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第13話 追放した編集者、追放される ~その3~

「ほう……では、作家として戻ってくることは断られたものの、下読みの件に関しては、説得に成功した、と?」


「はいっ! 編集長様っ!」


 ここは、ブラック出版本社。

 ブラック文庫編集部から一番遠い、人気のない会議室。


 座席配置等は前と同じで……相変わらず、編集長と副編は、逆光ですごいことになっている。


 だが、もっとすごいことになっていたのは、追田の発言である。


 あろうことか、この男……追い詰められた末に、岡崎の説得には成功したなどと、嘘の報告をするに至ったのだ。


 実際は、いつの間にか始まってしまったイマドキまさかの熱血展開の末に「姫乃の言う通りだ」「俺なんかいなくても、本物の才能なら、必ず這い上がってくるはずだ」と言い出した岡崎を見て、追田は説得を諦め、スゴスゴと逃げ帰ってきていたのだが……。


 ともかく、追田の報告を聞いた編集長は言った。


「……それは何よりだった。まずまずの成果と認めてやろう。良くやったぞ、追田。褒めてつかわす」


「ははっ! お褒めに預かり光栄であります、編集長様っ! ……ただ」


「……ただ?」


「岡崎先生の方から、一つ条件を出されまして……」


「ほう……? して、その条件とは?」


「報酬を上げて欲しい、とのことです。以前は、千本担当していた割には、格安の報酬で引き受けていた、ということでしたので」


「ふむ……上げて欲しいとは、どのぐらいに?」


「相場通り、千本分の報酬をもらいたいとのことです……つまり、五十人分の下読みの仕事を一人でこなすのだから、通常の五十倍の報酬をもらいたい、と」


「ご、五十倍か……」


 もちろん、これも追田のついた嘘である。


 追田の今後の計画はこうだ。


 編集部から受け取った相場の五十倍の報酬を使って、五十人の下読みを個人的に雇い、後はどうにかして岡崎の不在を誤魔化す。


 もちろん、これではやはり、今年の新人賞はクソみたいな作品ばかりになってしまうかもしれない。


 しかし、そこは「岡崎の勘が鈍ったのだ」と主張すればどうにかなる。


 そうなれば編集部内では「岡崎大悟も、思ったほど大したことなかった」となり、来年からは、通常通りの選考が行われるようになるはずだ。


 つまり「今年さえ誤魔化せれば、どうにかなる」という、追田の読みである。


 要するに……追田は全ての責任を、岡崎大悟になすりつけるつもりであった。


「ああ、それから、」


 と言って、追田は計画を着々と前に進めた。


「岡崎先生は、今後のやり取りは全てこの私、追田を通して欲しいとのことでした」


 だが、それに対して編集長は訝しげな目を向ける。


「……それはなぜだ? 私も今回の一件に関して、直接謝罪がしたいと思っていたのだが」


「ええっ!? あ、いや、それは……こ、今回は、新天地での再出発を準備しながらの下読み作業になるので、できるだけ集中したいとのことで……担当替えなども、精神的に負荷がかかるので、避けて欲しいとのことで……」


 しどろもどろになる追田に、編集長は何やら、獲物を見る鷹のように鋭い目を向けていたが……やがて、ふっとその眼光を緩めて、こう言った。


「ふむ……まあいいだろう。報酬を五十倍に上げるという件も、了解したと伝えてくれ。考えてみれば、岡崎先生は五十人分以上の働きをしてくれているからな」


 編集長は腕組みをし、うんうんと、何やら一人でうなずきながら、こう言った。


「仮に普通の下読みが、無双ゲーに出てくるAI操作の兵卒だとしたら、岡崎先生はプレイヤーが操作するカンスト済みの武将だ。彼の下読みぶりはまさに『下読み無双』と称するに相応しい……そう考えれば、五十倍でも全く高くない。むしろ格安だと言えよう」


「おっしゃるとおりです、編集長様っ! ……あ、それからですね」


「なんだ。まだ何かあるのか?」


「こちらを……岡崎先生から、振込先の銀行口座を変えてもらいたい、とのことで」


 そう言って追田は、銀行口座の情報がメモされた紙片を差し出した。


「……法人名義の口座か」


「はい。再出発を機に、岡崎先生は法人を立ち上げたそうで。文筆業以外にも、手広く手がけていく、とのことです」


 ベラベラとよくもまあ言い訳が出てくるものだと感心するが、お分かりの通り、この法人口座は、追田が手配したものである。


 追田の友人の中に、学生時代に起業してあっという間に経営破綻した残念な男がいたのだが、そいつは解散の手続が面倒で会社を休眠させたまま残していた。


 追田はその友人に頼み込んで、休眠会社の法人口座を、ちょっと使わせてもらうことにしたのだ。個人の口座だと、口座名義で嘘がバレるからである。


 そして追田は言った。


「岡崎先生は、相場の五十倍の下読み報酬を、この法人口座に振り込んで欲しいそうです」


 ……お気づきの通り、この一言を発した瞬間、追田はひじょ~~~~~~~~~~~~~~~~に危ない橋を渡ろうとしていたのだが、追田本人にその自覚があったかは、定かでない。


 言うなれば、追田は目の前のピンチを逃れようとして、もっとすごいピンチに頭から突っ込んでいくという、凄まじい愚行へと暴走特急のごとく突き進んでいた……よし、いいぞ追田。もっとスピードを上げろ。


「この口座……」


 と、口座情報が書かれたメモを見ながら、編集長は言った。


「まさか、お前の口座じゃないだろうな?」


「っ!? ……ハハハハハ。編集長! 冗談がお上手ですね!」


「ははははは、そうだな、私は冗談が好きだ」


「ハハハハハハ……」


「はははははは……」


「……」


 しばしの沈黙の後、編集長は言った。


「承認をして、経理に回しておこう……」


「よ、よろしくお願いします……」


「岡崎先生からは、後ほど請求書を発行してもらうように」


「はい。私が偽造します」


「は?」


「じょじょじょじょ冗談ですよもちろん!」


「……そうか、冗談か」


「は、はい……」


 この瞬間、追田の運命は決まった。


 しかし……追田に正義の鉄槌が下されるより前に、もう一つ、大きな騒動……ブラック文庫の歴史に残る大事件が発生することを、まだ誰も知らない。

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