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第1話 寒空の下、コーヒーの少女

「ねぇ、少し寄りたいところがあるんだけど行ってもいいかな?」

 彼女は、上目遣いを用いて私に訴えかけてきた。しかし、それが意図的に行われたものなのか、彼女の背が低いことで自然とそうなっただけなのかは判別がつかなかった。

「どこに行きたいんだ?」

 ただただ、恥ずかしそうにしていた。その行為によって、俺の顔が心なしか温かくなっているように感じた。

「喫茶店…なんだけどいい?」

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。喫茶店といえば、紅茶もしくはコーヒーと共に軽食を楽しむものである。

 簡単な話、彼女に似合うような場所ではなかった。どちらかというと、彼女の場合は、もっと騒がしいところを選ぶことが多い。静かなところは、苦手だと思っていた。

「いいけど、行きたいところは決まっているの?」

「うん。もう調べてあるよ」

 この用意周到な行動も、彼女には似つかわしくなかった。直前になって、どうしよう? どうしたらいいかな? と聞いてくることが普通だった。

 これは一体、どういう風の吹きまわしなのだろう。

 もしかすると、目の前に立っている彼女は、偽物なのではないだろうか。なにか高度な手法を用いて、私の知らない誰かが、演技を見せているだけなのではないだろうか。あまりにも、話が出来過ぎているような気がする。

 今はとりあえず、そういうことにしておいた。そのほうが、俺の心にも優しい。


「ここなんだけど」

 彼女が見つめる先には、どこにでもありそうな外観の喫茶店があった。いや、これは喫茶店というよりも『カフェ』と呼んだ方が適切かもしれない。

「よく来るの?」

「ううん。たまに来るくらいだよ」

 お店を目の前にしていうのもなんだけど、やっぱり彼女と喫茶店もといカフェが結びつかない。今までそういうイメージがなかったことが、俺の頭を悩ませている原因かもしれない。

 カフェでくつろぎながら、時間を過ごす彼女の姿を想像することは、容易ではなかった。


 彼女が選んだのは、ブラックコーヒーであった。意外という言葉では収まりがつかないくらいに、彼女と関連性がないものだった。苦い苦いと繰り返して口にしながら、足をじたばたさせている絵が浮かんできたことは、彼女には伝えないでおこう。

 ちなみに、俺が選んだのはカフェオレである。このくらいの甘さが、俺には心地良い。

 店内の方へと目を向けると、ちょうど夕方ということもあってか、座席はすべて埋まっていた。なので、テイクアウトすることにした。彼女によると、近くにちょっとした公園があるらしい。

 彼女の方が、このあたりの地理に詳しいということで、後をついて行くことにした。


 いつも隣に並んで歩いているからか、すごく違和感を感じる。

 何より違和感が強いのは、彼女の後姿が見えるということだ。髪型はポニーテールなので、歩くときに左右に揺れる髪がとても可愛い。

 普段は見ることが出来ない部分を見ることが出来て、俺は満足だった。しかし、俺は無意識に顔が緩んでいることに気付き、彼女のことを考えることはやめることにした。

 彼女から、何かいいことでもあったの? と聞かれた時の返事が思い浮かばないからである。


 そこから歩くこと数分。遊具が一つもないシンプルな公園に到着した。

 俺の住んでいる地域では、こういった遊び場のない公園が多い。子どもの声がうるさいなどといった苦情でも来るのだろうか。まあ、静かな公園の方が私は好きだけど。

「どこのベンチに座る? ってどうしたのそんな顔して」

「い、いや。何でもないよ。うん」

 結局、彼女に顔が緩んでいるところを見られてしまったが、深く追及はされなかった。このことを残念と思うのか、それとも回避できてよかったと思うのか。

 ただ、彼女の頭の中には、特に疑問は残らなかったようだ。その証拠に、彼女はベンチに座り、俺のことを手招きしている。

「冷めないうちに飲もうよ」

「そうだね」

 カフェでもらった紙袋の中から、彼女の分を取り出して渡した。まだあまり時間が経っていないおかげか、それほど冷めてはいなかった。

 紙コップのふたを開けると、湯気とともにあつあつのコーヒーが姿を見せた。

「熱そうだね」

「口の中やけどしないように気を付けてね?」

 そう言ったときには、すでに手遅れだった。彼女は、何の躊躇もなく飲んでしまったのである。

「……もうちょっと早くいってよ」

「いや、いきなり飲むとは思わなかったんだよ」

 軽く口の中をやけどしているのか、彼女はとても苦しそうだった。

 俺は、公園内に設置されている自動販売機の水を買って、彼女へと渡した。紙コップをベンチに置き、彼女は水をゴクリゴクリと飲みだした。すると、口の中の異常状態が改善されたのか、落ち着いた表情を浮かべた。

「ありがとう。助かったわ」

「今度からは気を付けてね?」

「わかってるってば」

 彼女の『分かってる』と『知っている』は信用できない。これは、長年の付き合いで分かった事実である。私の前では、いつも強がっているのだ。そんなことはしなくてもいいのだが。

「ねえ」

「どうしたの」

「やっぱり、砂糖とミルク入れた方がいいね」

「あんたにブラックはまだ早いよ」

 もちろん、俺は彼女が、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーしか飲んだことがないことも知っていた。

 まあ、少し強がりな彼女も可愛いから良しとしよう。

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