第078話・聞き上手で酔わせ上手
でっかいお屋敷の前に着きました。
でっかい塀で囲われています。
でっかい金属製の門の前にはムキムキで鎧姿のお兄さん二人が立っていて、目の前に来た僕をジロリと見下ろしてきます。
僕は、ニッコリ笑顔を浮かべて言いました。
「こんにちは! 辺境伯様にお会いしたいのですが、中に入れてください!」
門番のお兄さん二人は無言で顔を見合わせると、片方のお兄さんが無言で僕の首根っこを掴まえて、ちょっと離れたところにあるベンチの上にぽいっとされました。
あれ?
「な、な、なにをしてるんですか貴女は〜!?」
「あ、お役所の職員さん」
とちゅうから僕の駆け足についてこれなくなっていた職員のお姉さんが、ゼィゼィと息を荒げてやっと追いついてきました。
「いきなり辺境伯様のお屋敷に行くなんてバカなんですか!? 下手したら不敬罪で逮捕されますよ!?」
そうなんですか?
「不敬罪って。あっ、なるほど。やはり人様のお家を訪ねるのに手土産も持たずにいくのは失礼でしたね。この街で一番美味しいお菓子屋さんってどこですか? そこのお菓子を買ってからまた来ようと思うんですけど」
「そういう問題じゃないんですよ〜!? 貴女ほんと、えっ、まさかとは思いますが、常識がない……??」
なんか急にディスられました。
失礼ですね、常識ぐらいありますよ。
「職員さんこそ、どうして僕の後を追ってきたんですか? まだお仕事中では? 勝手に出てきたら怒られてしまうんじゃないですか?」
「貴女が不穏なこと言って出ていくからでしょう!? あのまま辺境伯様のお屋敷に行かれたらまずいと思って追いかけたら全然追いつけないし! なんなんですかもう!」
「そんなこと言われましても。というか、まずいってどういう意味です?」
「そのままの意味です! もし貴女が何かやらかして不敬罪で捕まったとして、その時に私の名前が出ようものなら私まで逮捕されちゃうじゃないですか! 私まで巻き込まないでくださいよ!」
わおっ、百パーセント自分の保身のためだった。
これはなかなか、一周回って清々しいですね。
「いやでも、僕は職員さんのお名前を聞いていませんし、そもそも不敬罪で逮捕されるようなこともしませんので、職員さんの心配は杞憂というやつですよ」
「今まさに目の前でアウトすれすれのやり取りがあったわけですけど!? もうやだこの子! 可愛い顔してとんでもない! さっきのだって子どもの戯言だと聞き流してくれなかったらアウトだったからね!?」
心配性な人ですねぇ。
まぁけど。
「大丈夫ですって。そもそもあの人たちに僕を捕まえることなんてできないですから」
「だからそれは見逃してもらっただけで……!」
「いえいえそうではなく。あの方たちでは僕を摘み上げることはできても、僕を拘束することができませんから」
だって、僕のほうが強いですから。
「……は?」
いえ、正確には僕のスキルが強いから、ですね。
いやはやいけませんね、あまり不正確なことを言っているとまたお嬢様に怒られてしまいます。
「まぁでも、アポなし突撃訪問は確かに失礼だったかもしれません。仕方がないので出直します。あ、職員さん、これからお役所に戻るのですか? もしよければ僕も一緒についていって職場の方々に弁明しましょうか? 僕が無理を言ってついてきてもらったので職員さんは悪くないんです、って言いますよ。だからまたちょっと相談に乗ってください。今日の夜はお時間ありますか? ご心配をかけてしまったお詫びも兼ねて晩ご飯をご馳走しますよ。美味しいお店を教えてください。あと貴女ってスラッとした素敵なお足をしていますね。ご飯の時はその黒タイツを脱いだ姿を見せてほしいです」
と、なんだか呆気に取られているお姉さんの手を引いてお役所に戻り、案の定お怒りモードだったお姉さんの上司さんに全力土下座をキメて許してもらいました。
そしてその後なんのかんのと言いくるめて、一緒にお食事に行くことになりました。やったね!
◇◇◇
で、夜になりました。
僕は今、お役所の受付のお姉さん(イェルンさんというみたいです。お仕事が終わるのを待っている間に教えてもらいました)に教えてもらったレストランに来て、イェルンさんと一緒に晩ご飯を食べています。
お役所の制服から私服に着替えたイェルンさんをそのままお店に連れてきて一緒のテーブルに座り、運ばれてくるお料理をもぐもぐしながらイェルンさんとお話をします。
最初はイェルンさんもちょっと困ったような様子でしたが、何杯かワインを飲むとだんだん気分が上がってきたようで、美味しい料理に舌鼓を打ちながら僕とのお喋りに花を咲かせます。
はじめのうちは僕が辺境伯様にお会いするためにはどうすればいいかのお話をしていたのですが、お酒が回るにつれてイェルンさんのお仕事の愚痴の比重が大きくなり。
今は、気の利かないくせに言うことばかり鬱陶しい上司への愚痴が終わって、いつも自分のことを馬鹿にしてくる妹さんへの愚痴を聞いているところです。
「それでね、ミーシャったらいつも私のことを小馬鹿にしたような顔で見てくるの。そんなこともできないの姉さん、とか、これぐらいできないと仕事にならないよ、とか! もー、あの子は要領が良いかもしれないけど私はそうじゃないし……、というか私だって一生懸命やってるのに、あの子のほうがなんでも良くできるからいつも比べられるし……」
ふむ、少し気まずい関係の妹さんがいらっしゃるのですね。
「あの子がいるから実家にも顔を出しにくいし、かといってずっと顔を出さないとそれはそれで両親から小言を言われるし……。けど帰ったらなにかにつけてミーシャと比べられてこの子のほうがしっかりしてる、貴女ももっとしっかりしなさいとか言われるしぃ……。もうほんと、嫌になるわ……」
イェルンさん、すっかり出来上がってしまいました。
ぐずぐずと半べそをかきながら、空っぽのワイングラスのふちを指でなぞっています。
僕はうんうんと相槌を打ちながら、イェルンさんの愚痴を聞き続けます。
すると。
「はぁ……。貴女になら聞かれても困らないからぶっちゃけるけど。ほんとは私も、ミーシャみたいに冒険者ギルドの受付嬢になって、屈強な男たちからチヤホヤされて暮らしたかったの」
ほほう、そうなのですか?
「色んな男をころころっと手玉にとって、冒険者になったばかりの子から熱烈なアタックを受けたりして。それで、若くて強くてカッコ良い男の子に見初められて結婚して、他の冒険者たちから惜しまれながら退職して、庭付きの大きな家で家政婦さんを雇って悠々自適な毎日を送りたかったの」
なんだか欲望まみれな話ですね。
「けど、私は顔も愛想も人並みだって言われて冒険者ギルドの募集を落とされて。かわりにお役所の受付窓口の仕事を紹介されて就職したものの、毎日毎日親と変わらないぐらいの歳の人たちに愛想笑いを浮かべる生活……。妹は今年の春から冒険者ギルドの受付嬢になって同年代の子たちから誉めそやされて暮らしているってのに、どうしてこんなに違うのかしら。どうして私がほしいものは、みんなミーシャが持ってっちゃうの……?」
僕は、テーブルに突っ伏しそうになっているイェルンさんの右手を、そっと両手で包んで握りました。
イェルンさんのお顔がこちらを向きます。
「イェルンさんがいつも一生懸命頑張ってるというのは、お話を聞いていてよく分かります。それに僕は、イェルンさんだって立派で素敵な人だって思いますよ。今の自分が理想とは違っていても、決して挫けることなく日々を生きているのですから」
悔しくて、情けなくて、劣等感に苛まれて。
自分の欲しいものは手に入らず。
他の誰かがそれを手にするのを眺めては、空っぽな自分の手のひらを見つめて涙する。
それでも挫けずに生きていくのは並大抵のことではないと思いますし、僕は、そうやって頑張っている人のことが、大好きです。
「イェルンさん。僕は、貴女のような素敵な人に会えて嬉しいです。色々教えてくれて助かりましたし、こうしてお話できてとても楽しかったです。今後とも僕と仲良くしてくれるとありがたいのですが、どうですか?」
イェルンさんは、恥ずかしそうに目を背けながらも「ま、まぁ、貴女は危なっかしいところもあるし、常識に疎いところもあるみたいだから、また色々教えてあげるのはかまわないけれど?」と言ってくれました。
わーい、やったあ。
「あ、それならイェルンさん。これからはイェルンさんのこと、イェルン姉さんと呼んでもいいですか?」
「!?」
「実は僕、お姉さんというものにほのかな憧れがありまして。嫌でなければ、姉さんと呼ばせてください。……だめですか?」
イェルン姉さんのお顔をじっと見つめて、おねだりしてみます。
イェルン姉さんは、ボブカットの砂色の髪をかき上げ、焦茶色の瞳が忙しなく動いたあと、
「……べ、別に嫌じゃないわ」
と言ってくれました。
「ありがとうございます! えへへ、イェルン姉さんって、やっぱり優しいですね」
「……! わ、ワインもう一杯持ってきて! 今日は限界までいくわ!!」
そのあとさらにイェルン姉さんは「可愛い妹……、生意気を言わない可愛い妹……!!」とか呟きながら追加でワインを五杯飲みました。
当然、ベロベロになってしまいましたので、僕が抱えて自宅まで運び、介抱することに。
服を脱がせてお水を飲ませて、寝ゲロしないように横向きに寝かせて、回復用の結界でベッドを覆ってあげて、何かあっても対応できるようにベッドの横に結界ベッドを作って横になり、「おやすみなさい、女神様。おやすみなさい、お嬢様。おやすみなさい、イェルン姉さん」と言ってから眠りにつきました。
すやぁ。




