第019話・森一番の強い生命
「しかし私もまだまだね……、倒せはしたけども得物を折られてしまったわ」
動かなくなったプテラ君の左目に突き刺さった折れた木の棒を引き抜きながら、お嬢様が言いました。
「もし仮に、続けて二匹三匹とこの怪鳥たちが襲ってきていたら、敗北していたのは私のほうでしょう」
「いいえ、お嬢様。もしそうなったときは僕も参戦しますので、いずれにせよお嬢様の勝利ですとも」
僕が、本心からそう言うと、お嬢様は困ったように笑います。
「そうね。その時は、貴方も一緒に戦ってくれるものね。けど、それはそれとして、私自身の成長も必要だと思うのよ。もし私が一対一で決闘をするだとか、貴方の手を借りるわけにはいかない場合もあるかもしれないし」
ふむ、なるほど……?
「私も、強くなることに貪欲でありたいの。貴方の主人であるのに、貴方に守ってもらってばかりというのも不格好だし」
僕としましては、何があろうともお嬢様をお守護りする所存ではありますが、……なるほど、お嬢様の言うことも分かります。
主人より優れた従者などいない、というやつですね。
お嬢様は何事につけ、たいへん優れたお方ではありますが、この森の生き物を倒したり狩ったりすることに関しては、僕に一日の長がありますので。
お嬢様も、この森の生き物たちを単独で余裕綽々に狩れるようになりたいと、そういうことなのでしょう。
僕の結界術を逆輸入する形で鋭刃結界(薄刃結界まで薄くするのはまだちょっと難しいみたいです)を習得されましたし、結界壁を厚くしたり動かして傾斜をつけたりして防御力を高める技術を学んだりもされていました。
それと、魔力量も大きく増えて、その分スキル容量? も増加したそうで、スキル構成? というものを色々調整しているらしいです。
詳しいことはよく分かりませんが、お嬢様なりにより強くなろうと鍛錬と修練を続けているわけです。
うーん、素敵です。
さすがお嬢様、いつ見ても惚れ惚れしちゃいます。
もうあれですね。
お嬢様になら押し倒されてもいいです。
何も拒まずに全てを受け入れてしまうことでしょう。
あるいは幸運がやってくるツボとか美味しい水が飲める浄水器とかを売りつけられて、ケツの毛までむしられて無一文になったとしても、それはそれで受け入れられそうな心持ちです。
ちなみに前世でも二度ほどやられましたけど、意外とその後の人生、なんとかなるものですよ。
あの時の女の子とお姉さん、どちらもとっても素敵な太ももだったなぁ……。
さてさて、そんなことはさておき。
頑張るお嬢様に対して、僕がしてあげられることはそれほど多くありません。
日々の生活のお世話であったり、美味しいご飯を作ったりといったことの他は、おしゃべりをしたり一緒にスポーツをしたりお茶をしたりといった娯楽面での事ばかりとなります。
なにぶん僕も戦闘面は結界術に頼り切りでしたので、結界術における結界壁の応用以外のことでお嬢様にお教えできることって、あんまりないんですよね。
なのでこうしてお嬢様の実戦鍛錬を見守る以外には、僕ができることはそれほどないのですが……、
「あ、そうだ。それなら」
ここで僕は、あることを閃きました。
さらなる強さを求めるお嬢様のために、僕ができることを見つけたのです。
「お嬢様、ひとつよろしいでしょうか」
「なにかしら、ナナシさん」
「先ほどプテラ君に折られてしまったその木の棒なのですが、もしよろしければ、僕に新しい物を用意させていただけませんか?」
「ふむ、貴方が?」
お嬢様が、不思議そうに問い返してきました。
「実は、この森の奥に行ったところに、とっても大きくて丈夫な樹がありまして。その樹の枝を使って新しい木の棒を作ろうと思うのです。その樹から作った棒であれば、ちょっとやそっとの衝撃では折れることもないでしょうし、きっとお嬢様のお役に立つはずです」
僕の説明を聞いたお嬢様は、少しだけ考える様子を見せたあと、頷きました。
「それならお願いしようかしら。ただし、ひたつだけ条件があるわ」
「なんなりと」
「その、丈夫な樹とやらのところに行くときは、私も同行させるように」
はい、もちろんですとも。
というわけで、今日のところは拠点に帰ってお嬢様が狩ったプテラ君を食べて早めに寝ることにしました。
翌日。
朝起きて礼拝と朝食を済ませた僕たちは、カベコプターに乗って森の奥深くに向けてすいーっと飛んで行ったのでした。
◇◇◇
「この樹です、お嬢様」
僕は、この森に生えている木々たちの中でも一際太く、生命力に満ちあふれた樹の前にお嬢様を案内し、雄々しく広がる太い枝の中から、なるべく真っ直ぐに伸びた枝を探しました。
そして、これぞという枝を見つけた僕は、枝と幹の境目あたりにカベコプターを移動させ、カベコプターを形成する六面の結界壁のうち、上面と前面の結界壁を一時的に消去しました。
両手を合わせ、
「結界作成・薄刃」
髪の毛の太さの十万分の一程度の薄さ(僕が作れる、最大限の薄さです)まで薄くした薄刃結界を作成し、枝に向かって振り下ろしました。
ガキン。
うん。相変わらず固いです。
ほんの少し切ったところで刃が止まってしまいました。
「…………へ?」
後ろで見ているお嬢様から、なにやら可愛らしいお声が聞こえてきました。
不思議に思って振り向くと、それはまぁなんとも呆気に取られた様子のお嬢様がいました。
どうされました、お嬢様?
「いや、あの、……ちょっと待ってナナシさん。今貴方が振ったのって、薄刃結界よね?」
はい、そうですよ。
「私の見間違いかしら? 今、薄刃結界でも全然切れなかったように見えたんだけど??」
はい、ほとんど切れませんでした。
なので、この枝を切り落とせるまで何回でも切り付けます。
ちなみに前回一度枝を落とした時は、丸二日かけて何千回と薄刃結界を叩きつけて切りました。
「…………うっそでしょ……」
大丈夫ですよお嬢様。
今回は前回よりも薄刃結界の鋭さがアップしていますので、たぶん五時間ぐらいで切り落とせると思います。
そーれ、カン、コン、カン、コン、カンコンコン……。
その後僕は、四時間と三十分少々で枝を一本切り落としました。
いやぁ、僕も成長したものですね。
前回より大幅に時間短縮できました。いぇい。




