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7.問題発言

 すみません、もう一話だけ続きます。


 小謁見室に戻ると、訓練に参加した騎士たち全員が揃っていた。

 変装していた者たちも、すでにいつもの隊服に着替えている。ただし、その内の何人かは絨毯の上に寝転がって呻いていた。

 わたしの姿を認めて慌てて立ち上がろうとする者もいれば、ライアンのように精魂尽き果てた顔で倒れたままの者もいる。

 無理に起き上がらなくても構わないと声をかけるより先に、バーナードが冷ややかに告げた。


「全員今すぐ立て。殿下の御前だぞ」


「足が折れてるから無理っス……! これは全治三ヶ月の痛みっス!!」


「骨折はない。内臓の損傷もない。お前たちより俺のほうが人体の構造を理解している。ただの打ち身だ。さっさと立て」


 隊長の命令に、ライアンたちが半泣きでよろよろと立ち上がる。

 気の毒に思ったけれど、口は挟まなかった。バーナードは彼らの上官だ。わたしがただの同情心で口を出したら、統制が取れなくなってしまう。

 その代わりに、早々にお開きにしようと声をかける。


「皆、よくやってくれました。訓練はこれで終了です。残念ながら勝つことはできませんでしたが、皆と作戦を練って事前準備に励んだことは、わたしにとっても得難い経験となりました。今回の訓練が、皆にとっても今後の糧となることを願っています」


 拍手が起こる。

 穏やかな顔をしている古参の騎士もいれば、疲労困憊で力尽きそうな新参の騎士もいる。涙ぐんでいる古参の騎士もいれば、憧憬の眼でバーナードを見つめている新参の騎士もいる。


 バーナードからも何か一言ありますか? と視線だけで話を振ると、彼は感情の読めない眼で部下たちを見下ろしていった。


「お前たち全員、鍛え直す」


 小謁見室に一斉に悲鳴が上がった。


 最強の騎士は、それにうっすらとした笑みで応えて続けた。


「喜んでもらえて何よりだ。当番以外の者は上がっていい。せいぜい身体を休めておけよ」


「なにその脅し文句!? 労わりの言葉はないんスか隊長!?」


「俺の姿を見ただけで転んで自滅した奴に何をいえと?」


 ライアンが痛そうにしていたのは転んだ傷だったのか。


 わたしと同様に今真相を知った隊員たちの間で、生ぬるい空気が漂う。

 一方で、知っていたのだろうコリンたちは、羞恥に耐えかねたように顔を覆っていた。


 しかしライアンは胸を張っていった。


「コケたのは靴のせいっス! だから悪いのは俺じゃなくて陰険細目センパイっス!」


 バーナードはそこで「ああ」と思い出したようにいった。


「そういえば、お前、なんであんな上げ底の靴を履いていたんだ? 趣味か? 有事に死を早めるだけだからやめておけよ」


「俺の話を聞いて!? エルネストさんに強制されたんスよ! 副隊長に似せるのに必要だからって! 俺はあるがままで最高なのに!!」


 皆の視線がエルネストに向かう。

 杖を握った騎士は、細い眼をさらに細くして笑った。


「副隊長と身長を揃えてあげたんですよ。わずか二週間でちょうどいい靴を用意するのは大変だったんですよ? 感謝してほしいですねえ」


「ライアンとチェスターにそこまで身長差はないだろう」


 バーナードが呆れ顔になった。


「遠目で見るだけならなおさらだ。近づけばどのみち偽者だと発覚するのだから無意味だしな。お前、実際はただの嫌がらせだろう」


 ライアンが「は?」と口を開いたまま固まり、それから信じられないといわんばかりの顔でエルネストを見る。

 情報収集に長けた騎士は、唇を三日月のようにゆがめて笑った。


「だって隊長がいつまでもこんな男を近衛隊に残しておくんですもん。私が少しくらい八つ当たりしたくなっても仕方ないでしょう?」


「無能でも有害よりはいい。そういったはずだ」


「そこが、隊長とは方針が合わないところなんですよね~。私としては、忠誠心に欠ける者を隊に置くのはどうかと思いますって、何度もいってますけど?」


「気をつけろよ、エルネスト。過ぎた忠誠心は害にもなる。お前のようにな」


「はぁっ? そんな台詞、よく吐けましたね? ご自身を顧みるということをご存じない?」


「俺は常に殿下の身の安全を第一に考えている」


「あはは、……私はちがうと仰るわけですか」


「二人とも、そのくらいになさい」


 わたしは嘆息しながらいった。


「訓練は無事につつがなく終わったのですよ。早く身体を休めたい者もいるでしょう。口喧嘩がしたいのなら、二人きりのときに存分にしたらいいのです。あぁ、必要ならライアンも含めて」


「断固拒否っス!!! この際、靴のことは広い心で忘れてあげますから、イカれた男二人の争いに俺を巻き込まないでほしいっス! ほら、もう昼飯の時間でしょ!? 俺はコリンとサイモンと飯を食いにいく約束をしてるんスよ!!」


「していませんけど」


「えっ、あっ、してたかも、しれないです……」


 ライアンが後輩二人の腕を力いっぱい掴んで解散を訴える。


 わたしは頷くと、改めて訓練の終了を告げた。


 隊員たちがぞろぞろと小謁見室を出て行く。

 彼らを見送ってから執務室へ戻ろうと思っていたときだ。

 扉の近くまで行っていたライアンが、こちらを振り返っていった。


「そういや隊長、勝利のご褒美はなにをお願いするんスか? やっぱりえっちなこと───」


 ライアンの声はそこで途切れた。


 近くにいたチェスターとエルネストが、両側から彼の身体を抑え込んで床に叩き付けたからだ。まるで法務官が逃亡犯を取り押さえる光景のようだった。チェスターがライアンの口を封じたまま頭を抑え込み、エルネストが杖を倒れ込んだ背中へ突き立てる。口と頭、それに背中を抑えられて、ライアンが床の上でじたばたともがく。しかし、二人がかりの拘束は揺らぎもしない。


 見事な連携です、と、わたしは現実逃避のように思った。


 ───えっちなこと。えっちなこと。えっちな……。


 ライアンの言葉が頭の中でぽわんぽわんと反響する。


 ───そっ、それはつまり色事ということですよね? バーナードはそういうつもりで……!?


 わたしは必死で動揺を顔に出さないよう努めたけれど、頬が熱を持つのは抑えようがなかった。婚約者の顔を見ることができず、視線はうろうろと空中をさまよう。


 小謁見室は水を打ったように静まり返っていた。古参の騎士も新参の騎士も顔を青くして口を閉ざしている。二人がかりで取り押さえられたライアンだけが、陸に打ち上げられた魚のようにびちびちと跳ねていた。


 わたしは意を決して、横目でそろりそろりとバーナードを伺う。

 すると白刃のきらめきが真っ先に目に入った。彼はすでに剣を抜いていた。

 その面差しに感情というものは一切ない。


 わたしの頬の熱も瞬く間に下がった。


「いけません、バーナード。非礼であり失言ですけど、命まで奪っては」


「殿下、俺は深く後悔しています。御前試合で賭け事を行って殿下に迷惑をかけようとし、あまつさえ今、妄言を吐いて殿下の耳を汚したあの男の首をさっさと落としておかなかったことを。今からでもどうか失点を取り返させていただきたい」


「しかし隊長、小謁見室を血で汚すと問題になりますよ。掃除も大変です。このまま隊舎近くの桜の木の下まで連れて行きましょう」


「だーかーら、いったじゃないですか。忠誠心のない奴なんて入れておいちゃ駄目だって。仕方ないですね。私が特注で頼んだ銀の棺を使わせてさしあげます」


 チェスターとエルネストまで同意してしまった。


 ライアンは口を抑えられたまま、必死の形相で猛烈に跳ねている。


 わたしは落ち着くように皆にいったけれど、ほかの隊員たちまで、


「これはもはや仕方がないことかと」

「遅かれ早かれ、ライアンは口が災いの元となって命を落とす運命です」

「こいつの脳は枯葉より軽い」

「枯葉に失礼だろ」

「蟻以下」

「蟻より軽いのってなんだろうな」


 などといい出してしまったため、ライアンの命を守るには少々時間がかかった。


 最終的には一年間の減給で折り合いをつけたものの、ライアンがそれはそれで悲鳴を上げていたので、今度はコリンが額に青筋を浮かべてお説教をしていた。




 ※




 訓練終了後は公務へ戻った。

 いつも通り会議や会談を行い、書類を片付けて、日が落ちてから後宮へ向かう。


 夜空には無数の星が瞬いていて、春の太陽は沈んでもなお暖かさを残していた。


 バーナードとチェスターとともに私室前まで戻ったところで、わたしは衛士が扉を開けようとするのを断って、後ろを振り返った。


「少しだけ庭を散策しませんか?」


 バーナードは複雑そうな顔で頷いた。






いつも読んでくださってありがとうございます。

書籍二巻購入のご報告もありがとうございます。嬉しくて小躍りしています!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 躍動感! 息の合った連携に笑ってしまいました。 唯一の良心まで逆撫でするとは、流石ライアン……w
[良い点] 最近、ライアンが本当にいい味出してると思います(笑)
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