12.王妹の宣告
バーナードは、自分の耳を疑うような顔をした。
わたしは、彼が言葉を発するより先に口を開いた。
「わたしは早急に身を固めなくてはいけません。そういった状況になりました。ですから、お兄様は、わたしに、あなたとの結婚を命じました。あなたも知っている通り、わたしに縁談はありませんから。 ─── ですが、あなたに結婚を無理強いするわけにはいきません」
わたしは、まっすぐにバーナードを見た。
彼は、ただ、驚いた顔をしていた。
わたしは、自分が今どんな表情をしているのかもわからないまま、決定的な言葉を口にした。
「あの日に預かったあなたの人生を、いま返します。バーナード、わたしの元を去りなさい」
わたしは、ひときわ冷淡にそういい放ってから、まるで、せめてもの詫びのように続けた。
「退職後については、できる限り力になります。どこへでも紹介状を書きましょう。当面の生活に不自由することのないように、十分な退職金もお支払いします。もし、あなたが望むなら、お兄様に掛け合って、領地を与えることも……」
「あー、待ってください、殿下」
バーナードは、軽く手を上げてわたしを制止すると、いつも通りの口調でいった。
「話はだいたいわかりました。つまり、殿下は兄君に、俺との結婚を命じられたんですね」
「ええ」
バーナードは、なるほどと頷いていった。
「なるほど、なるほど。じゃあ、俺はちょっと、兄君とお話してきますね」
「バーナード」
「首を刎ねたりしませんよ。平和的に話し合いをして、その馬鹿げた命令を撤回してもらうだけです」
そういって腰を浮かした彼に、わたしももう一度、強い口調で名前を呼んだ。
「バーナード、そのような振る舞いは許しません。……あなたの怒りはもっともです。これが理不尽な仕打ちであることは、わたしも重々承知しています。あなたの忠誠と献身を裏切る所業です。ですが……、ほかに方法はないのです」
バーナードは、苛立った様子でいった。
「だから、それが受け入れられないといってるんですよ。どうしてチェスターじゃ駄目なんですか。あいつが近衛隊にいるのは、いずれ殿下の夫になるためだったんじゃないんですか」
「チェスターでは、ルーゼン公爵家が認めません。お兄様もわたしも、公爵家との関係にひびを入れたくはありません」
バーナードは、喉の奥でぐると唸った。
それから、わずかな沈黙の後に、張り付けたような笑みを浮かべていった。
「仕方ないな。できれば、やりたくないことでしたけど、こうなっては仕方ない」
「……ありがとう、バーナード。そして、ごめんなさい。せめて、退職後については、あなたの希望に沿えるように、最大限のことを」
「退職なんかしませんよ。あぁ、でも、しばらく殿下の傍を離れることになるから、休職扱いにはなるんですかね? できるだけ早く帰ってきますけど、俺がいない間は、お忍びで散策に出るのは控えて下さいね」
「……なにをいってるの、バーナード……?」
わたしは、意味を掴めずに、眉根を寄せた。
バーナードは、いつも通りのあっさりとした口調でいった。
「元凶から取り除いてきます。北と西の王の首を落とせばいい。正々堂々と、正面から王城へ乗り込んで、歯向かう連中は皆殺しにします。それで、殿下の兄君がいつ結婚しようと、文句をいう連中はいなくなるでしょう」
扉の前で、沈黙を守っていたチェスターが、さすがに息を呑んだ。
わたしは、思わず、額を押さえた。
バーナードが馬鹿なことをいっている……とは思わない。いっそ、そう思えたら楽だったのかもしれないけれど、わたしは知っている。バーナードは、やろうと思えば、それができる。
彼の実力を知る人々の大半は、彼を恐れるけれど、ごく一部の者たちは、畏敬を込めて彼を見上げる。そして囁き合うのだ。
「あれほどの力があって、どうして国を獲らないのだろう。どうして、王妹の騎士などに甘んじているのだろう。あの男には、一から這い上がっても、玉座を奪う力があるのに!」と……。
バーナードが、その気になれば、二国の王を殺し、歯向かう者たちも殺しつくして、両国を黙らせることも可能だろう。何なら、両国を、我が国の属国へ落とすことすらできるかもしれない。
だけど、わたしは、そんなことはしたくない。そんな真似を、わたしの騎士に許すこともできない。
「バーナード、他国への侵略行為は認めません。あなたがわたしの騎士である間は、わたしの命令には従ってもらいます」
「では、命令通りに、あなたの元を去れと? それがあなたの望みだというんですか? 違うはずだ。本心では、俺に残ってほしいと望んでいるはずだ。俺ほど優秀な護衛がほかにいますか? あなたの剣として、俺ほど役に立つ男がほかにいますか? いないでしょう」
バーナードは、ぎらぎらとした眼で、食い入るようにわたしを見た。
「本心をいってください、殿下。俺は、あなたの望みに従います。あなたの命令ではなく、あなたの心に」
わたしは、一度、眼を閉じた。
深く息を吐き出して、吸い込み、それから、瞼を上げる。
愛する焦げ茶色の瞳を見据えて、わたしは、揺るぎなく告げた。
「これがわたしの本心です、バーナード。わたしがあなたに与えられる選択肢は、二つしかありません。わたしと結婚するか、わたしの元を去るか。そして、結婚があり得ない以上、あなたは去るしかないのです」
バーナードは、大きく眼を見開いて、わたしを見つめた。
わたしは、冷徹な表情を保ったまま、彼の眼差しを受け止めた。彼のその傷ついた瞳を。
わたしにできることは、もうそれしかなかった。
やがて、バーナードは、はっと、短く笑った。それから、ははっと、乾いた笑い声をあげる。
「……そういう、ことですか」
バーナードは、くつくつと喉を鳴らし、おかしくてたまらないというように笑った。それは、ゾッとするような響きだった。笑い声なのに、まるで手負いの獣の咆哮のようにも聞こえた。
扉の前のチェスターが、顔をこわばらせてこちらへ来ようとする。
それを、眼差しだけで止めて、バーナードへ尋ねた。
「なにか、面白いことが、ありましたか?」
「ははっ、……だって、ねえ? 要するに、こういうことでしょう? 殿下は俺が邪魔になったと」
「違います!」
思わず言い返す。
けれど、バーナードは、まるで信じていない瞳で、冷ややかにわたしを見ていった。
「最初からそういってくれたら、話が早かったのに。俺が邪魔になったから出て行けと、そういってくれたらよかったんですよ。回りくどい言い方をするからよくない。そんなに、お優しいふりをしたかったんですか?」
「バーナード、わたしは……!」
わたしは、なんだ? なにがいえる?
わたしがしていることは、彼から見たら、そうとしか思えないだろう。どんな言い訳をしても、バーナードにとっては、切り捨てられるのと同じことだ。
言葉をなくしたわたしに、バーナードは、いっそ優しい声でいった。
「いいですよ。出て行ってさしあげます。でも、最後に、殿下の口から、はっきりといってください」
「……なにを?」
「俺が邪魔だと。目障りだから出て行けと。そういってください。そうしたら、大人しく出て行ってあげますよ」
息が、止まった。






