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第066話・業銘結界


 体高は約十五メートルほど。

 鋭い爪と牙、長い尾を持ち全身は硬い鱗に覆われています。


 知能は高く、残忍で凶暴。

 体重を活かした突進はあらゆる障害を粉砕することができるでしょう。


 肉食性なので他の生き物を捕食するし、縄張り意識も強いので不用意に縄張りに踏み込むとかなり執念深く追跡してきます。


 それがあの、ティラノサウルスです。

 久しぶりにその姿を見つけました。


「あ、あんなに大きいの……!?」


 初めて生きたティラノ君を見たジェニカさんは、その巨体ぶりと凶暴そうな顔つきに驚き、体を震わせました。


「これはまた、生き物としての格が高そうだ」


 レミカさんも、ティラノ君からあふれる圧倒的な生命力の波動を肌で感じ取っているのか、どこか緊張した面持ちです。


 僕は、ティラノ君の姿がギリギリ見える距離でカベコプターを停止させ、お二人に言います。


「特殊な上位個体を除けば、あのティラノ君がこの森に棲む生命の最上級といえます。お二人が緊張するのも無理はないかと」


 僕は、カベコプターの気配をできるだけ消しながら、ティラノ君に付かず離れずの距離を維持します。


 こちらに気づいて襲ってきたら否応なしに戦闘開始ですからね。


 できればこちらが先手を取りたいところですし、なんなら初手で密着結界からの薄刃結界で仕留めたいところなのですが……。


「それで、レミカさん。本当にやるんですか?」


「うん。できるところまでは、やらせてほしい」


 なんとレミカさん、ティラノ君と戦ってみたいと言うんですよね。


 うーん……。


「ティラノ君は、昨日のカメレオンよりもはるかに強いですよ。たぶんレミカさんの使ってる刃物では鱗を切り裂けないと思います。それにレミカさんと比べれば鈍重かもしれませんが、もし避けきれず、一撃でもまともに喰らえば致命傷になるかもしれません」


 僕もいつでも結界を出せるようにはしておきますが、それでも危険であることには変わりありません。


「それか、僕の鋭刃結界を貸しましょうか? 薄刃は僕の手から離せませんが、ギリギリ鋭刃に収まる切れ味のものなら、レミカさんの武器に纏わせることもできると思います」


 鋭刃結界なら、ティラノ君の鱗でもなんとか切れると思うんですけど。


 しかしレミカさんは、首を振りました。


「いや、それを借りてしまうんなら、最初からナナシ君に任せるのと変わらないからさ」


 うーーん……。


「勝算はありますか? というのも、僕も少し前まではこの森の生き物たちのことを軽んじていたというか、絶対に負けることのない獲物だと思っていたんですが……」


 数日前、目の前でナルさんを連れていかれ、危うく取り逃がしそうになったときのことが脳裏をよぎります。


 あの時の焦りと恐怖を思い出し、僕はぶるりと震えました。


「この森の生き物たちってどう猛で狡猾で強力なので、僕以外の皆さんは常に身の危険があるんですよね? 僕、いまさらながらそのことを実感したと言いますか、皆さんがどの程度の相手となら戦えるのかが分かってきたと言いますか……」


 今なら秘境行きに怯えていたジェニカさんの気持ちが少しは分かるかもしれません。


 自分のコントロールできない領域があり、そこから身の危険が襲ってくる可能性があると思えば、やはり怖いと感じるのでしょう。


 今のジェニカさんは僕の作成した簡易概念結界鎧を常に着ているので、こうして拠点結界の外にもついてきてくれますが、そうでなければまだ結界内に引きこもってしまっているかもしれません。


 と、そこで、レミカさんが不敵に笑います。


「つまりナナシ君の見立てでは、私では天地がひっくり返ってもあのティラノクンとやらには勝てないと?」


 いえ、そこまでは言いませんが……。


 その、今までの戦いぶりだけだと、ちょっと怖いかなって……。


 えっと、ごめんなさい。


 ここにきて急に僕がビビっていると言われたら、その通りではあるんですけど!


 僕、僕の結界術なら絶対に勝てるって言い切れるんですけど、他の皆さんの強さに関しては把握してない部分も多くて、確勝ラインが分からないんです。


 そしてレミカさん対ティラノ君だと、今のところ勝てるビジョンが浮かばなくてですね……。


「なるほどね。まぁ確かに、まともに戦ったら絶対に勝てそうにないし、たぶんナルちゃんでも善戦はできても仕留めきるのは難しいかもしれないね」


 そのぐらい私も分かるよ、とレミカさんは言います。


「だけどねナナシ君。私にはきちんと勝算があるし、それは君にとっても有意義なものだと思うよ?」


 有意義、……ですか?


「そう。この後の戦いで君に、結界術の()()を見せてあげる」


 ……ほほう?

 結界術の真髄とは、大きく出ましたね。


 レミカさんも結界術を使えるのはなんとなく分かっていました(お嬢様も使えますしナルさんも使えます。ほんとに、結界術というのは誰でも習得可能なスキルなのでしょう)が、それでも僕より結界術の練度が高いとは思えません。


「そりゃあ、結界壁の操作練度に関しては勝てないだろうけど、……結界術ってそれが全てじゃないでしょ?」


 レミカさんの言葉に、僕は一つの可能性を思い出しました。


 なるほど。まさか。そういうことですか。


 と、いうわけで。


 カベコプターから降りたレミカさんを見送り、僕とジェニカさんは適度な距離を保って見守ることにします。


 気負いのない足取りで接近するレミカさんに、ティラノ君が反応しました。


 グゴォォオオオロロロロロロ……。


 唸りをあげてレミカさんを睨みます。

 レミカさんはどこからともなく二本の青龍刀を取り出すと、


「……ふっ!」


 一息に踏み込んで距離を詰め、ティラノ君の右脚に絡みつくように双剣で切り付けていきます。


 独楽のように回りながら瞬く間に十数回の斬撃を浴びせましたが、


「ひゅうっ……!」


 やはり全く歯が立ちません。

 切り付けた青龍刀のほうが刃こぼれをしているぐらいです。


 そこに、鋭い牙の並んだ大きな口が襲いかかります。

 レミカさんが両手の得物を放棄しながらひらりとかわすと、数瞬前までレミカさんのいたところの地面が、ぞぶりとえぐり取られました。


 うわぉ、相変わらずの鋭さですね!

 避けたレミカさんも心なしか顔が引きつっているように見えます。


 レミカさんはさらに何度か手を替え品を替え攻撃をしてみますが、やはり刃が通りません。


 他にも花火をティラノ君の目の前で爆発させたり、


 大きな口の中に投げ込んだバラを槍に変えてつっかえ棒にしてみたり(普通にへし折られました)、


 シマシマ模様のロープで引っ掛けて転ばせようとしたり(なんと少しだけティラノ君の巨体が浮きましたが、重さに耐えきれず千切れました)、


 あれやこれやと試しますが、ティラノ君を翻弄することはできても、ダメージらしいダメージは与えることができないでいます。


 そうしていると、ティラノ君が煩わしそうに身体を回転させ、長い尾で周囲を薙ぎ払います。


 レミカさんはシルクハットに隠れて回避しました。

 身代わりになったシルクハットが、シッポに吹き飛ばされて消滅します。


 そして別の場所のシルクハットから現れたレミカさんが一言。


「ははは。まともに喰らったら即死だね」


 笑い事ではありません。

 やはり普通の戦い方ではダメなのでしょう。


 僕がそう思うとレミカさんも同じことを思ったのか、戦闘の最中に僕のほうをチラリと見て、手招きをしました。


 僕はレミカさんに誘われるがまま、レミカさんとティラノ君の戦いの場に近寄ります。


「レミカさん、よそ見は……!?」


 ジェニカさんの悲鳴が漏れます。

 レミカさんが間一髪で蹴爪をかわし、後方宙返りをして着地しました。


「わっとと……! 危ない危ない」


 さらに凶暴に攻め立ててくるティラノ君の猛攻をひらひらとかわしながら、レミカさんは静かに体内で魔力を練り上げていきます。


 そして、両手を合わせました。


「いくよ。……結界作成・業銘付与。ーー『転盤遊戯』」


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