20 緊急クエスト
悠一とシルヴィアがブリアルタに到着して、三日が経過した。ルシフェルドにいた時と同じように朝から晩までクエスト三昧で、悠一のレベルは42から46、シルヴィアは38から43まで上がった。冒険者ランクは三日前に上がったばかりなので、変わらずDランクだが。
とはいえ、一ヶ月も経たずにDランクまで上がるということは過去に二例しかなく、組合の人からはかなり注目されていた。まあ、DランクからCランクに上がるにはクエスト達成率以外にも人間性なども試されるので、上がるには最低でも一ヶ月、長くて二、三ヶ月掛かるというが。
別にランクを急いで上げている訳ではないので、次に行くのに時間が掛かっても特に気にはしない。ただ単に、お金を稼いでそれなりに安定した冒険者ライフを送れればいい。今日もまた、何かいいクエストが無いかを探していた。
「う~ん……、あまりいいのが無いな……」
「どれも微妙なモンスター討伐ですね……。ふわぁ……」
貼り出されているクエストは、そのままになっているオークの集落の殲滅やメガファングボアといった、指定数討伐系のクエストしかない。最近ずっとそんなクエストをやって来ているので、たまには他のクエストをやってみたいのだ。
特に異世界といえばダンジョンだ。そういった場所の探索をやってみたいという気持ちが強い。そんな気持ちで掲示板を眺めていると、ふと離れたところにある普段は誰もいないはずの掲示板に、多くの人が集まっていた。
「何だあれ?」
「何でしょう……?」
眠そうに瞼を半分下がらせているシルヴィアを連れて、その掲示板の所に行ってみる。そこに集まっている冒険者は、全員かなり戦い慣れているのが分かるほどの者たちだった。そんな人たちが集まるほどのものが貼り出されているのかと興味を抱き、掲示板に目を向ける。
緊急クエスト 出現した謎のダンジョンを探索せよ。 Cランク~ 報酬/1860000ベル。
思わず目を見張った。行ってみたいとダンジョン探索に行けるというのもあるが、何よりもその達成報酬の方に驚いた。まさかの百万ベル越えである。ランクはCとなっているが、それでもこの報酬は破格過ぎる。それでも興味を持ったので、クエストの受付にいる受付嬢に話を聞きに行く。
話によると、緊急クエストは基本的にはダンジョン探索や、大量発生したモンスターの駆除などである。モンスターの大量発生の場合は、放置しておくと被害が大きくなってしまうため、王国国王が特別発行するものである。
出現したダンジョン探索も同じように国王が発行するものだが、大量発生したモンスターの駆除とは違ってこちらの方が危険が伴う。何がそのダンジョンの中にあり、そしてどんなモンスターがいるのか分からないのだ。その分報酬が他と比べて破格なのも頷ける。
その話しを聞いた悠一は、ますますそれに興味を持った。ダンジョン探索は、ファンタジーに幾つもある醍醐味の内の一つ。
「緊急クエストを受注します」
言い切ったその言葉には、迷いが一切無かった。
「ほ、本当にいいのですか……? 緊急クエストも通常クエスト同様、自身の一個上のランクであれば受注出来ますが、いくらユウイチさんとシルヴィアさんでも危険過ぎると思いますが……」
「大丈夫ですよ。今までだってそうでしたし」
ブリアルタに来る前にいたルシフェルドでもそうだった。普通だったら受けないようなクエストでも、悠一とシルヴィアは率先して受注していた。よほど二人が毛嫌いするような、ある特定のモンスター討伐の者でなければ。
この街でもワイバーンの討伐や、試しにメガトントードの討伐なども受注しており、そのどれも無傷で帰ってきている。それも普通は安全などを考慮して二、三日掛かる物を、一日以内にだ。
「確かにそうでしたね……。ですが、もうダメだと思ったら無理せずに逃げ帰ってきてくださいよ? お二人は期待の新星何ですから」
どうやらここでも同じ印象を持たれているようだ。そのことに苦笑しつつ、悠一とシルヴィアは緊急クエストを受注する。
「新しく出現したダンジョンは、大深緑地帯の西側に出現したとのことです。最深部にいるガーディアンモンスターを討伐することが、このクエストの達成条件となっております」
「ってことは、先に誰かがそれを倒したら、報酬は受け取れないということですか?」
「全ては無理ですが、七割ほどは渡されますよ」
三割は引かれてしまうが、それでもあの金額の七割だ。それでも十分過ぎる。緊急クエストの達成条件を把握して、その場所も分かったところで、二人は早速そこに行くことにする。なお、緊急クエストを受ける冒険者には、それなりのアイテムが渡される。
回復アイテム、特に二人は魔法を使用するので魔力回復薬を大量に受け取った。そして、もちろんダンジョンには地上と比べてモンスターとの遭遇率が恐ろしく高い。なので、特別に超レア素材を使用した、重量制限のない鞄を支給品として受け取った。
重量を完璧に無視出来るので、遭遇したモンスター全てを倒しても何の問題もない。ただし、あまりにも素材を多く持ってくると、鑑定して換金するのに時間が掛かってしまうとのことだ。それでも悠一は、倒せるだけ倒してくるつもりでいるが。
組合を出て早速ダンジョンを目指し始める。ダンジョンの出現地があの大深緑地帯であることが悩みどころだが、そこはあえて気にしないでおく。そこに行く道中襲ってくるモンスターを片っ端から倒して行き、モンスターは分解して行く。
ダンジョンに行けば、もう嫌という程回収出来るからである。悠一たちよりも先に行った冒険者たちが、モンスターを倒しまくっていなければの話だが。最近結構朝早くに起きてクエストに勤しむ二人だが、それよりも前に勤しみ始める冒険者は結構いる。
今日もまだ外が少し薄暗い時間に起きて軽い朝食を取って組合に来たのだが、既にたくさんの冒険者が緊急クエストの張られている掲示板に集っていた。もうそれなりの数の冒険者が、ダンジョンに乗り込んでいると考えた方がいいだろう。
「なあ、いいだろ? 俺らと一緒にパーティーを組んだ方が、ずっと安全だって」
「しつこいです! ボクは一人で行くって、何度も言っているじゃないですか!」
大深緑地帯に向かっている最中に襲ってきたモンスターを魔法で吹き飛ばしたところで、そんな声が聞こえて来た。そちらの顔を向けてみると、二人組の男の冒険者パーティーが、金髪の少女を引き入れようとしていた。
しかしその少女は、イラついた表情で少し大きな声でそれを断っていた。どう見てもあの男は、パーティーを組むという話を口実に、何かしら手を出そうとしているのが丸分かりだ。それにだ、その少女の実力が分からないようなので、大した強さは持ち合わせていないだろう。
悠一とシルヴィアには分かる。少なくとも、悠一が全力の全力で掛からないと、相手にならない程その少女が強いことを。今は抑えられているが、それでもあの小さな体からは全く想像の付かない濃密な魔力が纏わり付いている。単純計算すれば、悠一の二、三倍ほどはある。
とはいえ、その少女は魔法使いだ。単純な身体能力では、あの男よりも劣っているだろう。それでも実力の差は歴然だ。流石に放置しておけないので、悠一はその介入に行く。
「その辺にしておいた方がいいんじゃないですかね?」
「あ゛? てめぇ、俺が誰だと思ってそんな口をきいていやがるんだ?」
声を掛けると、あからさまに物凄く不機嫌な顔を向けてそう言う。やはり相手の実力がすぐに分からないようでは、大した強さは無いだろう。
「てめぇみたいな弱そうなガキが、俺に口出しするんじゃねぇ!」
「うわ~……、何という自身に対する過大評価。これはもうダメだな」
「何だと!」
男は沸点が低いらしく、顔を怒りで赤くして腰に下げている剣に手を伸ばした瞬間、体が硬直することになる。悠一の視線はまるで抜身の刀身のように鋭き、体からは刺すような殺気が放たれている。そして、隙だらけのように見えて全く隙が無い。
もしここで懐に飛び込んで攻撃したら、間違いなく一撃で返り討ちにされてしまう。それこそ、瀕死になるほどの一撃を。それを悟った男は、剣の柄から手を放す。
そして思い出す。最近見たことのない武器を持った白髪の魔法使いの少女を連れた、黒髪の剣士が難易度の高いクエストをこなしまくっていることを。目の前にいる悠一がその特徴に完璧に当て嵌まっている。
「へぇ。流石にこれは分かるみたいだな」
不敵な笑みを浮かべて、そう呟く。すると刺すような殺気が消え去った。
「……チッ。興が削がれた。行くぞ、相棒」
「あぁ」
二人の男は一度悠一を鋭い目つきで睨んでから、大深緑地帯に向かって歩いて行った。
「やれやれ。どっちかというと、あんたらを守ったようなもんなんだけどな」
離れていく二人組を目で見送り、悠一は溜め息を吐く。少女は魔法使いなので身体能力には剣士や戦士には劣るが、それ以上に高火力の魔法を使用出来る。もしここで対人戦が始まっていたら、あの男二人は十秒も立っていられなかったであろう。
「大丈夫だったかな?」
振り返って少女にそう声を掛ける。
「あ、はい。大丈夫です。助けてくださり、ありがとうございました」
金髪の少女は礼儀正しく頭を下げる。少女は鼻筋が通っており整った顔をしている。膝よりも少し下あたりまで髪を伸ばしており、癖が全くない。肌も白くきめが細かいし、空の様に碧い眼はぱっちりと大きい。身長はシルヴィアと同じくらいなので、悠一より頭一つほど低い。
そして、スタイルがシルヴィア以上に抜群だ。少し体に合ってい無さそうな大きめのローブを着ているが、それでもそのローブを押し上げるほどふくよかだ。正直、目のやりどころに困る。
「ところで、君もダンジョンに行くのか?」
「そうです。新しく出現したダンジョンなので、ちゃんと調査をしないといけませんし。剣士さんも行くんですか?」
「そうだね。俺一人じゃないけど。それと、俺の名前はユウイチ・イガラシだ。よろしくな」
「ボクはユリス・エーデルワイスです。よろしくお願いします、ユウイチさん」
ユリスは自己紹介すると、再度頭を下げる。どこまでの礼儀正しそうだ。
「それで話を戻すけど、ダンジョンには一人で行くのか?」
「一応そのつもりですけど、ボク一人だと多分最深部のガーディアンモンスターを倒すまでには至らないと思います」
「そうなのか? 凄い魔力量があるのに」
ユリスの保有している魔力量は、少なくとも今の悠一の魔力量より三倍ほどはある。それだけの魔力があっても、ガーディアンモンスターを倒せないという。一体どんなモンスターなのだろうかと、少し考えてしまう。
「いくら魔力が多くても、ガーディアンモンスターは規格外です。ボク一人ではどうにもなりません」
「…………もしかして、仲間がいないのか?」
少し長い間の後に悠一がそう訊くと、ユリスは少し顔を赤くして顔を逸らした。やはりそうみたいだ。さっきから話の中に、一人ではという単語が聞こえてくる。だったら仲間と一緒に行動すればいいじゃないかと考えたが、ダンジョン探索に一人で着ている時点で仲間がいないという可能性が出てくる。
顔を少し赤くして顔を逸らした時点で、図星の様だ。
「だったら、俺たちと一緒に行かないか? 二人だけだと少し不安もあるし、攻略には人数が多い方がいい」
「い、いいんですか……?」
「あぁ。言ったろ? 攻略には人数が多い方がいいって。幸いユリスには、俺とシルヴィアよりも魔力量がある。サポート要員が多い方が好ましい」
シルヴィアも優秀な魔法使いではあるが、まだ少し火力不足であることは否めない。悠一も規格外過ぎる魔法を持ってはいるものの、分解魔法以外では決定打に欠けてしまうところもある。
しかしそこにユリスが入れば、その欠点も補えるだろう。そう判断して、彼女をパーティーに誘ったのだ。
「じゃ、じゃあお願いします!」
ユリスはそう言うと、また頭を下げた。こうも何度も頭を下げられると、少し気まずくなってしまう。何がともあれ、かなり頼りになる後衛を手に入れることが出来た。
ちなみに先に声を掛けていたあの男二人組は、結構不祥事を起こしているそうだ。特に女性方面で。
ユリスに声を掛けたのも、パーティーを組んでダンジョンに行くという口実でナンパして、どこかで手を出そうと考えていたようだ。本人は隠していたつもりだったのだろうが、下心が丸見えだった。なのでユリスはその誘いを断っていたのだ。
あまりにもしつこかったので、上級魔法で吹き飛ばそうと考えていたようだ。本当に命拾いしたなと、悠一は苦笑いを浮かべた。




