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第070話・定額通信カベホーダイ


 お嬢様からのゴーサインをいただいた僕は、僕のやろうとしていることを他の皆にも分かるように説明することにします。


「要するにですね、ヨークさんがお国に帰ってからも言動を監視できればいいわけなんですよね」


 誰かに余計なことを言わないかとか、きちんとこちらの望むように上に報告してくれてるかとか、こちらを裏切るようなことをしてないかどうかとか。


 そういうことが分かれば良いわけです。


「なのでまずは、ヨークさんの首に結界首輪を付けて、ヨークさんが裏切った瞬間首チョンパするようにしようと思います」


「ひえっ……!?」


 尻もちをついたままのヨークさんは、絶望! みたいな表情を浮かべました。


「概念結界なんかで悪意や叛意を持った人間を遮断することができるように、ヨークさんから僕たちへの敵意を感知したらこう、……ギュッとなる首輪です」


 この首輪はすぐに作れるので、ひとまずヨークさんの首に結界首輪を付けました。


 首輪を付けられたヨークさんは、死んだニワトリのような目で虚空を見つめます。


「はわ、はわわわわ……」


 大丈夫ですよヨークさん、僕たちのことを裏切らなければ死にませんので。


 それで、ですね。


 僕は以前ワーフー諸島連合国のレミカさんのご実家に向かうときにユーフォー型のカベコプターを作りました。


 その時に、マイク型の結界とスピーカー型の結界を作って、ユーフォーの外に声を届ける仕組みを使いました。


 あれって要は、マイク結界が声の振動を感じ取り、それをスピーカー結界に伝えて振動させ大きな音にして鳴らしているものです。


 デジタル処理された音の波長データを結界間でやり取りして伝えているわけですね。


 これってつまり、結界間で通信ができるということなんですよ。しかもワイヤレスで。


 そしてそして。

 僕は以前にお嬢様の暇つぶし用にと思って、タブレット型の結界壁を作ったことがあります。


 あれは結界壁に接触圧力を感知して画像表示を変化させる機能を持たせた結界壁で作った物です。


 つまり、結界壁にタッチパネルとしての機能を搭載することができるわけですね。


 で、これらの機能をギュッと組み合わせると。


「お嬢様、これが試作品になります」


 僕は、手のひらサイズの結界板をお嬢様に渡しました。

 僕の手にも、同じ仕組みの別の結界板があります。


 お嬢様にその場に残ってもらい、僕は神殿の奥に入っていって直接声が届かないようにします。


 神殿最奥の女神様像の前で僕は、手にした結界板の表面を指でなぞり、ポンと押しました。


 すると、数回のコール音の後。


『……ナナシさん?』


 結界板から、訝しげなお嬢様のお声が聞こえてきました。


「はい、お嬢様。ナナシです。僕の声は聞こえていますか?」


『聞こえているわ……。本当にできるのね……。これ、お互いの声をやり取りできるのよね?』


 はい、そうですよ。


 この結界製()()があれば、遠くにいてもお互いの声をやり取りすることができます。


 さらには。


「お嬢様、結界板の右下にある、目の形をしたマークを押してください」


『これ……? うわっ、ナナシさんの顔が!?』


 僕のほうにも、驚くお嬢様のお顔や、その後ろから結界電話をのぞき込んで驚いている他の皆さんの姿が見えます。


 これは、結界板に当たる光を反射せずに取り込んで、通信中のもう一方の結界板の表面に描画しているんです。


 つまり、テレビ電話みたいなものですね。


 画質は荒いですし少しカクカクしていますが、相手の顔や表情はきちんと確認することができます。


 僕はとりあえずの試作品の性能に満足すると、お嬢様にお断りをしてから通信を切断し、お嬢様たちのところに戻りました。


 戻りつつ、今使っていた結界板の形状を変化させて、腕時計の形にしました。


 そして腕時計型結界電話を手首に巻いて、お嬢様に見せました。


「先ほどの結界板は、結界電話と言います。そしてこの腕に巻いているのは、結界電話を持ち運びしやすい形にしたものです。いずれも遠く離れた場所にいる相手と会話をするためのものです」


「……ナナシさん。改めて聞くけど、これも貴方の結界術なのよね?」


「はい。僕の前世では、こうした通信装置を一人一台持ち歩いていて、皆どこでも誰とでも会話をすることができました。今回のはそれを僕の結界術で再現したものになります」


「……すごい。まるきり対話鏡だわ。あの古代遺物(アーティファクト)がこんな簡単に再現できるなんて……」


 ふむ?

 通信装置自体は、一応この世界にもあるのですかね。


 それならまぁ、話は早いです。


「先ほどやってみせたように、この腕輪型結界電話でも問題なく通話ができます。僕はこれをヨークさんに持たせてグロリアス王国に帰ってもらおうと思います」


 そうすれば、グロリアス王国に帰った後のヨークさんにも、色々と指示を出したり話を聞いたりできるようになります。


「ヨークさんの立ち回り次第では、現在のグロリアス王国の情勢や内部事情を知ることもできるでしょう。お嬢様がグロリアス王国内で気になることがあるのなら、ヨークさんに調べてもらうこともできるようになると思います」


 ヨークさんはまさしく、お嬢様の密偵として活動できるようになるわけです。

 せっかく寝返ってくれたのですから、ビシバシ働いてもらうのがいいでしょう。


 するとお嬢様が、深く頷きながら言います。


「すごいわね、ナナシさん。一週間なんて言っていたけど、一瞬でできてしまったじゃない」


「いえ、お嬢様。これはあくまでも試作品です。実際に運用するとなれば、二点ほど改良しなくてはならない点があります」


 まず一つは魔力の問題。

 結界電話を破綻なく動かすためには相応の魔力を消費しますが、それをどうやって賄うのか。


 もう一つは距離の問題。

 魔力の補給もそうですが、なにより遠く離れたところまできちんと結界通信が届くのか、現時点では不明瞭です。


「近距離で短時間の運用なら魔力の消費も抑えられますが、おそらく距離を伸ばせば伸ばすほど通信に必要な魔力量は増えると思いますし、必要な魔力量が増えればそれだけ長期間の運用が難しくなります」


 おそらくですが、この結界電話は僕から離れすぎると僕との間の魔力導線が切れてしまい、魔力の補充ができなくなります。


 そして魔力残量が尽きれば結界電話自体の構成を維持できなくなり、消失してしまうでしょう。


「通信距離の限界を確認して、グロリアス王国から少なくともこの拠点まで通信を届かせるために必要な魔力量を計算して、その魔力を僕との魔力導線が切れた状態になっても賄えようにする方法が必要です。それらの技術的な問題は、今から解消に向けて取り組まなくてはならないのです」


 だから、それらの問題を全て解決するまでに、少なくとも一週間はかかると思うのですよね。


 もしかしたら、もっとかかるかも。

 ゴール地点は見えていますが、いかんせんゴールまでの道のりが遠いように感じます。


 この技術が確立されれば後々とても役立つとは思うので、なんとか形にしたいところなのですがね。


「それに超々遠距離かつ長期間使用でも結界維持ができないと、ヨークさんの首輪も消えてしまいますし」


 それを聞いたヨークさんは「首輪が消えても裏切らないよー……」と蚊の鳴くような声で言いました。


「とにかく。明日からはそのあたりを色々試してみます。いくつか試案はありますので、順番に試していけばどれかはモノになるかと……」


 と。


 ぐごごぉぉぉ〜、と地鳴りのような音が響きました。


 はて何事かと思って周囲を見回していると、目の前でへたり込んでいるヨークさんが、お腹を押さえて顔を赤らめています。


 ……おやおや、もしかして。


「ヨークさん。今のは」


「……ご、ごべんなさいいぃぃ。けど、もう一週間ぐらいご飯食べてないんですぅー!」


 そうでしたか。

 ……僕は、お嬢様をじっと見つめます。


 お嬢様は、やれやれという表情で頷きました。


 僕は、手をパンッと叩いて気持ちを切り替えると。


「ジェニカさん。今から晩ご飯の準備をしますので、手伝ってもらってもよろしいですか」


「いいよー、ナナシくん」


 そういうことに、しました。


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