53 新年度前の教師たち
本作は日常系だなあ、と思う話。
4月になってから、そろそろ1週間。春休みが終わり、入学式、始業式というイベントが消化されれば、いよいよ新年度が始まる。教師も生徒も、新しい一年が始まるのだ。
「 かんぱーい♪ 」
「「「 かんぱーい♪ 」」」
そんな仕事始めの直前の、とある土曜日の夜。次の月曜に始業式を控えて、市立・青山第二小学校の教師グループは、小さな飲み会を開いていた。もちろん年配の、あるいは上位の先輩達は除いた、比較的若い教師達だけでの集まり。気を遣う人間が居ないという事で、気楽にお酒を楽しむ事ができる。
もちろん飲みすぎは良くない。酒量は適度に、互いに互いの酒量を相互監視しつつ、問題が発生しないようにする、という取り決めをしている。基本的には食事会、お酒は適量を。という事にしているのだ。なお、念のため地元は避けている。生徒の関係者には、こういう姿は見られたくないのだ。聞かれたくない話もしてしまうし。
「いよいよ新年度ですね」「新しいクラスだわー」
「気合いが入るわ」「最初が肝心だものね」「がんばりましょー」
ちなみに若い教師だけに声をかけて集めた結果、5人の教師全員が女性教諭という事になってしまい、事実上の女子会という事になっている。最近の事情だと、こと小学生の教師に限って言えば女性比率が高く、若い男性の小学校教師は貴重な存在である。過去の飲み会でも『出会いが欲しい』と愚痴る会話が定番のものとなってきている。
「クラス替えかー。人間関係が動きそう」「ですよね」
「今年は5年生だわー」「ナマイキ盛りよねぇ」
青山第二小学校の場合、2年単位、つまり3年生と5年生でクラス替えがあり、担任教師もその都度変更(同学年での入れ替えである事が多い)される。もちろん何人かは前年度と同じ生徒を受け持つ事になるので、よく知っている生徒に関しては心配は少ない。問題は新しく受け持つ生徒で、性格や勉強の得意不得意を早めに把握しなくてはならないし、クラス単位の注意点としては人間関係が変化するため、イジメなどが発生しないか注意する必要もある。いちおう事前の人間関係を考慮して、ある程度はクラス分けに配慮されているが。実際は始めてみないと分からない事は多いのだ。そういった生徒の情報を共有するためにも、こういった横のつながりは重要である。
そして生徒は新しい先生を必ず品定めする。最初の3日間で上下関係を教え込み、悪さを起こさないように軽くシメる。教師がボスであるという事を知らしめ、ある程度の信頼関係を作り上げねば、教室は荒れる。そういうモノなのだ。新年度が始まってすぐの3日間。それが教師の勝負どころである。
「でも、大村先生は楽よね」「よね。当たりだもんね」
「うらやましい」「楽でいいわよねぇ」
「ははは……」
そして楽しい女子会のスタートは、若手の中でもいちばん若い、大村先生をいじる流れから始まっていた。いつもだったら最近の苦労話とか、授業の進め方、小学生の流行りネタの情報交換など、『ところで最近はどう』みたいな感じから始まるのに。あとは最近の出会い関係のネタとか。
「大村先生って、また当たり引いたんでしょ」
「あの子が居るもんね」「山村さんね」「任せておけばいもんね」
「……ええ、まぁ……」
いいなぁ。楽でいいなぁ。クラスの管理が楽で。みたいな。
現時点で全校的に、通称『 金髪の子 』あるいは『 ハーフの子 』で通じる、『 山村 雪奈 』さん。特に去年の秋ごろに、生徒の間では『不幸の手紙を回収しに来た女の子』として、教師の間では、1年生の時の誘拐事件被害者であるという事、そして夏休みの終わりに開催された講習会の映像の一件で、よく知られている。
もっとも生徒に関して言えば、流行の話題が猛スピードで変化するのが小学生というもの。今となっては彼女が1年生の時に誘拐事件の被害者になった事すら、ちゃんと覚えている子も少なくなっているかも知れない。
だが学年が離れている生徒は別として、2年生の生徒の間では、『 2組のユッキー 』と言えば知らぬ者はいない。そして教師の間では『 2年2組の副担任 』という二つ名を得るほどに有名な生徒でもある。事実上の2年2組のボス。2年2組の相談役。なんちゃってガキ大将。生徒の中に混ざっている教師。子供のフリをした大人。などなど、その時その時、季節ごとに適当なニックネームで呼ばれている、そんな生徒だ。もちろん特定の生徒を教師がニックネームで呼んだりする事はイジメ等の原因にもなるので、表立っては口にできないが。そして山村さんは、2組はもちろんの事、他の組へも顔が利く。つまり山村さんが配置されたクラスは、自動的に山村さんがまとめる事になる。クラスの生徒が大きなグループに分裂して対立したりして、ケンカの原因になったりする可能性は低いと言えるだろう。そういう意味では、担任教師は山村さんと良好な関係を結ぶ事ができればクラスの問題の半分を解決したも同然なのだ。
ちなみに、この若手教師のグループの中での山村さんへの最近の流行りのニックネームは『 転生者の子 』である。言い出したのは大村先生ではない誰かなのだが、いつの間にやら定着しつつある呼び名だ。もちろん飲み会の時など、仲間内での会話でしか出さない呼び名ではある。これは冗談の類である。このグループ内でもその認識で通っている。こんな呼び名が出てくるあたり、やはり若い年代の教師グループ、そして最近の流行りのマンガをチェックする事が多い、小学校教師らしい部分だとも言える。
(……まあ、本気で転生者だと疑ってるのは、私くらいだろうけど)
(……私は本当に『前世の記憶持ち』なんじゃないかと思ってるけど)
(……絶対にあの子、大人の記憶があるわよね……)
(……年上の転生者よね。うっかり発言をよく言うし……)
(……最近はネットで調べたとか言えば言い訳できるし。転生者にとっては、便利な世の中よねえ。意外にそこら辺に居るのかしら?? )
社会的な良識を持っている大人は、自分の世間体を守るために発言を自重したり、防衛行動を取るだけの知恵を持っている。余計な事は言わないが吉。誰しも自分の社会的な信用を失いたくはないのだ。
「あたしも山村さんの担任になりたい」「クラスの取りまとめが楽そう」
「授業の相談に乗ってくれそう」「代わりに授業を見てくれそう」
「まあ、たまに見てくれますけど」
「「「まじか――――!!」」」
いいなあ。イジメとか絶対に発生しなさそうだし。あんまり楽してると次が大変なんだからね。基本的に教室はサル山なんだからね。教師がボスザルなのが普通なんだからね。などと、色々と言われる大村先生だった。
「あ、そう言えば『 金髪の子 』で思い出したんですけど」
「なになに」「何のネタ」
軽く大村先生の振ってきたネタに、食い付く面々。
「生徒の間で流行ってるユアチューバ―、変化あります?? メインの方は流行りの人気ユアチューバ―で、以前と変わりは無いと思うんですけど」
「変化無いわね」「バラエティー番組の流行りも変化ないかな」
「アニメの流行りもね」「新番組がどう評価されるかよね」
教師は生徒の流行りネタを一通り勉強しておく必要がある。特に最近の学生は、中高生はもちろんの事、小学生も流行りのアニメやヒーロー番組、いくつかのバラエティーを除けば誰も彼もがユアチューバ―の有名配信者の配信をチェックしている。生徒の流行りネタについていけなくなった時、生徒と教師の距離は開いてしまうのだ。小学生の場合、教師への信頼度にも影響が出る。
「最近、生徒の間で、とある草の根配信者が、流行りつつあるみたいで」
「へぇー」「どんなの?? 」「お笑い芸人?? 」「それな」
そこで大村先生は、少し首をかしげて。
「……CGフィギュアのアニメを使った、バーチャルユアチューバ―の配信なんですけど。そのキャラも金髪の女の子なんですよね」
「「ふうーん」」「下ネタキャラかな?? 」「子供って下ネタ好きだよね」
大村先生は、梅サワーをひと口飲んでから、続きを言う。
「……内容は時事ネタや雑学ネタを、掛け合い漫才調でベラベラしゃべるチャンネルなんですけど、その金髪の子の声が、山村さんに似ているっていう理由で、流行ってるみたいなんですよね。実際、よく似てるなー?? とか思うし」
「「「 ハァ?! 」」」
大村先生の話を聞いていた面々が、一様に声を上げる。
「……しかもチャンネル名が『 ゆきチャンネル(仮) 』なんですよね」
「「マジで?! 」」「ちょい待ち」「検索検索」
その場でスマホを取り出し、動画検索を始める。いくつか同じような名前のチャンネルがヒットしたが、金髪の女の子キャラのバーチャルユアチューバ―、という事で条件が合致したのは一つだけだった。いくつか投稿配信されている動画のうち、適当なものを途中から再生して、その音声に聞き入る面々。
※※※※※※※※※※※※
『 ――というワケで、児童向けのトーマス・エジソン伝記の本には、たいがいウソのエピソードが載っています 』
『 えぇ――?! そんなんでいいの?! 』
『 そんなんでいいのですよ、お姉ちゃん。アメリカの人なら自分の業績は盛りに盛るのは当たり前ですし、メディア受けのいいネタはウソでも売れりゃ正義なのです。スポンサーを集めて実績上げりゃ問題ないのですよ。どこかの国で広報官やってた人も、真実に意味など無いとか、それに似た言葉を言ってますしね。ウソを重ねて本当にしようとする連中だって、御近所の国にはゴロゴロしてますし 。本だってウケが良くて売れる本が正義なのです。それが資本主義社会というモノですよ』
『 やだなぁ。ちなみにその、こうほうかん?? って、どんな人?? 』
『 ゲッベルスっていう人です。国民にけっこう人気のある人でしたよ。あ、千年帝国時代のドイツに関しては、また別の動画で 』
※※※※※※※※※※※※
ここまで聞いて、動画を一時停止。
「「間違いないじゃん」」「「本人だ本人」」
声を揃えて言う面々だった。
「っていうか、この相方の子の声、お姉ちゃんの方の山村さんだわ」
「あー、どうりで聞き覚えが」「そこそこ登録者数いってない?? 」
「再生数は、けっこういってるわね」「収益化してるのかな……」
転生者も色々やってるなあ。などと言葉を交わす教師グループ。
「うーん。転生者も、現代っ子に混ざってるとユアチューバ―を目指すもんなのか……意外な気もするけど……普通かな。行動力以外は」
「本人は何て言ってるの?? 確認してみた?? 」
「いちおう聞いてみたんですけど。『 何のことやら、さっぱりです 』と、目を逸らしながら、とぼけられました。そのあと教室の子には、『 ネットリテラシーというもの 』についての講義をしていた気が……」
「「おい」」「いや、『追及するな』っていう事じゃ?? 」
大人だね。転生者だもんねえ、などと会話する教師グループ。
転生者としての情報セキュリティはガバガバな気がするが、大人としての分別は一応持っている、という気がしなくもないくらいの用心深さはある。身バレしないように気を付けているみたいだし、きっと両親の許可を取ってやっている事だろうから、ここは追及しないでおくべきところだろうな、と。それぞれの心の中で結論づける面々だった。そして家に帰ったらチャンネルとベルマーク登録しておこう、と思う。
「ところで、このCGキャラ、自分で作ったのかな?? 」
「それは分からないですけど……雪奈ちゃん、じゃない、山村さん、パソコンにはそれなりに詳しいかと。キーボードの打鍵がすごく速いんですよ。この間ちょっと日報作成を手伝ってもらったんですけどすごく速くて……あわわわ今の無しで」
「ちょっと大村先生!! 」「ずるいぞ!! 」
「仕事を手伝ってもらうのは無いでしょ!! 」
「今度貸してよ!!」「あたしも」「その次」
ギャーギャーと盛り上がる、若手女性教師グループだった。そこそこ酒が回って来ているのか、声のボリュームが大きくなってきている。こういう事があるから地元の店では飲めないのだ。プライベートの姿は生徒に絶対に見られたくないのだが、それが酒の入っている状態だと最悪に困る。最近は子供も親に連れられて遅い時間までスーパー等に居たりするので、地元は本当に油断できない。
「実際、山村さんの勉強ってどうなの?? 」
「マジメに授業を受けてますよ。分からない子には教えてくれてますし」
「副担任が有能すぎる」「ウチにも欲しい」「ほんとそれ」
いつも話題のネタには多少なりとも絡んでくる『転生者の山村さん』だったが、今日の話題は、ほぼ山村さん関係になりつつある流れだった。
「山村さんっていうと、あの『ちょっとかしこまった喋り方』なんだけど。あの子の喋り方、クラスで流行ったりしないの?? 先生の喋り方をマネする子って、けっこう出てくるっていうか。たまに流行るでしょ?? 」
「ウチのクラスでは、あんまり……。でも隣のクラスで、時々使う子がいるって、聞いた事はありますね。少し大人っぽいのがウケてるみたいで」
「「ですよねえ」」「むしろこっちがマネそう」「それな」
すみませーん。注文いいですかー、と声を上げて。おつまみの追加注文をする女教師たち。以後も『転生者の山村さん』の話題は続いたが、学校ではときどき教室で雑学知識のネタ講義みたいな事をする以外、特別な事もなく平和に過ごしている、という事だった。
とはいえ、勉強の遅れている子が一人もいないとか、2組の山村さんがときどき両隣の組にも遊びに行くので、1組と3組の子も勉強への意欲が高い、とかいう話を聞くと、結局のところ『ときどきウチのクラスにも派遣して欲しい』などの結論に落ち着くのだった。天才ではなく、ごく普通の転生者なのだとしたら。いずれは大勢の中に埋もれてしまう子なのかも知れない。だが、それまでの間に他の子供達に、できるだけ良い影響を与えて欲しいな、と。そう思う教師達だった。
教師は大変だ。特に最近の小学生の教師は大変だ。面倒な父母がいたりすると、それはそれは大変な事になったりする。だが、それでも彼女達は『 人を育てる 』という、自分達の仕事に誇りを持っている。これ以上は無い、というほどに、やりがいのある仕事だと。そんな仕事を手伝ってくれる、分別のある大人の仲間が身近にいる、という大村先生の環境は、やっぱり少しだけ、うらやましく思えるのだった。
「……それにしても、山村さん。『 精神年齢 』って、どのくらいなのかしらね?? 」
「以前に話したところでは……」
「「「話した事あるの?! 」」」
大村先生と山村さんは友達ではないのか。教師と生徒ではなく。
「えー、たしか……『 仮に満年齢が50歳の人がいるとして、その人の精神年齢をどう測るのが正しいのでしょうか?? 分別がなく、子供っぽい言動をする人であれば、その人の精神年齢は低いでしょうし、そもそも【 精神年齢の定義 】からして不明ではないでしょうか。肉体的な年齢であれば統計学と運動能力などで数値化できるでしょうが、精神的なモノは難しいでしょうね。年月を経れば必ずしも上がる訳ではない。それが精神の年齢というモノではないでしょうか 』……とか言っていた、ような。あと、『 生活環境の経験こそが精神年齢を上げるモノなのだとしたら、子供の生活を続けていれば精神年齢は全く上がらないでしょう。大人の苦労をしなきゃ精神年齢は上がりませんよ。仮に輪廻転生した人間が前世の記憶を持っていたとしても、精神年齢は単純に足し算で求められるモノではないと思いますけどね 』とか」
「「「子供じゃないよねぇ」」」「「その物言いがなぁ」」
結局、山村さんは子供だけど精神年齢は子供じゃない。という、ある意味では普通な結論に落ち着いた。山村さんが本当に『 前世の記憶を持つ転生者 』だとして、彼女の精神年齢がいくつくらいなのか、周囲の人間には良く分からないのだ。子供の精神年齢ではない、という事以外は。たぶん本人にも、大体のところしか分かっていないのだろう。
青山第二小学校の若手女教師たちは、その後も楽しく食べながら飲んで、ほろ酔い気分で帰宅していった。今日は良い気分で寝て、また来週からがんばろう、と。
山村さんは転生者だけど、大人の思慮があるから。不良になる事だけはないよね。たとえば、親御さんが学校に呼び出されたりするような事をしでかしたりとか、そういう事だけは絶対に無い。山村さんが卒業するまでの間に、一度は担任を受け持ちたいなぁ。色々と楽そうだし、時々は仕事も手伝ってもらえそうだし。そんな事を考えながら、平和に眠りにつく、今日の彼女達だった。
主人公(らしき人物)が一回も出てこない話が、わりとよくある話が多いような気がしなくもない。そもそも誰が主人公なんだろ……??
とある小学生の日常の姿を、ちょっとのぞき見するような。そんなよくある日常風景をボーっと見ているような、そんな感じの日常系作品だと感じる、そんな回でした。
伏線を張ったりするような高度な物語ではありません。そんなの一度もやった事ないですわん。ともかく今後も、ゆるーくお付き合いくださいませ。誤字など見つかりましたら、よろしくお願いいたします。




