アキ。これ味薄くないか?」
料理人さんたちに失礼になりかねないので、小声でアキに問う。
すると、アキも小声で返してきた。
「ん? んー……、そんな事はねぇと思うぞ。スパイス感は全くねぇけど」
そうか?
じゃあ、僕がおかしくなっちまったのか?
……まぁいい。とりあえず食べられるだけ食べよう。
結局、カレーもどきは半分も食べられなかった。
憂鬱感と、それだけでなく味が薄かったのも食欲不振を招いていた。
食事中、時々周りは気に掛けるような目を僕に向けてくるが、皆分かっていたのだろう、声を掛けてはこなかった。
全員の食事が終わった辺りで、王女様が食堂に入って来た。
見計らったかのようなタイミングである。
「では、皆様の配属先も決まった所で、今後の詳しい予定をお話ししましょう。城の部屋でお過ごし頂くのは明朝までです。明日の朝食後には城を出て、それぞれ寮に入ったり宿をとったりして生活して頂きます。そしてそれぞれの場所で鍛錬し、来たる魔王討伐の時に向けて力をつけて頂きたいと思います」
あぁ、あの城の部屋では生活できないのか。
結構居心地いいのにな。
となると、僕は所属先が無いから必然的に宿を取る必要がある。
「それと、皆様にはそれぞれ金貨一枚をお渡しします。生活が軌道に乗るまでの当分の食費や装備代、生活費などはこれで賄えるでしょう」
はぁ、支度金ですか。
金貨一枚がどの程度の価値かはよく分からないが、大事にしなければならないな。
「王城にて皆様をお世話致したいとは思っておりますが、所属先によっても食事時間や活動時間が異なるためそうもいきません。勇者様方を召喚した身でありながらこのような対応となってしまい、申し訳ありませんがご理解ください。ですが、国王もおっしゃっていた通り、国民一同、皆様に全力で協力させて頂きます」
戦士団とかは街の外へ狩りに行ったりするだろうから、王城から毎日通うより街の郊外の方で生活した方が楽だろう。そう考えれば、これも仕方ない。
「皆様にお教えすることは以上です。あとは、皆様が実際に体験した方が良いでしょう。どうか、魔王を倒して人類を助けてください。よろしくお願い致します」
そう言って、王女様のお話は終わった。
そして今日いっぱいは予定が無いようで、解散となった。
「………ハァ」
あぁ、もう色々と疲れた。部屋へと戻ろう。
さっさと自室に戻ってきた。
部屋に入るなりうつ伏せにベッドダイブする。
あー、フカフカで気持ちいい。
ベッドで横になりながら、今日あったことを思い出す。
まだ昼過ぎではあるが、今日はとても長く感じた。
朝から職を授かった結果数学者になり、その後謁見に行って先輩も配属先も無いことを知り、これで頼るべきものは無くなった。
召喚されて二日目で詰んだ。
最悪の状況だ。
あー……。
どうすればいいんだ…………。
この後、夕食の時間でドアがノックされる音でふと正気に戻ると、日は完全に落ちており、僕は真っ暗闇の中でただ横になっていた。寝ることもなく、何かを考えることも無く、ただ目を開いてそのまま固まったままだったようだ。
妙に味の薄い夕食もただ作業のように食べ進めたが、結局喉を通らず半分ほどしか食べられなかった。
「…………どうすれば良いんだって……」
部屋に帰った僕はそう呟き、先程と同じ姿勢で横になった。
—————よう」
——い、—介。起きろ」
ふと、目を開くと目の前にはアキと可合が居た。
勝手に部屋に入ってきている。
「……お、おう。寝てたか僕」
「ったく、オメェさぁ、鍵掛けろって言ったよなぁ」
「……あぁ、済まん」
どうも返事が適当になってしまう。
「まぁいい。明日からは洒落ならんからな。気ぃ付けろよ」
「ま、まぁ二人ともそれくらいにして、ね」
「…おぅ」
「あ、そうだ! 私たちは数原くんに色んな話を教えに来たんだよ!」
「そうだ。じゃぁ、まず俺から。計介、ステータス開いてみろ」
「……ん、おぅ。オープン・ステータス」
ピッ
目の前にステータスプレートが現れる。
===Status========
数原計介 17歳 男 Lv.3
職:数学者 状態:憂鬱
〜〜〜〜〜〜〜〜
「あー……、そうか、分かった。オメェさっき、昼飯の味が薄いとか言ってたじゃねぇか。その理由」
「……ん、おう。何でだ?」
「計介よぉ、召喚されてからストレス溜まりまくってんだろ。職とか、重要物とか色々ミスったりして。そのストレスが味覚障害を引き起こしてんだと思うぞ」
そうだな。後悔ばかりしてるし、ストレスも溜めまくってる。
そのせいで、僕がおかしくなっちゃってたのか。
「で、オメェはそういう失敗を自分の内側に押し込む系の人間じゃねぇか。どうせ『あの時あれやってれば』とかばっかり考えてたんじゃねぇの」
「……フッ、アキにはお見通しか。後悔ばっかしてたよ」
図星だった。
アキは何でもお見通しだな。
「やっちまった事はしょうがねぇ。その結果で何が出来るかを考えろ。じゃねぇと、計介のメンタルが持たなくなっちまうぜ」
「……そうだな、ありがと。流石はうちの秋内さんだ」
「まぁな。それが言えるんならオメェのメンタルも少しは戻ってきたようだな。あと俺はオメェのモンじゃねぇ」
「……ハハッ」
いつも通りの受けと返しだったけど、笑ってしまった。
それを見て、二人は互いに目配せして微笑んだ。
「じゃあ次、私からも! お昼の後、王女様に色々教えてもらったりして、ね」
「さっき聞いた可合の話…あれヤバかったなぁ」
「あ、言い忘れてたけどあれオフレコでお願いね! 私が光系統魔術師だからって事で教えてもらったやつだから!」
少し可合の話し方に力が入っている。いつもなら、もっとおしとやかな話し方をするのに。
……僕を必死で慰めてくれようとしてるのかな。
「……で、どんな話だったんだ、可合?」
「えーと、数原くんって、エークスっていう神様、覚えてるよね?」
「……おぅ」
僕の中では、エークス=光の精霊様、ってことになってるけど。
「その神様って、実は光の精霊様らしいよ! 『勇者召喚』は光系統魔法の一つなんだけど、これって王族だけの機密事項なんだよ! 召喚が光系統魔法でできるって知れたら、誰でも召喚できるようになっちゃうかもしれないから、神のお陰だってことにして外部には隠してるんだって!」
畳みかけるように話してくる可合。
……うん、僕もおかしいなって思っていたんだけど、予想は当たってたようだな。『エークスは実在しない』、っと。
……しかし、王女様。今王国の機密事項がダダ洩れなんですが良いんでしょうか。
「……そうだったのか」
「だから、召喚の時にも魔法陣から光が溢れ出すし、王女様じゃなくて精霊様が夢の中に出てきたんだって!」
「……そうか」
可合の頑張りが凄すぎる。ちょっと空回りしている感が否めないが、それだけ僕の事を思ってくれているんだろう。
お陰でまた少し元気が戻ってきたかもな。
きっと、可合は僕が元気にならないと一生この以上テンションのままになってしまうかもしれない。
「……ありがとう可合。お陰で元気が出たよ」
「うん、良かった! 数原くんが元気になって!」
「……おぅ」
「配属先が無くったって、職が数学者だったって、オメェが出来る事をやるしかねぇだろ?元気出して、明日から頑張れよ」
「……おぅ」
「ま、まぁ、俺も時間があれば時々会いに行くからな」
「……おう」
そして2人は「おやすみ」と言い、僕の部屋から出ていった。
ハァ……。
『オメェが出来る事をやるしかねぇ』、か。
僕に何か出来ること、ね……。
まだモヤモヤとした気持ちは残るが、二人のお陰で憂鬱感は少し良くなったかもしれない。




