第079話・冒険者になります
翌朝僕は目を覚ますと、イェルン姉さんが無事であること(寝ゲロで窒息することもあるらしいですね。怖い)を確認してから回復結界を解除し、女神様とお嬢様に朝の祈りを捧げました。
そして、しばらくは起きそうにないイェルン姉さんを放置して家の中を軽く掃除し朝ごはんを用意してからイェルン姉さんの家を出ました。
街中をてくてく歩き、大きくて頑丈そうな建物を見つけて中に入ります。
建物の中はガヤガヤと賑やかで雑然としていて、武器や防具を身につけた粗野な見た目の人たちがたくさんいます。
食堂や酒場も併設されているのか、テーブルを囲んでご飯を食べている人たちもいますね。
建物内を見回しながら奥に進むと、一番奥に受付カウンターが並んでいます。
何人かの女性が受付に座っていましたが、その中で僕は、知った顔に似ている人が受付嬢をしているところの列に並びました。
そしてしばらく待つと自分の順番が来て、受付の女の人にペコリと頭を下げます。
女の人は、ニコリと笑って応対してくれました。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご用件をお伺いします」
そう、ここは冒険者ギルドです。
「冒険者登録をしたいです。よろしくお願いします!」
僕は、冒険者になることにしました。
◇◇◇
昨日、イェルンさんとお話して知ったのですが、僕が正式な手続きを経て辺境伯様にお会いしようと思うなら、冒険者として名を上げるのが手っ取り早いみたいなのです。
なにせ冒険者というのは完全実力主義的な風潮があり、強くて活躍している冒険者はそれだけ登録の階級も上がっていきます。
そして階級が高ければそれだけ強い発言権を持つこともできるらしく、上位の冒険者ともなれば下級貴族よりも権力を持っているのだとか。
まぁ、女神様やお嬢様の関わらないところでの権力などたいした意味もないのですが……、必要なものを手に入れるために必要なものなので、ちょっと頑張って階級を上げてみようと思います。
「……はい、記入はそこまでで大丈夫ですよ。ふんふん、お名前はナナシ様ですね。年齢も十三歳で問題なし。職業は……、えっと、結界術士、ですか?」
受付嬢さんが形の良い眉を寄せて訝しみました。
「はい。僕は結界術が得意ですので、職業として名乗るなら結界術士が一番正確だと思います」
この職業というのは自称でよいらしく、例えば剣を使うのが得意なら剣士、弓や罠を使うのが得意なら猟師、火の魔術を使えるなら火魔術師といった感じで名乗るみたいです。
これは冒険者同士がパーティーを組むときに自分は何が得意かを他の人に分かるようにするためのもののようで、例えば職業をよく見ずにパーティーを組んだら五人全員後衛だったとか、そういうこともあるのだとか。
バンドだったら五人全員ドラムみたいなものですかね。
それはそれでコアな需要があるかもしれませんが。
ともあれ。
できないことをできると偽って職業を書くと後でたいへんなことになったりもするみたいですし、僕はこれ以上に適切な職業名が思い浮かばないので結界術士でいきます。
登録よろしくお願いします。
「結界術……。失礼ですが、他に戦闘用のスキルは何かお持ちですか?」
「結界術だけですね!」
異界電脳接続術はたぶん戦闘には使わないスキルだと思いますし。
僕も今はもっぱら手が空いた時にキーウィぺディア(果物みたいな名前の鳥がトレードマークの辞書サイトです)とかレシピサイトのクッグ(正式にはCookin' goodです)を見るぐらいにしか使ってません。
けど、僕の結界術は守護ってヨシ囲ってヨシ包んでヨシ切り裂いてヨシの万能包丁より万能なスキルなので問題ないでしょう。
本当は超・結界術(極)ですし。
しかし受付嬢さんは難しい顔をします。
「うぅん、その……。まことに申し上げにくいのですが。冒険者が誰でもなれるものとはいえ、戦闘系のスキルが結界術だけというのは……」
「でも、僕の結界術は強いですよ? 少なくとも僕は、この建物にいる人たち全員とまとめて戦っても勝てますから」
すると、受付嬢さんの眉がピクリと動きました。
隣の列や僕の後ろで順番待ちしている人たちの何人かも、僕の言葉に反応しています。
「ナナシ様。不用意にそういった発言をなさることは、推奨しません」
先ほどまでよりも少し冷たい声音で、受付嬢さんが言います。
「この場にいる皆様は、どなたも冒険者としての経験と実績を積んだ方たちです。当然ナナシ様のお言葉が、いわゆる若気の至りと呼ばれるものであることはご理解いただけているものと思われますが……」
そこまで言うと、受付嬢さんは視線だけで僕の周りにいる冒険者さんたちを見回しました。
「それでも、職業柄どうしても気が短い方や荒っぽいもいらっしゃいます。あまり皆さんを刺激するようなお言葉は、使わないほうがよいかと」
ふーむ。
言われて僕も周りを見回してみます。
冒険者の皆さんは、揃いも揃って僕を睨みつけていました。
僕は、馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまいました。
「ははははは。こんなにたくさんの方から見つめられると照れてしまいますね。けど、先ほどの発言は事実ですので撤回はしません。皆さんでは、僕に指一本触れられないと思います」
僕の言葉を聞いて、冒険者の皆さんが殺気立ちました。
僕は、ニッコリ笑って続けます。
「もし、僕の結界術の強さを知りたい方がいましたら、試していただいてもかまいませんよ。……受付嬢さん。どこか、広場のようなところは近くにありませんか?」
皆さんの中のどなたかお相手いただけるなら。
僕の結界術の強さを、皆さんにお見せいたしますので。




