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第16話 もう遅い

「ダイちゃん……ダイちゃん起きて……」


「んん……?」


「ダイちゃんってば……」


 テーブルの上に突っ伏して寝ていた俺は、姫乃に揺り動かされて目を覚ました。肩にはブランケットがかかっている。姫乃がかけてくれたのだろう。


「す、すまん、寝てた……」


「ううん、いいよ。ダイちゃんはバイトもあって、疲れてるんだから」


「ああ……でもお前だって、日中からずっとペン入れだったじゃないか……それで、いまどこまで進んだ?」


「終わったよ」


 姫乃がそう言ったので、俺はハッとして聞き返した。


「……終わった?」


「うん……完成したの。私たちの漫画」


「そうか……! すまん、最後は全部姫乃にやらせちまって……」


「いいんだよ、そんなこと」


「と、とりあえず、最初から読んでみようぜ!」


「うん!」


 俺たちは、マウスを手に取って、自分たちで作った漫画を読み始め……読み終えた。


「良くできてる……と思う」


 と、俺は言った。


「特に、絵が最高だ」


「そう?」


 姫乃は俺のすぐ横、肩が触れあう距離で、笑いながら言った。


「私は、話が最高だと思うけど?」


「姫乃……」


「さあ! 早速投稿しようよ!」


 前に姫乃と話し合った結果、俺たちは、完成した漫画を出版社に持ち込むのではなく、SNSに投稿してバズるのを期待する、という方針を決めていた。


 理由は二つある。


 まず、俺たちが描いたのは少年漫画寄りの作風なのだが、少年漫画の場合、三十歳の新人というのは、編集部から敬遠される可能性がある。


 そこでSNSでバズらせることで、年齢のハンデをぶっ飛ばそうという考え方だ。


 もう一つの理由は、壁サー同人作家である姫乃には、SNSにもそれなりのフォロワーがいて、バズらせるのが十分現実的だったからだ。


「待て」


 ……だが、早速投稿しようとする姫乃を、俺は押しとどめる。


「どうしたの?」


「手が空いている時間に、ちょっとまとめたんだが……これを見てくれ」


 と言って、俺はPCを操作して、エクセルのファイルを開いた。

 画面には棒グラフが表示される。


「こ、これは?」


「過去一年間、お前のアカウントから投稿されたツイートの、時間・曜日別の1ツイート当たりリツイート数のグラフだ……つまり、このグラフが伸びている曜日・時間に投稿すれば、最大限のリツイートが得られる。理論的にはな」


「……は?」


「もちろん、イラスト付きの投稿のみを抽出したデータだ。まあ、本職のデータサイエンティストならもっとちゃんとした分析ができるんだと思うが、俺にはこれが限界だから、このデータで勝負するしかない。それによると、最適な曜日と時間帯は……」


「ちょ、ちょっと待って!」


 姫乃がストップをかけてきて、俺は説明を中断する。


「どうした?」


「こ、こんなデータどうやって……? まさか、手作業でやったの?」


「そんなわけないだろ。Webスクレイピングを行った」


「うぇぶすくれいぴ……?」


「ああ……たとえば、もしこの作業を人間がやるとしたら、ツイートを一件一件目で確認して、日時やリツイート数をメモしていくだろ?」


「う、うん」


「プログラミングで、その作業をコンピュータにやらせたんだ。全自動・超高速で」


「ちょっと嘘でしょ!? ダイちゃん、どこでそんな技術を身に着けたの!?」


 あれ? そういえば、まだ説明してなかったか。


「あー、それはな」


「うん」


「俺は、最初は肉体労働のバイトをしてたんだが、キツ過ぎてラノベが書けなくなってな」


「うんうん」


「それで一念発起して、職業訓練を受けてエクセルとかを覚えてな。事務職のバイトに移ったんだ。いやー、だいぶ楽になったぞ。時給も上がったしな」


「OKOK。ここまでは私にも理解できる話だよ。それで?」


「気がついたらプログラミングが得意になってた」


「ふざけんな!」


 俺は大声にビックリして頭をのけぞらせる。


「……耳元で大声を出さないでくれ」


「なんでその流れでプログラミングができるようになるのよ!?」


「いや、お前にはわからないだろうが、イマドキの事務職はプログラミングができるのが当たり前なんだ。プログラミングが出来るか出来ないかで、業務の効率が全然違ってくるからな。俺も早く仕事を終わらせて定時で帰るために、頑張ってプログラミングを勉強したんだ」


「ふ、ふーん……ちなみに、今のダイちゃんの職場で、プログラミングができる人は何人いるの?」


「俺一人だけだ」


「は?」


「みんな、何か作って欲しいプログラムがあると、なぜか俺に頼んでくる。おかしいよな。みんなもプログラミングを勉強して、自分で作ればいいのに……」


「いい加減にしろッ! 無自覚ってレベルじゃないよこんなの!」


「……なぜ怒る?」


 戸惑う俺に対して、姫乃はなぜか肩で息をしながら言った。


「ダ、ダイちゃん……よく……考えたら、なんだけど……」


「?」


「ダイちゃんってさ……プログラミングもできるし、市場規模がどうとか、ビジネス的な話もかなりできるみたいだったし……スーパー下読みの話だってあったし……何より、なんだかんだ言いつつも、八年間もラノベ作家としてやってきたわけだし……」


「おう……」


「一つ一つは大したことがなくても、その全てが出来ちゃう人なんて……考えられない。ダイちゃんって……もしかして……ものすごく、ハイスペックな人なんじゃないの?」


「……ハイスペック? 俺がか?」


「うん。ダイちゃんが」


「……」


 そして、姫乃は言った。


「もしかして、ダイちゃんは……ちゃんと就職してたら……今頃は……」


「姫乃」


 俺は笑って、こう言った。


「いまさらそんなこと言ったって、しょうがないだろ……もう遅いよ」

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