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第12話 追放した編集者、追放された作家に土下座するが、もう遅い


 そんな追田の魂の叫びに対し、俺はというと、そろそろご近所から苦情が入らないか心配になってきたので、話を前に進めることにした。


「ええっと……よくわかりませんが、とにかく、俺に下読みの仕事を依頼したい、ってことですよね?」


「……はい、そうです」


 俺は「うーん」と少しだけ考えてから返事をした。


「まあ、収入が増えるのはありがたいんですが……今回はお断わりしようかと」


「な、なんで、ですか……?」


「いまになって頼まれても、もう遅いんですよ。もうすぐ姫乃との漫画の、作画作業が始まるんで」


 と、俺は傍らで百円スイーツを食べる姫乃を見ながら言った。


「デジタル作画だから、ベタとかトーンとか、俺にも手伝えることがあると思うし。話の微調整だってあるだろうし。もちろんバイトもあるし。あとは、家事も俺が全部担当するんで」


「えっ!?」


 姫乃は驚いて、スプーンをくわえたままこっちを見てきた。


「マジで!? 半分ずつ分担じゃなくて、全部やってくれるの!?」


 そんな姫乃に対して、俺は「当然だ」と言わんばかりにこう言った。


「漫画で一番時間がかかるのは作画だからな。姫乃は持てる時間を、全て作画に使うべきだ」


「やったあラッキー! ダイちゃんダイスキ!」


「おいおい。俺は合理的な人材配置を考えただけだぞ?」


「それでも嬉しいよぉ……ああー、私、ダイちゃんを選んで、本当に良かった!」


「……まあ、そういうわけで、追田さん……使える時間は、少しでも漫画のために使いたいんです。いくら速読があるからって、下読みをやってる時間はありません」


「……!!!!!」


「?」


 なんか突然ガタガタと震え始めた追田を前に、俺は首をかしげる。ほんと、今日のコイツは何なんだろう? まるで背後に、死神の大鎌を持った碇ゲ○ドウが控えているかのようなビビりぶりだ。


 俺がそう思った次の瞬間……追田は、目にも留まらぬ速さで土下座をかました。


「え?」


 と、俺が驚く暇もなく、追田は謝罪の言葉を述べ始める。



「岡崎大悟先生! 私が悪うございました! 過去のことは全て謝罪いたします! 申し訳ございませんでした!」


「そ、それから、今度からは、100円ではなく200円ぐらいのスイーツを持参いたします! ど、どうです、すごいでしょう!? お値段が2倍ですよ!!!」


「……で、ですから、どうか弊社で、下読みの仕事をお受けください! この通りです!」



 ガタガタと全身を震わしながら、畳に額を押しつける追田を前に、俺は優越感を感じ……た、と言いたいところだったが、実際のところは、あまりにも目の前の出来事が意外すぎて俺は「ぽかーん」としていた。


 だが、追田はなおも言った。


「あ、あなたは本当に、下読みの天才なんです……あなたがいないと、今年の新人賞が……クソみたいな作品ばかりになってしまう! ○○文庫の新人賞のように! そうなったら編集部の業績はガタ落ちし、俺は……俺は破滅だ!」


「そんなバカな……」


「嘘じゃないんです! とにかく、あなたはスーパー下読みなんだ!」


「……俺が担当した新人賞を受賞した新人が、次々に売れているのは知ってます。他社の新人賞が振るっていないことも。なぜかはさっぱりわかりませんが……誰にでもできることなのに……」


「いやだから、あんたにしか出来ないんだって、何度言えばわかるんだよ!」


「でも……それは、俺の手柄じゃないでしょう。その作品を書いた、才能ある新人の手柄だ」


「け、けどその新人たちがデビューするためには、あなたのような完璧な選考者が必要なんです! もしあなたがいなくなったら……才能ある新人たちが、見いだされないまま、埋もれていってしまうかもしれない! それでもいいんですか!?」


「な……」


 さすがに……追田が最後に言ってきたことは、ちょっと刺さった。


 向こう側に行きたい。

 ……でも、行けない。

 一生かかっても、行けないかもしれない。


 飛べないまま埋もれていく。

 咲かないまま枯れていく。


 そのことへの恐怖。

 不安。焦燥。絶望。

 ……時として、憎悪にさえ駆られそうになる。


 そんな苦しみは、俺が一番良くわかっている。


 そんな、人生の破滅へと至る、真っ黒な底なし沼に落ちて……そこから這い上がろうと足掻いていて、でも、這い上がれないまま無惨に死んでいくかもしれない若者たちを……俺の手で、一人でも救えるのだとしたら……


 俺は……


 ……だが、そう思いかけた時、


「その理屈は、おかしいでしょう!?」


 その毅然とした声を聞いて、俺は振り返った。


 そこには、ミルクティーの入ったマグカップを置いて、真剣な面持ちで俺のことを見つめる、姫乃の姿があった。


 姫乃は言った。


「新人賞しかなかった時代と比べて、いまはWebがあって、チャンスは増えてる」


「そもそも、選考者が完璧じゃなかったり、市場が小さかったりしても……本物の才能を持って、本当の努力をしてる新人なら、きっと這い上がってくる!」


「そう信じてるからこそ、私もダイちゃんも、この歳になるまで足掻いてきたんでしょ!?」


「……確かにダイちゃんは、ラノベから漫画に移ることにしたかもしれない……でも、だからって、これから生まれてくる才能や努力の価値まで、疑ってるわけじゃない」


「たとえ自分自身の手で、それができなかったとしても……選考者の不完全さも、市場の小ささも、全部ぶっ飛ばして覇権取っちゃうような、そういう圧倒的な作品を、いつか誰かが作ってくれるってことを、私たちはずっと信じてる!」


「そうでしょう!?」


 ……。


「姫乃……」


 俺は、涙で目を滲ませながら、こう言った。


「お前にも、書けんじゃん……最高のセリフ」


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