第071話・異世界結界通信機
「ひ、ひやああぁぁぁ〜〜」
という情けない悲鳴をあげ、
「こ、こんな美味しいもの食べられるなんて……、うううぅぅぅぅ、美味しいよぉ、美味しいよぉ……!」
ボロ泣きしながら食事(ティラノステーキや、夏野菜サラダにマッシュポテトに白身魚のフライにクリームコーンスープに果物盛り合わせ等々)を口いっぱいに詰め込んだヨークさんは、
「ふわあぁぁ……、わたくし、もうここで死んでもいいかもしれません……」
とかなんとか恍惚の表情で言っていましたが、
「え! 王国に帰ってちゃんと頑張ればまたナナシ様のご飯を食べさせてもらえるんですか!? わたくし、全身全霊で頑張ります!!」
と、目の前にぶら下がったニンジンを追うお馬さんのように前向きになり、
「ナナシ様、ハローチェ様、わたくしにお任せください! 王国の動向と王族の方々の現状を、つぶさに観察してご報告いたしますので!!」
という感じになりました。
いきなり忠誠心マックスみたいな状態です。
なんというか、欲望に素直過ぎません?
もしくは生存本能が強いのか。
うーん、チョロい。
「ナナシさんも、人のことは言えないと思うけどね」
と、お嬢様に言われました。
いや、僕はこれほどチョロくはないと思いますけど……。
「あ、ナナシ様! なにやらお聞きするに女性の足を舐めるのがお好きだとか! 不肖の身ではありますが、わたくしも女です! もしよろしければ、わたくしの足も舐めていただけませんか?」
と、ヨークさんが両足の靴と靴下を脱いで長ズボンの裾を膝上ぐらいまでまくりながら言ってきました。
マジですか!?
わーい!!
僕は喜びのあまりピョンと飛び跳ねてからヨークさんの前にひざまずきます。
それではさっそく失礼して。
ぺろぺろ、ぺろぺろぺろ……。
ぺろぺろ、ぺろぺろぺろ……。
ぺろぺろ、ぺろぺろぺろぺろ……。
「……うぅん。ナナシさんも相変わらずね。……私ももう少し、舐めさせてあげたほうがいいかしら……」
はぁ。ヨークさんのお足も美味しいです。
例えるなら、徹夜明けで飲む微糖の缶コーヒーみたいな感じです。
安っぽさはあるんですが、たまに飲むと美味しいやつですね。
うまうま。ぺろぺろ。
ふぅ、ごちそうさまでした。
そんなこんなで、ヨークさんが仲間(とりあえず、仮のです)になりましたとさ。
◇◇◇
森の皆さんこんにちは、ナナシです。
僕がヨークさんと出会ってから一週間がたちました。
現在、僕の脳ミソには、この一週間の数々の試行錯誤によって積み上げられた知見があふれており、当初の予定通り今日にも完成版の結界電話を作成することができそうです。
僕は、手の平を合わせて静かに集中します。
そして自分の目の前に、全ての問題点を解消した結界電話を作り出すことにします。
「結界作成・電話」
まず、スマートフォン型の結界板を作り出し、そこに結界間の通信機能を持たせます。
「形状変化・腕輪」
次に結界板を腕時計型に変形させます。
色々試してみましたが、忘失防止や使用感の観点から腕に巻いておくのが一番使い勝手が良かったです。いざという時に両手を空けていられるのも好評でした。
「導線接続・龍脈」
そして僕は、足元の地面の下の下。この森の地下深くを通る龍脈の気配を探り出し、そこに接続できる機能を付与しました。
龍脈というのは、この世界を巡る真力や魔力の溜まり場もしくは通り道のことで、この森の地下には当然、僕が丸三年かけて流し込んだ大量の真力が蓄えられています。
そしてこの真力は、この森の地下で少しずつこの世界に馴染んだ形の魔力に変換され、世界各地へと流れ出て行っているようなのですが。
その流れの一つがグロリアス王国の地下にも流れ込んでいっていることが分かったのです。
この龍脈に魔力導線をつなぐと、そこから必要十分な量の魔力を常に補充できるうえに、龍脈の流れを通じて遠隔地でも結界通信を繋げることができるようになります。
また、元々この森の拠点を覆う大結界には、森に満ちる魔力を自動吸収する機能を持たせていましたが。
このたび改めて、森の地下にある龍脈に接続する形に機能改修し、より安定した結界維持の実現に加えて、龍脈を通じた結界回線のサーバとしての機能を付与してあります。
これは、今後僕たちがこの拠点にいない時でも、龍脈の流れの近くにいれば大結界サーバを介して結界電話同士で通信ができるようになるものです。
そしてそこに。
「真珠をはめて、っと」
結界電話の、腕時計でいうところのリューズの位置に、燕晴貝の真珠を取り付けます。
この真珠、実は内部に大量の魔力を蓄えることができる性質があり、魔力の蓄電池として使うことができるみたいなのです。
この真珠には僕の魔力を目一杯詰め込んでありますし、結界通信を使っていないときに龍脈に接続していれば、自動的に龍脈から供給される魔力を溜め込んでおくことができ、龍脈から離れたところに行ってもしばらく(一年ぐらいでしょうか?)は結界電話を維持することができるのです。
ちなみに、平均的なサイズの燕晴貝に僕の魔力を目一杯詰めたものは、末端価格で金貨三千枚相当(ジェニカさん評)の価値になるとのことで、お嬢様からは「必要以上の数を作らないこと」と厳命されました。
で、そんなこんなをしていくと。
「……できました」
実戦用改良型結界電話の完成です。
ちなみにこれ、形はまんまスマートウォッチですね。
本体部分の画面表示部をタッチすると通話可能な他の結界電話の一覧が表示されるので、スライドさせてタッチすると通話呼び出しができます。
それと、文字通信機能も付けてあります。こちらは二百文字以内でのやり取りができる機能で、通話に比べて通信が軽く済みます。
簡単なやり取りなら、文字だけでも差し支えないでしょう。
いやはやそれにしても。
やはり女神様からいただいた結界術は素晴らしいですね。
僕がああしたいこうしたいと考えたことを、過不足なく実現してくれるスーパースキルです。
まことに、女神様への信仰心がとどまることをしりません。
はあぁ。また今度、一分の一スケールのパーフェクト女神様像(服装は巫女服にしましょうか)を作ってお祈りしなくてはなりませんね。
今の僕なら、漆黒の絹糸のようにきめ細やかな女神様のお美しいお髪を木像で再現できると思うのですよ。
以前はどうしても髪の毛の一本一本までは掘り起こせなかったので、フィギュア的なパーツ分けで再現するしかなかったのですが。
今ならいける気がします。
見ていてください女神様。
僕はやりますよ。
さてさて。
とにもかくにも、一台作れれば後は量産するだけです。
僕は結界電話の完成形一号機を自分の左手首に巻き、続いて二台目三台目の作成に取り掛かります。
昼前ごろには全員分プラスアルファの結界電話を作り終え、皆さんをお呼びしました。
「お嬢様、こちらがお約束の品になります」
僕はまず、お嬢様の分の結界電話を恭しく献上しました。
お嬢様が左手首に装着し、それからしばらく結界電話を眺めたあと、
「素晴らしいわね。デザインも、私好みにしてあるんでしょう? さすがナナシさんだわ」
と、お褒めの言葉をいただきました。
わーい! やったね!
そうなんですよ。
どうせなら可愛かったりカッコ良かったりしたほうが良いと思って、それぞれ少しずつデザインとカラーリングを変えてあるんですよ。
お嬢様のは少し可愛らしさも残しつつスマートに見えるように角の丸い正方形の本体部分に濃緑染革風のベルト部分。
本体部分は少し薄めに作ってありますので、戦闘の邪魔にもならないと思います。
ジェニカさんは丸型本体に茶革風ベルト、ナルさんは黒一色で少し無骨なミリタリーウォッチ風、レミカさんは少し縦長の長方形の本体に、藍染風ベルト。
それぞれ順番にお渡しします。
そして。
「……これが、ヨークさんの分です」
と、名前を呼ぶと。
「はい、ナナシ様! ありがとうございます!!」
めちゃくちゃ元気に返事をしたヨークさんが、まるでエサをもらうネコちゃんみたいに駆け寄ってきました。
ヨークさんのは少し特別製で、シンプルな正方形デザインに黒ベルトなのですが、魔力蓄電池用の真珠が三つついています。
これは、今後僕たちから離れてグロリアス王国に帰ってもきちんと活動できるようにしたものです。常に龍脈の近くにいられるとは限りませんから。
僕が近くにいる間は僕からも魔力導線が伸びているので魔力切れの心配はないんですけどね。
「あと、これを」
そして、それとは別にもう一つ。
ヨークさんには追加の結界電話をお渡しします。
これは、腕時計型ではなくて、懐中時計型にしてあります。
見た目もできるだけ普通の古ぼけた懐中時計に見えるように偽装してあって、蓋を開けても通話機能を起動させるまでは普通の時計の針が動いているように見せかけるようになっています。
これは、お嬢様からの指示によって作ったものなのですが。
「お任せください! わたくしの命にかえてもお届けいたします!!」
どうやら、王国に残っているお嬢様の弟様と妹様に渡したいのだそうです。
無事にお渡しすることができれば、ヨークさんを介してだけでなく、直接弟様たちと連絡が取れるようになることでしょう。
「兄たちとは今のところ話すことはないけれど、弟妹たちには、何も言わずに国を出てしまったから」
と言うお嬢様。
表情から内心をうかがい知ることはできませんが、同じ母親から産まれた弟妹たちを残してきたことが、やはり心残りとなっていたのでしょうか。
なんとか連絡が取れて、お嬢様の心配が少しでも和らげばいいのですが。
「それではナナシ様、ハローチェ様。行ってまいります!」
数日後、結界電話と水や食糧、その他諸々の必要物資を持ったヨークさんを森の北側のすぐ外のところまで送り届け、グロリアス王国に帰っていくヨークさんを見送ったのでした。




