第17話 追放した編集者、追放される ~その4~
※とてつもなく重要なお知らせ※
えー、これからお送りするのは「こんなラノベ編集部は絶対にイヤだ」というドタバタコメディです。
厳しい市場環境の中、日夜努力しておられる出版社の皆さまを「コケにしてやろう」などという意図は、一切ありません。
現実の編集者の皆さまは、最新のトレンドにも精通しておられますし、新人賞の選考に当たっては万全を期しているものと、作者は確信しております。
そこのところをよくご理解いただいた上で、楽しんでいただければ、作者としては幸いです。
……わかりましたね!?
ここは、ブラック出版本社の、ブラック文庫編集部に一番近い会議室。
ブラック文庫新人賞の最終選考が行われている会議室は、明るい雰囲気に包まれていた。
「うーむ……」
原稿の束に目を落としていた編集長は、視線を上げ、会議室に居並ぶ編集者たち(全員が役職付きのベテラン)を見渡しながら、こう言った。
「いやあ、さすがは岡崎大悟先生だな!」
すると、その場にいる全員が「うんうん」とうなずきながら、口々に言い募った。
「いやあ、全くですな」「先生の審美眼には、敬服するほかありませんね」「どうやったら、これほどの目利きになれるんでしょうか?」「私もあやかりたいものです」「同感ですな」
「いやあ……」
そして、編集長は清々しい笑顔で言った。
「私には、この作品の何が良いのか、さっぱりわからん!」
そう。
その場にいる全員が……そこにある原稿の、一体どこが面白いのか、さっぱりわかっていなかった。
ぶっちゃけ……クソにしか見えなかった。
だが……そこはそれ。これまでヒット作を連発してきた、岡崎大悟の選考である。
みんな「きっとこれは面白いのだろう」と思い込んでいた。
……思い込むしかなかった。
編集者だって、人間だ。
急に時代が求めるものが変われば、ついていけないことだってあるだろう。
特に、この場に集まった役職付きの編集者は、年代が高めのベテラン揃いだったから、その傾向が強かった。
ラノベビッグバン。
圧倒的スピードで、次々と革新的物語が生み出されるようになるという、岡崎大悟の仮説。
もしそれが、現実の物となったなら……編集者が選考を行う新人賞は、その役割を終えるのかもしれない。
……まあ、そんな湿っぽい話はさておき、だ。
編集長は言った。
「いやー、やはり今回は二千本もの応募があったからな。その分、革新的な作品が多かったというか、クオリティも格段に上がっているということかな」
ぶっちゃけ、応募数が急増したことは、クオリティが下がった一因だった。
その経緯は、次のようなものである。
今年のブラック文庫新人賞の応募総数は、史上最多の二千本に達した。
もちろんこれは「受賞作が五年連続十万部超えのヒット」という偉業を成し遂げたブラック文庫新人賞に対して、
「ここなら、自分を正しく評価してくれる!」
と、作家志望者が殺到した結果である。なお、彼らが若干思い上がっているのは、いつものことである。
で、さすがに編集部としても「岡崎一人で大丈夫か?」と不安になって「何なら追加の下読みを手配しますよ」と担当編集の追田に確認を命じた。
瞬間、追田の脳は、回転してはいけない方向に高速回転してしまった。
その時点で追田は既に、個人的に五十人の下読みの手配を終えていた。ほんと誤魔化しの手際だけは妙にいいヤツである。
しかし、下読みというのは目利きである。
ライトノベルの目利きは、そう数が多くない。
そうなると……追田が既に手配した下読みに対して、追加の下読みを探す編集部が、重複して声をかけてしまう可能性が出てくる。
すると、嘘がバレる。
そう考えた結果、追田は言った。
「あ、岡崎先生、二千本でも余裕だそうです~」
そして選考は破綻した。
本来一人二十本のところを、四十本もの原稿を送りつけられた下読み諸氏は、
「なんでだよ!?」「話が違うじゃないか!」「これで相場通りの報酬じゃ割に合わないよ!」
と不満を爆発させながらも、そのプロフェッショナリズムを発揮してかなり頑張ったのだが……どうしても、選考クオリティの低下は否めなかった。ほら。頭が疲れてくると、判断力は鈍るし、面白さも感じにくくなるじゃないですか。そういうことです。
何より、前年度までは規格外の「スーパー下読み」が選考をしていたという事実が、クオリティ低下の最大の原因であった……だが、これに関しては、下読み諸氏に責任はない。
ラノベ主人公みたいにハイスペックな上に、神にまで愛されているやつが存在することが悪いのだ。断じて下読みのクオリティが低いからではない! いいな!? そこのところ勘違いするなよ!? 前に編集長が「下読みの質が問題になっている」って言ってたあれは完全なギャグだからな!? あんなテロリストは実在しないからな!? 現実の下読みはちゃんとしてるからな!? ちゃんと区別をつけろよ!? 頼むぞホントに!
えー……そして、最後の決定的な事件が起きた。
ブラック文庫新人賞の選考は、完全に電子化されている。
下読み諸氏の元に送られた原稿も、実際には紙の原稿ではなく、電子データである。
で、その原稿を読んだ下読み諸氏は、評価シートを追田に送り返してくる。これも電子データだ。
この段階で、評価が低い作品を落選とし、高い作品を一次選考通過とするわけだが……この作業が、実はブラック文庫編集部では、手作業で行われる。データ化はされてるがシステム化まではされていない。まあ、たまによくあることである。
本来であれば、このあたりで複数の編集が関与し始めるはずなのだが、追田は岡崎不在の秘密を守るため、A編集には「B編集と二人で作業します」と報告し、B編集には「A編集と二人で作業します」と報告することによって、この作業を自分一人で行うことに成功した。もちろん、作業の時間帯には、二人が外出中のタイミングを選んだ。本当に悪知恵が働くやつだなお前は!
……そして、追田は間違えた。
間違えたのである。
S+の評価がついている作品と、Eの評価がついている作品を、追田は取り違えた。
E評価がついている作品をS+にして、S+の作品を落選させてしまったのだ。
評価シートに記載されているタイトルが違うことに、しばらくしてから気づいたが、もう遅い。
落選作品からアイデアを盗用する不届き者が出ることを防ぐため、落選が決まった作品は、規則によりすぐ削除されることになっている。よって、この時すでにS+の作品は削除されていた。
そして、追田は決然と行動した。
「そうだ! これ電子データなんだから、評価シートのタイトルを書き換えちゃえばいいんだ! 俺って頭良い!」
バカ野郎。
いっそのこと書き換えるんだったら、なぜ「S+」の評価も一緒に書き換えなかったんだ。
もちろん、本来であれば、この後に編集者による選考が始まるのでそこで「おかしい」と気づくはずなのだが……ブラック文庫新人賞の選考は、岡崎の推しを上げるだけのザル選考だったことは既述の通りである。選考は全て、一次選考で送られてきた評価シートを基準に行われた。
もちろん「この作品がS+なんて、何かがおかしい」と気づく者が、いなかったわけではない。
しかし、先述した下読み諸氏への過負荷による選考クオリティの低下が原因となり、他の作品もかなり微妙だったため……突き抜けてつまらないこの作品こそが「実は面白いのかも」と彼らも思ってしまった。
ベテラン編集者の多くが、日頃から「最近の売れ筋はよくわからん」と、自信を喪失していたのも、原因の一つかもしれない。
そういうわけで……。
今年のブラック文庫新人賞は……何というかその……残念な作品が受賞することになってしまった……一次選考落選レベルのやつが……。
いやもちろん、本人は頑張って書いたと思うんだけど……厳しい世界なので……数ヶ月後に出版された際、この作品は酷評の嵐にさらされることになる。
ちなみに、その作品に対して、編集長はこんな選評を書いた。
「あまりにも斬新すぎて、読んでいる途中はわけがわからなかった……だが、この作品の本当の価値は、最後まで読み終えた後にわかる。読後感が素晴らしいのだ。まるで、長く苦しい戦いを通り抜けてきた後であるかのような、かつてない読後感を味わえる。そして私は気づいた。自分もまた、主人公と共に戦っていたのだということを。一行読むのも苦しく、ページをめくるのをやめたいという衝動に何度も駆られたが、私はやり遂げた。最後の一行を読み終えた瞬間、私は、自分の魂が解放されるのを感じた。こんな読後感は味わったことがない。間違いなく、ブラック文庫新人賞の歴史の中でも、屈指の名作だ!」
面目丸潰れであった。
お前駄作だって知ってただろって言われた。その通りなのでぐうの音も出なかった。
だが……そんなこともあったものの、最終的に、追田の計画そのものは、全て上手くいったかのように思われた。
追田は全ての責任を、岡崎大悟になすりつけることに成功したのだ。
受賞作が出版され、酷評の嵐となった後、編集長は(自分の責任を棚に上げて)激怒し、追田を問い詰めた。
すると、追田はこう答えた。
「岡崎先生は常々『俺が売れないのは編集部のせいだ』と文句を言っていました……もしかしたらこれは、逆恨みの末の凶行だったのかもしれません」
もちろん真っ赤な嘘だったが、これをあっさり信じた編集長は、怒りの矛先を岡崎へと定めた。
だが表向きは、選考は岡崎ではなく編集部が行っていることになっている以上、事を荒立てることはできない。
結果、編集長は岡崎に直接抗議せず、ただ編集部の全員に対して、岡崎を出入り禁止にすることだけを告げた。そしてもちろん、彼自身も岡崎を激しく憎悪した。
それに伴って、編集部の全員に真実が知らされ、全ての編集者たちが「なんとまあ恐れを知らない選考をしていたものだ」と呆れつつも、多かれ少なかれ、全員が岡崎を憎むに至った。
……まあ、見ようによっては、もしかしたら売れていたかもしれない岡崎を飼い殺しにしてきたことに対する、当然の報いであり、自業自得であり、今風に言うと「編集部、ざまぁ」であるのだか……そういうことを言うヤツはいない。そんなヤツは、出世できなくなるからだ。
一方で編集部の中では、岡崎に全ての選考を任せた先代編集長の責任を問う声まで上がり、ブラック文庫編集部は、一時混乱した。
……だが、その混乱も数ヶ月ほどで収まり……ブラック文庫編集部は、徐々に通常営業に戻っていった。
まるで、何事もなかったかのように……。
……この事件の真の犠牲者が、芽を出すことなく埋もれていった、無数の応募者たち……その中でも、真に才能ある者たちであったことは、言うまでもない。
彼らの魂が……この後、追田に下される正義の鉄槌によって、わずかでも慰められるといいのだが。




