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29 みんなと歌 連行される子牛

思わず合唱曲とか調べてしまったり。

 とある土曜日の午後。天気は快晴。

 昼ごはんが済んで食休みも終わり、友達と遊びに出かけるか、おやつの時間までゴロゴロしながらヒマつぶしをするか。小学生低学年以下の子どもの場合、そんな選択肢を選ぶことが多い、そんな時間帯のこと。


「ウァァァ――ン!!イヤだぁ――!!」

「さっさと来なさい!!泣いたってダメよ!!」


 小学生低学年以下、と思われる年頃の男の子が、母親と思わしき女性に引きずられて歩いて……イヤイヤ歩くような移動をしていた。ときおり踏ん張って抵抗するものの、引っ張られて連れていかれている。


「ヤダぁ――!!お母さんヤダぁ――!!」

「いいかげん言う事ききなさい!!」


 泣き叫びながらも成立する会話から察するに、親子連れで間違いないようだった。母親の手を振りほどこうとしているらしいが、母親の手はガッシリと子供の手を掴んで離さない。小さい子が何らかの理由でカンシャクなどを起こして泣き叫ぶような事は、たまにある。今この場所で起きている光景も、そんな理由によるものだろうか。


 と、その時。


『――ふんふんふふふん。ふんふんふふふん♪』


 どこからともなく、何か物悲しいフレーズの鼻歌が聞こえてきた。


『――ふんふんふんふふ ふんふふふん♪』


 鼻歌ながらもよく聞こえるメロディー。意図的に大きな声……鼻歌を歌っているような気もする。声の高さからすると、小さな女の子が歌っているようにも思えた。その歌声が気になったのか、男の子の泣き声は止み、母親は歌声がどこから聞こえてくるのかと、辺りを見回した。


『――ふんふふ ふんふん ふふふん♪』

『その歌なに??なんの曲』『さみしいメロディだね』


 その歌は、少し離れた場所に立っている女の子が歌っていたものだった。3人連れの女の子達の、真ん中に立っている女の子。少しくすんだ色の金髪に青い目。見た目は外国の女の子に見えるが、両脇にいる友達らしい女の子達は、どこをどう見ても日本人だし、普通に日本語で会話できるようだ。ハーフの子かもしれない。


『売られる子牛が、市場へ運ばれていく歌です。もともと外国の歌なのですが、日本語に翻訳された歌が国営放送の【みんなと歌】とかで紹介されてメジャーになったと聞きます。学校の教科書にも、のってた事があるんですよ』

『へぇー』『今はのってないの??』


 女の子達が話をしている。周りがあまり騒がしくないせいか、声がよく聞こえた。そして会話の内容からも、女の子達が日本の小学校に通っているらしい事も分かった。


『いつ頃からかは知らないんですけど、もう載ってないみたいです』

『そうなんだ』『なんで??』

『さぁー??音楽の教科書の歌っていうのは、その時その時の教育指導の方針で変わるみたいですし、どんどん流行りの歌に変更されるみたいですからね。高学年とか中学生くらいは、伝統的な歌がずーっと載ってる事もあるみたいですが、それでも大半の歌がどんどん入れ替わっていくみたいですよ。ずっと変わらないのは国歌くらいですね』


 そんな幼女たちの会話を聞きながらも、男の子の手を、がっしりと掴んでいる母親。そして手の力は決して緩めずに、「あー、そういえばそうだったかな」などと思う。


『最近の小学生の音楽の本には、あまり物悲しい歌は入っていないみたいですし、これも時代の流れですかねぇ。この曲は名曲だと思うのですが。市場に運ばれていく子牛の悲哀が、よく表れている歌です――』


 そこまで言って、金髪の女の子が、母親に手を掴まれている男の子を指さす。


『――あの男の子がダナダナされている様子を見て、ついBGMとして歌ってしまいました』

『ダナダナ??』『売られていくって事??』

『いえ、【 連行されていく 】様子なんかを、ダナダナされていく、と言う事があるだけです。いわゆるネットスラング、というヤツですね。ちなみにダナダナというのは、牛追いの掛け声みたいですよ。……もっとも、歌の子牛はおとなしく連れていかれるので、あの子ほど見苦しくはありません。そして多分、あの子には同情の余地もありません』

『なんで??』『わるい子なの??』

『――行き先があそこなら、仕方のない事です』

『……ああー』『なるほどぉー』


 女の子達は、母親が進もうとしていた先、20メートルほど先にある歯科クリニックを見て、納得した、という表情を浮かべている。


『往生際の悪い子牛です!!』

『虫歯なら、しかたないな!!』『しかたないよねー!!』


 女の子達の言葉に、母親は「うんうん」とうなずき、男の子はまた泣きそうな表情を浮かべる。


『死にたくなければ、さっさと行くべきです』

『ええっ!!』『しぬの?!』


 女の子の声に、男の子は驚きの表情を浮かべた。母親も少し驚いているようだ。


『大昔は、虫歯が原因で死ぬ人もいたのです。放っておけば歯ぐきが腐って、どんどん奥までヒドイ事になり、他の病気にもなる可能性があります』

『うわぁー』『聞くだけで痛そう』


 ヒェッ、と男の子が小さく悲鳴を上げる。


『まあ、たいていはその前に音を上げるのですが、その状況で、さらにヒドイ目に遭いますよ。天罰覿面てんばつてきめんです』

『どんな』『どんなの』

『まず虫歯の痛み、というものは最初は歯に穴が開いた事により、歯の中の神経に食べものを食べた時の刺激などが伝わる事で発生するのですが、これがどんどん酷くなって大穴が開いてしまうと、食べ物を食べなくても痛むようになります』

『うわぁー』『いたたたた』

『そしてこの痛みですが、神経を直接グリグリされるのと同じようなもので、痛みに弱い子供はおろか、大人でも耐えられません。頭蓋骨に響くような痛みで、夜も眠れなくなります』

『やめてぇー』『いたすぎるぅー』

『ちなみに何がいちばんツライって、夜中に限界がきて、もう駄目だ―、歯医者さん行くぅー!!……と、観念したとしても。たいていの場合は【明日の朝、歯医者さんが開くまでガマンしなさい】と言われる事です。もちろん都合よく痛みを止めてくれる痛み止めなんてありませんから、泣きながら何時間も耐える事になります。泣き叫べばその声で歯が痛むため、声を押し殺して悶え苦しむほか無く、地獄の数時間を過ごす事でしょう。そして虫歯がひどくなればひどくなるほど、治療にかかる日数も多くなり、より歯医者さんでの苦しみも増える事になります。あの子が立っているのは、さしずめ運命の分かれ道、といったところですね。おとなしくダナダナされれば痛みが最小限で済むでしょうが、脱走すれば、その代償として、より多くの苦しみを得る事になるでしょう』

『うんめいの、分かれ道』『さー、どっちでしょー!!』


 そんな幼女三人組の会話を聞き、幼女達がじっと見つめる視線を受けながら男の子を見る母親。そして男の子は……踏ん張って抵抗するのを、やめた。


「……歯医者さん行く」

「はい、行きましょうね」


 母親は男の子の手を引いて、ゆっくりと歯科クリニックへと歩いていった。


 ――――ふんふふ ふんふん ふふふーん♪


 女の子が歌う歌声を聞きながら、親子は歩いて行った。



※※※※※※※※※※※※※※


「ねえユキちゃん、ところでさぁ」

「なんですか??」

「売られた子牛は、どうなったんだろうね」

「五分五分で、お肉だと思いますよ」


 えぇー、と声を上げる、美由紀ちゃんと洋子ちゃん。


「この歌ですけど、けっこう近代の歌で、第二次世界大戦が始まる直前の東ヨーロッパで生まれた歌みたいです。当時はトラクターが農村に導入されていきつつある時代ですので、牛も食用専門の牛が少しずつ増えていたかもしれません……肉牛の歴史にはくわしくないので、よく知りませんけれどね。……ですから、牡牛ならば肉、牝牛ならば乳牛。そしてヨーロッパの方には『子牛のナントカ料理』という料理がよくありますので、いきなり食肉に加工されてしまう可能性もあります。生まれた農場から売りに出された時点で、もうほとんど行く末は決まっていますよ」


 そっかぁー、と声を上げる二人だった。


「たしかに、かなしい歌だね」

「お別れなんだね」

「子牛にとっては悲しい別れです」



※※※※※※※※※※※※


 そして当日の、山村家の夕食どき。


「そんなワケで、美由紀ちゃんと洋子ちゃんに、『子牛が連れていかれる名曲』を教えてあげました。カンタンな歌なので、二人ともすぐに覚えてくれましたよ」

「それ、あたしも知らない」

「僕も知らないなぁ」


 雪奈は「やっぱりそうですか」と言うと、父さん達に「知ってますか」と聞いた。


「父さんは中学の頃に音楽の時間でやった、かな??」

「そうね。中学の時かしらね」


 父さんと母さんの返事を聞いて、もう大人の歌なんですかねぇ、と言いつつ。夕食をムシャムシャと食べる雪奈だった。


「あと、牛といえば『昼寝好きの闘牛士の歌』も無いみたいなんですよ。アレは軽快で明るい歌なのに、なんで残してくれなかったんですかね??」

「スペインの闘牛が禁止になったからじゃないか??」

「イギリス動物愛護協会の影響かしらね」


 などと。我が家の今日の夕食の会話は、そんな感じの『音楽の教科書』についての話が続いた。なお、後で僕と春奈も、雪奈に『子牛が連れていかれる名曲』を教えてもらった。

 その結果か、その後しばらく山村家では事あるごとに、例の曲の鼻歌が歌われる事になり、誰かが歌うとバックコーラスやら輪唱やらが歌われたりする事になったのだった。


 簡単なフレーズなせいか……つい、歌ってしまうんだよなぁ…………そういう意味では、やはり名曲なのかも知れない、と。そう思う僕だった。

トレロカモミロとか、ようつべで動画がヒットしたりするんですけどね。やっぱり単に流行りの歌を教科書に入れてるだけなのかしらん。中学校の教科書だと、流行りの歌謡曲もといJ-POPとか入れたりするのは普通だし。でもいくら流行ってたからといって、不倫ドラマの主題歌を載せたりするのはどうかと思うのですよ。今だったら絶対にアウトですよねきっと。


今後も、ゆるーくお付き合いくださいませ。ヒマつぶしになれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ちなみに著作権は今のところ、著作権者の死後70年有効ですので、相当古くない限りはダメだと思われます。2018年までは50年だったのですが……。 個人的には、もし自分が著作権者だったとしたら…
[気になる点]  日本語歌詞にはまだアレが残っていたような(汗 Arca○ia様チラ裏の名作で、原詩を作者自身が訳して引用していた思い出…… 作品の続き、出ないか、なぁ(白目)カオスを讃えよ!(涙目)…
[一言] 教科書に載る楽曲の入れ替えは、教師だって同じ曲を何十年も教えてると飽きる……という身もふたもない理由だったりと推測。 個人的な話ですが、子供心に 太陽がくれた季節 は、学校で歌わせる曲かこれ…
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