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第022話・新たなるもの、広がる世界


 ◇◇◇


 お嬢様のお願いにより蓬莱樹の笏杖(新)の作成を始めて三日目の朝を迎えました。


 笏杖の作成は極めて順調に進みました。


 お嬢様から笏杖(元祖)のデザインを詳細に聞き取り、それに近づけつつもナナシ流のアレンジを加えながら、全体を少しずつ削ったり細枝を編み込んでいったりし、


 葉っぱやキラキラした実も一部残してデザインに使いつつ、杖の下端には紅ティラノ君の骨や牙を削り合わせたものを使い、


 紅ティラノ君の体内から出てきた赤くて丸くてツルツルした石も、杖の飾りのひとつとして使いました。


 お嬢様曰く、このツルツルした石は魔石と呼ばれるもので、ある程度の強さ以上の魔力を持った生き物の体内から見つかる宝石のようなものらしいです。


 強い生き物の体内からは、それだけ大きくて綺麗な魔石が出てくるらしく、普通の宝石などとはまた違った価値があるそうです。


 つまり、真珠とかみたいなものなんでしょうか?


 それとも胆石とか尿路結石みたいなもの?


 倒した生き物の膀胱とかからトゲトゲした魔石が出てきたら思わず玉ヒュンしちゃいそうですね。


 そんなこんなで、お嬢様のお願いを受けて立派な笏杖ができあがりました。いぇい。


 今回作った蓬莱樹の笏杖(新)は、長さが百五十センチメートルぐらいのまっすぐな杖です。


 下端から二十センチメートルぐらいは、いい感じの太さの紅ティラノ君の骨の先に牙の先端から削り出したものを合着させました。


 杖の上端は、元々伸びていた細枝を丁寧に曲げて編み重ねました。


 全体が螺旋状になるように意識しながら枝同士を重ねていき、一部枝先の葉や実を取れないように加工して残しましたので、煌びやかな宝飾の代わりになっています。


 そして、編み込んだ枝の中心に真紅に輝く紅ティラノ君の魔石を据えてあります。


 深く輝く紅い色は、この杖を持つ者がいかに優れた人物であるか、初めて会う者たちにも余すことなく伝えられることでしょう。


「お待たせいたしましたお嬢様。こちらが、ナナシ特製の笏杖でございます」


 恭しくお嬢様に献上すると、笏杖の仕上がりを見たお嬢様から、


「さすがナナシさんね。お父様が所有している蓬莱樹の笏杖となんら遜色のない威光を感じるわ。これなら、ニセモノだなんだと言われることもないでしょう」


 とのお褒めの言葉を賜りました。


 わーい! 

 やったね!


 そしてお嬢様から、このようにも言われました。


「ナナシさん。貴方と出会って早二か月がたちました。今日までの貴方の献身と奉仕に、私は何度も助けられてきました。その忠誠に免じて、私の肌に無断で舌を這わせた罪については、寛容な心で許します」


 ついに赦された!

 ありがとうございます!!


 いやぁ、長いようで短い償いの日々でした。


 前世だとまだネット上で袋叩きにされてるぐらいのころなので、お嬢様はまことに寛大だと思います。


「そのうえで、あらためて貴方に問います。これから先も貴方は、私の盾となり、剣となり、私の隣でともに歩み、私を支えてくれますか?」


 お嬢様が、いつになく厳かな様子で言います。


 これはあれですかね、そういうものだと思ってノリを合わせといたほうがいいやつですかね?


 僕は、とても頑張って真面目な表情を作り、お嬢様の前に恭しくひざまずきました。


「はい、ハローチェお嬢様。このナナシ、身命を賭してお嬢様をお守護りし、お嬢様の前に立ち塞がるあらゆる障害を取り除き、常にお嬢様のおそばで、お嬢様のために働くことを誓います」


 そう言って頭を下げると、僕の肩に笏杖の上端が当てられました。


「貴方のその忠誠、確かに受け取りました。……それではナナシさん」


 笏杖が離れ、僕は顔を上げます。


 目の前のお嬢様は、いかにも楽しげに笑っていました。


「今後とも、末永くよろしくね?」


 僕は、その笑顔に少しばかり見惚れてから、同じように笑ってみせました。


「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」


 僕とお嬢様はしばし見つめ合い、それからどちらともなく噴き出して、お互いに笑い合いました。




 ◇◇◇


 さてさて、そんなこんなで罪滅ぼしの日々は終わりましたが、それから先もやることはあまり変わりません。


 毎日を生きるためには森の生き物たちを狩ったり採ったりしなくてはなりませんし、鍛錬やお勉強は日々の積み重ねが大事です。


 そしてそれとは別に、新しくやり始めたことがあります。



 それは、森を出るための準備です。



 狩った生き物の干し肉や燻製肉を作ったり、日持ちのする芋類やキノコ類、果実類を集めて乾燥させたり、近場で採れる岩塩を大量に集めたり(水についてはいつでも空気中から集めることができますので、省略です)したり。


 拠点を囲む結界を改造して、森に満ちる魔力を自動で吸収するように(僕がいなくても結界が維持できるようにするための措置です)したり。


 神殿の中の女神様像の中でも特に出来が良いものを選抜して、持ち運び用のカバンに梱包(行った先々で布教活動もするつもりです)したり。


 その他にも色々と細々と準備を進めております。


 さいわいにして、大量の備蓄食糧などは全てお嬢様の収納空間に収まりました(魔力量が増えて収納可能量も大きく増えたみたいです)し、着替えだとか夜寝るところだとかは結界術で用意できますので、そこまで手間はかかりません。


 主には食糧調達と加工で大半の時間を使っており、それも間もなく終わりが見えてきました。


 罪滅ぼしが終わって一月あまり。


 そろそろこの森ともお別れとなりそうです。


 この世界に来て三年と少し。

 初めてこの森から出ることになります。


 緊張するような、興奮するような。

 現在は不思議な感覚ですね。


 裸一貫でこの森に降り立ったときからすれば、だいぶ成長したはずなのですが。


 この森を出ることに多少なりとも寂しさを覚えるのは、しかたのないことなのでしょうかね。


「この森を出たら、まずは東に向かうわ」


 とは、お嬢様の言葉です。


 グロリアス王国には、まだしばらくは近づくつもりはないそうです。


「東に行けば、海があるわ。そして岸から離れてどんどん東に進んだ先に、常に霧に覆われていて船乗りたちが決して近寄らない暗妖の大礁海と呼ばれる海上の秘境があるの。森を出たら、そこを目指しましょう」


 森の次は海。


 うーん、美味しいお魚が食べられるといいのですが。


「初代国王の伝説によれば、燕晴貝の首飾りの材料である燕晴貝はその暗妖の大礁海の中でしか獲れないらしいわ」


 貝料理!


 網焼き、酒蒸し、煮付け、潮汁……。


 アヒージョも捨てがたいですねぇ……。


 酢漬けにしても美味しいかも。


 いずれにせよ、楽しみになってきました!


「貴方の力があれば、海を渡ることも不可能ではないと私は思っているわ。期待しているわよ、ナナシさん」


 はい!

 お任せくださいお嬢様!




 ◇◇◇


 そして、出発の日となりました。


 僕は、ここの神殿での最後の礼拝を済ませてから、お嬢様の元へと向かいます。


 お嬢様は、この森での生活中で一番好んで来ていた、運動着のようなデザインの動きやすい服を着ています。


 運動着の下には、僕の結界製のストレッチインナーを着ています。

 動きやすさと安全性を考慮し、頭と両手首から先以外の全てを包む形で、全身タイツのような結界服を纏っているのです。


 ちなみにこのインナー結界服、いざという時は一瞬でデフォルト結界として球状に展開することもできるようになっています。


 お嬢様の安全を守るための備えのひとつですね。


「お待たせしましたお嬢様」


「もういいの? いつもより短かったように思うけど」


 はい、問題ありません。


「そう。それなら、行きましょうか」


 お嬢様の言葉に頷き、僕は両手の平を合わせて結界を作ります。


 僕とお嬢様を乗せたカベコプターは、音もなく上空へと移動すると、そこから東に向かって進み始めたのでした。


 第一章はこれにて終了です。

 ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。


 ご意見ご感想、評価やブクマ、大変嬉しく思います。

 

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