第083話・姉妹喧嘩は犬も喰わない
「はぁーーっ!? なんで姉さんまで一緒にいるのよ!?」
陽が暮れて、とあるレストラン。
お店の名前と場所をミーシャさんから聞いていた僕は、イェルン姉さんとともにお店に入り、通された個室でミーシャさんたちを待っていました。
そしておめかししたミーシャさんが現れ、イェルン姉さんの姿を見たとたん思いっきり目を見開いて叫びました。
「み、みみみ、ミーシャ!? え、ナナシちゃん、なんでここにミーシャが!?」
イェルン姉さんも、ミーシャさんの姿を認めて見るからに動揺しています。
僕は「まぁまぁ二人とも、落ち着いてください」と宥めながらミーシャさんをイェルン姉さんの対面の椅子に座らせます。
そしてすでにイェルン姉さんが開けて飲んでいたワインの瓶から、ミーシャさんのグラスにワインを注ぎました。
ワインを一口飲んだミーシャさんは「あ、美味しい」と呟いたあと、いくぶん冷静になりました。
受付嬢をしている時の口調に戻って、僕をじろりと見つめます。
「……コホン。ナナシ様、詳しい説明をしていただきたいのですが。どうしてこの場に私の不肖の姉がのうのうと居座っているのでしょうか」
「なにをぉ。私こそ、可愛い妹から会ってほしい人がいると聞いて来てみれば、こんな高慢ちきだとは思いもよらなかった」
「……可愛い妹? いったい誰のことを言ってるのよ。私は姉さんを呼んだ覚えはないけど」
「お前のどこが可愛いって言うんだ、自惚れるのも大概にしろ。私はナナシちゃんに呼ばれて来たんだ」
「ナナシ様が妹? ……ははは。姉さん、ただでさえ残念だったオツムがとうとうパーになっちゃったのね」
「なんだよ何がおかしいってのよ。アンタみたいなクソ生意気な、姉を姉とも思わない妹に比べたら、ナナシちゃんのほうが百万倍可愛いじゃないのよ!」
「……ナナシ様は男の子だよ?」
「……はっ?」
イェルン姉さんがマジマジと僕の顔を見つめてきます。
穴が空くほど熱心だったので、僕は思わず照れてしまいました。
「イェルン姉さん、そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「!? ご、ごめんねナナシちゃん! このバカ妹が変なことを言うから……。ちょっとアンタ、私の可愛い妹のことをバカにしないでくれる? こんなに可愛いナナシちゃんが男の子なわけないじゃない!」
「いえ、僕が男なのは間違いない事実なのですけど」
そう言うと、あんぐりと口を開けたイェルン姉さんが再び僕の全身をマジマジと見つめてきます。
「え……、男の子……? ホントにナナシちゃんが……? けどどう見ても女の子……、いやいや、……え?」
しまいには僕の下腹部の辺りをじっと見つめてくるので、さすがの僕もそれとなく手で隠しました。
ミーシャさんが、グラスのワインを自分で注ぎ足しながらバカにしたような口調で言います。
「姉さん、いくら男っ気がないからってこんな年端もいかない男の子にいやらしい視線を向けるのはどうかと思うわ。血のつながった妹として恥ずかしいんだけど」
「な、なにをぉ!? いやらしい視線なんてそんな、バカなことを言うんじゃない! そんなことちっとも……、ただちょっと、今日この後帰ったときに汗をかいたから体を拭きっこしようとか持ちかけて、事実確認だけしておこうって思っただけで……!」
「バリバリ下心丸出しじゃん。姉さんが性犯罪者として捕まるのは勝手だけど私とかパパママに迷惑かけるのはやめてよね!」
「迷惑とはなんだ! ミーシャこそ若い冒険者の男の子たぶらかして遊んでるって噂を聞くぞ! 自分のことを棚に上げて偉そうなことを言うな!」
「はぁ〜〜っ!? たぶらかしてなんかないですけど!? ただちょっと可愛いアクセサリーをくれたり美味しいところでご飯食べようって誘ってくれるから一緒に行ったりしてるだけですけど!? だいたい姉さんだって小さいときは、将来はイケメンのお金持ちと結婚してやるんだ〜、とか言ってたじゃん! 私もそれをちょっと真似してるだけだから!」
「私の夢を真似するんじゃないわよ! というか私なんてオッサンとかじいさんの相手ばっかりなのに〜!! コイツー!!」
姉妹のお二人がぎゃいぎゃい言い合いを始めたので、適宜空いたグラスにワインを注いであげていると、しばらくして最後の一人が個室内に入ってきました。
僕が椅子を薦めると、紅髪の女の子はドカリと腰を下ろしました。
「おいおい、こんな高いとこホントに大丈夫なのかよ。おごってくれるっつーからマジで財布は持ってきてねーぞ」
メラミちゃんは、昼間とは違ってゆったりとした形状の可愛らしいワンピースドレスを着ていました。
花の形の髪飾りと小さな赤い石がついたネックレスをつけていて、女の子らしい格好も似合っています。
「今、似合わねー格好してんなコイツ、とか思わなかったか?」
「いえいえまさか。とてもお似合いですよ」
「そーかよ。ま、ミーシャが正装してけって言うから着てきたんだが、やっぱり着慣れねぇな……。ヒラヒラしててスソ踏みそうだ」
「慣れないというわりに、きちんと淑女らしい服もお持ちなんですね」
「ああ、そりゃあ、冒険者ランクがBまで上がったら辺境伯様からお呼びがかかることもあるからな。流石に一着二着は買ってるさ」
なるほど。
「それなら僕も、さっさとBランクまで上げないといけませんね。そうすれば、辺境伯様にお会いできるんでしょう?」
「いや、会えるだろうけどよ……。会いてぇか、お前? 偉そーにしてるやつ、嫌いなタイプに見えるけど」
まぁ、好きではないですけど。
「偉そうだから会いたいのではなく、偉くて他の偉い人に口利きができそうだから会いたいのです。僕にも色々と事情がありまして」
僕は、僕の事情や目的をかいつまんで説明します。
「というわけでして。僕は僕の敬愛するお嬢様たちのところへなるべく早く帰らないといけないのです。そのためには情報収集が不可欠で、情報を集めるためには立場が必要になってくるのです」
まこと世の中というのは、一足飛びで何かができるようにはなっていませんね。
コツコツとした積み重ねが必要になってくるのです。
「ふーん……。なぁ、ナナシ。お前、冒険者活動はソロでやるつもりなのか?」
「はい。たぶん僕一人で動くほうが色々と都合がいいですので」
「アタシもソロでやってんだけどさ、なんだかんだと面倒も多くてさ。お前さえよければ、しばらく一緒にやらないか」
ほほう。
「可愛い女の子に誘われて断るほど僕は枯れてないのでもちろんオッケーですけど」
「お、おう」
「仮にも僕ってメラミちゃんのことをわりと屈辱的な方法でボコったわけですが、そのへんは良いんですか」
「まぁ、やられた時はムカついたけど。後でよくよく考えてみればアタシのほうが弱えーのが悪いって思ったからな」
なるほど。弱肉強食的な考え方ですね。
「それに、ナナシの結界術の使い方見てるとおもしれーし、勉強になる。アタシも結界術のスキルを取ってみようと思うんだけど、取ったら使い方教えてくれねぇか? アタシは代わりに冒険者としての流儀とか細かいことを教えてやるからよ」
いいですね。分かりました。
「ちなみにだけど、……お前が結界術使う時の魔力の流れって他のやつが結界術使ってるときとちょっと違うんだよな。お前の結界術って特殊スキルだったり稀少スキルだったりするのか?」
そうですね。正確には超・結界術(極)です。
「……そうか」
個人的には、結界術を使う人が増えるのは嬉しいので、お教えできることはお教えしますね。
「分かった。よろしく頼む」
こちらこそ、これからよろしくお願いします。
僕は、いまだに言い合っている姉妹のお二人を横目に、メラミちゃんとがっしり握手を交わしたのでした。




